110 水面下輪舞曲

110 水面下輪舞曲


前の話へ<< 100話〜149話へ >>次の話へ 下へ 第三回放送までへ




(1日目 14:16 主催者用地下通路)

ぱたぱたぱた……(ごろごろごろ)
「ねーねーザッちゃん!」
薄暗い照明の灯っている通路をザドゥ(大会主催者)は歩く。
その後方からカモミール・芹沢(刺客No.2)が追いかける。
ちなみに彼女が引き摺っている物は、黒光りする88ミリ砲―――通称「カモちゃん砲」である。
「………何だ?」
「何で今更学校からこっちに移動すんの?あのままあそこからでも全体の
 様子って分かったじゃん?」
「フフ……芹沢よ、本当にそう思うか?」
ザドゥの剛毅な顔に微かな笑みが浮かんだ。
「??」
「開始より14時間―――ここまで生き残っている連中は甘くは無い。
 中には既に我々の寝首を掻こうとしている奴等もいる。
 我々が万全を期さねばならん事、お前にも分かろう?」
 ―――お前の望みが何かまでは知らんがな」
サドゥの言葉にカモミールは途中までは不服な様子であったが、最後の一言は
彼女にとっても重要な物であったらしい。
それきり無口になり、ただザドゥの後ろを随行する。
追い詰められた弱者が最後に見せる膂力を、ザドゥは決して甘くは見ていなかった。
「絶対」が無い事を、彼自身が一番知っていたが故に。





14:25 運営本部)

無数の計器類が明滅する中、彼女はそこにいた。
シミ・シワの一つも存在しない白衣に身を包み、眼鏡の奥の三白眼を細めつつ。
一見、ただ金属製の豪奢な椅子に座ってぼんやりしているように見えるが、さにあらず。
首筋のコネクターから入り込んでくる複数の情報を同時に集約させ、要約し、
次の判断を下す。
主催者側の一人、御陵透子が参加者の思考を読み取る存在であるならば、
彼女―――椎名智機はそれ以外の一切を把握するのが役目であった。
このゲームが始まってから、当然のごとく彼女も一睡もせずにこの任務を遂行している。
しかしながら彼女の目には微塵の疲労も見えず、一滴の汗も浮かんではいない。

ぷしー。

その代わりとして、時折彼女の首筋から蒸気が吹き出し排熱を行っているようだ。
椎名智機、彼女もまたなみ等と同様の人に造られた人―――アンドロイドなのである。
そして今、彼女の情報端末にはこの本部へ帰還した人物の情報が流れ込んでいた。
「……フム、筋肉馬鹿とお侍の御帰還……と言った所か」
自分の上に立つ者への言葉としてはあまりに不遜な言葉を発しつつ、智機は情報管理モードを
自動処理に切り替え、首のコネクターを引き抜いた。
僅かに発生するノイズにわずかに眉をひそめる。
果たして同時に彼女の背後のドアがスライドし、ザドゥとカモミールが入ってきた。
「ご苦労だな、椎名よ……」
「光栄です、ザドゥ様」
労いの言葉をかけるザドゥに対し、智機は切り揃えられた銀髪を揺らしつつ礼をする。
しかしながら、その表情は到底敬意には程遠い。
明らかにザドゥを自分より格下と見て、彼女は話していた。


……智機ちゃん、アンタ……!」
「……カモミール」
「ザッちゃん!?」
ザドゥの背後に控えていたカモミールが何か言おうとするのを、ザドゥが片手で制す。
意外な事にザドゥは、彼女の性質を知りつつこの不遜な態度を許容していた。
渋々と引き下がるカモミールに一瞬視線を投げ、ザドゥが智機に尋ねる。
「現在の状況は?」
「約30分前に涼宮遙が死亡して現在残り25人。変化は今の所ありません。
 ―――もっとも、間も無く何人か死者が加わるようですが」
「と、言うと?」
「17番・神条真人及び20番・勝沼紳一の組が36番・月夜御名紗霧と接触しました」
知機の口元に酷薄な笑みが浮かぶ。
「現行までのデータによれば彼等が紗霧に勝利する確率14%……おそらく、
 二人とも間も無く死亡すると推測されます」
「それは分からんぞ、椎名よ」
「は?」
けげんな表情の智機に、ザドゥは真顔で言う。
「人は死を間際に追い詰められた時、真の全力を出す……『火事場の馬鹿力』
というものが存在する。案外、追い詰められるのは紗霧の方かもしれん」
「……ナンセンスですね」
まるで異国の宗教歌を聞かされたような顔で智機は答えた。
「まったく、貴方がたは何時も下らない事を言う……」

自らを作ったマスターを父、科学力を母とする智機にとって、ザドゥの言う精神論こそ
最も忌むべき存在だった。
彼女にとって、科学を信奉しない人間は全て自分以下なのである。

「……智機ちゃん、いい加減にしなよ」
今度こそ溜まりかね、カモミールがザドゥの前に立った。
「……貴方もだ、カモミール殿」
対して智機の口調は、この状況にも関わらずあくまで冷ややかである。
「私はあくまで数学的ロジックに基づき話をしているに過ぎない。
 ―――形も無い物を引き合いに出す貴方がたこそナンセンスでは?」
「形が無くても存在する物って……確実にあるもん。アンタが知らないからって
 偉そうに言わないで」

日頃の能天気さが想像できないほど、今のカモミールの表情は険しい。
だが、そのカモミールの言葉を智機は一笑に伏した。
「フフ……かつて貴方のいた新撰組が時代に取り残され、消えた理由が分かるな……」
「………何?」
「貴方のようにあいまいな物を信奉し、熱狂し……現実を見なかった。
 ………それでは滅んで当然だと言っただけですが?」

瞬間、カモミールの右手が掻き消えた。
同時に悠然と右手を掲げる知機。

―――澄んだ金属音。

いつ抜いたのか、カモミールの刀が智機の顔の横まで振り抜かれていた。
その一閃を受け止めたのは智機の手に嵌められた金属製のグローブ。
否、智機の手そのものである。
「おやおや……口論で勝てないと踏んで、実力行使ですか?」
「……智機ちゃん、アタシの事なら何でも言っていいよ……それはアタシが悪
んだから。
 ………でもね、アタシがいた新撰組のみんなを侮辱するのは……」
「……許さない、と」
「……………ッッ!」
カモミールは刀に込めた力を更に込めた。
だが、智機の手は微動だにせず彼女の刀を持ったままである。

「やはり……」

今度は智機の手が微かに動いた。
首から再び拭き上がる蒸気。

「……馬鹿、だな」


その瞬間、
「……………アアッ!?」
カモミールの体が激しく震えたかと思うと弾け飛んだ。
床に落ちる刀。
見れば、智機の手に紫電が発生していた。
「心配は要りませんよ、カモミール殿。せいぜい弱めのスタンガンレベルの電流
です、すぐ動けるようになる……」
もはやカモミールを見ようともせず、智機は再び椅子に座った。
彼女の背後で無表情に立っているザドゥに言う。
「……まあ、現在の主権者は貴方です。ザドゥ様。その限りは私は本分を尽くさせて頂きます……」
「……礼を言う」
そう言って、ザドゥはカモミールの体を抱きかかえるとドアを開けた。
「個室は右手奥です。よろしければ……」
「ああ、利用させてもらおう……今から一時間、私の個室のカメラを休止しておけ」
「……了解しました」
ザドゥの言葉の意図を理解し、智機の目に嘲りが浮かぶ。
その視線に気づかぬ振りをしてザドゥは退室した。






(14:35 ザドゥ個室)

カモミールの体を抱えつつ、ザドゥは自分の個室に着いた。
「ウッ………」
その時、ようやくカモミールが目を覚ました。
「……あれ、ザッちゃん?」
「気づいたようだな……立てるか?」
「……ううん、このままがいい♪」

ぎゅっ

そう言って甘えるようにザドゥの首に手を絡め、顔を彼の肩に乗せる。
だが、その態度が偽りである事をザドゥは分かっていた。
カモミールの背中をぽんぽんと叩き、静かに言う。
「……泣け」
「え?」
「……泣け、泣き喚いて全て吐き出せ」
「なっ、何言ってんのよ!?あんなのアタシ全然……」
「……本当か?」
「ほっ、本当……
だよ……アッ、アタ……シ……泣い……て……」
「……………」
「……うっ、うえぇぇぇ……!」
言葉が途切れ途切れになり、ザドゥの首にかかる力が強くなる。
せめて泣き顔を見せたくないのだろう。必死にしがみついている。
「……悔しいのか?」
「悔しいよ……悔しくない訳……無いじゃない……!」
「ならばそれを忘れるな。屈辱が明日の強さを産む」
「……アイツ……アイツ……アタシ達の新撰組が滅んで、当然だって……!」
「耐えろ、あのような奴でも必要な存在だ。いずれその身をもって知る時が
 来るだろう」
「でも……でもぉ……ッ!」
「何も言うな……只、泣け。そうすれば抱いてやる」
「……………うん」
その返事を最後にすすり泣きのみになるカモミール。
ザドゥはその体を、優しく撫で続けた。



前の話へ 投下順で読む:上へ 次の話へ
112 雌伏
時系列順で読む
107 バンカラ夜叉姫・転進編

前の登場話へ
登場キャラ
次の 登場話へ
080 第二回定時放送 PM12:00
ザドゥ
129 白き希望の鐘、鳴りし音は黒き絶望
カモミール・芹沢
135 グレン様、大暴走する
初登場
椎名智機
118 追う者ひとり、追われる者一人