171 朽木双葉

171 朽木双葉


前の話へ<< 150話〜199話へ >>次の話へ 下へ 第五回放送までへ




(第二日目 AM:03:00)

背中がほんのりと温かいのは、座ったままで後ろから抱きすくめられているからだ。
あたしは心地よいまどろみの中で、体を丸めるようにしながら、ぼんやりとそんなことを考える。
あいつの体はもう少し温かかった。
抱き上げられたときは、恥ずかしいのと申し訳ないのとでそれどころじゃなかったけど、
あいつの体のぬくもりが伝わってきて、心臓だけはトクトク鳴ってた。
今は、そうでもない。
多分ああいうのを「淡い恋」と、そう呼ぶんだろう。
気の迷い?
そうかもしれない。
でもきっと、あのときあたしは、恋を・・・していたんだと思う。
思い出すと、目頭がじんわりと熱くなってきて、あたしは鼻をすすった。
あたしの初恋、あたしの恋、あいつはもういないのだ。
(あ・・・・・・いやだ・・・)
思い出が走馬灯みたいにフラッシュバックする。
暗い森の中、突然あいつは現れた。
ショットガンを持ってるあいつにビビッちゃったりなんかして・・・あれは醜態だったわね。
よくよく考えてみれば、あいつにはずっと恥ずかしいところばかり見せていた気がする。
首輪を壊してくれたときも殺されるって勘違いしてたし、
「僕が守ってあげるよ」なんて言ってくれるもんだから、ちょっと浮かれちゃったし、
こけしの鉢が割れた時だって、多分泣き顔見られてた。
なのに、あいつはいつだって
「何をそんなに怒ってるんだい?可愛らしい顔が台無しだよ」
「この大会がどんなものでも、双葉ちゃんのことは僕が…」
「…僕の首に腕を回してしがみつく双葉ちゃん、可愛かったよ」
・・・何よ恥ずかしいわね、あいつ、歯の浮くよう台詞しか言ってないじゃない。
灯台の前で手にキスされたときだって、お姫様抱っこされたときだって、私を守ってくれたときだって
キスを、してくれたときだっ・・・て・・・
「…双葉ちゃん、さっきの続きは…またあとで…、ね」
息をするのももどかしく、涙が出そうになる。


「守ってくれるって、言ったじゃない、バカ・・・」
後ろのに聞こえないように、小さな声で毒づいてみる。
聞いているのかいないのか、「星川翼」は何も言ってこなかった。
そっと目を開いてみると、濃密な闇がみっしりと洞(うろ)を満たしている。
「ん・・・」
少し体をひねってみる。
「傷、痛むのかい?」
尋ねる星川翼の声はやわらかくて・・・
「そうじゃないわ。ただ・・・このままじゃ、ダメね」
「ダメ?」
星川翼の声がオウム返しに聞いてくる。
それには答えず、もう一度目を閉じる。
あいつのに似たうつろな声を聞くたびに、思い出が頭の中をよぎって、もうこれ以上耐えられそうにない。
「ダメなのよ」
「大丈夫だよ」
あたしの声が震えるているのにも気づかずに、星川翼は話を続けた。
「双葉ちゃんは僕が・・・」
ダメだ。
その先を言われたら、あたしはきっと泣き出してしまうだろう。
体はひんやりとしているのに、顔だけが燃えるように熱くなる。
唇を噛んで涙が出そうになるのを、身を固くして堪え、次の言葉を待った。
我慢しようとすればするほど、体の震えがひどくなる。
後ろにいる星川翼は思わぬあたしのリアクションに、なんと言ったらいいのかも分からずに困っているみたいだ。
役に立たないわね、こういう時、あいつなら、きっと黙ってあたしを・・・


「16番、朽木双葉・・・」
そのとき、突然名前を呼ばれた。
あたしは制服の袖でごしごしと涙を拭って入り口の方を向いた。
「あ・・・」
そこには前に会ったことのある幽霊みたいなあの女が立っていた。
さっきまで後ろにいた星川翼がすっと前に出て、腕であたしを庇う。
「御陵・・・・・・透子」
少し、声がかすれていたかもしれない。
「何の用だい?」
かわりに問いかける星川翼の声は軽い。
・・・こんなところばかりそっくりなのは、私の腕が未熟だからなのかもしれない。
「もう一度だけ」
「これが、最後の」
「警告です」
「首輪をつけなさい」
「さもなくば」
「ゲームを放棄したと見なして」
「ひどいことが・・・起こります」
途切れ途切れの、感情のこもっていない言葉、いやな感じ。
「ひどいことって、どんなことだい?」
星川翼の質問には答えずに、透子はじっとわたしのほうを見ている。
ごそごそと後ろポケットに忍ばせておいた、首輪を取り出す。
「これをつけろっての、このあたしに?」
押しのけられて驚く星川翼はこの際無視して、首輪を女の目の前に突きつけてやる。
少し鼻声なのが恰好悪いこと夥しいけれど、しょうがない。
暗がりで顔を見られないのがせめてもの救いね。
あたしは身じろぎもせずに返事を待つ、敵意は感じない、ただちょっとした緊張感。
ややあって、女はコクリと頷いた。
「はんっ!!」
「ちょっと、双葉ちゃん?」
あたしがにらんでも、平然としている。


「あなたが首輪をつけるなら・・・」
「あるいは・・・」
「願いがかなうかもしれません」
願いが・・・叶う?
初耳ね。
「優勝」
それだけ言って、あたしの目をじっと見た女は、しばらくして煙みたいにすっと消えた。
「優・・・勝?」
あたしは馬鹿みたいにもう一度繰り返す。
本当のことだろうか?
願いが叶う。
ウソかもしれない。
けど・・・もしそれが本当なら・・・
手にした首輪を見る。
「双葉ちゃん、それは・・・」
星川翼があたしの手を掴んで、咎めるような目で見てくる。
「いいのよ、これで」
「あんたが死んだこと、一生引きずったまま生きていくくらいなら、あたしはここで死ぬわ」
その言葉をぐっと飲み込む。
あたしが作ったとはいえ、目の前にいる星川翼にそれを言うのは少し残酷なことだと思ったから。
ま、言ったところでそんなこと気にもしないってのはあたしが一番よく分かってはいるんだけどね。
「面白いじゃない」
かちりと、後ろ手に首輪をはめる。
「優勝、してやろうじゃないの」
そして、きっと・・・
涙を拭って、乱れていた髪と服装を整えて、立ち上がる。
洞の入り口に足をかけて、空を見上げる。
空いっぱいの星が色とりどりに美しく瞬いていた。



前の話へ 投下順で読む:上へ 次の話へ
163 名探偵の静かなる電撃作戦(第二波)
時系列順で読む
164 名探偵の静かなる電撃作戦(第三波)

前の登場話へ
登場キャラ
次の 登場話へ
141 彼らの事情
朽木双葉
172 青い血族
式神星川
140 悲しいひと
御陵透子
175 第5回定時放送送 AM06:00