143 素敵な約束

143 素敵な約束


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(第1日目 PM21:30)

(ちくしょぉ、血がとまらねぇじゃぁねぇか。
いったいぜんたいどうなってやがる。)
北側の山道を血の気が足りぬせいかふらふらと
よろけるようにして足をばたつかせて行く男、遺作。
いつまでたっても止まらない左腕の出血に業を煮やして
傷口をシャツの切れ端できつく縛って物理的に血を止めたため、
圧迫された肘の傷口付近は青紫色に鬱血している。
対照的に鉄分が大量に失われた彼の肉体は
ところどころ黄味を帯び始めまだらになっていた。
(あぁ〜、ダリィ。欲望の楽園だったはずがよぉ。
何だってこんな面倒なことになっちまってるんだぁ、
身体も小便くせぇしよぉ。)
もはや独り言をこぼすだけの体力も残っていないのか、
朦朧とした意識でなおも延々と悪態をつく。
暗さとかすむ目とがあいまって、数歩先すら見えず、
手探り状態で深い闇に覆われた山道を下る。
よろよろと歩く足元も怪しく、案の定しばらく進んだところで、
(うおぅっ!?)
急な段差に気付かずに足をとられ、バッターンと音を立てて顔から派手にすっ転ぶ。

つつつつつつぅ。やってられねぇ。やってられねぇよ。
なんだって俺様がこんな目にあわなきゃなんねぇんだ。
それもこれも皆あのクソふざけた弟のせいだ。
何もかも皆、俺様を裏切りやがったあいつのせいだぁ。
大体、鬼作のくせに生意気なんだよぉ、あいつはよぉ。)
したたかに打ち付けた顔をさすりつつ、
人知れず呪詛を送っている遺作の目に入るものがある。
(おおっ?)
地面から数cmのところで大きくカサを開いたキノコ。
色はいたって一般的で茶色がかった白と濃い茶色のカサである。
(ごくり・・・)
喉が鳴り、続いて思い出したかのように腹が鳴る。
(腹ぁ減ったなぁ。そういやぁ、昨日の晩からろくに物も食っていやしねぇ。)
立ち上がることもできないまま、じっと揺れるキノコを見つめる。
(………これを食ってオワリなんつーおちじゃぁねぇだろうなぁ、えぇ?)
湿った土の上を片手で身体を引きずるようにして近づいてみる。
恐る恐る手を伸ばし、覚悟を決めてふっくらとしたキノコの石突をむんずとつかみむしりとる。
ちぎりとったキノコを顔に近づけてためつすがめつしてみるが、
やがて意を決して口を開きパクリ、恐る恐る口にする。

「うっ!?」
びくっ、と感電したかのように身体を大きく一度震わせると、
一瞬にして死人のように蒼ざめる鬼作。
かっと見開かれた目は白目をむき、口からは泡を吹いている。
そして、うずくまるように倒れるとその後はぴくりとも動かなかった。







「へケケケケ、えらい目におうたがよ。」
へらへらと狂人じみた笑いを漏らしながら、
ふらふらとおぼつかない足取りで歩く素敵医師こと長谷川均。
「なんでもかんでもおくすり打っちゃいかんちゅうことがか。」
灯台を抜けた素敵医師、
「アインおじょーちゃんが愛しいセンセのこと追ってきてくれるなら、好都合やき。
ちぃっと罠でも仕掛けてみるのも面白いかもしれんがよ。」
愉快そうにくるくると回りながら、右手にズラリと持った四本の注射器を首筋に一気に突き立てる。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ〜、来た、来た、きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁー。
ヒヘヘェ、セェンセの注射は相変わらずよぉ〜効くがよ。」
どんよりとした目で森の木々を踊るようにして避ける素敵医師。
「おじょーちゃんはどんなトラップがお好みがか〜?」
真っ暗な森の中で、歌うように叫んだ。


「へケキヒヒヒ、…おんやぁ?」
森を北に抜けて本拠地であるところの神社に戻る途中の山道で、倒れている者がいる。
「ア〜ア〜ア〜。食中毒じゃねぇ。センセは名医じゃき、見ただけで分かるがよ。
ほ〜れ、しっかりしとおせ。センセが来たからもう大丈夫やき。
お目々すっきり、まるで別人になったみたいに目覚められるがよ。」
さも愉快そうに頬をぺしぺしと平手で打つと、
薄汚れた包帯の奥で真っ赤な口をニタリとゆがませる。
そうしてグレンの野太い触手に殴り飛ばされてもなお放さずにいた革の鞄から、
数本の注射器と数種の錠剤とを取り出して、
「ア〜、これは無粋やき、いらんね。」
包帯の奥ですこし眉をしかめると取り出したばかりの錠剤を放り出す。
ピュッピュッと数滴針の先端から内容液を滴らせると、
プス、プス、プス、脈の位置を確認することも躊躇いを見せることもなく
注射器の針を無造作に差し込む。
「ハァ〜〜〜〜〜〜、これだから医者は辞められんがぁ。」
押し込まれてどんどんと減っていく注射機内の溶液を見て、
素敵医師は恍惚とした溜息をついた。


キノコの衝撃から目が覚めると鼻が曲がるかと思うような臭いがする。
腐臭とでも言えばよいだろうか。
「お目覚めかな…?」
遺作は臭気に耐えつつまだぼんやりとしたままの目をこすって、
それきり黙りこんでいる声の主を確認しようとする。
「ブヒャッ、ブフプフル。ふひぃ〜っヒヒヒヒヒひひぃひひいぃけへへへへへへエ」
堪えきれないという感じに噴き出すと、
堰を切ったかのようにさながらキチガイのように大声をあげて笑い出す。
実際に彼はキチガイなわけだが、遺作にはいまだ知る由もない。
「お目、お目、ブフゥ。「お目覚めかな?」は良かったが。ひひひいひひぃ。
どうなが、センセはたいした役者と思わんがか?」
まだ収まりきらぬ笑いに方を小刻みに震わせながら問う素敵医師。
「ついでに増血もしといちゃったがよ。ホレホレ、センセにお礼言うが。」
「テメェ。薬くせぇキチガイ野郎がなに言ってやがんだぁ?」

「へケケケケケェ、命の恩人さんに対してキチガイ野郎とはご挨拶なが。
まぁ、ええが。センセは素敵医師ちゅうがよ。昨日放送したの覚えてないがか?」
突然目の前に現れ出た異形と異臭にも動じることなく、
顎に手を当ててフンフンとうなずくと、狡猾そうな瞳で探るようににらみ返す。
「あ〜、思い出したぜぇ、あの胸糞悪い放送か。
てぇことはお前主催者側の人間だろうが。
俺を助けるたぁ、……一体何が望みだ。」
「ヒヒヒ、話の分かる頭のいい患者はセンセ大好きやき。
実はここだけの話、センセはアインちゅうこわーいおじょうちゃんに追われてるがよ。
そのアインおじょーちゃんを何とかして欲しいが。」
「へッ、そのアインてぇのは手ごわいのか?」
「ヒキキキキ、どうしてそう思うがか?」
「体がいやに軽い、どー考えても普通じゃねえ。
今ならあの糞忌々しいガキにも勝てそうな気がするぜぇ。
どんな薬を使ったかは知らんが…てめぇ<どーぴんぐ>しやがったな?」
互いに、愉快そうに見つめ合う。


「ヒヘへへへ、降参ぜよ。遺作さんにはかなわんき。
確かにおじょーちゃんはかなり手ごわいおじょーちゃんやき、
センセも手ぇ焼いとるがよ。」
「そんでその厄介な小娘の相手を俺にさせようってのか。
虫のいい話だな、オイ?」
先ほどまで愉快そうに笑っていた遺作の表情が不意に硬くなり、
素敵医師に巨大な悪意を叩きつけ、ぎょろりと睨みつける。
互いに瞳をそらすことなく押し黙ったままの二人の耳にかすかな虫の音が空しく飛び込んでくる。
やがて、口を開くタイミングを注意深く探るかのようにのらりくらりと怒気を受け流していた、
素敵医師がついに何か大事なことを思い出したかのように口を開いた。
「へヒ、あー、そうそう。言い忘れちょったが、
ただで助けたら、センセが怒られるき。ちょっとしたルールをつけたがよ。」
「アァン、ルールだぁ?お前なんかの都合なんざ知ったことか。
俺はこの力を使って、雌どもを狩るだけだぁ。」

「ヒヒヒヒ、センセのお話は最後まで聞くなが。
遺作さんに注射したお薬の中には常習性のあるものも混じっとるがよ。
明日の昼までにセンセに注射打ってもらわんと禁断症状が出ておっそろしいことになるき、
そのことには、じゅーぶん気ぃつけて欲しいがよ。」
「テメェ…」
語気も荒く答える野獣のような遺作を素敵医師は手で制して言った。
「キヒヒヒヒ、まあまあ、拗ねずにちぃッと耳貸してみとーせ。
センセの話には続きにはまだいーい話があるがよ。」
遺作の耳元に口を寄せると素敵医師は声を潜める。
眩暈がしそうなほどの異臭に遺作は眉をしかめる。
「ここだけの話がやき、この大会に優勝したら、願い事が一つ叶うっちゅう話がよ。」
「何だと?」
遺作の眉がぴくりと跳ね上がるのを見て素敵医師は満足げに笑う。
「ヘケケケケケ、センセはおまえさんのよーな野心家が大好きやき、
特別に手助けしちゃったがよ。
傷の応急処置も被曝の進行もサービスで止めてやったが?」
ズラリと薬品をならべ、素敵医師が薬品の入ったアンプルと注射器とメスを
それぞれ数個ずつ遺作に手渡しながら説明をはじめる。
「とりあえず、最初のガッコが狙い目とセンセは思うが…、へケケそこはお前さんに任せるき。」

「へっ、そいつをつれて来るのが解毒剤の条件てわけか。
で、アインって小娘をどうして欲しいんだ。
ひっ捕まえるか、殺すか、それとも…犯すか?」
最後の言葉に遺作の口の端がつりあがる。
「ヒヒヒヒヒヒヒ、センセはアインおじょーちゃんの身体に興味があるき、少し調べたいことがあるがよ。
やけど、参加者にセンセが手を下したら怒られるき、とりあえず遺作さんにはここに連れてきて欲しいがよ。」
「だったらそのあとは……」
下卑た笑みを浮かべた遺作に、素敵医師の感情の分からない笑みが答える。
「へケケケケケ、そのあとのことはセンセは興味ないき、遺作さんの好きにすりゃええがよ。フォルマリンにつけて鑑賞するなり、腑を煮て喰らうなり、何でもOKやき。」

説明が終わると遺作はさっさと立ち去ってしまった。
その背中を眺めながら、素敵医師がポツリとこぼす。
「叶うのは、センセのお願いやき。しぃっかりしとおせ。」
宵の山野に狂人のけたたましい哄笑が響き渡った。



【遺作】
【現在地:北の山道五合目】
【スタンス:女は犯す、優勝、アイン捕獲】
【武器:薬品数種、メス】
【備考:被曝、右腕喪失】




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