142 Never More
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(第1日目 PM21:00)
月光の下を連なって歩く影が三つ。
やがて木々に囲まれた山道を抜けると、不意に空が開けた。
「わー、星がきれいだねぇ、おにーちゃん」
いびつなこの世界にあっても同じく輝く星を仰ぎ見てさおりが歓声を上げた。
「あんまり、走ると危ないよ。」
嬉々として緑もまばらな火山灰の上をかけてゆくさおりをほほえましく思いながら
その背中に声をかける。
「えへへ、だぁーいじょーぶだよぉーー」
振り返ってぶんぶんと力いっぱい手を振ると、ふたたび走っていってしまった。
「すっかり御加減もよろしくなられたようで、ようございましたね。」
苦笑しながら嘆息していると、傍らを歩く鬼作さんがそう言ってくれた。
「そう、ですね」
しなやかな足で遠ざかってゆくさおりを遠めに見やりながら、
自分に言い聞かせるように答える。
少し素っ気無い言い方だった。
気のない返事だと思われなかったろうか。
さおりから目をそむけるようにして空を見上げると
星々に囲まれるようにして照る月がやわらかく蒼ざめた光を投げかけていた。
(闇夜を照らすこの月が幾度となく世界を照らしてきたみたいに)
ふたたび視線を先ゆく少女の小さな背中に向けると少し眉をしかめた。
(僕もいつまでもいつまでも同じことを繰り返すのかな…)
そう考えると、己の不死の肉体が恨めしく思えた。
罪を塗り込めながらでしか生きられない自分を恥じた。
そして、結果を知りながらも、もう一度同じ場面に出くわしたなら、
自分はきっと同じ事をするであろうことを確信していた。
だから、何かを吐き出すように長嘆息して、
溢れ出しそうになるものをぐっと堪えた。
「ささ。あまり離れるのはよろしくありません。さおりさんを追いましょう。」
知ってか知らずか、鬼作さんは明るい声で言った。
ちらほらと見える程度だった木々が少しずつその数を増してくるあたりでようやく追いつくとさおりは何かにおびえるようにして森と草原との境界に立ち尽くしている。
月の光に照らし出されて、淡い陰影をその身に落として佇む少女は
ほっそりとした腕で痛々しげに己の体を抱いている。
幻のように儚げで美しかった。
「どうしたの?」
こちらに気付いたさおりがはっとした様子でふり向くと、
数歩よろめくようにして歩み寄り、はじかれるようにして駆けよって、
勢いそのままに抱きついてきた。
何かにおびえているかのように激しく身体を震わせている彼女の亜麻色の髪を撫でてやる。
「どうしたの?」
先ほどより心持ちトーンを落としてたずねてみると、
じっとこちらを見上げてきて短く「イヤ…」と呟いて
腰にまわした細い腕にさらに力をこめて抱きついてきた。
しばらくの間、繊細な硝子細工を扱うような手つきで髪を撫で続けて
震える彼女の次の言葉をじっと待った。
けれども、彼女は何も言わなかった。
きっと彼女自身にも自分が何を恐れているのか分からないのだろう。
ただ、おそらく自分せいなのだという確信めいた思いがあった。
ふたたび煌々たる遥けき月夜空を仰ぎ見た。
思えばこのゲームが始まったときも、
ガラス窓の向こうから同じ月が空々しくのぞいていた。
(それから…………………………)
自分の所業を思い出して、思わず眉根を寄せた。
こんなときに一緒にいてほしいと望む人、彼が望む唯一の人、
世界を彷徨い、その末にたどり着いた人、彼が心から求める人、
いつでもいっしょにいたいと思う人は、今ここにはいない。
心の中で、美しい金色の髪をそよ風に靡かせて笑いかけている愛しい人の名をそっと呼んでみる。
応えは、ない。
そのとき、さっと風が吹き抜けて少女の柔らかな細い髪を散らした。
ふわりと広がる彼女の髪から少女の甘い匂いが立ちこめる。
「もう大丈夫だよ、ゴメンね。おにーちゃん。」
少し蒼ざめた顔でさおりは健気にも言った。
その一言で現実に引き戻されて、無理しなくてもいいんだよ、
と何とかそれだけ言った。
「ううん、大丈夫、おにーちゃんがぎゅってしてくれてたから、もう大丈夫。」
「うん……」
つとめて明るく振舞うその笑顔に影がちらつくのも痛ましく、
返事はしたものの動けないで立ち尽くす。
「ほんとぉに、大丈夫だよ。
さおりの側にはおにーちゃんがずぅっといてくれるんでしょう?」
自分の言葉に不安を覚えたのか、消えそうな言葉でたずねてくるさおりに頷き返す。
だったら大丈夫、と笑みを浮かべて
手をとり歩きだす彼女に引きずられるようにして足を繰り出す。
それまで枯れ木の根元に腰を下ろし、無言のままで抱き合う二人を見ていた鬼作は、
彼らの耳には届かぬ声で小さく「やれやれ」といって腰をあげた。
森の外縁を、森と外との境界を、さおりと二人で寄り添うようにして歩く。
メルヒェンの中にでてきそうな黒々とした森が
いつ果てるともなく切れ間なく右手に広がる。
「ねぇ、おにーちゃん。」
「うん?」
さおりが歩みを止めて袖を引く。
「何か、聞こえてこない?キュルキュルって、ちょーしの悪い機械みたいな音…」
「どうかなさいましたか?」
立ち止まって耳を澄ませていると、
やや後ろを歩いていた鬼作さんが怪訝な顔をして尋ねてきた。
「しっ!!」
人差し指に唇を当て、鬼作の言葉をさえぎったさおりが神経を研ぎ澄まさせる。
風の音、波の音、木の葉の揺れる音、かすかな虫の音
それらの音に混じってキュルキュルキュルという人工物の音が聞こえる。
「おにーちゃんっ。」
頷き返すうちにも、場違いな音はどんどんとこちらに近づいてくる。
物憂げな月明かりが異様なコントラストを作り出し、あたりの影を際立たせる。
この音は、聞いたことがある。
森の奥から風に運ばれてきたその音は、すぐ側にまで迫っていた。
ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウンッ
ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド…………………
耳慣れぬ爆音が静かな森に響き渡る。
「来たっ!!」
そういうが早いか、さおりは真っ赤なドレスを翻しながら跳び退った。
少女がいた空間を死者が通り過ぎる者。
こけた頬、窪んだ眼窩、骨格と申し訳ていどに残された筋、
そして闇夜に不気味な光の残像を閃かせた二つの眼、
鋼鉄の死者が、音もなく、森の闇から。
「約束が違うじゃないですか、アズライトさん。」
立ち止まりチェーンソーを止めた金属の骸、
振るわせる声帯を持たないそれは多分にコケトリーを含んだ声でそう告げた。
「なみはご主人様に会うために戦います。
あなたはレティシアさんに会うために戦うんじゃなかったんですか?」
答えられず、視線を落とす。
姿こそ違えど、彼女に間違いなかった。
「…そうですか。
だったら、仕方ありませんね。
これ以上ゲームを続ける気がないのなら、
最強の敵であるあなたを、
アズライトさん
なみは今、ここで残された力を全て使ってでも、倒します。
1%でも可能性がある限り、なみはあきらめたりしません。」
小型のエンジンが派手な音を立てて、チェーンソーが再び回転をはじめる。
「あなたがいる限り、なみに未来はありません。
だから、遠慮も出し惜しみもしません。
全力で叩き潰してあげます。」
目の前の見知らぬ敵意にさおりが日本刀を抜き放ち、
隣で身構えるのをそっと手で制して、
「下がっていて、これは僕となみさんの問題だから…」
「でも、おにーちゃん……」
まだもの言いたげな顔をしているさおりに背を向け、なみさんに対峙した。
「覚悟はいいですか?」
前置きをするなみさんに頷くと、残された右手を不完全な形ではあるが変性させる。
二人の姿がゆらぎ、消える。
「あれからまだ一日も立っていないのに、アズライトさん。
ずいぶんと変わり身が早いですね。レティシアさんはもういいんですか?」
「…………」
言い返せずにいると凶暴な唸りをあげて、なみのチェーンソーが脇腹あたりを薙いでいく
紙一重でそれをかわすと同時に繰り出した闇色の手が大気を大きく震わせる。
同じく間一髪のところで避けられるがそのまま勢いを殺すことなく肩から突っ込む。
スピードの乗りきった体当たりを受けたなみは一瞬よろめきかけるが、
右手に装着された凶器を振り上げつつ切りつけ、
重心を移動させることでバランスを回復する。
「なみはっ、まだっ、ご主人様のことっ、あきらめませんよっ!」
叫びながらふたたび切りかかってくるなみに対してバックステップで距離をとると
「僕だって…まだ……」
苦々しげに呟いて、距離を詰めつつも続けざまに斬撃を繰り出すなみのチェーンソーを潜り抜けると一気に攻勢に転じる。
まず足もとに牽制の蹴りを放つ、さらに胸のあたりに向けてもう一発フェイントを入れる。
さらにいくつも重ねられた高速での捨て動作がなみの処理速度を上回る。
「はぁっ!」
気を吐くとなみの剥き出しの喉元に本命の掌底を叩き込む。
何かがひしゃげるような音を立てて打たれた首が一回転してありえない方向を向いて止まる。
「これで、とどめっ!」
加速して一瞬動きの止まったなみの鋼鉄の肋に保護された心臓部に向け
さらに一撃を加えようとしたとき、
プシュゥゥゥゥゥゥゥゥ、という音ともになみの胸部から勢い良く高温の蒸気が噴射された。
なみの動力源のオーバーヒートを抑止するための冷却水を圧縮して放出したそれは一瞬にして両者の視界を奪い取る。
思わずのけぞるが、間に合わず炎の如くに熱い蒸気を顔面からまともに被ってしまう。
一瞬失われた視界の向こうから、「…形勢逆転…ですね。」という声が聞こえた。
次いでチェーンソーがこちらに向かって振り下ろされる空を切る音が聞こえた。
とりあえずサイドステップでなんとか第一撃をかわすが、
いつまでも避けつづけることは出来そうにもないことを肌で感じた。
なみ型には無視界戦闘のためのセンサー類もデフォルトでふんだんに搭載されている。
この程度の水蒸気の壁ではハンデにすらならない。
一撃ごとに精度を増していくなみの攻撃を何とか聴覚を頼りに避けつづけるが、
それももう限界だった。
このままいけば次の一撃で間違いなく腹を真一文字に切り裂かれるだろう。
一瞬真っ暗な目蓋の裏側にレティシアの寂しそうな顔が浮かんだが、すぐに消えた。
もう間もなく視界が戻りそうなのは分かったが、あまりにも遅すぎた。
死を覚悟した瞬間、記憶を落としてからの長い長い記憶が、
とはいえ彼の本来の生の中では瞬くほどの長さでしかない短い期間の記憶が、
一挙に溢れ出した。
走馬灯の如く駆け巡るそれを見たとき、自分は死んでも仕方のないだけの罪を負っていること、
むしろ死ぬべき存在ではないのだろうかという思いが彼の胸を締め付けた。
(火炎王…君だったら、こんな思いは感傷だって笑うんだろうね。)
少し自嘲気味に笑んで、いつまでたっても訪れない死の一撃をいぶかしんだ。
「クゥッ……」
(クウッ?)
奇妙な声が聞こえた。
恐る恐る目を開いてみる。
視界は戻っていた。
はっきりと見える。
月明かりも、揺れる木の葉も、赤い色をした土も、
そして、土を赤く染め上げているもの、
背中を切り裂かれ、深紅のドレスをさらに知で染め上げて震えている少女も。
「さおりっ」
「…………あなたも……ご主人様を…守りたかったんですか?」
満月を背に負った金属製の死神が二人を見下ろすようにして立っている。
死神は、死を運ぶ。
「で…もまだ。た・・たかぅいの途…中でずよ。アズ……る…ぁイト…さん?」
そこまで言ったとき、なみの右腕が痙攣するかのような動きを見せ、
チェーンソーの回転が停止した。
「あ……れ…おーかし…いです・・・ね?」
ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR
ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR
ERROR ERROR ERROR
ERROR ERROR ERROR ERROR
ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR
ERROR
ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR ERROR
何度信号を送っても、なみの内部ではエラーが繰り返される。
「こん…にゃ……時………に…」
(……御主人さまぁ………………………………)
ギィギィと金属同士が軋みこすれ合う音がして、やがて完全に止まってしまった。
メインコンピュータが先の頭部への衝撃で著しく負荷を受けたため、
システムの再起動が始まったのだ。
「そんな顔しなくても、大丈夫だよぉ。
まだちょぉっと痛いけど、おにーちゃんを助けることが出来たんだもの。」
熱にうかされたかのうような赤い顔に
玉のような汗をいくつも浮かべたさおりが笑いかけてくる。
いじらしい彼女に曖昧な表情で頷くことしか出来ない。
生命力と自然治癒力に優れた人外・凶、
無残にも切り裂かれた背中の傷は既にして閉じ、出血は止まっている。
それでも傷から来る発熱が引くにはいま少しの時間がかかるようだ。
なみの動きが停止したあと三人は森の中に入り、火を囲んでいる。
さおりが望んだので彼女を自分の膝のうえに抱いたまま焚き火の前に座り、
震える彼女の上に羽織っていたハーフコートをかけてやった。
まだ痛むのかときおり顔をしかめるさおりの顔を、
しかしまともに見ることができず逃れるようにして揺れる火の方を見やる。
いつしか寝息を立て始めたさおり。
凶である彼女には本来睡眠は必要のないものなのだが、
寝ることが悪いことだというわけでもない。
ただ、黙って炎にくべられた枯れ枝がパチパチと音をたてて爆ぜるのを眺めていた。
(燃えてしまえば…いいのに…)
【アズライト】
【現在地:西の森外周】
【スタンス:鬼作・さおりと行動】
【武器:???】
【備考:変性不可、左眼負傷、左手喪失】
【しおり】
【現在地:同上】
【スタンス:アズライトといっしょ!】
【武器:日本刀】
【備考:凶(まがき)with発火能力】
【鬼作】
【現在地:同上】
【スタンス:らすとまん・すたんでぃんぐ】
【武器:日本刀】
【なみ】
【現在地:同上】
【スタンス:殲滅戦】
【武器:チェーンソー】
【備考:身体能力やや上昇
:再起動中】