113 想いは明確な形をとって 次第に大きくなり 彼女の心を蝕み始めた

113 想いは明確な形をとって
次第に大きくなり
彼女の心を蝕み始めた


前の話へ<< 100話〜149話へ >>次の話へ 下へ 第三回放送までへ




(15:50)

ユリーシャは下に座り込んで、じっと自分の手を見ていた。
固く固く両手を組んでいる為に、指が白くなっている。
しかしそれを気にせず、先程からずっと同じ事を考えていた。
(ランスさんには…、私だけじゃない。他にも、女性は沢山いる。
きっと、あの方は皆に優しく…でも)
小さな溜息を吐いた。
(私には、もうあの方しかいない。ランスさんが他の女性に
目を向けないで、私だけを見てくれたら…)
叶わない思い、それは解っている。
ランスにとってユリーシャは一人の女でしかない。
その優しさは、個別差はあるにしてもほぼ平等だろう。
今はまだ良くてもそのうち耐えられなくなる。

横にいる秋穂に目を向けた。
秋穂も、最初のうちは一生懸命ユリーシャに話し掛けていたが、
上の空の少女に話し掛けるのに疲れたのか、黙っていた。
篠原秋穂。
自分とは正反対の彼女。
行動的でさばさばとしており、同性から見ても魅力的だと思う。
あのランスとも、対等にやりあっていた。
(…私に、敵うはずがない)
立てていた膝に顔を埋める。
徐々に嫉妬と言う名の暗い闇が、ユリーシャの心を覆い始めた。

汚れたスカートの中で、ユリーシャは目を閉じた。
暗闇の中、冴えていく思考。
そこに一点の光が見えた。
(…一つだけ、ある)
ランスが自分だけを見てくれる方法。
余りにも、危険な方法。
しかし不可能ではない。
自分に勇気があれば。

心を決めた時、ユリーシャは立ち上がって秋穂に声を掛けた。

「少し、外に出ませんか?」
森の中を歩く二人。
先を歩いているのはユリーシャ、その後に秋穂は付いていく。
『用を足したい』
ユリーシャの突然の誘いに、秋穂は戸惑っていた。
(さっきまでは、相手にしてくれなかったのにね。
それが自分から声かけて、しかも外に出ようなんて。
確かに、ずっと洞窟の中じゃ用も足せないし、
一人で出るのは不安だろうけど…。
…少しは信用してもらえたのかな)
ユリーシャの感情は『信用』と異なるものだが、
秋穂はそれに気が付いていない。
数歩先を行くユリーシャの背中を見た。
彼女の手には弩弓がしっかりと握られている。
(余り洞窟から離れると、敵に会った時に危険だから…)
「この辺で良いんじゃない?」
樹々の開けたところで、前を歩くユリーシャに声を掛けた。
ハッとして、振り返るユリーシャ。
どうやら歩くのに一生懸命で、どれだけ歩いたのか
気が付かなかった様だ。
「じゃ、私はあっちの影で用を足してくるから」
少し離れた場所を指して、秋穂はユリーシャに背を向けた。
「では、私は反対側で…」
そう言って、秋穂と反対側の茂みに向かうのが気配で判る。

ふと、ユリーシャの小さな声が耳に届いた。
「…ごめんなさい」

その瞬間、秋穂の耳に風を切る音が聴こえた。
「…!?」
秋穂は咄嗟に振り返るが、間に合わない。
胸に何かが突き刺さり、もんどりうって倒れる。
「な…?」
胸から突き出ているのは、ユリーシャの持っていた弩弓の矢尻だった。
喉から血が溢れ出し、咳き込む。
「…ど、どうして?」
見上げたユリーシャの顔に、怯えはない。
むしろ、その瞳は冷え切っていた。
「あなたがいると、ランス様は私の事を見てくれないですから」
少しずつ、ユリーシャが近づいてくる。
弓を持った手は震えていない。
「ランス様には、ユリーシャが付いてます。
…他の女性は必要ありません。私だけがあの方と一緒にいれば、
それで…きっと…あの方も私だけを見てくれる…」
呟きと共に、無表情の瞳からぽろぽろと涙が零れた。
秋穂から数歩離れた所で足を止めた。
秋穂は必死になって身体を起こし、傍にある樹に肩を預けた。
ユリーシャの顔を見て、呟く。
「…馬鹿なことを…したね…。あの男は…一人の女で
満足する様な男じゃ…ないってのに…」
そこで、血を吐く。
「…そんな…独りよがりな想いじゃ…いつか疎まれて…
捨てられる…。あんただって…気が付いて…ないわけじゃ…」
「言わないでっ!!」
ユリーシャの叫び声で、秋穂の言葉は遮られた。
「ランス様はユリーシャを捨てたりしない。そんなことない…。
そんなことない…」
それは、秋穂に向けた言葉ではなく、独白だった。
涙にぬれたその瞳には、もはや正常な光は存在しない。

暫くの間、血を吐き弱い呼吸をしていたが、それはやがて動かなくなった。
死体に軽く頭を下げて、ユリーシャは洞窟へと足を向けた。

(…次は、誰かしら? ランス様の為に、私の為に、
…女の人を殺します)
そう心の中で呟いたユリーシャの顔には、うっすらと
微笑が浮かんでいた。
もう、迷いはない。


【No31 篠原秋穂】

―――――――――残り 24



【No.1:ユリーシャ】
【現在位置:洞窟】
【所持武器:弩弓】




前の話へ 投下順で読む:上へ 次の話へ
118 追う者ひとり、追われる者一人
時系列順で読む
114 忍び寄るヤミ、一つ

前の登場話へ
登場キャラ
次の 登場話へ
104 DQNの王様
ユリーシャ
126 黒い心 冷えていく心 慕う心
篠原秋穂
死亡