129 白き希望の鐘、鳴りし音は黒き絶望
129 白き希望の鐘、鳴りし音は黒き絶望
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見渡せど、映るものは無し。埋め尽くすは黒。それ以外の色は無い。
果てしなく深い闇があたりを覆い尽くしている。
「ここは・・・どこだ?」
屈強な身体付きをした長髪の男が闇の中に一人。男の名はザドゥ。
拳一つでのし上がったこの男のことを、闇社会に生きる者で知らぬものはいないだろう。
「俺は確かに・・・」
山篭りの修行を終え、下山していたはずである。
下山した時刻は昼。否、新月の夜であったとしてもこのような暗闇を作ることは不可能に思える。
何故このような場所にいるのか、ザドゥ自身にも見当がつかない。
「・・・ん!」
果てしない闇の中、気配を感じた。視覚や聴覚、五感からは何も得られない。
だが、武道家としての感覚が、それ以上に生物としての本能が警鐘を鳴らす。
「・・・・・・・何者だ」
問いかけに答えるものは無い。
再び訪れる静寂。
汗が掌を塗らすほどの緊張感がザドゥを包む。
『キャハハハハハハハハハハハ!!!』
突如として、真後ろから子供のような笑い声が響く。
否、子供以上に純粋で、それ故に嫌悪を催す。そんな笑い声が闇を埋め尽くした。
「ようこそ・・・ザドゥ君。キャハハハハハハ」
降り返り見れば、闇に相反するような白き巨体。その姿は巨大な鯨。
そして、なにより気を引くのはその紅く無垢な瞳。
その紅い瞳がいやらしく歪み、見下している。
「なに・・・ものだ」
「ボク?ボクはルドラサウム。全知全能なる創造神だよ。君の世界のじゃないけどね。キャハハハハハ」
「創造神・・・神だと?笑わせてくれる」
目の前に神がいる・・・己が拳一つで全てを支配したザドゥにとって、いや普通の人間にとっても信じられる話しではない。ましてや、目の前にいるのは物語に出てくる白髭の老人ではなく、喋る白鯨だ。
それを誰が神と信じようか。
「人間というの本当に疑りぶかいなぁ」
ルドラサウムは楽しげに嘯く。
「その神が俺になんのようだ。天国にでも連れて行ってくれるというのか?だとしたら願い下げだ。俺にはやらねばならんことがある」
「キャハハハハ、残念だけど、それは外れ〜。実は君にね、大事なお願いあるんだよ」
「お願いだと?」
全知全能を名乗る神が人に頼み事をするというのは理解しかねる。
ましてや、ザドゥは物語の中で神の信託を受けるような人間ではない。むしろ逆である。ザドゥ自身、それを理解しているからこそ疑問に思う。
「そう、お願い。ボクね、人間を集めてねぇ、コロシアイをさせようと思うんだ」
「殺し合い・・・それと俺に何の関係がある?」
殺しとは破壊だ。創造を司る者が破壊を行うのはナンセンスとしか言いようが無い。
「あるんだよ。君には、そのコロシアイの監視をしてもらいたいんだ。ホラ、人間ってすぐに馴れ合おうとしちゃうでしょ?ソレを君に防いでもらいたいの」
「全知全能な神なら人の意を操るなど造作ないのではないか?」
ザドゥの考えは至極当然。何故、それをザドゥにやらせようというのか。
その問に対することはこの上なくシンプルで、嫌悪すべき答えであった。
「できるよ。だけど、それだと面白くないんだよね〜。最近さ・・・魔人同士の戦争にチョット飽きちゃってさ。アレはアレで面白いんだけど、偶には人が恐怖に慄きながら死んでいくところとか、
殺したくない相手を生きるために泣きながら殺すところとか、その後に後悔して悶え苦しむところとか、そういうのが見たいんだ。なんていうのかな・・・自主性が大事なんだよ」
魔人とは何か解らないが、戦争を楽しんでいるというのは理解できる。
ザドゥは戦いで人を殺す。だが、ザドゥにとっての喜びは強きものとの戦いそのものであり、死は敗北としての結果だ。ザドゥ自身も負ければ死ぬ。
しかし、この神は同じ土俵に立つことなく、人が苦し様を、人が殺されるのを、人の死そのものを楽しもうというのだ。武道家たる彼が、それを二つ返事で了承できようか。
「下衆め・・・・そのようなことを俺が承諾するとでも思っているのか・・・・?」
「うん、君は絶対に断れないもんね」
クスッと勝ち誇るようにルドラサウムは笑う。
「なん・・・だと?」
「君は絶対に断れないよ。なぜなら、ボクは君の願いをかなえて上げられるから。
君のそのプライドが壊れるくらいまで虐めてあげるのも手だけど、自主的にやってもらわないとつまらないからね〜」
「願いを・・・・叶える?」
「キャハッ、興味持ったね。そう、君の願いをかなえてあげるよ。それが君に対しての報酬だ」
ザドゥの顔を見て、ルドラサウムはいやらしく顔をゆがめる。
古今東西、神が人を使役するときに使う殺し文句は常に”願いを叶える”だ。
あきれるほど陳腐だが、最も効果的な言葉でもある。
そして、あまりにもザドゥの失ったものは多すぎた。地位も名声も全てを失った。
もしかしたら、それら全てが元に戻るかもしれない。甘い言葉に心が揺らぐ。
クスクスと勝ち誇ったルドラサウムの笑いが静寂な空間に響く。
「ふ・・・ざけるな!そのような言葉に踊らされる俺だと思っているのか!」
だが、地位や名声を取り戻したところで何を喜べようか。
彼の望むべきものなど、二度と手にすることはできない。山での修行で何度そう自分に言い聞かせたか。
今のザドゥの願いは唯一つ、自身を陥れたものへの復讐である。
それを他者に叶えて貰うなど愚の骨頂、自身で成し遂げなければ意味の無いことだ。
「クスクス、人はす〜ぐに自分の心を偽る・・・。復讐?それは君の本当の願いじゃないね。本当の願いは・・・これだろう?」
ザドゥの目の前に突如として現れたのは3mほどの巨大な氷の塊。
淡く光る不思議な氷は無色透明。中には−氷の中には一人の亜人間。
かつてはザドゥ配下の四天王の一人。そして、ザドゥの愛妾であっ少女が封じられていた。
「チャーム!?」
少女の名はチャーム。
同じ四天王の一人、シャドウがザドゥに反旗を翻した際に、ザドゥを庇って命を落とした少女だ。
「君の願いはこの個体を生き返らせることだろう?言っておくけど、人間を生き返らせるなんてボクには簡単すぎることだよ。キャハハハハハハ」
生気の無い顔を見れば、これは人形ではないかとザドゥさえ思う。
確かに死亡した時期を考えれば、チャームは死体すら残っていないはずなのだからそう考えても不思議ではない。
「証拠を見せてあげるね。キャハハハハハ」
ザドゥの疑心を読むかのようにルドラサウムの紅い瞳が怪しく光り、同時にチャームの身体も淡く輝く。この神をもってして、その光は神々しく見えた。
光が消えると氷の中にも関わらず、肌に朱が刺し、見れば呼吸をしているのか胸が微かに上下している。意識は無いが、先ほどまでのが嘘の様に生を感じさせ始める。
魂の鼓動を感じて、ザドゥはチャームが本物であると実感できた。
数多くの女性を犯した。犯させた。時には発狂させたこともある。
ザドゥにとって女性を犯すことは自身の欲望を満たす対象でしかなかった。
だが、チャームに対しては違った。自身の欲望を満たす対象であったのは間違いないだろうが、それ以外の’なにかが二人にはあった。
だからこそ解るのだ。このチャームは本物であると。
「ぐっ・・・チャーム、今出してやる・・・・・狂撃掌!!!!」
諦めていたはずの希望を前にして、あらゆる感情が爆発する。
それに突き動かされるようにザドゥは渾身の掌打を放つ。
ルドラサウムは、ただそれを面白そうに眺めていた。
「ぐおっ・・・・」
鈍い音ともに鮮血が氷を塗らし、ザドゥの手が奇妙な方向へと折れ曲がる。
砕けたのはザドゥの腕の方であった。
「キャハハハハハ、無駄だよ。む〜だ。それはただの氷じゃないからね」
予想通りの結果に大はしゃぎする創造神。この神の態度は一々、神経を逆撫でする。
「貴様!なにをしたい!!」
「だ〜から、いったじゃない。君の願いを叶えるってさ。もちろん、先の条件を飲んだら・・・だけどね〜。キャハハハハハハ」
「ぐっ・・・」
それはこの腐った神の走狗になるということだ。
人として、ソレは受け入れられるものではない。
「どうする〜?どうする〜?ホラホラ、チャームが見てるよ。助けて〜ってさ。クッ、キャハハハハハハ」
ルドラサウムから視線を逸らせば、氷漬けにされたチャームが視界に入る。
虚ろな視線はなにも答えてくれない。それがザドゥを追い詰める。
答えは、一つしかなかった。
「わか・・・・・った。その話・・・飲もう」
「キャハハハハハハハ、当然だよね〜。愛しい愛しいその個体を見捨てられないもんね〜」
血を吐き出すような声でザドゥは答えた。否、答えざるを得ない。
それを聞いたルドラサウムは心底嬉しそうに笑った。
ザドゥの苦悩を見て楽しんでいるのだ。
「俺はどうすればよい・・・・」
「君の役割は言った通り・・・他の人間が互いにコロシアイをするように動かすことだよ。人
手が要るだろうから何人か・・・そうだねぇ、君に習って4人ほど部下をつけてあげるね。」
「やり方は俺の自由でよいのかと言っている」
「キャハッ、そこら辺はまだ考えてないんだよね〜。大丈夫、大丈夫、そんな顔をしないでよ。ちゃ〜んとシナリオを考えてあげるからさ。それと・・・」
「まだ、なにかあるというのか?」
「君はまだボクのこと信じてくれてないから、前金を払ってあげる。君たちはそうやって信頼を得るんだろう?」
「前金だと・・・・?」
「そう、前金に君のもう一つの願い・・・“死光掌”をあげる。」
「キャハハハハ、飲み込んでき死光掌・・・神気流宗家に、表の奥義を越えるものとして存在する代々口伝でのみ許される裏の奥義。気の流れを統べ、相手の気の流れを乱すも正すも自由に操る。
使い手によって、その性質が180°変わり、その資質を試す。
そしてその奥義は、かつてザドゥが追い求め、裏切りの原因となった奥義でもある。
ザドゥにとって、全ての始まりを意味する奥義。それが死光掌である。
「貴様が何故、死光掌を知っているかなど・・・愚問なのだろうな」
たようだね。そう、ボクの言うことは素直に聞いていた方がいいよ〜。損するのは君だからね〜」
「そのようだな・・・」
ザドゥは歯を食いしばって怒りに耐えた。全てのイニシアチヴはルドラサウムにある。
ザドゥにできることはこのゲームを無事に終らせ、ルドラサウムが願いをかなえてくれる事を祈るしかない。機嫌を損ねるわけにはいかない。
「君の活躍に期待してるよ。あ、そうそう、その怪我は治しておいてあげるね。
身体が資本なんだから怪我なんかしてちゃダメ〜」
チャームのときと同じ様に折れた腕が淡く輝くと、怪我は治っていた。
飛び出した骨も、断裂した筋肉も元通りになっている。
「礼は言わん・・・・」
「構わないよ。君はボクを楽しませくれればそれでいい。
んじゃ、次にあうのは大会が終った時だろうね〜。始まるまでゆっくりとオヤスミ〜、キャハハハハハ」
ルドラサウムの紅い瞳を見た瞬間、抗い難い睡魔に襲われる。恐らく何かしらの術をかけたのだろう。意識を失う最後まで、ザドゥの耳からルドラサウムの笑い声が聞こえ続けた
「思い出すだけで忌々しい・・・」
すっと瞼を開けると、ザドゥはそう呟いた。
「なにか?」
コンソールパネルの前に座っていた椎名智機が答える。
「いつの間にやら寝ていたようだな」
ザドゥは芹沢との情事の後、ベッドを芹沢に譲り、本部のソファで休んでいた。
戦闘と芹沢との情事がザドゥを眠りに誘ったのだろう。
「人間とは不便なものですね。食事、睡眠・・・余計なものが多すぎる」
首の接触デバイスからコードを抜く仕草は、まるで髪留めを取ったかのように見える。
彼女のメタリックな手を見ても、機械故の不調和を感じさせない。
「無駄を省くが最良ではない。元来、自然に与えられたものに無駄は存在せん」
「解せぬ話しですね」
無駄なものは省き精錬していくが、科学の基本だ。
科学を信奉する椎名智機にはそういう古い考え自体が無駄な考えであると薄く一笑する。
「そろそろ、時間だな。カモミールはどうした?椎名智機」
ザドゥは汗でへばりついた長髪をかきあげ、問う。
芹沢は普段はふざけた態度をしているが、流石は新選組局長と言うべきか、物事の機微を理解している。
その芹沢が定時放送の時間に司令室にいないというのはありえないことだ。
「4thピリオドで最も危険と断定される人間への教育のために動いてもらいました。
医師殿が独自の行動を取られている今、まともに動かせる駒は彼女だけですので」
「例の奴らか・・・・?」
「はい、そろそろ牽制が必要でしょう。でなければ収拾がつかなくなるかと・・・」
「情報に関することは貴様に一任してあるとは言え、一言言って欲しいものだな」
「芹沢から、疲れて寝ているのを起こすなと言われましたので・・・。ふっ、仲がよろしいですな」
「貴様も抱かれてみたいか?椎名智機」
「ええ、お疲れで無ければ喜んで」
だが、ザドゥが椎名に手を伸ばすことが無ければ、椎名がザドゥに凭れ掛ることも無い。
冷たい沈黙が司令室を覆い尽くし、不穏な空気が流れる。
ゴーン、ゴーン、ゴーン・・・
その沈黙は鐘の音によって破られた。3rdピリオド終了の鐘だ。
「定時放送の時間になりましたが、いかが致しましょう?」
「フム、定時放送は貴様がやれ、椎名智機」
互いの侮蔑など無かったかのように冷静な椎名の声。
答えるザドゥの声もまた冷静。それが椎名にとっては気に食わない。
「・・・了解しました」
しかし、ソレを態度に表すことなく椎名は一礼すると、定時放送用の外部スピーカーマイクを手に取る。
元よりそのつもりであったらしい。
「定時放送の時間です。この六時間にて死亡した人間は、09、グレン。20、勝沼紳一。25、涼宮遙。31、篠原秋穂・・・以上の四名。
生存者は引き続きゲームを続行してください」
鐘の音と椎名の声が淡々と響く中、ザドゥは思う。
(三回目の定時放送か・・・・かなりの人間が消えたな)
この18時間の間死亡した人間は17人。半数近い人間が消えたことになる。
死亡者を調べれば、中にはこのような事で死ぬはずではない人間が多く見受けられる。
本来なら、幸せな未来が待っていたはずだったろう。
―己のために殺し合えとは何たる傲慢−
タイガージョーの言葉が思い出される。
(確かにその通りだ。タイガージョーよ・・・)
かつての自身も奪うことによって全てを得ていた。
しかし、シャドウの裏切りによって全てを、チャームを失ったことで、ザドゥはその虚しさを知った。そして、人の死とはいかなるものか、ザドゥは初めて学ぶことができた。
今のザドゥは確かに人の死の中になにかを見出している。
カモミールに共感できるのも、そういったところがあるからだろう。
(だがな・・・)
それでも、もう一度失ったものを得られるならと、全てを犠牲にする覚悟でルドラサウムに従っている。そのような考えは邪魔以外の何者でもないのだ。
ザドゥに引くことは許されない。
たとえ相手が赤子であろうと我が道を邪魔するなら殺さなければならない。
まさに修羅の道である。
あらゆる死と罪を踏み潰しながら、歩まなければならない修羅の道。
自身で選んだ道とは言えあまりに過酷である。
それ故に、この大会が終ったときに、今のザドゥの死に対する感情も消えるだろう。
人であって人でなき鬼となっているだろう。
(タイガージョー、貴様が最後に見せたあの哀れむような眼差しの意味解るぞ・・・)
次に目が覚めた時には自身に一片の迷いもないと確信しながら、ザドゥは再び眠りについた。