135 グレン様、大暴走する
135 グレン様、大暴走する
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(一日目 18:28 灯台内)
『あいやぁぁぁぁぁっ!!』
雄叫びと共に、丸太程の太さの触手がうねうねと動く。
「ったく、あの馬鹿……!」
法条まりな(No,32)は舌打ちを一つすると、傍らのアイン(No,23)を見た。
百戦錬磨の暗殺者とはいえ、流石に謎の巨大生物と戦うのは初めてなのだろう。
僅かな動揺は隠せないようだ。
「………私は、どうすればいいの?」
「とにかく触手を引き付けて。……20秒でいいから!」
「そう……」
言うが早いか、アインは床を蹴った。肥大化した触手を踏み付けつつ
グレン・コリンズ(No,26)に肉薄する。
『こここここの無礼者メガメガメガあぁぁぁぁっ!あいぃぃぃぃぃっ!!』
もはや意味不明な言葉を叫ぶグレン。その目は血走り、今にも飛び出そうである。
唸りを上げてアインに襲い掛かる触手群。しかし彼女はそれら全ての軌道を読み、
捌き切る。
同時にまりなもアインと反対方向に動いた。目指すはただ一点。
「ホントにもう……何でこうなったのよ!?」
毒づきつつ、そのポイントを目指す。
巨大化したグレン。そして共闘するまりなとアイン。
何故こうなったか、時間を10分程遡る―――
(1日目 18:15 灯台内)
「あーあー、つつつまりそーゆー事がよ。センセ、大将と姐さんの手伝い
したいだけやき」
「……むう、だが勝算はあるのか?」
へらへら笑いつつ語る素敵医師の言葉に、グレンが渋い顔で尋ねる。
素敵医師の話は、極めて単純な物であった。
自分はもともとこのゲームに反対であり、主催者側を裏切り、病院組に
協力していたがその病院組が壊滅してしまった。
壊滅前に灯台の二人の話は魔窟堂から聞いている。協力させてくれ。
素敵医師独特の言語を翻訳すると、おおむねこんな感じである。
「ままま、それは協力の約束してくれるまで言えんぜよ。万一他の悪い人に
バレたら一大事やき」
「フゥ……ミス法条、君はどう思うかね?」
露骨に胡散臭い話であった。グレンですらその胡散臭さに気づく位だから
相当なものである。
「……………」
一方、話を振られたまりなは無言で素敵医師を見た。
先程から彼女は全く発言していない。ただ、何かを計るようにじっと話を聞いている
だけであった。
「あああ姐さん、どーぜよ?センセの事信じてくれりゅうがか?」
今度はまりなに向き直る素敵医師。
まりなは、彼の包帯まみれの顔を正面から見据えながら静かに口を開いた。
「……むかしむかしのお話です……」
「へ?」
「へきゃ?」
突然の脈絡の無い言葉。
意味を二人が受け止める間もなく、まりなは更に続ける。
「ある所に、一人のおいしゃさんがいました。彼はとっても腕のいいおいしゃさん
でしたが、ある時、爆弾によって大火傷を受けてしまいました……」
「ミ、ミス法条?」
不安そうなグレン。だが、まりなは彼に目線を送った。
「(黙っていろ?)」
その意味は計りかねたが、とりあえずグレンも見守ることにする。
話は更に続く。まるで子供に語るかのような柔らかい口調で。
「火傷が痛くて堪らなかったので、そのおいしゃさんは痛いのを消すクスリを
使いました。するとどうでしょう、おクスリの量を間違ったおいしゃさんは、
頭がおかしくなってしまったのです……」
「きひっ、きひひひひひひひひ……」
その時、素敵医師が笑った。大声でこそ無いが、地の底から聞こえてくるような
不気味な笑いである。
対して、まりなも不敵な微笑を素敵医師に向けた。
「きひっ、ああ姐さんも人が悪いぜよ……センセの事最初から知ってたちゅう
が、センセ馬鹿みたいやき……」
「いえいえ、私も昔犯罪史の講義でチラッと聞いただけだったから。
まさか日本犯罪史に名を残す有名人に会えるとは思わなかったわ。長谷川均」
「は、長谷川……?」
「ええ、戦後最大の大量毒殺事件『四万十川毒物投与事件』の主犯。長谷川均。
その他、違法手術、殺人、薬物法違反も数知れず。……私のいた世界では、
大阪のヤクザ抗争に巻き込まれて死亡した事になってるけどね。
まあ、誰かと協力するなんて間違っても言わないような人物よ。
……さあ、ホントの所、話してもら……」
素敵医師との距離を詰めつつまりなが言う。
だが、素敵医師の次にとった行動はまりなにも予測できなかった。
「きひゃああぁぁぁっ!!」
突如跳ねるように立ち上がり、今までとは比べ物にならない大声で叫ぶ。
「ま、窓の外に誰かいるぜよぉ!」
瞬間、窓が割れ、影が飛び込んできた。
(同時刻 灯台外)
小声で交わされていた室内の会話。アインが初めて聞き取れたのは叫び声だった。
「ま、窓の外に誰かいるぜよぉ!」
その叫びが収まる前にアインは動いていた。
一歩後ろに下がり、窓に向かって飛ぶ。長い潮風に晒されていた窓はあっさりと
砕け、無数の硝子片となって室内に降り注ぐ。
「なっ!……ファ、ファントム!?」
部屋にいた3人―――いや、『匹』と呼ぶべきか―――の一人、ワイシャツ姿の
女性が叫び、素早く手元の何かを投げつけた。
「(手榴弾!?)」
アインはそれが何かを認識したが、勢いは止めなかった。
「(仲間のいる室内で使うとしたら……!)」
目を閉じて床に着地、一瞬も間を置かず再び跳躍する。
同時に炸裂音。目を閉じているアインにも強い光が発せられた事が分かる。
「(やはり閃光手榴弾ね)」
「クッ!」
女性の方もアインが目を閉じている事に気づいたらしい。飛び退いたのか、
声の位置が僅かに遠のく
アインは目を開けた。
室内には、既にアインと女性しかいなかった。
「(あとの二人は……?)」
素早く視線を巡らせる。
窓から見て右側。二階への階段に続くドアが開け放たれている。
「(外ではなく、二階……?)」
その行動に疑問は残ったが、とりあえずアインはそこで思考を打ち切った。
いずれにせよ、眼前のこの女怪物を倒さなくては。
全身の筋肉が引き締まる。
腰のメスを引き抜き、アインは女性に飛びかかった。
「(じょ、冗談じゃないわよ……!)」
内心、まりなは叫んでいた。
いくら内閣調査室の調査員と言っても、その主任務は情報収集だ。
007じゃあるまいし、戦闘訓練はそれなりにしか受けてはいない。
それなのによりによって世界最高の暗殺者を相手にせねばならないとは。
閃光が収まった後、グレンと素敵医師の姿は消えていた。
そっちの方も気にはなったが、その前に自分の身を守らないと話にならない。
「(話……聞いてくれるかしらね……!?)」
その瞬間、目の前のアインの姿が消えた。
「!?」
殆ど本能レベルで反応し、とっさに後ろに下がる。
閃光。
まさにそう言うしかない動き。
ワイシャツの端が鮮やかな切断面を作って床に落ちる。
再び対峙。当のファントムは先程と同じ姿勢でメスを胸の前に構えている。
「(何か……何か得物は……!?)」
まりなはじりじりと下がりつつ、室内を見る。
「(!?)」
またアインが動く。
同時に、まりなの足が何かを探り当てた。
「ッ!?」
掃除用のデッキブラシ。その長い柄を蹴り上げ、手に握る。
「ハッ!」
首筋に迫っていたメスを受け、その勢いをそのまま受け流す。
だが、アインもその勢いを無理に殺すことなく突進し、転倒する直前に跳躍する。
猫のように回転し、音も無く床に立つアイン。
化け物じみたバランス感覚と筋力あっての業であった。
流石に世界一の呼び名は伊達ではない。
「………痛ッ!」
その時、初めてまりなは自分の腿が切られている事に気付いた。
幸い動脈に達してはいないようだが、結構な深手だ。
おそらくは最初の一撃によるものだろう。
「(こりゃヤバいわ……)」
時間が経てば経つ程、まりなには不利になる。それはファントムも理解してるだろう。
だが、同時にまりなはファントムの攻撃に違和感も感じていた。
本来ならば、まりなが得物を持つ前に連続攻撃で無力化するのが普通の筈だ。
ところがファントムはまるでこちらを値踏みするかのように攻撃→離脱を繰り返している。
「(どういう……事なの)」
いずれにせよ、これはまりなにとって交渉の好機と言えた。
「ちょ、ちょっとタンマ!」
右手を掲げてファントムに言う。
「貴方、魔窟堂さんの仲間でしょ!?」
「……………!?」
まりなの言葉にファントムは動きを止めた。少なからず驚いた表情で彼女を見る。
「……何故、それを……?」
「魔窟堂さんに会ったのよ!お願い、とりあえず武器を下げて!」
「……素敵医師から聞いたとしても、そのくらいの事は言えるわ」
「違うってば!アイツは私達を騙……」
『みょげえええええぇぇぇぇぇッッ!!!』
更にまりなが言葉を続けようとした瞬間、突如人間のものとは思えない絶叫が
響いた。
「!?」
「な!?」
その凄まじさに二人とも止まる。
『あいやあああああぁぁぁぁッッ!!ミラクル!ミラクル!!
まっさァァァァにミィラァクゥルゥゥゥゥゥッッッ!!!』
再び絶叫。明らかに二階から聞こえてくる。
「……何が、起こってるの?」
「分からないけど……誰が原因かは分かるわ……あのバカ……!」
流石に動揺を隠せないアインにまりなは一言いうと、彼女に背を向けた。
「!?」
「ファントム、一緒に来てくれる?信じられないなら、このまま私を殺してもいいわ」
「……………」
アインはしばしの間まりなの真意を計っていたようだが、やがてメスを腰に戻した。
「……いいわ。行きましょう……」
(同時刻 灯台二階)
「ふい〜〜〜、ここまで来ればオッケーがよ!」
「ちょちょちょっと待て!ミス法条がまだ……!」
「あーあー、姐さんなら大丈夫やき」
灯台の二階、展望室に繋がるその部屋にグレンと素敵医師は逃げ込んでいた。
いや、正確には素敵医師がグレンをここまで引きずってきただけなのだが。
「いや、しかしあの小娘は只者ではない!やはり……」
ここまで言って、グレンはようやくある事を思い出した。
「……ちょっと待て、貴様は確か私達を騙そうとしてたのではないか?
何故私を助ける?」
「きひひ、そりゃセンセ、大将のファンだからぜよ……」
「ファ、ファン?」
「そーぜよ、大ファンぜよ!大将のその姿、知性!どれもセンセの憧れじゃき、
大将だけでも助けよーと思っただけがよ!」
普通の相手なら一片の信憑性も与えない言葉。だが、相手はグレンである。
「ク、クハハハハ!当たり前ではないか!この私こそ……!」
あっさりとおだてにのり、笑いながら大きく頭をのけぞらせる。
ぷすっ
その首筋に、一本の注射が刺さるのが見えない程に。
「がっ!?」
ちうぅぅぅ……
一瞬にして注射器内の液体が注入される。
「が、がが……」
グレンの苦悶の声。激しい耳鳴りと頭痛が彼を襲う。
一方の素敵医師は注入と同時に飛び退き、距離を置いた。
「ぎ……ぎざ……ま……」
「いやいや、ホントに大将の事センセ大好きがよ?その単純な所なんて最高
やき……けひゃ、けひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
素敵医師の哄笑。それを聞きながら、グレンは床にぐったりと触手を投げ出した。
白目を剥き、ひくひくと痙攣しているその顔を素敵医師は覗きこんだ。
「……変がね?センセ打ったのは麻酔薬じゃったき……間違って毒使ったかも
しれんね。まま、まーええき。とっとと解除装置探してトンズラがよ……」
そう呟くと素敵医師はグレンの触手を持ち上げ、体を探りだした。
まだ階下からは戦闘音が聞こえる。誤解が解けるまでまだ少しはあるだろう。
「ふんふんふ〜ん♪」
鼻歌を歌いつつ作業を続ける素敵医師。
「……ア……」
その時、グレンの首が微かに動いた。
「へきゃ?」
首の方向を見る素敵医師。だが、見た目の変化はない。
「……気のせい……がか……?」
「アア……!」
再び声。さっきよりも大きい。
「きひ!?」
同時にグレンの触手が脈動を始めた。
動悸音が聞こえるほどの激しい脈動。
「ななな……こここれはどーした事がよっ!?」
素敵医師の表情に焦りが浮かぶ。
そして、グレンの眼に光が戻った。
『アイヤアアアアァァァァッッッ!!!』
血走った瞳。血管の浮かんだ顔。
『ギッヒヒャアアアァァァ!!』
「!?」
突然、グレンの触手が肥大化した。
今まで成人男性の太腿程度の太さしかなかった触手が、一瞬で丸太程の太さに
膨れ上がる。
その時、ようやく素敵医師は理解した。
確かに素敵医師の薬の効果は(自身を含む)無数の人体実験で証明済みだ。
だが―――宇宙人には?
その結果が、ここにある。
「ここ、興奮剤+筋力増強剤っちゅう所がか……?」
『フ、フハハハハハハッ!!これぞマサに奇跡ィィィィィッ!!』
どうやら頭部もちょっと巨大化したらしい。7~80cmはあろうかという顔が
素敵医師を見下ろす。
「き、きへへへ……」
それに笑い返す素敵医師。だが、微かに見える素肌にはびっしり汗が滲んでいる。
『私コソは神ッ!偉大なる神ッ!!更に、更に更にその偉大さを増しィ!!
グレン・コリンズ・マキシマムッ!!光臨ンンンンッッ!!』
そう叫びつつ触手を一振りする。
直撃。
「はぎゃあああぁぁぁぁ!!」
限りなく断末魔に近い絶叫を残して、素敵医師の体が壁に叩き付けられた。
『アイヤアアアァァァッッッ!!」
更に一撃。
「ぎゃ………!」
コンクリート製の壁が砕け、細身の体が外に放り出される。
『ミラクル、ミラクル、まっさァァァァにミィラァクゥルゥゥゥゥッ!!』
勝利の雄叫びを上げるグレン。既にその脳内には圧倒的な高揚感と破壊衝動しか
存在しなかった。
『キヒェエエエエエェェッッ!!』
無茶苦茶に触手を振り回す。机が砕け、椅子が飛ぶ。
その時、激しい足音がグレンの背後から聞こえてきた。
「ッッ!?グレン!」
「………これは……奴の能力なの?」
「違うわよっ!……多分……」
今のグレンにとって、彼女達が語る言葉に意味は無い。
只、二匹の得物が来た。それだけだ。
『アイヤァァァァァッ!!』
自分の足元に解除装置が落ちている事にも気付かず、グレンは吼えた。
―――そして、状況は冒頭に戻る。
(18:30 東の森・東端)
そのほぼ、同時刻。
「(ガラガラ……)ニャハハ、森の中行くのは無理があったかな〜?遅くなっちゃった♪」
この場に似つかわしくない陽気な声。
新撰組局長、カモミール=芹沢である。
「(がらがら)ひとーつ!士道不覚悟切腹よ〜♪」
88mm砲台「カモちゃん砲」を引っ張りながら、カモミールは歩く。
もう少しで、灯台が見えようとしていた。
【No,32:法条まりな】
【所持武器:デッキブラシ
スタン・グレネード×4】
【能力制限:右足太腿に裂傷あり】
【No,23:グレン・コリンズ】
【備考:素敵医師投与の薬品により暴走中】