141 彼らの事情
141 彼らの事情
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(第1日 PM20:00)
MDに収められた楽曲が一通り終わると、
魔窟堂が去ったあとのなんだかぎこちない二人に戻ってしまった。
二人とも話しの糸口を探すことに忙殺されて、黙り込んだまま時が過ぎてゆく。
時々、ちらちらと互いを盗み見ては地面を眺めることのくり返し、
初心な二人には魔窟堂老人の「恋人」という言葉が引っかかっていた。
だから恭也は知佳が隣で静かな寝息を立てて眠りはじめたとき、ホッとした。
けれどもすぐに、疲労している彼女に対して
そんなことを考えている自分を不謹慎だとなじった。
空を見上げる、星は見えない。
(仁村さんが目を覚ましたら、どうするべきだろうか。
俺は膝、彼女は疲労、どちらも万全というわけではない。
いっそのこと…魔窟堂さん……信用できる人のようだったし、
あの人が言うように一度その病院へ行ってみるというのもいいかもしれないな…)
もちろん、罠である可能性は消えない。
一箇所に集まるということは、同時に他の参加者を一挙に抹殺できる、
ということの裏返しでもある。
一人なら、一縷の望みを託して躊躇することなく向かっただろう。
けれど、彼には今背負っている者がある。
守るべき人が、いる。
「俺一人で、」
呟いてしばし沈思する。
「傷ついた膝を抱えたままで。
たとえば、たとえばランスのような手だれともう一度遭遇したとして、だ。
お前一人で、仁村さんを守り抜くことができるのか、恭也?」
「あ…」
「え……?」
隣から聞こえたか細い声に振り向くと、
知佳がさっと目をそらし、真っ赤な顔を隠すようにしてアリさんを数えだす。
「あ……」
今度は恭也が顔を赤らめる番だった。
そわそわと落ち着き泣く自分の荷物の整理などはじめる。
「あの、身体、大丈夫ですか?」
照れ隠しもあるのか、あくまでさりげない風を装って伺う。
「え、あ、ハイ。おかげ様でずいぶん回復しました。」
ぺこりと頭を下げる知佳、目はあわせない。
夜の帳が下りた森の中で沈黙、遠くから鳥が一斉に飛び立つ音が聞こえた。
恭也は意を決して口を開いた。
「ど、どこから聞いていたんですか。」
「な、何も聞いていないですよ。」
恭也は少しめまいを覚えた。
「そ、そうですか。」
「ハ、ハイ。そうです。」
「そう、ですか。」
「ハイ…」
紅潮した頬が、あまりにも雄弁に事実を語っているが
恭也はもう何も言わなかった。
それよりも、彼女の嘘が下手なことを好ましく思った。
知佳はいっそう頬を赤らめてうつむいた。
「これからのことなんですけど、」
照れくさいような、嬉しいような、
はにかんだ空気を振り払うため恭也は少し硬い声を出した。
「僕は魔窟堂さん、さっきのおじいさんのこと、信用できると思います。
だから、志を同じくする人がいるのなら病院へ行ってみるのも一つの手でしょう。
もちろん罠かもしれませんが、少しでも可能性のあるほうが…」
「ハイ、私も…あのおじいさんは信用のできる人だと思います。」
少し考えて、知佳は返事を待っている恭也に向かって頷いた。
無言で頷き返すと、恭也は立ち上がり少女に手を差し伸べる。
「じゃあ、行こう、仁村さん。」
「ハイッ!」
応えて、自分よりも少し大きな手を取った知佳は
二人を包むこの空気に親密な居心地良さを感じた。
数歩先すら見通せぬ暗い森を南に向かって手をつないだままの二人は歩く。
名も知らぬ草木が生い茂る道なき道をどこまでも、どこまでも。
時折遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声がもの悲しげに木霊するなか、
はたと知佳は立ち止まった。
「あの、恭也さん、あそこなんだか光っていませんか?」
言われて目を凝らすと、行く手にほのかな燐光のようなものが確かに見える。
「確かに、光っていますね。」
「どうしましょう?」
なんとも決めかねているのか、無言のまま光を眺める恭也に
「行って…みませんか?」
知佳はためらいがちに、しかしはっきりと告げた。
そして、繋ぐ手に少し力をこめると恭也のほうにすっと身を寄せた。
華奢な肩が震えているのが、恭也にははっきりと分かる。
「たぶん、危険なことはない……と思います。
あそこからは悲しい空気しか流れてきていませんから…」
と言って少し目を伏せ睫毛を震わせた。
「悲しい、空気ですか?」
「え?いえ…そんな感じがするんです。」
「仁村さんって、なんだか超能力者みたいなこと言いますね。」
冗談めかして恭也が言う。
「そんなこと、ないですよ。私なんて…そんなことないです。」
黙りこんでしまった知佳を見て、恭也は気まずそうにぽりぽりと頬を掻いた。
「わぁっ…」
目の前に広がる光景に知佳が歓声を上げる。
「これは、スゴイな。」
夜の闇の中、そのあたりだけが暖かな午後のようなやわらかな光の粒子が漂っていた
草と木と花の、光の城。
植物の楽園。
中心には互いに重なり合った濃密な緑をそのかしらに戴いた、
周囲の森を圧するようにして聳え立つ、目を瞠るばかりの老巨木。
そのふた抱え以上もある逞しい幹に女の手のように絡みつく夥しい蔓草と茨。
生い茂る下草を掻き分けるようにして群生する低木には
鈴なりに小さな花、静かに揺れながら光を放つ小さな花。
薄明かりに照らし出されて、暗がりの中にひしめくように浮かぶ花の色。
秘密のおとぎ話のような光景。
言葉もなく立ち尽くす少年と少女。
「キレイですねぇ…」
同じく見入っていた恭也に知佳が溜息をつきつつ、ポツリとこぼす。
恭也が、ああ、と返事しようとしたとき、
「そうだろう?」
「えっ!?」
背後からの聞きなれぬ男の声に、二人は声をそろえて驚いた。
「やぁ」
「君は…」
反問する恭也の背筋が粟立つ。
(気配を全く感じなかった…かなりの使い手か、それとも…)
咄嗟に身構えた恭也は、目の前に立つ彼と同年輩の少年を仔細に眺めた。
整った目鼻立ち、すらりと伸びた手足、涼しげな目元とやわらかな笑顔。
「綺麗だろう、ここは?」
澄んだ声、優雅な身のこなし、周りの風景も手伝って
おとぎ話の王子様といった感じの少年、まるで人ではないような感じすら漂っている。
この状況のなか、まるで警戒する様子もなくかの少年は知佳のほうに近寄る。
ジリ…
進路をふさぐようにして恭也が間に立ちふさがる。
「止まれ、それ以上近づけば君を、斬る。」
恭也の言葉にも躊躇なく歩み寄る少年、顔には笑みさえ浮かべている。
短く一息はくと、恭也は腰に佩いた小太刀に手をかけ、間合いをはかりはじめた。
一歩、二歩、三歩、四歩、五歩目で少し腰を落として溜めをつくる。
ついに少年が射程内に入ってきた瞬間、恭也は迷わず抜刀し、強く踏み込んだ。
その瞬間、揺れる空気に光る花びらが舞い上がり、恭也の姿が掻き消える。
御神の一刀。
神速の一刀が、放たれた。
常人では目にも止まらぬ速度、それが御神の技。
恭也の目には景色が跳ぶように後ろへと流れ、線に変わり、像を結ぶことなく過ぎ去る。
小太刀の刃は返してある、峰打ちだ、殺すつもりはない。
幾分威力をセーブして放った一撃、
とはいえ、素人なら何が起こったかわからぬうちに地を這うことになる。
しばらくは動くこともままならないだろう。
しかし思わぬ事態に恭也は覚えず息をつめた。
インパクトの瞬間、恭也の目を捉えたものがあったからだ。
二つの目が、涼しげな目が、こちらを見ている。
残像すら捉えられぬほどの高速で動く恭也の瞳をじっと見すえて、笑った。
(なっ…………………………!!)
唸りをあげて振り下ろされる小太刀、少年へと放たれた一撃はむなしく空を切る。
神速の勢いを殺しつつ急いであわてて後ろを振り返ると、
少年は何ごともなかったかのように一歩また一歩と知佳へと近づいていく。
(しまったっ!)
と思う暇も有らばこそ、恭也は切り返してふたたび地を蹴る、膝が悲鳴をあげる。
(間に合えっ!)
恭也は敵かもしれない相手に対して手加減してしまう自分の甘さを呪った。
震える知佳の前に立つ少年。
「そう、この森はとても美しい。でも…」
「あ……」
知佳の頤に指をかけると、揺れる瞳を覗き込んで少年はこう言った。
「君のほうがもっと、綺麗だ。」
「えーと、じゃあ星川さんと朽木さんはゲームを降りたということですか?」
まだ頬を赤らめたまま直視できないでいる知佳の問いに星川は、
そういうことになるかな、とだけ答えた。
「だったら」
そこで言葉を切って、もの言いたげな顔で見上げてくる知佳の言葉を恭也が引き取った。
「だったら……だったら俺達と一緒に来ませんか?」
恭也の誘いに、しかし星川は笑みを浮かべて首を振った。
「ありがとう、でも病院はあまり好きじゃないんだ。
…嫌な思い出があるんでね。」
「そう…ですか。」
残念そうに答えたけれど、知佳は理由は聞かなかった、
誰にだって聞かれたくないことは、ある。
「それに」と星川は続けた。
「僕はここで僕の可愛い人を守らなきゃならないしね。
だから、すまないが、君達の力にはなれない。」
星川の言葉に二人は古木のほうを見やった。
「じゃあ、俺達はこれで失礼します。」
「高町君。」
去りゆく恭也を呼びとめると耳元で囁く。
「高町君、君の彼女のこと、ちゃんと守ってあげなよ。」
「彼女だなんて、そんな…、俺達は…」
慌てて否定する恭也の肩を叩く。
「まぁまぁ、そんなに力一杯主張しなくても分かってるって。」
星川は笑いながら心中で、本当に守ってやりなよと繰り返した。
「恭也さーん」
森への入り口あたりから知佳が呼んでいる。
「引き止めて悪かったね。」
いや、と応えると恭也は一礼して小走りで知佳の側へと駆け寄ると、
二言三言と言葉を交わし、歩き始めた。
星川は寄り添うようにして歩む二人を眺めながら
振り向いて手を振る知佳に少し手を上げて振りかえす。
彼らの姿がすっかり消えるまでそうしていた。
そして、彼のあるべき場所へと引き返した。
暗がりの中で双葉はまどろむような目をして何もない空間を見ている。
死に絶えなんとする人間が見るという過去の映像が
ぽっかりと開けた虚無のうちに過ぎ去ってゆくのを見ていた。
そっと目元を拭ってみる、指の腹にしっとりと張りのある肌が触れる。
涙は流れていない。
「行ったの?」
「ああ。」
「幸せになれると、いいわね。」
「そうだね。」
「うん…」
彼らの森に再び静けさが戻った。
【高町恭也(No8)】
【スタンス:力無き人を守る】
【所持武器:救急医療セット、小太刀、ポータブルMDプレィヤー】
【能力制限:膝の古傷(長時間戦闘不可)】
【仁村知佳(No40)】
【スタンス:恭也について行く】
【所持武器:不明】
【能力制限:超能力
(消耗中につき読心、光合成以外不可)
疲労・小】
【朽木双葉】
【スタンス:静観】