133 誰がために鐘は鳴るあるいは天上の火
133 誰がために鐘は鳴るあるいは天上の火
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……and therefore never send to know
for whom bell tolls
it tolls for thee
(第1日目 PM18:00)
夕焼けに暮れなずむ孤島に割れんばかりの鐘の音の残響が細かい霧のように漂う。
「へっ、ガキにゃぁチト過ぎた"れくいえむ"だぜ」
空を見上げてそれを聞いていた遺作は一人せせら笑う。
「まぁ、あのガキも死んだからあと二十二人か?」
地面に転がしてあったH&KMP5Kを模したモデルガンを拾い上げると
ゆっくりと簒奪者のほうに視線を向けた。
少女を膝に抱きピエタのような格好のまま動こうとしないアズライト、
風に揺れる黒髪が影を落とすその頬は夕日のせいか光っているように見える。
「まったく、近頃の若造はどいつもこいつもよぉ」
遺作はズカズカと大股に歩みよると
有無を言わさず力任せにアズライトを蹴り倒し、睥睨する。
「人様のものに手ぇ出すなって、
学校で習わなかったのかぁ、ああん?」
地面に転がり落ちてしまった少女には目もくれず、
アズライトの胸倉を取り乱暴に引きずり起こす。
「今ごろ泣いても遅いんだぜぇ、にーちゃん?」
相手が抵抗しないことに気をよくした遺作は
顎下にクルツを突きつけて、悪意に満ちた笑いを浮かべた。
涙で潤んだアズライトの黒い瞳は何も映していない。
まるで遠くの誰か思いを馳せているかのように、ぼんやりと
夕焼けも、風にざわめく木々も、詰め寄る遺作のことも、何も。
その虚ろな瞳には何一つとして映っていなかった。
「・・・僕は、また。」
ただ、おぞましいものを見るかのように己が手だけをじっとを見る。
「何をブツクサ言ってやがるッ!
いいかぁ、にーちゃん。
こいつはなぁ、この俺の奴隷だぁ。
遺作様のための肉便器なんだよ。
たとえ死んじまって動かねぇ人形になったとしても、
おまえなんかが馴れ馴れしく触っていいもんじゃぁねぇんだよぉぉ!!」
眠るように地に横たわる少女に銃口を向けながら、
うなだれるアズライトに顔を寄せていよいよ激しくまくし立てる。
「・・・・・・僕は・・・また・・・」
うわごとのように繰り返して少女が倒れていたはずの、
誰もいない空間を暗い憂いに沈んだ目で見やる。
そして大きく息を吸い頤をそらすと、何かを観念したかのように目を閉じた。
直後、
ヒュンッ
空を切り裂く鋭い音がして、
少し遅れて何かが地面に落ちる音が続いた。
「…………………………………っ!?」
一瞬の沈黙、そして絶叫。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!
うおっ、うぅぅ、っぃぃぃっぃあぁぁぁぁ!!」
叫ぶ遺作を眺めるアズライトの全身が見る見る真っ赤に染まっていく。
彼の胸元をつかんでいた遺作の腕は肘の下あたりからスッパリと消え失せ、
その熟れた柘榴のような禍々しい切断面から、間欠泉のごとく鮮血が吹き出ている。
「きったならしい手で、私のマスターに触んないでよねッ!」
舌足らずな声。
地獄の業火のごとくに燃えさかる太陽を背負い、
しなやかな両の足で大地を踏みしめて立つ亡霊のような影。
その幼さを残したふくよかな右手には、たったいま男の腕を落とした白刃が閃く。
「へっ、てめぇ、生きてやがったのか?」
うそぶきながら手早く傷口にタオルを巻きつけると
遺作は首を振り振り大仰なため息をつく。
そして、狂ったように笑い出した。
「クククックククククククククククククククッ
ヒャハハハッハッハッハッハッハハハフヘへへへッへへへへへッへッヘェ
まったくよぉ、おめぇってガキはよぉ。
堕ちたかと思ったら人の寝込みを襲ったり、死んだフリしてみたりよぉ……」
そう言って一歩跳び退る。
「ふざけたガキだなぁぁぁぁぁっ、てめぇはよぉぉぉぉぉぉっっ!!」
気を吐きMP5のトリガーを引く。
タタタタタタタ、と軽快な音を立てて至近距離から無数のBB弾がばら撒かれる。
血まみれの少女は避けようともせず、
豊かな髪に風をはらませて平然とそれを見つめている
セミフルオートで乱射された初弾が少女を見舞おうとしたそのとき、
わずかに空気が揺れ、弾丸は正確に真っ二つに割れた。
続いて飛来する弾丸も一つとして彼女に届くことなく、
奇術のように次々と中空で両断されてゆく。
血の赤が見目鮮やかに宙に舞い散る。
文字通り目にも止まらぬ速さで振るわれるたび
刀身を這う血が飛び散った。
その冗談のような光景に遺作はトリガーを絞ることも忘れて唖然とする。
少女もまた沈黙でそれに応えた。
「こんちくしょーがぁっ!」
一声吼えて静寂を破ると、遺作ははじかれたように照準も定めずに再度引鉄を引く。
「無駄だよ」
「うおっ!?」
驚愕の声とともにMP5を放り出す。
炎が、
ありうべからざる炎がモデルガンを包んでいる。
そして瞬時に焼き尽くされたそれは、大地に触れると風に流された。
「てめぇ……いったい、どうなってやがる………」
じっとりと脂汗を浮かべた遺作は空しく身構えるが、気圧されたように後じさりする。
巨大な憎悪を宿す氷のように冷たく美しい瞳が微笑う。
「アンタなんかにはもう、私を止めることなんて、絶対に、出来ない。」
正対する遺作の視線上に切っ先をピタリと据え、言い放つ。
鋩子に音もなく火がともる。
その己が与えた揺らめく炎を見て、
アズライトは臓腑を猛禽についばまれているかのような心持がした。
血に染まった深紅のワンピースを風に優雅にはためかせ、
少女の言葉はさらに続く。
「死ね」
短くそう言うと地を蹴り、一足飛びに間合いを詰める。
そして、身じろぎすら出来ずにいる遺作のがら空きの首めがけて抜き身を一閃させる。
切っ先の炎が尾を引いて走り、空を切り裂き、風を切り裂く。
「やめて…」
その声に唸りを上げる刃は首の皮を一枚切ったところでピタリと止まる。
「どうしてですか、マスター。こいつはっ!」
そのままの姿勢を崩さず応える少女の手の上に
アズライトの震える手が重ねられる。
「これ以上、君が損なわれる必要なんてないんだ…」
そっと刃を下ろさせる。
「もう、いいんだ」
「でも…」
振り返って見上げてくる少女の顔、
それを見て神前に立たされた咎人の如く嗚呼と一言うめくと、
こらえきれずついにその場にくずおれた。
そして縋りつくようにして少女を抱きしめる。
一つしかない腕で、ひどくもどかしげに、
無垢であったもの、彼の忠実な僕と成り果てたものを。
凶、呪わしきそして忌むべき被造物。
三人から少し離れた場所には、
節くれだった腕が前衛的なオブジェのように無造作に転がっていた。
「どうして泣いてるんですか、マスター?」
少女は跪いて許しを請うかのように嗚咽する主人の頭を不思議そうに見ている。
「何でもないんだ。」
これ以上話し掛けることが憚られる気がして、そうですか、とだけ答えた。
彼女の不倶戴天の敵はこの機を逃さずすでに逃げ去っていたが、
そんなことはもうどうでも良いことに思えた。
目の前の主人の姿を見ていると、自分もいたたまれない気持ちになってくる。
(なんだろう?胸がキュンキュンする…)
どうすることも出来ない歯痒さに少女の瞳にもうっすらと涙が浮かぶ。
長い長い沈黙のあと、
「…………君の、名前は?」
少女のなよやかな腹部に額を当てたまま、ようやくそれだけ言うと、
「さおりです、マスター!」
パッと顔をほころばせて、はじけるように元気な返事が返ってきた。
【アズライト】
【現在地:南の山道】
【スタンス:鬼作・さおりと行動】
【武器:???】
【備考:変性不可、左眼負傷、左手喪失】
【しおり】
【現在地:同上】
【スタンス:アズライトといっしょ!】
【武器:日本刀】
【備考:凶(まがき)with発火能力】
【遺作】
【現在地:同上】
【スタンス:女を犯す】
【備考:被曝、左腕喪失】