102 Who killed Cook Robin?
102 Who killed Cook Robin?
前の話へ<< 100話〜149話へ >>次の話へ
下へ 第三回放送までへ
だれがこまどりをころしたか?
それはわたしとすずめがいった
わたしのゆみとやで
わたしが ころした
―――童謡集「マザーグース」収録
『誰がコマドリを殺したか』より
(13:45 病院からやや離れた通り)
「!?」
病院から銃声が聞こえた瞬間、既に私は走り始めていました。
「アインさん……もうっ!」
―――悔しいな。
あ、騙された事が悔しいんじゃないですよ?
私以外の誰かにアインさんが本気になった事が悔しいんです。
「ひょっとして撃たれたのって、先生かなぁ?」
それなら安心です。先生は殺されるのには慣れっこだそうですし。
玄関が見えてきました。そのままの勢いで突っ込みます。
そのとき、廊下の奥の方から声が聞こえました。
『……遙!遙!?』
アインさん、私を呼んでます。
『………遙、私はここにいるわ。決着を着けましょう!』
ア、アインさん……嬉しい……!
やっと本気で殺し合ってくれるんですね!?
更に速度を上げます。
何だか右腕が重い気がしますけど、気になりません!
えっと、メスは……ちゃんと3本入ってます。
『……どうしたの遙、今更怯えてる訳でもないでしょう!?』
今行きます。アインさん、待ってて下さい!
頑張ってアインさんを切り刻みますから!
声のする場所は―――あそこです!
急停止してその扉の前に立ちます。
そこには、
「霊安室」
と書かれていました。
確か……死体を保存しておく場所だったかな?
フフッ、アインさんも結構ロマンチックな所あるんですね。
うかつに入ると不意打ちの可能性もあるけど、もう待てません。
「えいっ!」
勢いをつけて一気に中に転がり込みます。
「アインさん!?」
ひんやりした空気と、並ぶスチール棚。それに大きな―――多分死体さん達
を保存しておくのに使うんでしょう―――沢山の袋。
―――でも、そこにアインさんはいませんでした。
(13:50 同病院・霊安室)
「……………」
死体袋の中、アインは一糸纏わぬ姿で横になっていた。
スパスは無く、その手に一本の注射器が隠し持たれているのみである。
「……遙!私はここにいるわ。決着を着けましょう!」
荒い息を吐きつつも叫ぶ。
「どうしたの遙、今更怯えてる訳でもないでしょう!?」
あえて相手を挑発するかのような口調。
(遙……早く、出てきて……)
既にアインの体力は限界に達していた。
頭痛、眩暈、嘔吐感、腹部の鈍痛―――
(……もって十分、って所かしらね……)
それも、この後激しく動かず、怪我も負わず―――での話だ。
(チャンスは一回、失敗は許されないわ)
足音が聞こえてきた。
急速に大きさを増すその足音は一旦霊安室の前で止まり―――
「えいっ!」
妙に緊張感を削ぐ掛け声と共に入って来た。
「アインさん!?」
その足音の主、涼宮 遙は即座に周囲を見回し―――戸惑った表情を浮かべた。
「あれ?……アインさ〜ん?」
不安げに、更にきょろきょろと見回す遙。
ここまではアインの予測範囲だ。
あとは―――運と、遙の判断力次第。
今、アインは遙から見て右の棚の死体袋に入っていた。
本当は確実に一番上の段の袋に居たかったが、既に上がる体力が無かった為
一番下段の棚の袋に入っている。
袋に入る時は、あえてシーツをはずして血痕を残しておいた。
遙がまだ常人並みの観察力をを持っているなら、すぐ気づけるように。
「あ♪」
早速、この袋に目をつけたようだ。
「フフッ、駄目ですよアインさん。ちゃんと止血しないと……
手跡がべったり残ってます♪」
そう言いつつ、細い手がアインの袋のファスナーに伸び―――
「……な〜んて、もう同じ手には引っかかりませんよっ!?」
次の瞬間、遙の体は180度回転して背後にあった死体袋を切り裂いていた。
驚いた事に、死体袋には中身がまだ入っていた。
誰の物かは不明だが、既に木乃伊化した死体が切り口から少し覗いている。
「……あれ、おかしいなぁ?ここだと思ったんだけど……」
小首をかしげて、遙は更にその棚の死体袋を切る。
完全にアインの袋からは意識が離れているようだ。
(……ここまでは、よし……)
少しずつ、音を立てないようにファスナーを下ろしてゆく。
あとは背後への警戒を完全に解いている内に、注射する。それで完了だ。
(あと、少しで……)
その時、遙の動きが止まった。
「……これじゃきりがないですね、アインさん」
ポケットからハンカチを取り出し、メスを折れている右手に硬く結ぶ。
更に左手にはもう一本のメス。
(……?)
その行動にアインも動きを止め、遙の様子を伺う。
「一気に、いきます!」
突然遙はくるくると回り始めた。
左足を軸に、信じられないスピードで回る。
(ッ!)
それは、正に竜巻だった。
大きく広げている遙の手の先に触れた物体が、全ての区別なく切り刻まれてゆく。
重い衝撃音と共にスチール棚の一部が崩れ落ちた。
(これは……!?)
次第に接近する刃の竜巻。
アインはとっさに袋から脱出した。麻痺している右足を引き摺るようにして
立ち上がる。
「アインさん、やっと会え……」
遙は回転を止め、心底嬉しそうにアインを見つめた。
が、
「あ、あれっ?」
急にその足がよろめき、倒れる。
すかさずアインは飛び掛ろうとするが……こちらも右足の為に動けず、転んでしまう。
「……あ、あははっ、ちょっと目が回っちゃった……」
照れながら起き上がる遙。その笑顔だけは正気だった時のままだ。
「ねえアインさん、今のどうでしたか?私、今考えてやってみたんですけど……?」
「……ええ、やるじゃないの……」
無邪気に尋ねてくる遙に、アインはふらふらと立ち上がって答えた。
「本当ですか!?……嬉しいなぁ……」
更に嬉しそうに紅潮する遙。
対してアインは既に蒼白である。
(もう不意打ちは無理……残ってる手段は……)
まだ動く左足で床を蹴り、一気に遙との距離を詰める。
(正面から……やるしかないわね)
姿勢を低くして、体をひねる。
その勢いで右足が揺れた。棍棒で打ち込むかのように遙の足首を狙う。
「わわっ」
慌てて遙は飛び上がった。
その隙に注射を打ち込もうとするアイン。
だが、空中の遙はそのまま両手のメスをアインに振り下ろす。
「!」
アインはわざと足をすべらせて横に転がった。
直後、彼女のいた空間を2本のメスが通過する。
(早い……!)
転がった状態で、アインはあえて遙の方に突っ込んだ。
「アハハッ!アインさん、やっぱり凄いです!」
メスの刃というのは鋭さこそあるものの、その刃部の長さは極めて短く、
至近距離では振りまわせない。
とっさにメスの持ち方を変えようとするが、先にアインが動いた。
アインの左足と右腕がカエルのように曲げられる。
(これが……ラスト……!)
一気に跳躍する。
双方の息がかかる程の距離。
一方の表情は笑顔。
一方の表情は焦りと決意。
アインの左手の注射器が構えられる。
同時に遙のメスの持ち替えが完了した。アインの肩に垂直に振り下ろす形。
(これで……)
「アインさん……」
(終わらせる……っ!)
「とどめですっ!」
二人の腕が動き―――
―――止まった。
アインの左手は遙の首筋の手前で。
遙の左手はアインの肩口に食い込んで。
アインの肩から更に血が吹き出る。今度は動脈まで傷ついたようだ。
「フフッ、もうおしまいですか?」
「……………」
その時、遙の左手にアインの右手が弱々しく当てられた。
「!?」
遙の目が見開かれる。
アインの口元に微かな笑みが浮かんだ。
押し出そうとするのでなく―――更に自分にメスを食い込ませる。
「なっ、何で……!?」
「今よ、藍!」
アインが叫ぶ、その目線の先は……遙の背後。
「えっ!?」
慌てて遙は首だけ背後に向けた。
誰も……いない。
「あ」
瞬間、遙の首筋に注射器が打ちこまれた。
「……………!」
そのまま中の液体を全て注入する。
「あ、あ、あ……?」
よろめきながら後退する遙。
メスが床に落ち、アインも開放される。
崩れ落ちそうになる体を必死に支えるアイン。
(……まだよ……!)
正直このまま倒れてしまいたかったが、それは許されなかった。
遙の様子を見届け、確認するまでは。
「あ、ああ、あああ……」
呆けたような顔で天井を見つめる遙。その瞳には何も写っていない。
「あああ、あああああ、あああああああ……!」
次第にその口から出る音は声となり、
「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!」
絶叫となった。
座り込み、苦痛の叫びをあげる遙。
「痛!痛っ!痛いっ!何、これ……!!痛いよ、痛いよぉ!」
全身を押さえようとして、更にその痛みで苦しむ。
無理もなかった。アインが確認できただけで右手骨折、筋肉損傷、その他
無数の擦傷、打ち身……それらの痛みが一斉に遙を襲っているのだ。
「落ち着いて遙。もう……大丈夫だから……」
アインは体を引き摺り、遙に近づいた。
「アッ、アイン……さん……!?痛いよ、痛いよぉ……!」
そこで初めて遙はアインに気づいたらしい。体を丸めたまま、左手を声の
する方向にさまよわせる。
その手をアインが握った。優しく、柔らかく。
「大丈夫、大丈夫よ遙……命に別状は無いわ。心配いらない……!」
「わっ、私、どうしちゃったの……!?」
「覚えてないのね……貴方、包帯姿の男に薬物で……」
「………!!!」
その時、ぴたりと遙の動きが止まった。
ゆっくりと、まるで恐ろしい物でも見るかのように本当にゆっくりと顔を上げる。
「アイン……さん……!?」
遙の目が、アインを見た。
肩口の真新しい傷口。
まだじくじくと血を流している右腕。
そして、明らかに不自然に伸びている右足。
「あ……あ……わ、私……!」
次第にその瞳が混乱から抜け出し、衝撃へと移ってゆく。
「私なら大丈夫。……単なるかすり傷よ」
果たしてこの蒼白な顔で言ってどれだけの説得力があるだろう?
貧血ではっきりしない意識の中、アインはそう思いつつも言った。
「……………」
遙は答えない。その肩が震え、たちまち大粒の涙が流れ落ちる。
「わ、私……何てこと……なんてこと……!」
「泣かないで遙。本当に……大丈夫だから……」
言いながら遙の横に回りこみ、彼女を立ち上がらせる。
自分が動ける内に遙を病室まで運ばなくては。
(それから神楽を探して……間に合うかしらね……?)
「………………」
ふと、アインは遙の様子がおかしい事に気づいた。
足元をじっと見つめたまま、微動だにしない。
ついさっきまで苦痛の叫びを上げていたというのに。
「……遙?」
「……残念だなぁ。お薬が効いてる間に殺したかったのに……」
「は……る……」
―――その言葉の意味を理解する前に、アインは遙を突き飛ばしていた。
(っ!?)
「きゃっ……!」
よろめいて倒れる遙。
それはアインの意思ではない動きだった。
既に判断能力を失いつつある意識の代わりに、非常時の対応を叩き込まれた体が
反射で彼女への危険を排除しようとしているのだ。
同時にそれは、完全に手加減が出来ない事も意味していた。
(……何故なの、遙……)
さっきまでの行動―――苦痛を訴えてからのものは全て演技だったのか?
否、それなら自分を仕留める隙はいくらでもあった筈だ。
では……遙は正気で自分を殺そうとしているのか?
「……今度こそ……貴方を……殺しますね……」
ふらふらと立ち上がる遙。その手には、一本のメスが握られている。
どうやらメスを遙は3本以上持っていたらしい。
「さっ、さあ……アイン……さん……どう、します……か……?」
(……!?)
遙の声は、かすかに震えていた。
「もう……私を、殺すしか……あり……ませんよ……!」
その顔が上げられる。
―――泣いていた。
目を赤くして、涙をぽろぽろ流しながら、遙はアインを見つめていた。
その瞳に移るものは苦しみ、痛み、怯え、―――そしてそれ以上の覚悟。
「私は、他の人も……殺します……!アインさんっ!生き残りたかったら、
私を……殺すしか……ないですよ……ッ!」
「遙……!」
その時、アインは遙の意図を理解した。
「ダメ、ダメよ遙……!」
伝えたい感情があるのに、言葉が出てこない。
遙は、ゆっくりとメスをアインに向けた。
「優しいですね、アインさん……」
「遙……っ!」
「でも、もう……私、これ以上……みんなの……」
「遙……やめて、誰も貴方を責め……!」
「行きます……!」
遙が動いた。さっきまでとは比べ物にならない遅さ。
(ダメ……ッ!)
だが、
(来ないで……!)
アインの体は、的確に動いていた。
(は)
走ってくる遙の勢いを流して背後に回る。
(る)
そのまま腕を遙の喉に食い込ませ、すとんと真下に全体重を掛け―――
(か)
ごきっ
首の骨が折れる音。
吐き出される血。
急速に力を失う遙の体。
―――それらの感覚を最後に感じ、アインは意識を失った。
(14:03 同病院・一階診療室)
目が覚めると、アインはベッドに寝かされている自分に気づいた。
全裸だった筈の体は消毒液の匂いがするパジャマに着替えさせられている。
口を開け、何か言おうとしてみる。
「ア……」
だが言葉は出なかった。舌が思うように動かない。
いや、舌どころか全身が麻痺したかのようになっていた。
麻酔でもかけられているのだろうか?
「お、おーおーおー……嬢ちゃん、もう気がついたがか?」
その時、アインの視界に突如包帯姿の男が現れた。
「!?」
(そんな……この男はさっき……!?)
アインの目が見開かれる。間違いなく自分が撃ち殺した筈の怪人。
その包帯男―――素敵医師はそんな混乱しているアインの様子を楽しげに眺め
つつ言った。
「あー、気にせんでもええき、センセは不死身じゃき」
「ア……ウ……!」
「あーもー、輸血終わるまでじっとしとりゃーせ!」
(……輸血?)
そこでアインは初めて、自分の腕に刺さっているチューブに気がついた。
それらの先にぶら下がる輸血パック。
(…………!!!)
更にもがこうとするアイン。素敵医師はわざとらしく肩をすくめると腐臭を
発する顔を近づけた。
「ししし、心配せんでええがよ。別に変なのは入っとらんき。純度100%の血液
じゃき……。ここっこ、これはセンセからのボーナスやき」
(ボー……ナス?)
ぱちぱちぱち。
急に素敵医師はぞんざいな拍手をすると、懐から一個のクラッカーを出した。
ぽんっ。
安っぽい紙テープが飛び出し、アインの顔にかかる。
「嬢ちゃん、殺人数単独トップおめでとーう!……がよ」
(な……!)
瞬間、数分前の光景がアインの脳裏にフラッシュバックする。
遙の涙。
反射的に動いてしまった自分の体。
へし折った細い首。
「ぶぶ、ぶっちゃけた話アイン嬢ちゃんみたいに殺しまくる人はまだ生きていて
欲しいがよ。……これはセンセからの特別さーびすやき」
彼女の心境を知ってか知らずか一方的にしゃべる素敵医師。
「……………!」
アインはその包帯で巻かれた顔を睨みつけた。その視線に気づき、素敵医師も
正面から睨み返す。だが、その口元には哀れみの笑みが浮かんでいた。
「にしても、嬢ちゃんもバカなマネしたもんがよ……。遙の嬢ちゃんが正気に
戻れば、ああなる事くらいわかっとったがね」
「ア……グ……!」
「たた、只でさえ自分が役立たずっちゅーて落ちこんどる娘が、気づいたら
その落ち込みが許で更に人殺しかけたんやき……まあ普通じゃったら死のう
思うが普通がね……けひゃ、けひゃひゃひゃひゃははははははは!」
「ウ……ウァ……!」
圧倒的な絶望と屈辱がアインを襲っていた。
遙を救えなかった自分。
彼女の苦しみを理解できなかった自分。
結局、敵の掌の上で踊る事しかできなかった自分。
―――だが、それ故にアインは目を逸らす事はできなかった。
この男の顔を絶対に忘れない為に。
それは、アインの中に長らく存在していなかった感情であった。
「何か」の為に殺すという「殺意」ではなく、
「自分」の為に殺すという「感情」―――憎しみ。
かつて、愛する人―――ツヴァイが狙われた時に感じた感情。
「ままま、もう少し休むがいいがよ。30分位で麻酔も切れるき………。
あ、あと内臓の弾も抜いといたがよ。感謝しとーせ!」
そう言って、素敵医師は背を向けた。相変わらずの足取りで部屋を出てゆく。
「へきゃっ、へきゃきゃきゃきゃきゃ……!」
その去りゆく背中を、再び白濁する意識の中、最後までアインは見つづた。
(遙……ごめん……)
ああ、私はこの言葉を結局一度もあの人に言えなかった。
アインはそれに気がつき、少しだけ、泣いた。
【25 涼宮遙:死亡】
―――――――――残り
25
人
【No,23 アイン】
【スタンス:素敵医師の殺害が追加】
【備考:輸血により血液量正常に戻る】
【内臓の弾丸摘出完了】