118 追う者ひとり、追われる者一人
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(一日目 15:50 東の森・南部)
走る、走る、走る。
少し止まり、匂いを探る。
感じ取る。
再び走る、走る、走る。
枝に引っかかっている包帯を取る。
更に走る、走る、走る―――
森の中を一つの小柄な影が走っていた。
影の名を、アイン(No,23)と言う。
彼女の手に握られているのは、一切れの変色した包帯の切れ端。
薬品と膿で彩られたそれは、あの素敵医師と名乗る怪人が纏っていた包帯である。
最初に彼女が奴と遭遇し、スバスを撃ち込んだ際に飛び散った欠片だ。
麻酔が解け、起き上がったアインが真っ先にした事は素敵医師の残した痕跡を探る事だった。
腐臭と刺激臭を発するこれを手に入れた後、魔窟堂への書き置きを残して現在に至る。
スバスは残し、今はかつて素敵医師が遙に渡したメスのみを持っている。
正直このメスを使う事に迷いはあったが、それ以外の刃物が無い以上やむをえない選択だった。
神楽と藍についてはアインも知らなかった。そこまでの余裕が無かったのだ。
病院を出て、微かな匂いを頼りに追いかける。
そして、彼女は確実に素敵医師との距離を狭めつつあった。
森に入ってからはあちこちの枝に包帯が引っかかって破れた跡があり、追跡を
より容易にしている。
しかし、アインは考える。
―――相手にとって、彼女の動きは筒抜けなのではないか?
充分ありうる仮定だった。
彼女の首に嵌り、相変わらず不吉な存在感を放っている首輪。
これに発信機や盗聴機が仕掛けられている可能性は高い。
(アイン自身は遭遇しなかったが)病院に警告を告げる少女が出現した事。
素敵医師がアインや遙の事を把握していた事などはその証拠と言えた。
―――それでは諦め、素直に狩る側に回るか?
否。
それはアインにとって許されざる選択肢だ。
理論上では理解していても、彼女の感情がそれを拒否していた。
あの時の奇襲が成功した事から考えると、相手は常時自分達の動きを把握
できる訳では無いらしい。
それが、彼女が頼りとする一本の藁と言えた。
(いいわ、掌の中で踊ってあげる)
新たな痕跡を発見し、アインは再び走る。
この程度の動きならば傷口はまだ大丈夫なようだ。
(……貴方達の手を砕くまで)
走る、走る、走る―――
(同時刻 東の森・東部)
「あ〜らぁ……」
わざと枝に腕を引っ掛け、
「よっ……がよ」
枝に包帯の切れ端を残す。
「けひゃひゃ、い〜い感じじゃき……」
満足げに頷き、またよろよろと歩く。
追われる立場の者、素敵医師はこうして故意に痕跡を残しつつ移動していた。
白衣のポケットから小さな通信機を取り出し、スイッチを入れる。
「あー、あーあーあー……本部?ほーんーぶー?こっちら素敵医師がよ。応答しとーせ?」
数秒の雑音の後、無愛想な椎名智機の声が返ってくる。
「……こちら本部だ。どうした?」
「アアア、アイン嬢ちゃんの現在位置の確認をしたいが」
「分かった、少し待て……ふむ、お前のいる森の南部から反応があるな。
これは……少しずつお前に近づいているようだ」
「ひきゃっ……いーがねいーがね!べすとぱたーんがよ!」
一人ではしゃぐ素敵医師に、智機は冷静に言う。
「何を考えているか知らんが、やり過ぎるな。お前の目的は―――」
「『大会運営の障害となる参加者の排除・妨害』……わわわ、分かっちゅうがよ……」
「……ならばいい。引き続き行動を継続しろ」
その言葉を最後に、通信が切られる。
素敵医師はさも愉快そうに笑った。
「へきゃ、へきゃきゃきゃきゃきゃ……!さてさてアイン嬢ちゃん、第二幕の
始まりがよ……けひっ、けひひひひひひひひ………ッッ!!」
【No,23 アイン】
【スタンス:素敵医師の追跡・殺害】
【所持武器:医療用メス×3本】
【備考:腹部に傷口の縫合跡。】