104 DQNの王様

104 DQNの王様


前の話へ<< 100話〜149話へ >>次の話へ 下へ 第三回放送までへ




(15:40)

秋穂は見ていた。
インポになったことが我慢できず暴れ回るランスを。
悪魔を呼び出し、傍若無人に振舞うランスを。
裏で糸を引く創造神の影に怯える少女たちを力強く抱きしめたランスを。
(こういうタイプ、あたいには馴染みがあるね)
秋穂は腕を組んだまま目を閉じ、少女時代を追憶する。

荒れていた10代中盤。
彼女はレディースの総長として君臨していた。
よく暴走族と徒党を組んでは、夜の湾岸を暴走したものだ。
剥き出しの感情と無根拠に漲る自信、そして後ろを顧みない若さ。
彼女の目には、そんな昔の仲間たちとランスの姿が重なって見えていた。
尤も、彼らとランスでは自衛隊員とゴジラくらいスケールの違いがあるのだが。

それでも、秋穂にとって扱いやすく、頼り甲斐がある人間であることは確かだ。
彼女はランス一行への参加を申し出るため、洞窟へ足を踏み入れようとする。

(肇―――)
その時、別れた想い人の横顔が頭を翳める。
自分で終わらせた関係ではあるが、今なお、秋穂の心に棲んでいる男。
(私は……)
ランスは現在勃起障害を起こしているし、仮に障害が回復したとしても、
鍛え上げたセールストークで性交渉を回避するつもりではいる。
だが―――相手が女性としての秋穂を望むであろうことが明白である上で
身を寄せるということは、前歴に似合わぬ一途さを持つ秋穂には、
肇に対する裏切りだと感じられてしまうのだ。
そこに、躊躇いが生じる。
愛と命。
天秤が激しく揺れる。


秋穂は目を閉じ、肇との別れを思い出す。
「一流のOLになることが、私の夢だから。
 あなたがいると、あなたの事しか考えられなくなるから。
 ―――夢を、追えなくなるから」
不器用な秋穂には、バランスを取って恋と夢を両立することが出来なかった。
中途半端は許せないという性格も、両立の道を閉ざす要因になった。
それが、別れの理由だ。
今も後悔がある。
しかし、例え夢を捨て恋を取っていたとしても、
やはり後悔はしているだろうと、秋穂は自身を分析していた。
(だったら迷わずに、仕事に打ち込め。
 それが選択に対する義務だし、肇に対する誠意だろ!)
その一念でこの一ヶ月、秋穂は生活していた。

―――強い北風を身に受け、秋穂は目を開ける。
(死んだら夢に手が届かなくなるじゃねえか。
 夢に向かう道で努力を惜しんじゃ、肇に対して失礼ってもんだ)
その目には、強い意志が宿っていた。
(あたいは、今を生きて、未来を掴む)
不器用な秋穂は、肇の面影を振り切り、決断した。
今度こそ、力強く洞窟内へ踏み出す。

「あー、お取り込み中のところ悪いんだけど。
 ちょっといいかな?」


「ぬ!」
洞窟の入り口から聞こえて来た声に、反射的にバスタードソードに
手をやるランスだったが、彼女の姿を認めるや、
「気の強そうな眉に、くりくりの目。成熟したボディ……
 グッドだ!!」
と、いつもの調子で寸評を入れ、戦闘体勢を解いた。

「私も、仲間に入れてもらえないかな?」
秋穂は緊張を見せず、さらりとランスにそう告げた。
彼女には断わられない―――少なくとも危害は加えられない自信があった。
「つまり、あれか?
 お前もこの2人同様に、俺様の魅力にメロメロなわけだな?」
「うーん……ランスさんはとても強そうだし、男らしく女の子を守ってるから、
 ちょっと惹かれてる部分はあるわね」
腹を決めている秋穂の言葉に躊躇いは見られなかった。
尤も、それはリップサービスでしかなかったが。
「じゃあ問題ない。お前も俺様の女になれ」
「そうね……今後のランスさんの活躍次第で検討する、ってところかしら?
 ゲームの終わりまで、私たちを守り抜いて。
 そうしたら私、考えるわ」
「むぅ……面倒だがまあいいだろう。
 俺様の強さとカッコ良さを十分知って、らぶらぶになったお前……
 お前、名前は?」
「篠原秋穂よ」
「らぶらぶになった秋穂を抱くのも悪くない。
 よし、そうしよう。それに決定だ」


「んじゃ、妹に自己紹介とかそんなのをいっちょ」
ニューカマーとの会話に混じりたくてウズウズしていたアリスが、
ランスと秋穂の合意を察し、割り込んできた。
「あたしはアリスメンディ。
 ふつーのかわいい女の子に見えて、じ・つ・わ・っ!!
 なんとっ!! 闇夜を統べる大魔王だったりするのです……」
「……アリス、さっきウィリスより位が低いって言ってなかったか?」
「うわ、ランスてばそ〜〜〜んな細かい突っ込み入れなくてもいいじゃんか。
 おこれる、ぷんすか!!」
アリスはぷうと頬を膨らませ、ランスをぽかぽかする。
「聞いていたと思うけど、私は秋穂。仲良くしましょうね」
「おまかせっっ! 3P4Pぜ〜〜んぜんOKッ!
 でも、おちん○んの独り占めはダメだよ?」
「あの…… 仲良くってそーゆー意味じゃないんだけど」

淫猥なことをあっけらかんと口にするアリスに、秋穂は曖昧な笑みで答える。
それから目線をランスの背後に移すと、

「……ユリーシャちゃん、今度は、いいかな?」
ランスの背中に張り付き、隠れるように立っている少女に手を振った。
「今度は?」
ランスは少しだけ訝しげに秋穂に聞き返す。
「さっきちょっとね。
 ユリーシャちゃんにここを追い出されたものだから」
「ユリーシャ、どういうことだ?」
ランスはユリーシャを振り返り、説明を求めようとしたが、
それより早く、ユリーシャが彼のマントにすがり付いてきた。

「ランスさんごめんなさい。
 ランスさんごめんなさい。
 ユリーシャが悪い子でした。
 お願いです、捨てないで下さい……」

大きく幼い瞳をこれ以上無い程に見開き、惜しみなく真珠の涙を零し、
ランスだけを見つめて。
路地裏のダンボール箱から見上げる子猫の瞳で怯え、懇願する。
「え、あ、」
ランスはユリーシャのあまりの仰々しさ、悲痛さに絶句する。


「捨てないで下さい。捨てないで下さい。捨てないで下さい」
「……いや、な。俺様はお前に留守番を頼んだわけだから、
 お前は間違ったことをしたわけじゃない。
 俺様の女ならばもうちょっと気を利かせろと、それだけのことでな」
「私も気にしてないから。仲良くしましょ、ね?」
「捨てないで下さい。捨てないで下さい。捨てないで下さい」
「……どうしたもんだ、秋穂」
捨てないでと繰り返し呟き、静かに涙を零し続けるユリーシャに困惑し
ランスは実に彼らしくない、情けない表情で秋穂に救いを求める。
「んー、抱きしめて、優しい言葉をかけてあげたら?」
郷愁に似た気持ちを味わいながら、大人の笑みを浮かべて秋穂は答えた。
(ふふ……
 ランスが不良のリーダーなら、ユリーシャちゃんは彼に恋しちまった
 後輩の純情真面目少女、ってところだね)

ランスはついさっきの「安心しろ」発言の折とは打って変わって、
落ち着きも余裕も無い態度でとりあえずユリーシャを抱き寄せる。
それからしばらく頭をポリポリと掻いて、発した言葉がこれだった。
「……まあ、なんだ、ユリーシャ。
 お前は俺様の女だから、捨てるなどと言う勿体無いことはしない。
 泣き止んでくれ」
歯切れの悪い言葉だったが、ユリーシャはそれでようやく我に帰ったのだろう。
「……ありがとうございます」
すぐそばにあるランスの耳にも届かないような小さな声でそう囁いて、
遠慮がちに彼の背中に細い手を回した。


ランスは、ユリーシャの慟哭がどうにか落ち着いたとき、
いつもなら煩いくらいに絡んでくるアリスが沈黙を保っていたことに気付いた。
黙られていたら黙られていたでなんとなく物足りなかったらしく、
彼は洞窟の入り口あたりでしゃがみ込んでいるアリスに声をかける。
「おい、アリス。えらく大人しいじゃないか?」

かさ、かさ。

彼女の足元から、小さな衣擦れのような音がしている。
「なんか音がしたから、なにかななにかな〜って思って見に来た。
 そしたら……」
そういいつつ、アリスは壁面の一点を指差す。
指先を視線で追ったランスの目に、衣冠束帯姿の小さなのっぺらぼうが映る。
それは、壁面に生えている黴を勺でコリコリと削っていた。

「ほう、ずんべらの小人さんか」
「違うよランス、これ式神」
「式神?」
「陰陽師ってゆ〜お仕事の人がね、お人形に魂吹き込んで……て、あ!!
 ぴろりん!!」
アリスは人差し指を立てると、ランスに向かってウインクを決めた。
「ランスランス、 陰陽師だよ、陰陽師!!
 もしかしたらふにゃちん、元に戻せるかもしんないよ!!」
「何っ!?」
「陰陽師てば、ほら、呪いのエキスパートじゃんか?
 せ〜め〜誘い受けでひろまさ攻めの平安☆ラヴウォーズ!!
 やあぁぁん、野村萬斎ちょ〜ぜつかっこいい〜〜!!」
ランスとユリーシャにはさっぱり解らない言葉だったが、
秋穂には意味が伝わったらしく、あはははと健全な笑い声を洞窟に響かせた。
「よくわからんが、つまり、この小人さんの後をつければ、
 その陰陽師とやらに行き着くわけだな?」
「そ〜ゆ〜こと!」
「でかしたアリス!!」


「と、言うわけで」
ユリーシャの介添えですっかり鎧を着込んだランスが、秋穂に向き直る。
「お前との熱く激しいセックスの為に、俺様のハイパー兵器の呪いを解いてくる。
 あそこをぬれぬれにして待っていろ、秋穂」
「それはいや。
 言ったでしょう? 私は強い男が好きだって。
 私を抱きたかったらゲームが終わるまで守り通して」
「がはははは、任せろ。
 ハイパー兵器さえギンギンになれば、俺様は無敵だ。
 ルドムサラウなど屁でもない!!」
「期待してるわ」
秋穂は言葉と裏腹に期待している様子は見せず、さらっと流す。
それに気付かない幸せなランスは彼女の腰を唐突にぎゅっと抱きしめた。
「きゃっ!」
「がははは、結構引き締まった体をしているな。激しいSEXが期待できそうだ!」
「んもう……」
「それじゃ、秋穂。留守番を頼むぞ」
「任せておいて」
「あの、」
「何だ、ユリーシャ?」
「あ〜〜〜、ランスてば早く早く!!
 式神が森の奥にずんずん入ってっちゃうよ〜〜!!」
「……お気をつけて」
「おう」

くるりと背を向け森に向かうランスと、その背中を見送る秋穂には、
その後ろで俯いたユリーシャの表情に気付かなかったし、
彼女が、本当は何を言おうとしていたのかもわからなかった。



【グループ:ランス・ユリーシャ・アリス・秋穂】

【ランス・アリス】
【現在位置:洞窟 → 南(式神追跡)】
【スタンス:陰陽師捜索を最優先に。他は変わらず】

【ユリーシャ・秋穂】
【現在位置:洞窟】
【スタンス:待機潜伏】




前の話へ 投下順で読む:上へ 次の話へ
進めと止まれ
時系列順で読む
岐路に立つ男

前の登場話へ
登場キャラ
次の 登場話へ
094 OLは見た!
篠原秋穂
113 想いは明確な形をとって 次第に大きくなり 彼女の心を蝕み始めた
095 悪魔、召喚
ユリーシャ
ランス
119 何よりも大切な物 それを取り返す為ただ前進あるのみ
アリスメンディ