132 午後六時の素描
132 午後六時の素描
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(18:00)
「定時放送の時間です。この六時間にて死亡した人間は、
09、グレン。20、勝沼紳一。25、涼宮遙。31、篠原秋穂……
<洞窟の奥>
アリスメンディがうろたえ、ランスにすがりつく。
「ね〜ね〜、ランスってば聞いた聞いた!?
ど〜なのよど〜なのよ、秋穂ってゆってたよ?
これってば死んだってこと?」
「……」
ランスは無言で虚空を睨むばかり。
その膝の上で子猫のように眠るユリーシャはどんな夢をみているのだろうか。
安らかな微笑が浮かんでいる。
<東の森、南端>
魔窟堂野武彦が激しく咳込む。
加速装置を使いつづけたことでの疲労は並大抵のものではなく、
年相応に老化が進行している呼吸器が、悲鳴をあげているからだ。
「若人の明日を守るために、老いぼれが命を賭ける。
それがワシらのスタンスじゃよな、エーリヒ殿」
瞑目すること数秒。
今は亡き盟友との約定を心に刻み、再び魔窟堂は東へと走り出す。
<竜神社>
月夜御名沙霧が本殿に腰を降ろし、レーダーを注視する。
(消えた光点は一つ、死んだ人間は紳一だけ……
レーダーは信頼できる、ということですね)
狭霧はその結果に満足し、中断していたトラップ設置を再開する。
<西の森>
ナミが演算処理を実行している。
「4人死亡で、残り22人……
エネルギー残量を予測値6%すると、生存確率は……」
ナミの心のディスプレイに、絶望的とも言える数値が表示される。
「でも、ナミは諦めませんよ。
ご主人様に山ごもりで伝授してもらった『気合』と『根性』で、
ナミは絶対にご主人様の元へ戻ります」
音声発生ユニットを振動させ、彼女はブラックボックスに想いを吹き込む。
<学校>
紫堂神楽が声を押し殺して泣いている。
「遙さんごめんなさい。わたしが油断してしまったから……
勝沼さんごめんなさい。わたしが余計なことをしてしまったから……
でも……」
言葉を止めた神楽は、深く息を吸い、細くゆっくりと吐き切る。
そんな呼吸を10回も繰り返した頃、彼女の涙は止まっていた。
「……今は、生きている人のことを考えます」
松倉藍の怯えた瞳が、しがみつく小さな手が、神楽の脳裏に蘇る。
彼女はよろめきながらも自力でベッドから降り、ふらふらと歩き出す。
「藍ちゃん」
神楽の瞳が碧に輝く。
薬の効力が、徐々に切れてきていた。
<学校、悪夢の始まった場所>
海原琢磨呂がひゅう、と口笛を吹く。
「さすがは天才的名探偵の私だ。
盗聴情報から予測した死者と、ぴたりと一致している」
お得意の自画自賛を終えると、琢磨呂は足元を見やる。
そこには逞しい男の全裸死体が転がっていた。
胸にはどす黒く変色した打撃痕が広がり、それが致命傷なのだと一目で判る。
「それでは、これはこの私が有効利用してやるぞ。
変装は探偵の嗜みだしな」
琢磨呂は死体に一声かけると、飄々と教室を後にする。
かつてタイガージョーと呼ばれていたその男の目は、
死してなお、琢磨呂を睨みつけるかの如く見開かれていた。
<病院>
神条真人が笑みを浮かべる。
柔和で女性的な顔立ちとはかけ離れた、暗く、狂気を湛えた笑みを。
「待っていろよ、神楽。 俺はお前に必ず復讐してやる。
陵辱して、剃毛して、浣腸して、拷問して、中出しして、妊娠させてやる!!」
傷だらけの左腕に包帯を巻きながら、邪悪な誓いを吐き出す。
<漁協詰め所前>
堂島薫が武者震いしている。
「おかーたまは薫が守る」
読み上げられた死者たちの名が、彼を奮い立たせる。
グロック17を握りなおし、油断なく周囲を見張りながら、彼は何度も呟く。
「おかーたまは薫が守る」
<漁協詰め所>
高原美奈子が難しい顔で腕組をしている。
「それにしても、男だったとは」
その視線は、全裸で横たわる広場まひるに向けられている。
より正確には、まひるの股間に向けられている。
凝視している。
「こいつ、ちんぽまでかわいいのな」
そして、舌なめずり。
放送は耳に入っていない。
<東の森、楡の木広場南>
高町恭也が歩みをぴたりと止める。
「どうしたの、恭也さん?」
「……」
返事を返さない恭也に不安感を覚えた仁村知佳は振り返る。
その途端、知佳の心に流れ込む激しい感情の奔流。
【死んだまさかそんな秋穂さん俺は守れなかった俺が弱いから御神の名折
れだいやなにがダメだダメだ仁村さんは仁村さんだけは守らなくてはこ
の命に代えてもでも守れるのか俺は秋穂さんを死なせてしまった弱くて】
胸が潰れるような悲痛な自責と自問。
知佳はここにきて初めて、本当の恭也を知った。
強靭な肉体とは裏腹の繊細な心の持ち主だと言うことを。
その心があと一押し、あと一言で破裂しそうなほど張り詰めていることを。
そして悟る。
恭也には励ましも慰めも逆効果になる。
ひたすら彼を信じ、無力に縋り、庇護を求める。
『頼る』
それだけが彼の力になることを。
―――この好漢は、人の為にしか生きられないのだ。
ぎゅ……
知佳は恭也の手を握り、不安げな上目遣いで恭也を見つめる。
「仁村さん。あなたは、俺が守ります」
恭也の瞳に力が戻る。
知佳は黙って頷く。
恭也には決して知られてはならない決意を胸に。
(わたしは、このひとに守られることで、このひとを、守る)
……以上の四名。
生存者は引き続きゲームを続行してください」
【海原琢麿呂】
【所持品:タイガージョーの衣装一式】