146 こころとからだ

146 こころとからだ


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(18:10)


 熱い。
 熱い。
 暑いのではなく、熱い。
 腹の奥からマグマの如くこみ上げる、どろりとした、熱。
 それが溶ける。
 息が苦しい。
 胸が疼く。
 酸素が欲しい。もっと、もっと。
 しかし、苦しいが、不快ではない。
 不快ではないが、怖い。
 怖いが、心地よい。
 その心地よい自分が、判らない。

 ただ感覚のみが鋭敏に尖る。そんな夢を広場まひるは見ていた。
 まひるの意識は、それが夢であることを、薄ぼんやりと認識していた。
 徐々に目覚めつつある彼の聴覚が、はぁはぁと、苦しげな呼吸音を捉える。
 その荒い息に何となく意識が集中され、彼は目覚める。

 まひるが両眼を開き、澄んだ瞳に小汚い天井が映る。
 それでもなお、夢で感じていたあの熱は、冷めていなかった。
 いや、その熱をより強烈に感じている。
 まひるは眼を擦りながら、熱いうねりが発生している場所―――性器に目をやる。

「よほ、目ェさまひたか」

 嬉々としてそれをしゃぶっている高原美奈子と、目が合った。


「な、なにゆえ!?」
 彼は剥いたばかりのゆで卵のような瑞々しい肢体を、一糸纏わず晒していた。
 跳ね起きようとしたまひるだが、その薄い胸をタカさんの厚い掌に制される。
 軽く手を添えただけの静止だったが、非力なまひるはそれだけで身動きが取れなくなる。
「はっはっは。まあ遠慮するな。
 このタカさんが今から女の味ってヤツをおしえてやっからよ」
 タカさんは悪びれる風も無く、それどころか得意げに行為を続行。
 にちゃり。ぐちょ。とろり。じゅぽじゅぽ。
 怯えに縮こまる真人のモノすら数秒にして勃たせた、卓越した口淫技術。
 それを、タカさんは惜しげも無く注ぎ込む。
 まひるは女性経験のない、いや、それどころか自慰すら知らない無垢な童貞。
 この熟練した舌の動きに昇り詰めない道理は無い。
 理屈ではそうだ。
 しかし、覚醒までは小さいながらも精一杯そそり立っていたまひるのペニスは、
 その長さと張りを失っていた。
「ど、どういうこった?
 このタカさんのフェラが気持ちよくないって言うのか?」
 苛立ち半分、混乱半分で、タカさんはまひるに詰問する。
 まひるは答える。
「ち…… 違うんじゃないのかなっ!!」


これって、こーゆーのって!! 違うんじゃないのかなっ!!」
 まひるはつぶらな瞳に大粒の涙を浮かべていた。
 涙を浮かべながら、睨んでいた。
 タカさんは、まひるが初めて見せる怒りの表情に、思わず彼の股間から顔を離す。
 まひるは昂りを隠さず、震える声で続ける。
「えっちってのはさ、違うでしょ、こーゆーのとは。
 心が重なって、相手のことをもっと知りたくなって、もっと感じたくなって。
 そーゆーところから、自然に触れ合って、求め合って!!」
 だむだむだむと、畳を叩くまひる。
 ぽかんと口を開けたタカさんの顔は、何を言っているのかさっぱりわからないと
 無言で告げている。
「そりゃああたしだって健康な女の子だし、興味が無いなんて言わないよ。
 言わないけど、興味だけでしちゃってはいけないんじゃあないかな」
「男だろ」
「うっ…… それはまあ、確かに、そうらしいんだけどさ……
 でも、今でも気持ちは女の子なワケで」
「つまり、あたしはオカマだから、まんこに突っ込むよりケツに突っ込まれたいと?」
 だむだむだむ。
「あ〜〜〜〜、も〜〜〜〜〜!! わっかんないヒトだな、タカさんはっ!!
 あたしのいいたいことはシンプルにただ一つっ!!
 愛なんだってばさ、愛!! ラヴ!! アムールッ!!」
「……おまえの理屈、さっぱりわからねえ」
「理屈じゃないっ!! 感情!! こころの問題なんだってばさ!!」
 三度、だむだむだむ。

話はこの上無くかみ合わない。
 お互いの言葉が、お互いに全く理解できない。
 そんな状況に、「言葉より行動」のタカさんが、自分勝手に終止符を打った。
「いいんだよ、気持ちよくしてやるから、つべこべいうな!!」
 タカさんはまひるの胸に当てたままになっていた右手に力を込め、彼の上体を倒すと、
 再びペニスを咥える。
 まひるが本気で、全力で、タカさんから逃れようと、もがく。
 しかし悲しいかな、身動きが取れないことはおろか、あまりの非力さに、
 タカさんには本気で抵抗していることすら伝わっていない。
「ひどいよ……」
 だむ……
 一度だけ力なく畳を叩き、まひるは動きを止めた。

 タカさんは半ば意地になってフェラを続ける。
 じゅぽじゅぽと卑猥な音を口腔に響かせ、舌を巧みに動かし、唇で締める。
 動きはいちいち大胆ではあるが、精巧で的確だった。
 男を知り尽くした動きだった。
 しかし、まひるのそれはただふやけ行くのみで、全く反応を見せない。
 苛立ちが頂点に達しつつあるタカさんは中指をまひるの菊座へと伸ばす。
 前立腺を刺激し、まひるのペニスを無理矢理勃たせる気だ。
「おまえのちんぽが勃たねぇからいけねぇんだぜ。
 なるべく痛くないように突っ込むからよ、肛門の力抜いとけ」
 忠告に対する、まひるの返事は無かった。
 タカさんは理解しているのか確認を取るため、まひるの顔を見る。
 まひるは―――無表情だった。


表情がコロコロ変わり、そのどの表情もかわいらしくて。
 見ていると、胸がなにか温かなもので満たされていく。
 そのまひるが、こんな顔をしている。
 魂が、精気が、ごっそり削げ落ちた。
 人形よりも人形的な。
 この世のものですらないような、色彩の無い、貌。
 苦々しいものがタカさんの胃に満ちる。

 自己中心の性格ゆえに人の胸の内など意に介さない彼女は、まひるが何故勃起しないのか、
 何故こんな顔をしているのか、この期に及んで猶、判っていなかった。
 けれども、このまま己が性欲の赴くままに彼を貪ったら、
 2度とあの花の咲いたような微笑を向けてくれなくなることだけは判った。
 それは、生きがいであるセックスが出来ないこと以上に、耐え切れないことだった。
 いや、もしかしたら―――
 既に、手遅れなのかもしれない。

 タカさんの胸に赤々と燃えていた欲情の炎が、掻き消えた。





(18:20)

「おとーたまどうしたの? どこいくの?」
「……ちょいとばかり酔っ払っちまったからよ、夜風に当たってくるぜ。
 変なヤツが近づかないか、しっかり見張ってろよ?」
「おかーたまは、薫が守る!!」
「危なそうだったら、まひるを連れて逃げるんだぞ?」
「おかーたまは、薫が守る!!」
「まひるを、頼んだぞ」
「うん……」
「そりゃ頼もしい。それじゃ、行って来る」
「……おとーたま!!」
「なんだ?」
「……戻って来るよね?」
「……」
「戻って、来るよね?」
「……おう」



                     【高原美奈子】
                     【現在位置:漁港】

                     【広場まひる、堂島薫】
                     【現在位置:漁協詰め所】




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