124 我慢と忍耐
124 我慢と忍耐
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(1日目 17:08)
湯煙越しに見える大海原は夕焼けに真っ赤に染まり、心地よいさざなみが耳朶をくすぐる。
まひる(No.38)は漁協詰め所の湯船に身を浸しながら、うっとりとそれを眺めていた。
「む〜、実にム〜ディ〜ですなぁ。」
ほんのり桜色に染まった肌とそのなだらかな曲線は、色気というにはやや足りないものの、
十二分に少女としての魅力を感じさせる。
だが…… まひるは少女ではない。少年だ。その心はさておき、肉体的には。
(あ〜あ…… これが露天風呂だったりしたら、もっと雰囲気いいのになぁ……)
まひるは少女の心で夢想する。
(オヤに嘘ついて、カレとの初めてのお泊り旅行とかでさ。
渋好みのカレは古風で和風な温泉旅館なんかをチョイスして。
あたしはドキドキしながらこっそりとカレしかいない男湯に忍び込んで……
湯煙の向こうに見えるカレの背中がなんだか思ってたよりもずっと広いことに感動して、
あたしは後ろからぎゅって抱き付いちゃったりしてこんちくしょ〜!!
そこから始まるスキンシップ……って何言わすんだいも〜、このこのこのっ!!)
エスカレートする妄想に、でへへぇ、と頬を緩ませてしまうまひる。
それがいけなかった。
刺激的なイメージが、まひるの股間につつましくぶら下がるそれの頭をもたげてさせたのだ。
(なななな? こ、この変化は一体どんな化学変化!?)
初めての勃起に目を白黒させるまひる。
(これってぇと、つまり…… その…… 勃ってる、ってヤツですか?
でぇえええ、マジで!?)
(ダメだって、ダメだって、このっ!! 女のコがこんな風になっちゃあ!!)
勃起という状態はある程度知っていても、なぜ勃つかという仕組みをまひるは知らない。
とりあえずなんとか鎮めることが先決だとばかりにそれを撫でさするが……
(ん!! んあ……、な、なに、この感じ……)
もちろん逆効果だ。
薄い包皮に包まれたままのそれは、さらに力を増してしまう。
(ど、どうしよう…… あたし、女の子なのに、女の子なのに……)
その時だった。
ガラガラガラ……
立て付けの悪い引き戸が湯気で湿った音をたてて開いたのは。
「抜け駆けで一番風呂とはずるいぜ、まひる。」
全裸のタカさん(No.15)が手ぬぐいを肩にかけ、大股でのっしのっしと浴室に入り込んできた。
「な、なにゆえ!?」
あわててザブリと湯船に浸かりなおすまひるは、勢い余って鼻まで沈めてしまい、がはげへごほとむせ返る。
その慌てぶりを見てタカさんは、ははは、と腹筋をよく使った健康な笑い声を浴室に響かせた。
「か、薫ちゃんはどーしてるのかな?」
「『おかーたまは薫が守る!』ってよ、鼻息荒く玄関を張ってる。まったく健気な息子だぜ。」
「そ、そだね……」
かけ湯をしているタカさんの背を用心深く見つめながら、まひるは暖かなお湯の中で、冷たい脂汗を垂らす。
その緊張感は、まひるのそれを縮み上がらせるどころか、かえっていきり立たせる。
(ヤバいよ…… ヤバいって、マジで。)
貞操の危機。
その予感が紳一と真人に捕らえられたときよりもずっと重い現実感を伴ってまひるを襲う。
バレたら、ヤられる。
タカさんの天下御免の性剛っぷりはいやというほど目の当たりにしている。
ふてぶてしいヒゲ面のオヤジが、端正な顔の強姦魔たちが、嫌だと泣き喚き、きもちいいと半狂乱でわめく。
肉と肉の交わり。弱肉強食の獣欲。粘膜の饗宴。
タカさんに確かな好意を抱きつつあるまひるではあったが、あんな夢のない行為は嫌だった。
「な〜にカタくなってんだよ、まひる。」
「ないないないない、全然硬くなってないよ。ふにゃふにゃのへにゃへにゃなんだってばさ!!」
「そうか?アタシにゃ随分肩に力が入ってるように見えるんだけど。」
「肩? ……あはははは、そう、そうね。そっちのカタさね。」
「そっちじゃなけりゃ、どっちがカタくなるってんだ? 乳首でも硬くしてたのか?
まさかオナニーしてたとか?」
「おおおおお、オナニー!?
ないないないない。まさかタカさんじゃあるまいし、そんないやらしいこと。」
「ばーか。アタシがオナニーなんて勿体無いことするかよ。性欲の発散はセックスに限るぜ。」
「あはははは……」
(せーよくの発散はセックスに限る!? 隠し通さなきゃ、おち○ちんだけは。)
股間を隠すように添えている両手に力がこもる。
まひるは、タカさんが浴場を出るまで湯船の中から身動きしないと、心に決める。
「だからそんなカタくなんなって。女同士、気楽に裸の付き合いとしゃれ込もうぜ。」
「は、裸のお付き合いっ!?タカさん、まさかそっちのケまであるんじゃ……」
「ねーよ。」
タカさんはぽかりとまひるの頭を小突く。力は抜いているが、それでも充分痛い。
「お前はアタシをなんだと思ってるんだ?」
「色欲魔人。」
「うるせえ。」
間髪を入れず答えるまひるの頭に、もう一つゲンコツが飛ぶ。
「あいたたた…… 手加減してよタカさん。あたしは華奢なんだからさ。」
「ふむ。華奢、ね。」
タカさんの頬が悪戯っぽく歪み、同時に浴槽の中に手を伸ばした。
もにゅ。まひるの平らな胸を軽く摘む。
「んひゃん!!」
「はははは、確かに華奢だ。揉もうとしても掴み所がねえ。」
「うぅ……どうせあたしは乳が尻が牛乳がぁぁっ!!」
うがうがと泣きながらぽかぽかとタカさんを叩くまひる。
が、タカさんはそんな攻撃など意に介さず、遠慮のない目線でと湯船の中のまひるの裸体を観察する。
その目線が、まひるの両手で止まった。股間を隠している両手で。
「はは〜〜〜ん、お前、もしかして……」
タカさんはそこまで言うとまひるの目を覗き込む。シリアスに。
……ごくり。
心臓が止まってしまうかと思えるほどの緊張が、まひるの四肢に走る。
「毛が生えてねえんだろ?」
「……へ?」
自分が男であると言い当てられると思っていたまひるにとって、
その答えは拍子抜けなものだった。
へなへなと全身の力が抜けてゆくのが感じられる。
「その薄ーい胸を見りゃ分かるって。まだまだガキの体だもんな。
パイパンなのが恥ずかしくて隠してんだろ?」
「で、でへへぇ。バレちゃいました? 実はそんなだったりするんで。」
その誤解にほっと胸を撫で下ろすまひる。
「やっぱりなぁ…… アタシの睨んだとおりだぜ。
この成熟したタカさんの裸体を目の当たりにすりゃ、コンプレックスも感じるってもんだ。」
かけ湯を終えたタカさんは、うんうんと一人で納得すると
前を隠しもせずまひるの前にさらけ出し、ずかずか湯船へと踏み込んだ。
「だー、ぬりぃっ!!こんなの水じゃねえか。」
片足を突っ込んだ途端、タカさんはまひるを睨む。
「ぬるめのお湯にゆーっくり使ったほうが、お肌には良いんだってばさ。」
「んなこと知るか。風呂は熱いから風呂だろうが。」
まひるの意見には全く耳を貸さないタカさんは、そう断言しながら湯温設定のパネルを何度も押す。
ピ、ピ、ピ。
40℃、41℃、42℃……45℃。
「よし!! 風呂ってのはこれくらいじゃねえとな。」
「でぇえええええ、マジですかぁ!? 煮える〜〜〜っ!!」
「だったら上がりゃいいじゃねえか。」
「う、それは……」
(上がれるものなら上がりたいって。
タカさんが上がるまで上がれないから困っているんだってばさ!!)
心の机をだむだむだむと叩くまひる。
そんな彼女の「早く出てけぇ!」という祈りと言うか呪詛が通じたのか、
タカさんは1分と立たないうちにざぶりと立ち上がった。
「おっと、いけねえいけねえ。」
そして、そう呟きながら脱衣室へと向かう。
(なんか知らんけど、出てってくれるみたい。これって、天のお恵み地の助け?)
まひる、ほっと安堵の溜息。
が、そのまひるの思いは、すぐにぬか喜びと知れる。
「へへへ。やっぱ風呂にはこれがねえとな。」
戻ってきたタカさんは一升瓶をちゃぷちゃぷと振って、ばちりとウインクを決めたのだ。
(保つかな、あたしの体……)
……まひるは長期戦を覚悟した。
(17:57)
……約一時間が経った。
湯温も45℃に達してから随分経つ。
それでもなお、まひるは体中を真っ赤にして頑張っていた。
「い〜い湯だな、ハハハン、とくらぁ。」
充分に出来上がったタカさんは暢気に鼻歌を歌いつつ、まひるに相槌を求める。
普段なら好感を抱くはずのその陽気さが、今のまひるにはたまらなく憎々しい。
(なにがいい湯なもんか。
タカさんのサイみたいな皮膚と違って、あたしの玉のお肌はデリケートなんだってばさ。
あう〜〜っ、低温火傷してしまう〜っ。脱水症状おこしてしまう〜っ。)
「なぁ、まひる?」
「……」
「まひる?」
「……え?」
「いい湯っだっなっ?」
「……ハハハン♪」
「はははは、いいねいいね、阿吽の呼吸ってヤツだぜ。」
ちょっとでも気を抜けばどこかに飛んでしまいそうになる意識をタカさんの目線と動きに集中し、
まひるは土俵際で踏ん張り続ける。
「まあまあ、まひる、飲みねえ飲みねえ。」
タカさんは酒臭い息をまひるに吐きながら、一升瓶を突き出す。
ぷん、と鼻をつく辛い刺激臭に、吐き気をこらえて首を左右に振るまひる。
「ガキだからって遠慮すんな。このタカさん、ポン酒なんざ4つの頃から…… お?」
彼女は少しだけ不機嫌な声を出すと一升瓶を逆さに振った。
ぽたぽたと数滴が湯船に落ち、波紋を広げる。
「酒ぇ、切れちまったな。 ま、体もいい按配に温まったし、そろそろ上がるか。」
そう宣言したタカさんは、ざぶりと立ち上がると湯船から出て、
頭に乗せていた手ぬぐいを伸ばし、ぴしゃりと股間から背中へ叩き付ける。
ついに、まひるの待ち望んだ瞬間がやってきたのだ。
「あれ? まひるは上がらねえのか?」
「あはははは、も〜ちょっとだけ。」
「大丈夫か?顔、真っ赤だぜ?」
「あはははは、へーき、へーき。ぶい。」
まひる、へろへろとピースサイン。その手も真っ赤に、紅葉のように、茹で上がっている。
タカさんは疑問を抱いた風でもなく、そっかと軽く頷くと、浴室を後にした。
脱衣室から体を拭く、しゃっしゃっという音が聞こえてくる。
それが数十秒続き、がらがら、ぴしゃんと脱衣室を出てゆく音がした。
「勝った!!」
まひるは45℃の熱湯から逃れるように勢い良く立ち上がる。
もう我慢の限界だった。
「良く耐えた!! 君は立派に成し遂げ……」
くらっ。
自らを讃える言葉を言い終わらないうちに、まひるの視界は貧血でじゅわっと闇色に溶けた。意識も。
びしゃん!!
今出てきたばかりの浴室から大きな水音が聞こえ、タカさんは慌てて浴室に飛び込む。
「まひる?」
湯船には海藻のように赤い髪が浮かび、広がっていた。
「のぼせたのか。しょうがねえなぁ……」
タカさんはやれやれと溜息をつきながら、まひるを浴槽から抱きかかえるように引きずり出す。
華奢な体を腰のあたりまで浴槽から引っ張り出したとき、タカさんの胸部を繊細な感触がくすぐった。
「なんでぇ、まひる、まん毛生えてるじゃねえか……」
だが、胸部をこすり上げる感覚は柔毛だけでは無かった。
「なんだぁ?」
タカさんは素っ頓狂な声を上げ、胸に触れた何かを確かめるためにまひるの体を少し離す。
そしてその目が、異物の正体を捉えた。
「……ち○ぽまで生えてやがる。」
【グループ:タカさん(No.15)、まひる(No.38)、薫(No.7)】
【現在位置:漁具倉庫】
【まひる】
【能力制限:気絶中。天使化進行。爪は鋭利な刃物並】
【薫】
【所持武器:M72A2、グロック17:弾16】