127 Die ewige Wiederkunft des Gleichen
127 Die ewige Wiederkunft des Gleichen
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"Willst du diess noch einmal und noch unzahlige Male?"
(1日目 PM16:30)
少女の目の前を虹で刷いたかのように美しい翅の蝶がゆらゆらと飛びまわる。
遺作は数刻前に「次の放送で起こせ」と言ったぎり、寝入ってしまった。
虜であることを余儀なくされた少女は、これを逃亡の絶好機と考えた。
無論、遺作とて阿呆でない。
あのような吊り方を施してあったのも故あってのことなのだ。
しかしながら人の浅知恵は往々にして覆されるものであり、
そして、今回とてもその例に漏れることはない。
少女は男の誤算に気づいた。
だから、それを利用することにした。
男の誤算、それは少女を「木の幹の近く」に括りつけてしまったこと。
少女の目はまだ死んでいない。
クシャクシャに乱れた栗色の髪、土で汚れた頬、精液の匂いのする薄手の服、
折れた二本の指、傷ついた足、そして度重なる暴行を雄弁に物語る痣の数々。
それでも、ためらうことなく木の幹に手をかけ、よじ登ろうとし始める。
少女の屈服を信じて疑わなかった男は
彼女のこの抵抗を夢想だにしなかったに違いない。
窮鼠猫を噛む、古人の偉大な経験則である。
今、反攻の狼煙は静かに上げられた。
最初は上手くいかなかった。
体のあちこちはひどく痛むし、そのたびに気を失いそうになる。
何よりも、ピンと張られたワイヤが絶えず首を圧しつづけている。
幾たびも滑り落ちては呼吸を害され、まなじりに涙を浮かべてはむせ返った。
それでも少女はあきらめなかった。
「おにーちゃん」に会うために、
彼女は何度も何度も挑戦した。
このあからさまな抵抗を男に見咎められたなら、
用心深い男のことだ、二度と再びチャンスは巡らないだろう。
慎重に、慎重に、けして物音を立てぬように続ける。
そうしてどれくらいの時間が経ったであろうか。
弥が上にもはやる心を懸命に抑えながらも漸々とコツがわかり、
やがて彼女を頚木する忌まわしい枝に取り付くことに成功した。
枝に跨り太股で挟むようにしてバランスをとり、結び目に手をかける。
男の力で結わえられた鉄紐は容易なことでは解けない。
しかも、男は曲がりなりにも用務員である。
結び目も素人がやるようなヤワなものではない。
作業の中、折れた指に振動が伝わるたび思わずうめき声を漏らしてしまう。
それでも、ここで解くことが出来なければ全ての道は閉ざされる。
遺作の玩具として生きるか、他の参加者に殺されるか、
そのいずれにせよしおりの願いがかなうことはない。
そんなことは百も承知だからこそ、
少女は全身を汗みずくにしながらもやめはしない。
指の皮が擦り切れて血が滲んでもやめはしない。
爪が剥がれて血が噴きだしてもやめはしなかった。
しかし、そんな彼女を嘲笑うかのように滴り落ちる鮮血を潤滑油代わりとして
ワイヤは力をこめてひくことすら困難なほどぬめりを帯びていく。
ワイヤにかかずらっている間も背後で眠る男のことが気になって仕方がない。
極力集中しようと思っていても、ついつい振り返ってしまう。
見ると相変わらず、眠りこけている。
一息つき、ふと気が緩んだ瞬間、引いたワイヤが彼女の掌をすべり抜け、
余勢で大きくバランスを崩してしまう。
手は何者にも触れることなく空しく宙を掻き、
支えるもののない上体がグワリと傾ぐ。
栗色の豊かな髪が空間に広がり、絡めていた足も解け、
重力が消失したかのような奇妙な浮遊感を覚える。
落下。
先ほどまで見下ろしていた結び目は、
今や彼女と同じ目の高さにあり、
次の一瞬にはそれを見上げることになった。
ごうと空気が唸る音が聞こえる。
とっさに彼女は両手を遠ざかりゆく枝に伸ばす。
左手は求めて得られぬ者の如く空を切る、
右手は叩きつけるようにして、かろうじて指をかけることは出来たのだが、
「いっ…たぁいっ!」
総身が粟立ち、いやな汗がいっせいに噴き出す。
叩きつけられた衝撃に折れた指が奇妙な方向に曲がり、
物悲しげにぶらぶらと揺れている。
覚えず大声をあげてしまったことに気づき、遺作のほうをそろそろと見やった。
天定まって亦能く人を破る。
運は彼女に味方した。
体勢を整えなおし、再び鉄条と格闘すること十数分、
血まみれのワイヤはわずかにたわみ、
ついには解けた。
(ねぇ、どうしようさおりちゃん?
今ならこのおじさんから逃げられるけど・・・)
痛む体を引きずるようにして木から降りたしおりは
放心したようにその場にペタリと座り込んでしまう。
逃げなくてはならないことはわかっている。
けれども、解放された安堵感からか思わず力が抜けてしまったのだ。
(とりあえずどこに逃げよう?
また森の中がいいかな?
それともどこか他の場所のほうがいいかな?)
体中が悲鳴をあげ、ともすれば失神してしまいそうになりながらも、
痛みを必死にこらえ、提案してみる。
しばらく黙って返事を待ってみるが、一向に応えがない。
(どうしたの、さおりちゃん?
・・・何か考えごとしてるの?)
姉の問いにゆっくりと上げた顔は
なんとなく笑っているように見えた。
(うん、ずっと考えてたんだけどね。
あいつ・・・殺しちゃったほうがいいんじゃないかな・・・)
(え・・・・・・)
突然のことに言葉を失う姉に意を払うことなく言葉を継ぐ。
(だって、今逃げたとしても
また、あいつみたいなやなやつに会うかもしれないよ?
だったら、そのときのためにあのカタナは持っていったほうがいいと思うの。)
(でも・・・・・・ でも、さおりちゃん。
それならカタナだけ持って逃げたらいいんじゃ・・・)
(うん、でもね、しおりちゃん。
最初の怖いおじさんが言ってたけど、
ここからは一人しか帰れないんだよ。)
そういって鼻先で人差し指をピンと立てる。
(だけど、私達が最後まで残って、それで一生懸命お願いしたら
優勝のごほうびに私達二人だけなら助けてくれるかもしれない。)
しおりは心の中にこだまする妹の声を身じろぎもせずにじっと聞いている。
(だったら、生きてる人は一人でも少ないほうがいいと思わない?)
さおりちゃんの言ってることは、分かるよ。
分かるけど…
そんなことをしたらおにーちゃんに嫌われちゃう…
だって、どんな理由があっても人を殺すなんて、
ぜったいによくないことだもの。
(だからって、逃げ出すだけじゃ解決にならないよ?)
(えっ?)
(でしょ、しおりちゃん。)
(う、うん。 そ、そうだね、さおりちゃん…)
どうして考えてることが分かっちゃったんだろう?
でも、さおりちゃんの言うとおり。
いま、おじさんから逃げ出しても
ここから生きて帰れるかどうかわかんないんだよね。
帰れなかったら……
もしも、私とさおりちゃんが帰らなかったら,
おにーちゃん,きっと悲しむよね?
だったら、
だったら、少しでも帰れる可能性が高いほうが…いいのか…な?
(そうだよ。ね、いこう、しおりちゃん♪
絶対に大丈夫だよ。)
「う、うん・・・」
答えてうなずくしおりの頬は蒼ざめていた。
夏の夕暮れを思わせる、圧倒的な西日の下、
そよ風にたわむれる葉がかさかさと鳴る。
南洋性の極彩色の花が揺れ、下草がやわらかにそよいでは,揺り返し、凪ぐ。
濃厚な緑が萌えるなかに浮かぶ,青と黄色,そして赤
そういった色の塊であったものが少しずつたしかな輪郭を持ちはじめ、
やがてその上に黒と黄の段だら模様も不吉な蜘蛛がとまっているのが見えてきた。
蜘蛛を眺めているのか、それとも蜘蛛がとまる血に濡れた胸を眺めているのか、
遺作は赤茶けた土の上にある扁平な岩の上で
幸福な戦死者のようにして眠っている。
少女は無言のままそれを見ている。
おじさんが眠っていて、すぐそばにカタナが転がっています。
今はだらりと投げ出された手でからだ中いろんなところを触られました。
開かれた大きな口からは黄色い歯と赤いベロが覗いていて、
その歯でいろんなところを何度も噛まれたし、
ざらつくベロでいろんなところを舐められました。
この人にはおにーちゃんにもされたことのないようなことをされたし、
おにーちゃんにもしたことのないようなことをさせられました。
あんなこと、こんなこと、口に出したくもないような
とても恥ずかしいことをいっぱい。
とっても、とっても、くやしい。
私は全部おにーちゃんのものなのに・・・・・・・・・
おにーちゃんだけのものなのに!
風が吹いてきて、木立がざわざわと哭いています。
見下ろした男の顔は安心しきった顔で、
何か楽しい夢でも見ているのかもしれません。
気がつくと手にはカタナが握られていて、
深々とおなかの辺りに刺さっていました。
真っ赤な血がたくさん、たくさん流れて、
薄茶けた土の上で水溜りみたくなってぼんやりとわたしの顔を映します。
目を覚ましたおじさんは恨めしそうな顔でこっちを見ています。
口をパクパクさせて何かを言ったようだけど、
何を言っているのかは聞きとれませんでした。
それからあとのことはあまり覚えていません。
風が吹きすさび、
やがて、ムクリと上体を起こす……男。
「あーあーあー、せっかくこれからみっちりと
可愛がってやろうと思ってたのによぉ。」
遺作は苦々しい表情でそう吐き捨てて立ち上がると、
血だまりに転がる少女の体を蹴りつける。
「まったく、人の寝込みを襲うなんざ、
一体どんな躾されてたんだ?
ちっ…………まぁ、いい。
とりあえず最後にもう一発抜かしてもらうか。」
日本刀を足元に転がすと、下着ごとジャージをずり下ろし、
体を痙攣させるしおりに取り付きいそいそとズボンを下ろす。
そして、しゃがみこんで幼い性器にペニスをあてがおうとしたとき、
左手の茂みが揺れ、何者かが少女の体を奪い取っていった。
(一日目 PM17:00)
「しばらく様子を見ましょう」
そう紙に認めて鬼作は藪の中に身を潜ませた。
隣で息を殺すアズライトは少女の死を眺めている。
屈みこむ彼の胸にかつての光景が浮かび上がっては消えていった。
沈みゆく夕日のこと、人々の澱んだ瞳のこと、血と砂の匂いのこと、
斯様なことを考えていても、
最後に辿り着くのはやはり彼女のことだった。
(レティシア・・・)
左の瞳を失っても、残された右目に今も焼きつく光景、
彼の胸奥にて鮮やかに蘇る、それは彼の唯一の思い人。
(レティシア・・・)
目を閉じる。
眼前の死にゆく少女がその面影に重なる。
少女の柔らかな栗色の髪、女の子らしい小さな手、
ほっそりとした体に華奢な肩、あごの曲線、
そして・・・愛する人にこぼすであろう幸せそうな笑顔。
(レティシア・・・)
失われた彼女を求め歩いた時間に比べれば、
少女と邂逅してからの時間はわずかのものでしかない。
それでも、彼は・・・・・・
かつての思い人の面影を見出そうとも、少女は死に至るべき人の身、
いまや少女との永別のときは間近に迫る。
あのとき、駆け寄る彼の目の前で彼女は死んだ。
彼もろともに貫いた槍で、彼の胸の中で。
今わの際の彼女の笑みは今となってもなお消えることなく息づいている。
彼女を愛した彼は、少女の死すら冒とくしようとする男に憤りを覚えた。
(レティシア・・・)
男のほかに動くもののない世界で、少女の消えゆく命を見ながら彼は考える。
あの時も、太陽は地平の彼方に沈もうとしていた。
(・・・僕は何も出来なかった・・・)
じっと自分の手を眺める。
今でも冷えてゆく彼女の体の感触を鮮明に思い出せる。
(・・・・・・もしも、あの時・・・)
考えて、立ち上がる。
そうして、いま一度目を閉じた。
もう何も考えないことにした。
ゆらぐ夕日が世界を茜色に染め上げてゆく。
まもなく全てを覆う夜がやってくるのだろう。
ゆっくりと目を開く。
没しゆく太陽を仰ぎ、
アズライトは何かを振り切るようにして走り出した。
見慣れた顔の男から奪い取った少女を胸に抱き、
夕日を背に受けて立ち尽くすアズライトからは、
少女がどんな様子なのかはよくわからない。
ただ、胸の辺りから溢れる血が大輪の薔薇のように咲き誇り、
薄桃色のワンピースを紅色に染め上げていくのだけがはっきりと分かった。
少女の弱々しい吐息が躊躇うアズライトの胸にかかり、
膝上に抱え上げた少女の体が不意にふっと軽くなった。
沈みゆく日の残光に世界は朱に彩られていく。
地面も木立も少女の身体も、何もかもが燃えるように赤みを帯びてゆき、
目の前が真っ赤になった。
おそらく、いま口を開けば喉からも火が吹き出たのではないだろうか。
轟々と何かが流れ去り、呑まれてゆく音を聞いた気がして
アズライトは呪わしい言の葉を口にのぼせる。
少女の首がかすかに揺れたように見えた。
黒く潤んだ瞳はそれを見て、
蒼白な顔に息づく、
色を失った唇に
そっと口づける。
それは親愛の情を表す行為。
そしてデアボリカのそれには、
もう一つの意味がある。
遠クカラ死者ヲ悼ムカノヨウニシテ鳴リ響クオゴソカナ鐘ノ音ガ聞コエタ