099 ご飯とお風呂

099 ご飯とお風呂


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(1日目 15:48)

 ぐつぐつぐつぐつ……

鍋の煮える音と共に、カレーの刺激的な匂いが室内に漂っている。
「まひるー、まだぁ?」
「ま〜だぁ。」
畳にうだぁ〜〜っと転がりながら、だらけた声で空腹を訴えるタカさん(No.15)。
「おかーたま、まだぁ?」
「ま〜だぁ。」
監禁陵辱ペア戦での連携プレイの影響か、タカさんを恐れなくなった薫ちゃん(No.7)も、
彼女の脇で同じようにうだぁ〜〜っと転がり、同じく空腹を訴える。
90分に渡るノンストップ・ハードSEXで気絶してしまった真人と紳一は漁具倉庫に放っぽって、
倒錯おままごとチームは『ウチ』こと漁協詰め所に戻ってきていた。

「まひるー……」
「だからまだだってばさ!」
くすくすと笑いながら、コンロ前のまひる(No.38)が振り返る。
「んなこと言ってもよ。減ってるもんは減ってるんだ。」
「ヒヒ……へってるもんはへってるんだっ!」
薫ちゃんは、タカさんの真似ばかりしている。
「ほんとにもー、男ってやつらは……」
「まひる…… 一応突っ込んどくと、アタシは女だぞ。」
「でへっ、こりゃ失礼。」
気分を害したタカさんだったが、振り返ったまひるの笑顔を見ると、なんだかどうでもよくなってしまう。

その時、ぽん、と炊飯器から音がした。
「あ、ご飯炊けたみたい。
 そろそろカレーもざおざおになってきたし、準備できたよん。」


いただきますが終わってすぐ。

「あなた。
 はい、あ〜〜〜んして?」
まひるはそう言いながらカレーを掬ったスプーンをタカさんの口元に持っていった。
「な、な、な……
 なにこっぱずかしい事やってんだよ、まひる」
真っ赤になって伸びてくるスプーンから顔を逸らすタカさん。
まひるにはその態度がたまらなく可愛く見えてしまい、さらに揺さぶりをかけたくなってしまう。
「ぜーんぜん恥ずかしくないよねー、薫ちゃん?
 はい、あ〜〜ん!」
「あ〜〜〜ん!」
薫ちゃんはとても嬉しそうに、まひるの差し出したスプーンを咥える。
「美味しい?」
「すごくおいしいッ!!」
元気いっぱいに咀嚼する薫ちゃん。

「ね、だからタカさんも。
 あ〜〜〜ん!」
「やめろっつてんだろ?」
タカさんは差し出されたまひるの手を退け、自分の皿を顔の前まで持ち上げると、
しゃこしゃこしゃこ……
それが丼物であるかのように、ひたすら掻き込んだ。
「大体、なんでカレーがこんなに甘ぇんだよ……
 カレーは辛ぇからカレーだろうが……ぶつぶつ。」

「……そんなにイヤ?」
タカさんのその否定の態度に、まひるの声の調子が、変わった。
その顔から笑顔が消え、しゅんと俯く。
「もしかして、こーゆーの、迷惑だったりした?
 ホントは家族ごっこなんてイヤだった?」
「あー、グジュグジュと鬱陶しい!!
 これだから女ってのは面倒臭え。」
「ご、ごめんねタカさん。
 あたし、一人ではしゃいじゃって、タカさんの気持ちとか、全然考えてなかった。」

和気藹々となるはずだった食卓が、どんよりと沈む。


「ダメなの〜〜〜っ!!」

重々しい沈黙を破ったのは薫ちゃんだった。
「ふーふは仲良くしなきゃダメなのっ!!
 ご飯は楽しく食べなきゃダメなのっ!!」
薫ちゃんはタカさんに向けて拳を伸ばすと、親指を経てて鼻先へと擦り付けた。
「おとーたま、めーなのっ!!」
声が震えている。彼は真剣に怒っていた。

「薫ちゃん……いいから。
 お母さんが調子に乗りすぎちゃっただけだから。」
「いや、アタシが言い過ぎたよ。ごめんな、まひる、薫。
 迷惑とかそんなんじゃねーんだ、そんなんじゃ、よ。
 まひるは悪くねぇ。全然。本当に、悪くねぇ。
 ただ……なんつーか。
 こーゆーの、わかんなくってな。」

タカさんは食事の手を止め、ぽりぽりと頭を掻きながら、迷い迷い、そう弁解した。
まひるは沈黙でもって、続く言葉を促す。
「アタシん家は、まあ…… ちょいとばかり変わった家だったからさ。
 母親の顔だって見たことねぇし。生きてるのか死んでるのかも知らねぇ。
 親父も仕事が忙しかったからよ、アタシや麻紀子にかまけてるヒマなんて無かった。」

思いも寄らぬ告白だった。
今を強烈に生きている、楽しんでいるタカさんだ。
その口から過去のことが出るとは、まひるは想像だにしていなかった。
「だからかな…… 正直、家庭とか愛とかって、アタシにゃわかんねぇんだな。
 どんなことして、どんな言葉交わして、どう接したらいいのか。
 義理とか人情ってなら解るんだけどよ。」
そこまで言うと、タカさんはふ、と、今までに見せたことの無い、歯の輝かない笑みを浮かべた。

そんな淋しげなタカさんの横顔を見て、まひるは何故か胸が締め付けられるような気持ちになる。
(この人にも、あるんだ、そーゆーの……)
まひるの数少ない語彙では、そーゆーの、が何であるかが思いつかなかった。
それは孤独感であり、郷愁であり、恨みであり、後悔であり、自嘲であり。
様々な苦悩と想い出から、少しずつ要素を抽出した、切ない胸の痛みだった。

「はい、あーん。」
「……あーん。」

タカさんは、やっぱり真っ赤になって照れたが、今度は差し出したスプーンを口にくわえた。
まひるは、遠く、逞しく、絶対に届かないと思っていた彼女の背中に、
触れることが出来たような気がした。





(16:29)

ぐがーーーーー、ぐがーーーーー。

「『メシの後はフロに決まってんだろ!』
 ってあなたが言うから、沸かしたのにな。」
食事を終えて、まひるが風呂を沸かしているほんの10分ほどのうちに、
タカさんは大きないびきをかいて眠ってしまっていた。
「ありゃりゃ、お臍出して。風邪引くぞぉ?」
まひるは押入れの奥から煎餅布団を一枚引きずり出すと、タカさんにかぶせる。
タカさんの体は大きくて足が入りきらなかったので、もう一枚かぶせた。

「あなた、今日はありがとう。お疲れ様。」
タカさんの寝顔を立膝で眺めながら、その耳にまひるは囁く。
「うーーーん。」
暑かったのだろうか。
タカさんは布団を蹴っ飛ばすと、無造作にズボンの前に手を突っ込み、
ぼりぼりぼり。
大胆な動きで、おそらく彼女の女性自身があろうかという位置を掻いた。
(タカさん、これで、女だってんだから、もう……)
まひるはその様子を見て苦笑する。
(そんで、あたしはこんなですが、男のコなワケで。)
(つまり、あたしとタカさんは男と女……)
(でぇえええええ!!
 マジですかぁ、ちょっと。)
今更再認識して戸惑うまひる。
だが、その戸惑いは、少しだけ心地よい種類のものだった。

きょろきょろ。
と、突如まひるは挙動不審にあたりを見回す。
そして、薫ちゃんが押入れの中でなにやらドタンバタンと一人遊びに夢中になっているのを確認するや、

ちゅ。

タカさんのほっぺたに素早く口付けた。
「でへへぇ……
 ま、おままごとでも、このくらいの愛情表現はかまわないよね?」


それから5分と経たないうちに、沸かしていた風呂が適温に達した。
一番風呂はタカさんに譲ろうと思っていたまひるだったが、
気持ちよさそうに眠っている彼女を起こすわけにもいかなかったので、自分が先に入ることにした。
「それじゃ、お母さんお風呂入ってくるから。」
押入れで「基地ごっこ」をやっている薫ちゃんに軽くその旨を告げたまひるだったが、
「薫も入る!!」
上着を脱ぎながらてててと走り寄ってくる彼に辟易してしまう。

「え、……いや、その……マジでおっしゃってる?」
「マジ!」
「え、えっとね?
 お母さんとして、それは倫理的にどうかな〜って」
「おかーたまは」
薫ちゃんは潤んだ瞳で真っ直ぐまひるを見つめそこまで言うと、俯き、肩を震わせて
「……薫が嫌いになったの?」
そう、か細い声で呟いた。
(ゔ……罪悪感。)

まひるの心に迷いが生じる。
しかし、数時間前にレイプ未遂にあっていること、タカさんの強チンを目の当たりにしていることが、
彼の心の中に強く性に対する嫌悪感と不安感を募らせていた。
薫ちゃんは幼い子供に戻っている。
それは十分理解しているのだが、やはり外見は髭ヅラの50男。
そんな彼と、裸で母子のスキンシップなど、どう考えても、譲歩しても、出来そうに無かった。

「あ、そうそう!
 だってね、薫ちゃん。
 またさっきみたいな変な人がくるかもしれないでしょ?
 その時に誰かが見張っててくれないと、またひどい目にあっちゃうかも知れないよね?」
「おかーたまがひどい目にあうの、薫やだ。」
「でしょでしょ?
 だからね、お母さん、薫ちゃんに見張りを頼みたいんだぁ。
 お父さんいろいろあって疲れてるから、寝せておいてあげたいし。
 薫ちゃんににしか頼れないんだあ。」

薫ちゃんにしか頼れない。
その言葉に、彼の目がキラキラと輝く。鼻息も荒くなる。
この年頃の男の子にとって、母に頼られることほど、奮い立つことは無い。

「うん、わかった! 薫、見張りする!!」
「うわー、薫ちゃん立派!かっこいい!さすが男の子!!
 頼りになるなぁ!!」
「ヒ、ヒヒ……」
笑いながらもじもじと指先を絡み合わせる薫ちゃん。
まひるは自分よりも高い位置にある彼の頭を、爪先立ちになってなでなですると、
「それじゃ、頼んだわね。」
友人称すところの「最強の笑顔」を薫ちゃんに向け、まひるは浴室へと向かった。



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