172 青い血族

172 青い血族


前の話へ<< 150話〜199話へ >>次の話へ 下へ 第五回放送までへ




(第二日目 AM4:00)

朽木双葉が森を行く。
星川翼を騎士のように傅かせ、女王のごとく優雅に闊歩する。
「そう、分かったわ。来てるのね? ありがとう」
道端に生えている樹木に向かってにこやかに頷き返すと、彼女はその場にかがみこんだ。
そして、いつの間にか彼女の足元に侍っていたボールペンくらいの背丈の式神を手のひらに載せた。
彼女がゲームへの参加を決意してから約一時間。
双葉は手始めに東の森一帯に同じような式神を放った。
式神たちは周囲に茂る無数の植物とコミュニケーションをとりながら、他の参加者を探す役目を与えられていた。
いわば、森という巨大な斥候と双葉とをつなぐ伝令係である。
その式神が主のもとに帰ってきた。
「で、どんなやつらだったの?」
手のひらに載せられた式神が身振り手振りを交えながら、
双葉にしか聞くことのできない言葉で報告をはじめる。
一通りの情報を得たあと彼女は「ご苦労様」と言って報告を終えた式神の頭を指の腹でそっと撫で、
口元でこれまた一般人には意味の通じない呪を唱えて式神を元のお札に戻した。
「で、敵は多いのかい」
先を歩いていた星川翼が、歩調を落として双葉の隣に並ぶ。
「男1人と女が2人、あとなんかタコみたいなやつも一緒にいたって」
「4人か・・・初陣にはちょうどいい数かな、双葉ちゃん?」
「バカ言わないで」
少し怒ったような声で双葉が答える。
その顔はいつになく真剣で、星川翼は軽口を叩いたことを少し後悔した。
謝罪しようと思って双葉の方に向き直る。
まだ表情は硬いままだった。
「少なすぎるくらいよ」
・・・・・・自信満々だった。



「では、貴様はこの鍵が何の鍵かは知らないんだな?」
「フム、まあ、ありていに言えばそういうことになるかな」
ランスとグレンがパーティを組み始めてはや数時間、いまだ二人は言い争っていた。
ファッションセンスや、髪の撫で付け方、性癖や女の趣味はもとより、歩き方や呼吸の仕方、
果ては鼻の穴の形にまで論議がおよび、今はグレンが所持していた鍵束の使い途について埒もなく口論を続けていた。
「何だかんだいって、いいコンビに思えてきたり・・・ねぇ、ユリーシャおね〜ちゃん?」
「そうですね・・・」
「・・・んぅぅ〜〜、なんかさっきからおね〜ちゃん元気ないね、
さてはランスにかまってもらえなくて寂しい?ランスシック?」
「ランスシック・・・ですか?」
意味するところがわからずにユリーシャは小首をかしげた。
「ランスラヴってことー」
「なっ!」
ユリーシャは何か言い返そうとするが、恥ずかしくてうつむいてしまった。
首輪が外され、剥き出しになった華奢なうなじまで赤く染まっている。
「図星かな?ウンウン、恥ずかしがることないんだよ、おね〜えちゃん。
素敵な恋は女の子をきれーにするんだよ。ジャスト、ビューティーだよ!
いまのおねーちゃん、真っ赤なリンゴみたいでとっても美味しそうだよ。」
「そんな・・・わたくしは・・・あの・・・その・・・・・・」
「それに何を隠そう、このアリスちゃんもランスのこと、好きだったり〜」
「えっ?」
「ンニャ?アリスちん、なんか変なこと言った?棒姉妹だなんて言ってないよ」
「ランス様のこと・・・好きって・・・」
「んー、好きだよ〜。でも、ユリーシャおねーちゃんの好きとはちょっと違うけどねぇ〜〜。
おねーちゃんのはラヴで、アリスちゃんのはライク。
ちなみにラヴのヴは、下唇噛んで、「ヴッ」てやんだよ。物知りでしょ〜?
んっふっふ〜、伊達に魔界の魔王をやってるわけじゃぁ〜ないっての。って、聞いてる?」


(アリスさんも、ランス様のことを・・・)
ユリーシャはもうアリスの話を聞いてはいなかった。
ただ小さな声で「ランス様」とか「アリスさん」などと繰り返して何か考え込んでいるようだった。
アリスが目の前でパタパタと手を振ってみても反応がない。
「・・・返事が無い、ただの屍のようだ・・・・・・
って、オ〜イ、ランスゥ〜、おねーちゃんが変になっちゃったよ〜」
「ほら、君の友人が呼んでいるぞ。
とりあえずこの鍵は君が将来つけることになるであろう手錠の鍵ということにしておこうではないか」
「ちっがーう!こいつはオレ様が女の子に・・・」
「ランスー、早くこっち来てみ〜」
「フハハハハ、そらそら、行ってやらんと愛しのユリーシャ君が愛しさ余って気が触れてしまうかもしれんなぁ〜。せっかく、彼女達の首輪だけは外してやったのに、君はそれをふいにするのかね?」
「チッ」
苦々しげに舌打ちすると、ランスはユリーシャたちのほうに足を向けた。
背後からグレン・コリンズの勝ち誇った馬鹿笑いが聞こえる。
「だまれっ、このタコ火星人、死ねぇ!!」
そう言って、ランスは拾い上げた石を力一杯投げつけた。
「ふっ、そんな原始的な攻撃で天才グレン・コリンズを仕留められるとでも思って・・・・・・フギャッ」
飛んできた小石を華麗なボディワークで交わしたグレン・コリンズであったが、
木の根に足をとられて、頭を木の幹に打ちつけて倒れてしまった。
「それで何があったんだ?」
「鼻息荒いよ、ランス。機嫌なおしなよ。おねーちゃんのこと、心配でしょ?」
「アリス」
「なーにー?」
「・・・お前、真面目トークもできたんだな・・・」
「ムッカー、それどーゆー意味?
アリスちゃんはまおー様なんだよ、スッゴク、スッゴク偉くて、
むっちゃくちゃつよーいんだから。本気になったらランスなんかペペペのぺ、何だからねー」


「・・・前言撤回、お前やっぱバカだ。
オイ、ユリーシャ、しっかりしろ。俺様は夢遊病者の面倒を見るつもりはないぞ?」
ペチペチと2・3度頬をはたく。
「あっ!ランス様ッ、アリスさんが、ランス様のことっ、おおおお慕い申し上げますですッ!」
「・・・あん?」
「え・・・あの・・・いえ・・・すみま・・・せん・・・でした。その・・・取り乱してしまいました。はしたなかったですよね?」
「何を言ってるんだ、お前は?」
「・・・はいっ、あの・・・ごめんなさい」
「どんな女もオレ様に惚れるのは当たり前のことだろうが、それはこいつの場合も例外ではない」
「や〜ん!ランス、かっちょいぃ〜。その根拠のない自身がちょ〜ちょ〜かっこいい!!」
ランスの首筋にアリスが飛びつく。
ぶらぶらとぶら下がったままはしゃいでいるのを見て、ユリーシャは一瞬眉をひそめた。
「ガハハハハハハハ、オレ様がかっこいいのは当然だ。女なら誰でも股を・・・、ウォッ!?」
突然の縦揺れにランスの話は中断された。
飛び退って体勢を立て直し、いま立っていた場所を見ると、
大人の腕ほどの植物の根が数本脈打つようにのたくっている。
「なんだ、こいつっ!ユリーシャッ!!」
ランスは片手で首筋にぶら下がっていたアリスを抱えつつ、突きかかってくる木の根の先端を剣で振り払う。
数メートルほど先で腰を抜かしているユリーシャに向かって懸命に手を伸ばすが、
わずかな差で木の根がいつも先回りする。
「クソッ、きりがないではないかっ!」
上へ下へと縦横無尽に襲い掛かってくる木の根の弾幕をかわしながら、
何とかユリーシャを救い出そうとするが、やはりうまくいかなかった。
「キャアッ!!」
木の根の槍衾の向こうでユリーシャが木の根に打ち据えられて、吹っ飛ばされる。
「チッ!いいか、お前はここで待ってろ、余裕があれば援護しろ!」
ランスは一旦後退し、木の根の届かないあたりにアリスを座らせると、
そう言い捨ててもう一度ユリーシャの元に向かった。


「何だ、死んでなかったのか?」
「フン、あれしきのことで私がどうにかなるとでも思っているのかね?」
「フン」
互いに面白くなさそうに鼻を鳴らすと、ランスはユリーシャのほうに向かった。
「タコさん無事だったんだね〜、無事で何より、日は東より、よかったね〜」
「・・・何がよかったのかいまいちよく分からないが、私の無事を心配させたのなら申し訳ない。」
ランスと入れ替わるようにユリーシャの治療を終えたアリスがグレン・コリンズと話しはじめた。
天才と大魔王との会話はほとんどかみ合っていなかったが、
人知を超えた存在同士何か通じるものがあったのかもしれない。
「あ、ランス様」
やってきたランスの姿を認めてユリーシャはにっこりと笑った。
「グレン・コリンズ様のおかげで助かりました」
「・・・・・・ああ」
笑顔と言葉尻にとげが含まれているのがよく分かる。
よく見れば、目も笑ってはいない。
「どうしてランス様は?」
彼女のどこか醒めたような視線の先にはグレンと話すアリスがいた。
「ユリーシャを助けてくれなかったのですか、アリスさんは助けてさし上げたのに?」
どちらかといえば、詰問に近い拗ねたような言い方だ。
「それはあいつがたまたまオレ様に引っ付いていたからだ」
「そうなのですか?」
「そうだ!」
ユリーシャから目をそらして力強く断言する。
チラッと、ユリーシャのほうに目をむけてみると、
ランスの答えには納得できなかったのか、相変わらずのジト目でランスのほうを見ていた。


「フゥ・・・蒸すな・・・」
うそぶいて額に浮かぶ脂汗を拭い、もう一度ユリーシャのほうを窺ってみる。
彼女は何も言わなかったが、やはりまだランスのほうを見上げていた。
目をそらしたランスが一瞬目にしたユリーシャの瞳には強い決意の色が見え隠れしていて
「えいっ!」
「のぉっ!」
何の予告もなく急に首筋に抱きつかれてランスはのけぞる。
「・・・私も・・・アリスさんみたいにくっついていたら、ランス様は守ってくださいましたか?」
ランスの首筋に抱きついたまま、耳元で囁く。
「バカを言・・・」
うな、といいかけてランスはやめた。
「あ〜、鬱陶しいから泣くな」
「ゴメ・・・なさい・・・」
暗がりにユリーシャのしゃくりあげる音が響く。
向こうではしゃいでいたアリスとグレン・コリンズも黙ってランス達の様子を見ていた。
(あ〜あ、ユリーシャおねーちゃん泣かしちゃったよ、ダメだね〜ランスは〜)
(まったくだ、あれで自分は女性に好かれる思っているのだから・・・救いようがないな・・・)
「・・・・・・・・・・・・」
これ見よがしに聞こえてくる二人のひそひそ話を黙殺し、ランスはユリーシャが泣き止むのを辛抱強く待った。
・・・30秒経過
・・・・・・1分経過
・・・・・・・・・1分30秒経過
「よし、やるか!」
きっかり二分後、居心地の悪さに耐えかねたのか、ランスは景気づけるように少し声を張り上げると、
いそいそとユリーシャの服を剥ぎ取り始めた。
「え・・・、あ・・・あの?」
「お前はオレ様の女だ。オレ様はいま急にムラムラしてきた。だからやる」
「そんなっ・・・でも・・・・・・グレンさんたちが・・・・・・・・・・・・見てる・・・の・・・に・・・ぁあ」


「では、今回の一件はその小娘の仕業だと、そう言うんだな、ニンフォマニア君?」
「ウム、オレ様の金色の脳細胞の記憶に間違いはない。
それと、オレ様はニンフォ何たらではない、絶倫でウハウハなだけだ」
「フゥ・・・人間の脳細胞は灰色だ。で、どうする、その娘を追うかね?」
「当たり前だ、あの生意気小娘、このオレ様を2回もコケにしやがった」
「・・・勝算はあるのかね?」
「当たり前だ、オレさまは無敵だ、ガハハハハハハハハハハハ」
ランスの高笑いを聞いてグレン・コリンズは何も分かっていないな、
といいながら首を振りふり、盛大に溜息をついた。
「いいかね、百歩譲って貴様が無敵だとして、だ。
ユリーシャ君とアリス君を庇いながら戦うことが出来るのかね?
まったく、もう少し使ってやらんと、君の黄金水色の脳細胞も草葉の陰で泣いているぞ」
溢れんばかりの哀れみをこめて触手でランスの頭を撫でると、触れた部分が粘液に濡れててらてらと光る。
「だぁーーーーーーーーーーーーーっ、やめんかっ!気色の悪い」
「ウォッ、そんなものを振り回すんじゃないっ、危ないでは・・・オゥ・・・ないかっ!?」
グレン・コリンズは軽口を叩きながらも、切れたランスが振り回すバスタードソードをヒョコヒョコと器用によける。
「ランス〜、おしっこ〜」
立ち上がったアリスがランスに向かって話し掛ける。
「ありゃりゃ、無視されちった」
ランスとグレンは木が林立するなか追いかけっこを繰り広げている。
少しはなれたところから、ガハハハハハハハハハという笑い声とフハハハハハハハハという笑い声が聞こえてくる。
「ん〜、お姉ちゃん行く?」
「・・・どちらへですか?」
聞き返すユリーシャの声は少しよそよそしい。
「連れション」
「・・・・・・・・・・・・」





「おねーちゃんとぉ〜、つ〜れ〜しょんっ、ハイッ!つ〜れ〜しょん、ハイッ!ハイッ、ハイッ、ハイィィィッ!」
ハイテンションな歌を歌いながら歩くアリスのあとにユリーシャが無言で続く。
その手には護身のためか、ボウガンが握られている。
「ん〜、ここいら辺でいっかな?よっこらっしょっとぉっ・・・」
きょろきょろとあたりを見回したあと、おもむろにすとんと腰を落とす。
「フーン、フフーン、フフーン♪」
奇妙な鼻歌を歌いながら用を足すアリスを、後ろに立ったままユリーシャは見ていた。

ズドンッ!!

「アウッ!!」
短くうめいて放尿していたときのままの恰好で、アリスは前のめりに突っ伏した。
一瞬、何が起こったのかアリスには理解できなかった。
ただ、背中のあたりが奇妙に熱く、呼吸するだけで激痛が走る。
「な・・・に・・・?」
呟きながら振り返る彼女の背中には深々と15インチほどの金属棒が突き刺さっていた。
アリスの目に、無表情に矢をつがえるユリーシャの姿と
ボウガンの銀色の矢が不気味にきらきらと光をはじくのが映る。
「何で・・・?」
「お小水を垂れ流しながら・・・少しはしたないですよ、アリスさん?」
「ンァッ!」
ユリーシャの上品な笑い声に続いて、ふたたび空を切る鋭い音がして、放たれた矢がアリスの脇腹に食い込む。
もがいて苦しむアリスをみて、ユリーシャはにっこりと笑った。


「ウフフ、ねぇアリスさん・・・ランス様のこと、好きなのでしょう?」
他愛もない恋愛話をするときのように、ユリーシャの表情は華やいで明るかった。
「ふぇ?」
「好き・・・なんですよね?」
「うん・・・」
アリスはあまりにあっけらかんと話を続けるユリーシャの調子に自分は何か勘違いしているのではないかと思った。
よく考えてみれば、ユリーシャが自分を襲うはずがなかった。
だから、アリスは素直に頷いた。
「そうですか、でもそれって・・・」
アリスの返事を聞いた瞬間、にこやかだったユリーシャの顔からスッと笑顔が消え、ふたたび無表情に戻る。
「とっても、気分が悪いです、私」
ズンッ!
いつの間にかつがえられていた三本目の矢がもう一度脇腹に突き刺さる。
「アァァァァァッ!!」
「たいへん・・・血が出てます。痛みますか?」
ユリーシャは倒れこんだままで痛みに体を震わせるアリスの側につかつかと歩み寄ってくると、
突き刺さった矢を掴んで、こねるようにして傷口を掻きまわしはじめた。
「フフ、随分、丈夫に出来ていらっしゃるのですね?
悪魔だとおっしゃってたのは、ひょっとして本当のことだったのですか?」
「グ・・・カァ・・・ハァハァ・・・ンァァァッ!」
アリスが目を見開いて絶叫しても躊躇することなく、ユリーシャは傷口をえぐる手を休めない。
痛みに目の前がちかちかして、アリスの目の中に幾つもの火花が飛ぶ。
とても返事など出来る状態ではなかった。
「あら、何か答えてくださらないと、私困ります」


「どう・・・・して、こんなこ・・・するの?あたし・・・ユリーシャおねーちゃんのこと・・・」
涙やら鼻水やらでクシャクシャになった顔で、必死に話し掛けたのがよかったのか、ユリーシャは手を止めた。
「・・・さっき、ランス様に愛されながら、わたくし考えていたんです」
ユリーシャは、胸に手を当てて話しはじめた。
その目はどこか夢みるような目で怪しい光を湛えている。
「ランス様があなたを連れてきたときから、何となく、いつかはこんなことになるのではないかと思っていました。
ランス様はお優しい方ですから、私のことを愛しておられても、ついついあなたにも気を使われてしまいます。
だって、あなたが一緒にいるとランス様は私だけのことを見てくださいませんから・・・」
頬に手を当てて憂鬱そうに溜息をつく。
「こんなときでなかったならば、あなたとはよい友人になれそうでしたけれど・・・
でも、一歩踏み出す勇気を教えて下さったのもランス様なんですよ」
素敵でしょうと言って、ユリーシャは少し照れくさそうに笑った。
そして、互いの息遣いが分かるくらいの距離に顔を近づけて囁くと、
いとおしげにアリスの頬を両手ではさみ、長く優しいキスをした。
「ンゥゥッ!!」
アリスの目が大きく見開かれる。
ユリーシャが舌を口腔に侵入させると同時に、ふたたび脇腹の矢を食い込ませ始めたからだ。
口をふさがれたままのアリスはくぐもった叫び声をあげることしか出来なかった。
ひとしきり口腔内を弄んだあと、ぐったりと弛緩したアリスから口を離すと嬉しそうに笑った。


「ですからわたくし、あなたを殺すことにしました」
事もなげにそう言ってのけた。
真っ赤な傷口に矢の先端がめり込んでいくたび、噴き出した血飛沫がユリーシャの顔を彩っていく。
返り血を受けて、ほんのりと上気した顔を恍惚に打ち震わせるユリーシャは、すごく、美しかった。
「ウフフ、安心してください?
矢はまだ十分にありますから、あと何本か撃ったら急所に当ててさし上げます。
ただ、それまではもう少し苦しんでから死んでくださいな?」
言いながら立ち上がって、淡々と新しい矢をボウガンにセットする。
「もう、許してぇ・・・」
「あら、それはダメです。不安の元は根絶やしにしなければならないと、いつもお父様がおっしゃっていました」
「ア・・・ア・・・・・・」
何が起こったのかわからないといったふうにアリスは言葉も無く首を振った。
「おねー・・・ちゃん・・・」
それでもアリスは縋りつくようにユリーシャのほうに懸命に手を伸ばす。
(やさしかったはずのユリーシャおねーちゃんが、こんなことするはず無い・・・)
バスンッ!!
短い射出音がして、アリスの右手の甲を矢が射抜いた。
自分の手に刺さった矢を見ても、アリスは捨てられた子供のように泣きじゃくるだけで、
もう逃げようともしなかった。





「ガハハハハハハ、これしきで参るとは情けないやつめ」」
膝をついて息を荒げるグレン・コリンズとは対照的に、長きにわたる鬼ごっこを制してランスはご満悦だった。
「ム・・・、そういえばあいつらはどこにいったんだ?」
「小用を・・・ハァハァ・・・足しにいってくると・・・言っていたではないか・・・」
「・・・そんなことは分かっている。ジョークだ、ジョーク」
「ランス様ー、大変ですっ!」
軽口を叩くランスのもとにユリーシャが息を切らせて走ってきた。
顔からはすっかり血の気が失せ、目は泣き腫らしたのか真っ赤に充血している。
「ランス様ッ、ランス様ッ、ランス様ァッ!」
「オイ、どうした。とりあえず落ち着け」
「ランス様ッ、アリスさんが・・・、森のなか・・・アリスさん・・・がぁっ」
すがり付いて泣きじゃくるユリーシャに、さすがのランスも当惑する。
「フフン、優しく背中でも撫でてやったらどうだ、ランス様?」
揶揄するようなグレンの忠告だったが、このときばかりはランスも素直にそれに従った。
「ホレ、落ち着け。落ち着かんと話も聞けんではないか」
ゆっくりと背中を撫でてやるランスの言葉はぎこちなかったが、ユリーシャは次第に落ち着きを取り戻していった。
「あの・・・すみません、私・・・取り乱してしまいました・・・」
「で、何があったんだ?」
「はい、森の中でアリスさんが・・・殺され・・・ました」
「なにっ!」
「・・・どういうことかね、ユリーシャ君?」
いきり立つランスを手で制して、グレンがたずねた。
「ここから少し離れた場所でその・・・アリスさんがご不浄をなさっているとき・・・さっきの・・・」
「・・・俺様の女を殺すとはあのナイチチ娘め、もう許せん、案内しろ!」
「木の根っこのことなのだな、ユリーシャ君?ではとりあえずそこに案内してもらえるかな?」
ユリーシャがコクリと頷くのを確認するとグレン・コリンズは立ち上がり、ランスに目配せする。
「あの・・・こちらです」
その後、三人で数十分ほど森の中を捜したが、血と木の葉に塗れたアリスの亡骸はついに見つからなかった。

【34 アリスメンディ:死亡 】

―――――――――残り 15



前の話へ 投下順で読む:上へ 次の話へ
166 続 病院へ行こう!
時系列順で読む
173 Interlude

前の登場話へ
登場キャラ
次の 登場話へ
169 人民皇帝VS鬼畜王
ユリーシャ
186 森の中
アリスメンディ
死亡
ランス
186 森の中
グレン・コリンズ
171 朽木双葉
朽木双葉
195 首輪の・・・
式神星川