186 森の中

186 森の中


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(第二日目 AM10:00)

ランスを先頭に、ユリーシャ、グレン・コリンズの順番で、三人は森の中を歩いている。
朝の森は清々しく、すこし湿ったようなにおいを胸に吸い込みながら、彼らは双葉を探していた。
「あの、ランス様?」
「……何だ?」
くいっとマントを引っぱられて振り返ったランスは苛立たしげで、明らかに不機嫌そうな顔をしている。
ユリーシャは思わず言葉を飲み込み、怒鳴られるのではないかと小さく身をすくめてしまう。
ランスは小さな声で苛立たしげに「えぇい」というと、
もう一度、今度は少し声をやわらかく、「何だ?」といった。
浮かべられた精一杯のつくり笑顔は引きつっている。
「ぁ、はい、その……言いにくいんですが、この道、さっきも通りませんでしたか?」
ユリーシャは傍の木に刻まれた刀傷を指差して小首をかしげた。
「ガハハハハ、そんなことはない。いいか、天才である俺様を信じろ、いいな、わかったな?」
「いや、私の記憶によれば、この道を通るのはこれで五度目だな」
と最後尾を歩くグレン・コリンズが受けあった瞬間、引きつっていたランスの笑みがぴたりと止まった。
「ダァァァァァァァ、あのナマイキナイチチ娘はどこにいるのだ!
ぜんっぜん見つからんではないか!いったい俺様に何べん同じ場所を回らせれば気がすむのだ。
許さん、許さん、絶対に許さぁぁぁぁぁん。見つけたらただじゃおかん。俺様のハイパー兵器でオシオキだ!!」
「フゥ、まったく、この広い森の中から、たった一人の人間を探そうというのがそもそもナンセンスなのだ。
普通、多少なりとも思考能力を持つものならば、もっとスマートなやり方を選ぶ」
グレンはだだっこのように手足をじたばたさせるランスを鼻で笑った。
「ム、何だ貴様、天才である俺様のやり方に文句をつけるのか?」とランスがにらむと、
「フン、天災の間違いではないのか?」などと、日本ローカルなギャグでやり返す。


「何だと?」
「フン、私は思ったままを言ったまでだが?それに、一々腹を立てるのは図星をつかれた証拠だな」
「…きっさまぁ、そこを動くなよ!」
得意げに口角を上げるグレン・コリンズに向かって、
ランスはいつの間に抜き放ったのか、両手に握ったバスタードソードを躊躇なく振り下ろす。
轟音をあげて空を切り裂く切っ先が、グレンの銀色の髪に命中せんとしたまさにそのとき、
グレン・コリンズは軟体動物さながらのニョロリンといった感じの動きで、間一髪のところで斬撃を交わした。
「ムカッ、動くなといっただろうが!」
「フハハハハハ、動くなといわれてじっとしている馬鹿がいるとでも思っているのかね、天災児くん?」
ランスを小ばかにするように「くん」の部分をやたらとのばして発音したグレンは、
ぴゅーっという擬音を残して、少し前片の茂みに飛び込み姿を消してしまった。
「ムカムカムカ」
「あ、あのランス様?」
剣を握るランスの手には太い血管が浮かび上がり、わなわなと振るえている。
「待てっ、待たんか!待たなければ、殺す!」
「ア、ランス様、待ってください」
剣をぶんぶんと振り回しながら走り出したランスを、ユリーシャは慌てて追いかけた。


「フハハハ、行った…か。」
ランスとユリーシャが通り過ぎていくのを見ながら、グレン・コリンズはほくそえんだ。
彼は人目につきにくい茂みに身を隠し、追いすがる二人をやり過ごしたのだ。
「やれやれ、馬鹿のレベルに合わせるというのも存外疲れるものだ。
…どれ、次はうしろから近づいて驚かしてやるか。それにしても……嗚呼、
サービス精神に溢れる私はいま確実に輝いているのではなかろうか?」
「どこも光ってなどいませんが」
「ふっ、そんなはずない、目をこすってもう一度見直してみたまえ。
かねてより私は背後にかすかな後光が見えるといわれたもの。
まぁ、全宇宙の支配者たる私だ、後光の十や二十、射していてあたりまえというもの、ナハ、ナハ、ナハハハハ」
「…やはりどこも光ってはいませんが」
「むぅ、なんと哀れな…おそらく君には人を見る目がないのだな。
この偉大な私の偉大さがわからないとは…まったく、嘆かわしいことこの上ない」
「……」
「…そもそも君は………」
そのときようやく、グレンは自分が誰と話しているのか、という至極あたりまえの疑問に行き当たった。
と、そのとき耳を聾するような爆発音がして、彼の顎先を何かがものすごい速度で通過していった。
「ぬぉう、な、な、何だ!?」
「ありゃ!?外れちゃった、しっぱい、しっぱぁ〜い♪」
尻餅をついたグレンの視線の先、茂みをがさがさと揺らして御気楽な声とともに現れたのは、金髪の女。
軽くウェーブのかかった髪に、少し垂れ気味の目は薄い青色、
短めのスカートのすそからのぞく雪のように白く、滑らかな肉付きのよい太もも、
そして何よりも歩くたび、胸元の豊満なバストがやわらかそうにふるふると震えるのが目に付く。
「その声は、貴様…」
身構えるグレン・コリンズはこの女の声に覚えがあった。


どことなく不真面目なものを感じさせる、いまグレンの目の前で話し続けている女は…
「おとなしくその装置渡してくんない?でないと…」
この女は…この女は…
「でないと、あのおねーさんみたいに死ぬことになるよ?いやでしょ?」
「貴様ァ!貴様が、ミス法条をやったのか!!」
「……そうだよ」
詰め寄るグレンの顔を見て、芹沢の顔に一瞬翳りがさす。
ただ、それも一瞬のことですぐにもとの穏やかで人をくったような笑みに戻る。
「さ、装置を返して」
にらみつけるグレンの視線を、芹沢は真正面から受け止め、まるで悪びれるところがない。
あくまで平然とした態度を崩さない芹沢にグレンは歯噛みし、自分の体温が上がるのを感じた。
「フッ」
「?」
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
先ほどまでとは一転して、突然高笑いを始めたグレンを芹沢は不信そうに見やる。
「フハハハハハ、馬鹿め、渡せと言われて素直に渡すような馬鹿がどこにいるものか!
これはミス法条と私との愛の結晶だ、断じて貴様などに渡すわけにはいかん!」
ぬらぬらと塗れ光る触手を、びしっと突きつけて高らかに宣言する。
「そっかぁ〜、愛の結晶なら仕方ないね」
肩をすくめると芹沢は、はぁ〜〜〜、と長いため息をつき、そして真剣な目で、
「絶対に、奪うよ?」と言った。
「フフン、出来るかな、貴様に?」
対峙する二人の間に瞬時の緊張が走る。
次の瞬間、白い残像を残して芹沢の右手が腰に刺された刀へと動く。
チャキッ、軽快な金属音がして曇りない刃が滑るように鞘を走る。
幾人もの血を吸ってきた、業物の切っ先がまがまがしく朝の光をはじき返す。
刀身が鞘を離れようとした瞬間を見計らって、グレンは芹沢の顔面めがけて思い切り何かを投げつけた。
咄嗟に斬り落とそうとした芹沢の切っ先は過たず飛来するものの中心を通って見事真っ二つに切り裂く。


と、その瞬間!
「…ッ、しまった!!」
芹沢は慌てて目を閉じようとしたが、もう遅い。
二つに割れたスタン・グレネードのあわえから放たれる強い光が、彼女の目に焼きついた。
「くぅっ」目を閉じ、目を殺す光から顔をそむける芹沢。
そして、そのときグレンは勝利を確信していた。
「フハハハハハ、素晴らしい。やはり神だ。私は神に違いない。
ありとあらゆる逆境、降りかかる艱難辛苦を潜り抜け、見よ!
私、グレン・コリンズは今、また一つの困難を克服し、一つの輝かしい勝利にたどり着かんとしている!!
これが!これが、選ばれたものの証でなくてなんであろうか?
勝負は、初めからついていたのだ!君が私のもとへ現れた時点で、既に!!」
朝の森に響き渡るグレンの笑い声に、芹沢の顔が目に見えて青くなる。
「そっちは、ひょっとして…」
「フフフ、そう、そのとおり。
怖いかね?怖いだろう?こいつの威力は持ち主である君が一番よく知っているものな?
かなりの年代ものだが、人間の一人や二人、こいつにかかれば木っ端微塵だ。
この至近距離で満足に目も見えず、さぁ、避けきれるかな?」
そう言って、グレンは少し離れた場所に置き去りにされていた「カモちゃん砲」を叩いた。
「フフフ、形勢逆転、だな」
「クゥッ」
絞り出すような声をあげて、芹沢は声のするほうに顔を向けた。
束を握る手は小刻みに震えている。グレンは機嫌よく話しつづける。
「さて…君はミス法条を手にかけた。私はそれを許すことは出来ない。
だが、同時に私はきわめて心の広い大人物でもある。そこで、投降するなら、命だけは助けてやろう。
さぁ、もう諦めて武器を捨てたまえ。無益な殺生は私の好むところではない。でなければ…」
もう一度、コンコンと威嚇するようにカモちゃん砲を叩く。


「う〜ん、残念だけど、それは出来ないんだよねぇ〜♪」
しばしの沈黙のあとの彼女の答えは、状況とは不釣合いな、あまりにさっぱりとしたものだった。
「そうか」
「うん、あたしにもそれなりに背負ってるものがあるし、覚悟だってある。
投降しろっていわれて、ハイそうですかってわけには、いかないよ。それに…」
芹沢の言葉じりは、静かな朝の森に吸い込まれていく。
あくまで穏やかな彼女の目に、グレンはを見た気がした。
死んだままの目を閉じ、虎徹を正眼に構える。その様には一部の乱れとてない。
「もののふの魂、ブシドーという奴か…」
「そんな高級なものじゃないよ、あたしのは」
「投降はしないのだな?そうか、では残念だがここで……」
触手がするすると動き、砲口が芹沢のほうを向く。
芹沢の白い喉がこくりと上下する。
「ガハハハハハハハハハハハハ、見つけたぞグレェェン!」
「な!?」
引き金を引こうとしたグレンの前に、ガサァッ、という木の葉の揺れる音とともに目の前に踊り出てきたのは
聞き覚えのある声と見覚えのある男だった。
「なっ、馬鹿ッ、きさまっ、こんなときにっ!!」
「ガハハハハ、問答無用、くらえ、ラーーーーーーーーーーーーンス、アタァァァァァァァァクッ!!」

バキャァッ、………ドッゴォォォォン…………

「チッ、よけたか。まぁいい、次はしとめるぞ、そこを動くなよ、ガハハハハハハ」
「……ランス、君という男は本当に、ほ・ん・とー・に・馬鹿だな」
爆発炎上する「カモちゃん砲」を見ながら、グレンは心底呆れかえったような顔で首を振り、長く長く息を吐き出した。



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