109 遅すぎた出会い
109 遅すぎた出会い
前の話へ<< 100話〜149話へ >>次の話へ
下へ 第三回放送までへ
(一日目 14:25 灯台・「G・S・V3」)
「ふむふむ……呆れたものだな……」
「G・S・V3」内のモニターに映し出される解析図を見つつ、
グレン・コリンズ(No,26)が言った。
「何が?」
外の砂浜で森を眺めつつ法条まりな(No,32)が答える。
ちなみに彼女のスーツは先ほどのグレンの攻撃によって破れてしまった為、
やむなく灯台内にあった物を着込んでいるのだが――――
よりによって残っていた物は、男物のワイシャツ一枚であった。
そのため今の彼女は下着にワイシャツ一枚。その上から毛布という
非常にマニアックな姿となっている。
閑話休題。
「くっ、くはははははっ!単純だっ、実に構造が単純なのだよミス法条!
この程度ならば何の事も無い!夜までには完璧に解析できるっ!」
「……そう、良かった……」
思わず安堵のため息が出る。
ここで幸運だったのは、グレンのいた世界が2067年だった事であろう。
首輪の技術は最新鋭でこそあったが、それは現代(つまり2002年)においての話である。
「ねえグレン、私に手伝える事は無い?」
「ふははっ!不要、不要、さ〜ら〜にぃ〜不要ッ!この私の宇宙的頭脳に助力など要らぬわッッ!」
自信満々に答えがかえってくる。日頃鬱陶しく思える言動がこういう時ばかりは頼もしい。
(我ながら勝手ねぇ……)
まりなは苦笑した。
「OK。それじゃ、何か展開があったら言って。私は灯台から……」
その時、まりなは「それ」に気がついた。
「ん?」
誰かが森からこちらに向かってくる。
「ッ!?」
とっさにまりなは傍らに置いたスタングレネードを持った。
その手元を見られないよう、すっぽりと毛布で隠す。
その人影は少しずつこちらに歩み寄って来ていた。
かすりの着物にソフト帽を被った、老人である。
「待ってくれお嬢さん、攻撃する気はないからの!」
老人が言った。その外見からは思いもよらない大声だ。
両手を上に掲げ、無抵抗のポーズ。
その姿はあくまで堂々としており、無言の説得力を感じさせる。
(アラ、結構渋いオジイサマかも……♪)
思わずそんな事を思いつつ、まりなは警戒を解いた。
「分かったわ!でも、一応そのままの姿勢でこっちまで来て」
「(……オーイ、ミス法条?)」
中のグレンからの声。外の状況が分からず不安のようだ。
「(どうしたのだね、一体……?)」
「グレン、少しの間静かにしといて」
「G・S・V3」のハッチに顔を近づけ、小声でグレンに言う。
「(何故だね?誰か来ているのではないのか?)」
「私が相手するわ。アンタはそのまま解析を続けてて……いい?」
「(わ、分かった……)」
納得はしていないようだが、一応承諾する。
その間に、老人は既にまりなから数メートルの所まで近づいていた。
「ややっ!?これは失礼……!」
「え?……あっ!?」
老人はまりなの姿に驚いたようだ。
まあ、普通浜辺でワイシャツ一枚の格好ならならそう反応するだろう。
あわててまりなも毛布で体を隠す。
「ごっ、ごめんなさい。さっき戦闘で服が破れちゃって……」
気恥ずかしそうに笑う。
老人もそれに応えて笑い返した。
「いやはや、そちらも大変だったようですなァ……」
快活な笑顔。
(どうやら本当に敵意は無いみたいね……)
そう判断し、まりなは緊張を解いた。
「ワシの名は魔窟堂野武彦、このゲームには乗っておらん。見たところ、
お嬢さんもそうみたいじゃの」
「ええ、私は法条まりなよ。よろしくねオジイサマ♪」
そういって手を伸ばす。がっちりとした握手。
「さて、本来なら法条殿にもワシ等の本拠へ一緒に来て欲しい所なんじゃが、
あいにく今人探しの最中でのう……すまんが法条殿、小柄で黒髪のショートカットの
少女か、黄色い帽子を被った紫の髪の娘を知らんか?」
そう魔窟堂に言われて、まりなは少し考えた。
(黒髪……小柄……ひょっとして……)
「その、黒い髪の子って……もしかして凄く強くて身軽じゃありませんか?」
「おお、そうじゃ!知っておるのか!?名前はアインと言うんじゃが」
「オジイサマ、多分それは何かのコードネームよ。そいつはファントム。
……世界一の殺し屋よ。私も襲撃を受けたわ」
「な、何とっ!?」
この言葉には魔窟堂も驚いたらしい。
「にわかには信じ難いかもしれないけど、本当よ。アイツは―――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ法条殿!……アイン殿はワシ等の仲間なんじゃが……?」
「……………ええっ!?」
今度はまりなが驚く方であった。
その反応を見て、魔窟堂が腕を組んで言った。
「どうやら……ここはお互い詳しく話をする必要がありそうじゃなぁ……」
時間が無かった事もあり、情報交換はその場で非常に慌しく展開した。
「……つまりその病院を本拠にして、オジイサマ達はいる訳ね」
「うむ、既に一人、いや二人失ってしもうたがな……にしても、アイン殿は何故
法条殿を襲ったのか……?」
「ああ、多分それはうちのグレンを見たからだと思うわ」
「グレン?北条殿の仲間の方ですかな?」
「……まあ、そんなモンかしらね。見た目はともかく頼りにはなるわよ」
「そのグレン殿は、今は?」
魔窟堂の問いに、まりなは灯台下の「G・S・V3」を指差した。
「アソコの宇宙船の中よ。さっき言った解析を続けてるわ」
「ふむ、頑張って欲しいのう……」
「本人は夜までには完了するって言ってるから、安全性を確認次第病院にも
行かせてもらうわ。オジイサマ」
「すまんの……で、アイン殿の事はやはり……」
「ええ。私達が最後に彼女と遭遇したのは今日の午前中だから、それ以上は……」
「そうか……分かった」
そう言って魔窟堂はディバッグを持ち直した。
「もう行くの?」
「急がんと手遅れになってしまうでな。また会おう、法条殿」
再び握手を交わす。
「ええ、また……」
と、その時。
軽い音と共に「G・S・V3」のハッチが突然開き、
「お〜〜〜い、ミス法条〜〜〜っ!」
「ッッ!?」
そこからうねうねとグレンが首を出した。
狭いハッチから首と触手の一部だけが突き出たその姿は、往年の蛇使い芸人の
持ちネタを思わせる。
「すまんが、喉が乾いたので私のバッグから飲料水を……」
……すこーんっ!
「あうっ!?」
「この……バカァッ!出てくるなって言ったじゃないっ!」
ピンが刺さった状態の手榴弾をグレンの顔面に叩きつけ、まりなが叫んだ。
「なっ、いきなり何をするのだっ!この私の高貴な顔にっ!?」
「いいから引っ込んでて!順序立てないと貴方を紹介できないじゃないのっ!」
「何を言うのかねっ!?このグレン・コリンズ、何人にも臆する所は無い!」
「アンタが平気でも相手が臆するのよッ!」
そう言いつつ、まりなは魔窟堂の方を向き直り―――
「………え?」
目が点になった。
「……………」
魔窟堂が、泣いていた。
澄んだ瞳を潤ませ、両の目から滝の如き涙を流していた。
だが―――それは悲しみや、怒り、恐怖の涙ではなかった。
感動。
一点の曇り無き、純粋なる感動。
シーラカンスを発見した生物学者。
トロイの都を発見したシュリーマン。
ラピュタを発見したパズー。
それらの発見者達も、感動の瞬間はこのような表情をしていたのだろう。
根拠は無かったが、そう思わせる程の感動の涙であった。
「あ、あの……オジイサマ?」
「……………」
魔窟堂は答えない。ただ黙してグレンを見つめている。
グレンもこの異様な展開に少なからず面食らっているようだ。
おずおずとまりなに近づき、小声で尋ねる。
「……何が一体どうなっているのだね、ミス法条?」
「さあ……?」
「……かつて……」
その時、魔窟堂が口を開いた。
「かつて、あの最終決戦の時もここまで見事な姿には……」
「あ、あー……ご老人、何か……?」
たまりかねてグレンが触手を一本魔窟堂に差し伸べる。
「お会いできて光栄じゃ!まさかこのような場所でウェルズ型宇宙人に出会えるとはっ!」
その触手を硬く握り締め、ぶんぶん振る魔窟堂。
「う、うぇるず?」
理系であるグレンにとって、オーソン・ウェルズを知らなかった事はある意味
幸運だったかもしれない。
もしどんな代物かを知っていれば、ショックの余り再度暴走していたであろう。
だが、とりあえずグレンは自分が賞賛されていると判断した。
多少ひくつきながらも笑顔を返す。
「こっ、こちらこそ光栄だご老人。我が名はグレン・コリンズ!天の意思により
愚昧なる世の民人を救済せんとする究極の超生命存在だっ!」
「グレン殿、首輪の解析の方はどうですかな?」
「フハハハッ!簡単ですともご老人!これしきの解析なぞ、宇宙的超頭脳の
所有者であるこの私、グレン・コリンズにとっては朝飯前である!」
「これは頼もしいですなあ、まりな殿!」
「えっ!?……ええ、本当に。おほほほほ……」
笑顔で話を振られて、これまたひきつった笑顔を返すまりな。
そこで魔窟堂は初めて何かを思い出したかのように手を放した。
「っと、いかんいかん。思わず感激して我を忘れてしまったわい。
……それでは法条殿、グレン殿、また!」
そう言うや一瞬にして魔窟堂の姿は掻き消え、あとに砂煙だけが残った。
「「!?」」
信じられない速度で遠ざかって行く魔窟堂の姿を、二人は呆然と見送る。
「……なあ、ミス法条……」
「……何?」
「……日本人の男性とは、皆『ああ』なのかね?」
「……違うと、思うわ……」
「……世界とは……広いものだなぁ……」
「アンタが言うと説得力あるわね……」
魔窟堂は加速装置を使いつつ、再び森の中に入った。
「ふむ、多少時間を食ってしまったが、これは朗報じゃわい」
もしこれで首輪が解除できれば、ようやく主催者側に攻勢に転じる事ができる。
「……となれば、早く探さねばの!」
更に加速。夕暮れまでには何としてもアインと双葉を見つけねばならなかった。
―――既に、それは手遅れだったのだが。