098 進めと止まれ

098 進めと止まれ


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(1日目 15:00)

アズライト(No.14)は焦りに、顔を真っ青にしていた。
(どうして?どうしてなの?)
『どうされましたんです、アズライトさん?
 お顔色が優れないようでございますが……』
そんなアズライトの焦りを敏感に察し、鬼作(No.5)は気遣うように言葉を繰る。
『あ、ご、ごめんなさい。
 じ、じつは、その……回復しないんです。』
『はて?この鬼作めには、火ぶくれが随分収まったように見えますが……』
鬼作のこの書き込みは、決して目の狂いではない。
事実、アズライトの火傷はかなり回復していた。
上半身に余すところなく発生していた火ぶくれの幾つかは既に収まり、真新しく健康な皮膚が生まれている。
だが……それはあくまでも人間の目から見たら、ということに過ぎない。
彼が泉に身を浸して8時間余。
デアボリカの超回復力ならば、既に火傷の大部分が完治するに十分な時間なのだ。
それなのに。
(胸と左腕筋組織の一部が断裂したまま。
 左の眼球もどこか故障してるみたい。遠近感がずれてる……)

最初の2時間はただ、泉の心地よさにたゆとうていた。
次の2時間は、思索と鬼作との会話に費やした。
その次の2時間で、余りにも遅い回復に違和感を覚え、
この2時間で胃をキリキリ痛めている。

(ぼくたちデアボリカは、大陸の……世界の寄生虫。
 世界の全ての命から、余ったエネルギーをちょっとずつ分けてもらって生きてる。
 回復が出来ないのは、そのエネルギーが得られていないということ。
 つまり……)
アズライトの吸収力に制限がかけられているか、この世界の命の総量が極端に少ないということ。
どちらにしろ、彼の能力をはるかに超える、巨大な何者かの力が働いていることは確かなようだ。


アズライトは、そこで、ふと恐ろしい連想をする。
(変性、できないんじゃ……)
『あ、あの、鬼作さん。
 今から、ちょっと変性してみるので、その……驚かないで下さい。』
『……変性?
 ああ、そういえば、アズライトさんには本当の姿がおありなのでしたね。』
『あの……結構気持ち悪い姿ですから……気分を害しちゃったらごめんなさい。』
『いえいえ。この鬼作、アズライトさまとはお仲間でございますから、
 どのようなお姿に変わろうとも驚きませんし、気分を害したりもしませんよ。』
そこで、またジンと来てしまうアズライトであり、それを計算している鬼作だった。

『それでは、やってみます。』
アズライトはもう一度鬼作に目をやり確認すると、変性を試みる。

 ヴン……ヴン……

アズライトを中心に空気が渦を作る。原子が熱く踊る。光が解け、闇へと落ちてゆく。
爪が尖る。歯が牙と化す。角が生える。皮膚がどす黒く染まる。
みしみしと骨が軋み、ぐねぐねと皮膚がうごめく。

 ……ヴン…………

だが……そこまでだった。
人の姿を保ったまま、サイズが変わらない。
変性が完全に行われれば、人の名残は見出せない異形へと変わり、身長は5メートルを超えるのに。
(やっぱり……)
アズライトは中途半端な変性を解除しながら、大きく溜息を付いた。

『駄目です……本性を出し切れません。』
『と、申しますと、つまり……』
『あの、ものすごくがっかりさせちゃうと思うんですが
 怪我の治りも遅いし、人形態のままでは力を出し切れないので……
 ぼく一人では、主催者と渡り合えないかもしれません。』
『なるほど……それは確かに、いささか残念でございますねぇ……』
鬼作は大袈裟な溜息を付く。
アズライトは身の置き場が無いと言った体でその長躯をちぢこめる。
『ですが、お気にされることはございませんよぉ……』
アズライトが顔を上げると、鬼作は優しげに微笑んでいた。
『鬼作さん……』
そして彼はアズライトの肩にそっと手を置き、

『凶とやらを作ればよろしいだけではございませんかぁ。』


鬼作には、手駒を主催者にぶつけるにあたり、憂慮している点が3つあった。
1つに、主催者の戦闘力。
2つに、首輪に仕込まれているらしい爆弾。
3つに、主催者の手下の存在。

1は、成り飛車に匹敵するアズライトという駒を手に入れたことでクリアできていた。
2についても、アズライトは手榴弾の直撃を耐え切るバケモノゆえ、
首輪に仕込まれた微量な爆薬程度ならば十分耐えることが可能だと踏んでいた。
(問題は……主催者の手下どもだよなぁ。
 4人も居やがるしよぉ。
 タダの人って可能性もあるし、主催者みてぇなおっかねえ連中かも知れねぇ。
 ま、それはぶつかってみねぇ事にはなんともわかんねえが……)
(欲を言やぁ、もう一枚、二枚、手札が欲しいところだよなぁ。
 かといって、俺が手綱を捌ききれないような相手じゃ意味ねえし、
 首輪の爆発でおっ死んじまっても、資源の無駄遣い、ってなもんだぁ。)
そんな一人討論の中で、彼が最も手に入れたいと判断した第2の駒こそ、「凶」だった。

では、その「凶」とは何か?

デアボリカには吸血という手段で下僕を作り出す力がある。
言うなれば吸血鬼が人間の血を吸うと、その吸血鬼の下僕の吸血鬼にできるようなものだ。
この下僕こそ、「凶」だ。
その特徴は、個体差はあれど、大まかには以下のようなものとなる。

一つ、血の主の命に絶対服従。
一つ、食事も睡眠も必要とせず、不老。
一つ、獣相を持ち、顕れた獣に応じた身体能力を持つ。
一つ、生殖能力なし。

鬼作は、長い休息時間の間に、これらのことをアズライトから聞き出していた。
(ぐらっつぇ!
 戦闘能力が保障された、アズやんに絶対服従のお人形。
 これを利用しない手はねぇ。)
彼はその時、心の中で万歳三唱と供に三々七拍子を打ったのだが、
凶のことを記したアズライトに躊躇いと嫌悪感を見出したことから、あえてそのことに触れずにいた。
そして虎視眈々と、凶を作り出すことを提言するチャンスを狙っていたのだ。

それが、今、来たのだ。


しかし、アズライトは悲しげに首を横に振った。
『それはできません。』
予想外の意思の硬そうな拒否に、鬼作は一瞬たじろぐ。
『なぜなんでございましょうか?』
『人の意思を……人生を奪ってしまうのは、いけないことだから……
 自分の意思と感情で、思い思いに生きられるのが、輪廻の内に在る生の素晴らしさだから……』
『凡人の鬼作めにはよく分かりませんが、アズライトさんほどのお方がそうおっしゃるのであれば、
 きっとそうなんでございましょうねぇ。
 よく分かりませんが、甚だ感服いたしましたよぉ。』
鬼作は、今のところ説得の余地なしと見るや、あっさりと提案を引いた。
強引に我を押し通し、アズライトに不信感を抱かれることは、彼が最も避けねばならない事項だったから。

しばしの沈黙の後、アズライトが自信無さ気に、詰まり詰まり、筆を走らせた。
『あの……、凶に頼らなくても、この島で強い人がいます。
 ナミさんとか、黒い獣の女の子とか…
 そのひとたちにお願いして、一緒に戦って貰うことは出来ませんか?』
『それはできません』
今度は鬼作が首を横に振る番だった。
『この鬼作めは某国の工作員にございます。
 そして、このゲームに参加している者共の殆どは、敵国の人間。
 それを機密である工作船に乗せることが出来ましょうか?
 いいえ、出来ませんです。
 アズライトさんにお声をおかけしたのは、そのお力に感じ入ったこともさることながら、
 日本人ではないことが最大の理由なのでございます。
 痩せても枯れても、鬼作は軍人でございます。
 祖国を裏切る位なら、この島で潔く散ることを選びます!!』
鬼作は一気にその言葉を書きなぐった。感情の滲み出た、筆圧が高く荒々しく……計算された文字で。

確かに、アズライトの提案には魅力的な部分も、説得力もある。
だが、鬼作にとっては「制御できない力」を持つことは、力を持たないこと以上に回避したいところだった。
彼が「凶」を欲した理由も「アズライトの命に絶対服従」であるところが大きい。
究極のところ鬼作にとっては、主催者に歯が立たず玉砕するなら玉砕するで、問題ないのだ。
彼の安全が保証されている限りは。

『そ、そうですか……』
アズライトは残念そうに俯く。
彼はとても孤独で消極的な人間だ。
緊張からくる赤面。吃音。のぼせ。
余人を仲間に加えるため説得する術を持たないことは彼自身が最も良く知っていた。
だから、鬼作に頼るほかなかったのだ。
その鬼作に断わられた以上、この提案もまた、立ち消えるしかなかった。


『わ、解りました。それでは今から学校に向かいましょう。』
「え!?」

アズライトの突拍子も無い発言に、鬼作は思わず声を漏らしてしまった。
『アズライトさん、なぜ、今なんでございましょうか?
 もう暫く待ちませんですか、もう暫く。』
鬼作は続けて「参加者がなるべくたくさん死ぬまで」と書きそうになり、慌てて言葉を選びなおす。
『アズライトさんのお火傷が、回復するまで。』
(危ねぇ危ねぇ……イカスミよりなおどす黒い、おれの腹の底を見せちまうところだったぜぇ。
 おれはとんだうっかり者だぁ。)
『あ、あの、鬼作さん……ごめんなさい。
 ぼくの火傷は、1日2日では治りそうにないので……
 今向かっても、後で向かっても、結果は変わらないと思います。
 だったら……
 一人でも多く生きている、今、行動を起こしたほうがいいと思ったので。』

アズライトは、逸っていた。
怪我による能力低下。回復の超遅延。変性の制限。全てが彼の不利に働く。
そしてまた、鬼作という対話相手を得たことで、彼本来の心優しさが頭をもたげても来ていた。

そんな様子を察した鬼作は、慌てて引き止め工作に出る。
『確か、アズライトさんは、夜目がお利きになるとか?
 本来の力が出せなくなってしまった今、あの恐ろしい主催者と刃を交わすのは、
 少しでも有利な状況を作らないといけないと、こう、鬼作めは考えるのでございますよ。』
『あ、あ、なるほど。そうですね。
 でも、そうなんですが、あの……』
『アズライトさんが只の駒でしたら、鬼作めも止めはいたしません。
 ですが、アズライトさんは、鬼作の、いわば戦友でございますよ?
 鬼作め、アズライトさんに死んで欲しくないのです!
 この気持ちを、友情を、お汲み頂けませんか!?』
そう書き記して、鬼作はアズライトの手を固く握った。
(き、鬼作さん、ぼくなんかのことを心配してくれて……)

……アズライトはまたしても涙ぐみ、またしても鬼作の言うとおりにした。

(お・ば・か・さ・ん がよぉ……
 人が沢山生きてるからこそ、今は動きたくねえんじゃねえか。
 つってもこの気持ちは、心の奥の引き出しにそっと仕舞っておかなきゃいけねぇがな。
 とりあえず夜まで引っ張って、それから、どうするかなぁ……
 森の中で迷った振りして、もうちょい時間を稼ぐかなぁ……)



                【グループ:鬼作(No.05)・アズライト(No.14)】
                【現在位置:山麓・泉】

                【アズライト】
                【能力制限:回復力大幅低下。完全変性不可。
                       右腕喪失。火傷多数。運動能力低下】




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