193 亀裂
193 亀裂
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【二日目 AM12:40 本拠地・管制室】
「全く、何なんだあの怪物は?」
ケイブリスが破壊していった扉や壁の修復を自分のレプリカ達に任せ、
椎名智機はいらつきを込めて言った。
再び彼女の住居である管制室に戻り、鋼鉄の椅子に身を任せる。
確かにこの大会には(智機自身もそうだが)人外なる怪物級の連中が多数参加している。
しかしながら、ともすれば主催者さえ制御しかねるような正真正銘の魔物を呼びこむ
などど言う事はあまりにもリスクの高い行為と言えた。
もし万一『アレ』がこちらに反抗的な態度を取る事になれば、本当にこのゲームの
運営は滅茶苦茶になってしまうだろう。
「フン。我々が運営者としての職務を果たせていない、という事なのだろうな……」
智機の頬に自嘲めいた笑みが浮かぶ。
度重なる警告にも関わらず馴れ合いを続け、こちらへの反抗を企てる参加者達。
それに対し幾度と無く攻撃を仕掛け、失敗に終わっているカモミール。
特定の参加者にしか興味を持たなず、その本心も読めない素敵医師。
本当に伝達役しか勤めない透子。
玉座に鎮座し、指示を出すだけのザドゥ。
全く、運営する側がこうではスポンサーが不安になるのも無理は無い。
「……カモミール、こちら椎名だ。現状を報告しろ」
せめて前線の無能者達にプレッシャーをかけておこうと、智機はカモミールへの
回線を開けた。
『……………』
無音。
「………カモミール、どうした?応答しろ」
『……………(ぺちゃ、ぺちゃ)』
粘着質な音と呼吸。
「カモミール!」
『えへ、えへへ……あめさんおいひぃ……おいひいよ♪……えへへへ……』
掠れた笑い声と共に聞こえてくるカモミールの声。
しかしながらそれは、智機の知るどのカモミールとも違っていた。
その直後、スピーカーから別の甲高い声とノイズが入ってきた。
『あーあーあー……カモミール!それは飴じゃないがよ!よだれまみれにしたら
壊れて電気ビリビリがね。ほれ、センセに貸すき。(ガチャガチャ)』
それは、智機にも聞き覚えのある声だった。
「素敵医師か!?」
『けひゃひゃひゃひゃひゃ!当たりぜよ智機の嬢ちゃん。あー、ちっとばかし
カモミールは話ができる状態じゃないき、センセが代わりに受け付けるがよ』
声だけとはいえ、これで向こうの状況が理解できない程智機は鈍感ではなかった。
「貴様、何をやった!?」
『なーにをやったってーのは人聞きが悪いがねえ。センセがアインの嬢ちゃん
探しとったら、カモミールが腹から血をだくだく流して9割方死んどったんじゃき。
そんで、心優しいセンセが秘密のオクスリで復活させてあげただけがよ』
「……それで、カモミールは解除装置を持っていたか?」
『あー?持っとらんかったが』
素敵医師の即答に、智機はマイクから顔を離して小さくうめいた。
「……何と言う事だ」
智機の言葉には、2つの『何と言う事』が込められていた。
一つは、カモミールが返り討ちに会い、未だに解除装置が参加者の手にある事。
もう一つは、そこで死ぬならばともかく素敵医師という危険人物の手駒になって
しまったという事実である。
『ままま、そー悲観するモンでもないがよ?』
マイクの向こう側の情景が想像できるのか、素敵医師は耳障りな声で明るく言った。
『今のカモミールはセンセのオクスリの効果で、速度、パワー共に数倍に跳ね上がっと
るき。更に痛みっつーモンがぜーんぶ気持ちよくなるようになっとるんで、
骨折られようが体切られようが痛がるどころかアヘアヘでよがり狂うんじゃき。
これならアインの嬢ちゃん殺して、あと解除装置奪うのだって簡単がね!』
「……そうであって欲しいがな」
精一杯の皮肉を返し、智機は思考を切り替える。
現実問題としてこうなってしまったのならば仕方が無い。せめて参加者への懲罰を
優先させなければ。
だが、その智機の考えを遮るかのように室内に男の声が響いた。
「……素敵医師よ」
「ザ……ッ!?」
『けひゃ……っ?』
全く気配を感じさせずに、ザドゥが智機の背後に立っていた。
呆然とする智機の手からマイクを取り、静かに、しかし重々しく言葉を続ける。
『ななな、何がよ?ザドゥの大将?』
「……運営者同士の傷害、致死行為は禁止されている……分かってるな?」
『ももももちろんがよ!だーからセンセカモミールを助けてあげたんじゃき』
「そうか……人助けと言う訳だな?」
『そーそーそー、人助けぜよ、人助け!いー響きがねぇ……』
「フン……フフ、フフフ……」
『け、けひ、けひゃひゃ……』
「……ハハハハハハハ!」
『……けひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!』
突如笑い出すザドゥ。それに対し、素敵医師も愉快そうに笑い返す。
―――――笑いが止まった。
「……素敵医師よ、やはり私はお前を罰さなくてはならないようだ」
『……あ?』
「な!?」
智機の頭脳に危険信号が鳴り響き始めた。ここでこの男を止めなければ、致命的な
事態が発生する!
「馬鹿な、何をつまらない事を!」
『そそ、そーがよ!?センセは大将の事を思ってやっとるんやき!?』
声を荒げる智機に、マイクの向こうの素敵医師も同意する。
だが、ザドゥはその抗議に対し口元を軽く歪めたのみであった。
「お前は、殺したのだ」
その口調はあくまでも静かであった。否、静か過ぎた。
「カモミールの誇りと魂を……な」
「ザドゥ様!冗談にしては悪質に過ぎるのでは!?」
まだ僅かに残っていた礼式をどうにか保ち、智機はザドゥに言った。
「私は本気だとも。……闘士の誇りを理解せぬ貴様等には分かり得ぬ事だろうがな」
ザドゥの眼が智機の視線と向き合う。
「……それに、一度ならず抱いた相手に情を持てぬ程、私は老いていない」
凪の海の様に落ち着いた瞳。だが、その奥にゆらりと黒い炎が揺らめいている事に
智機は気付いた。
「(……これは……!?)」
その瞬間、智機はザドゥの感情を理解すると同時に強烈な絶望感に襲われた。
――――― こ の 男 は キ レ て い る 。
「智機よ……今素敵医師とカモミールはどこにいる?」
「正気か!?」
思わず智機はザドゥを怒鳴りつけていた。
「貴様もさっきの神の声とやらを聞いたのだろう!?今後、あの参加者どもは積極的に
こちらを狙ってきかねない状態なんだぞ!只でさえ混乱しているこの状況下で、
主催者であるお前がノコノコ島をうろつく事がどれだけリスキーな真似だと思っている!?
それともそんな単純な事すら理解できないのか、この筋肉頭が!」
余りにも失礼な怒声であったが、ザドゥは全く動じずに答えた。
「別に参加者と戦闘する訳ではない……目的は素敵医師への懲罰だけだ。
それが終わればまたここに帰還する……どこにいる?」
「……………!」
もはや、いかなる言葉も彼を止める事が不可能である事を智機は理解していた。
これ以上拒否すれば、この男は智機を首だけにしてでも知ろうとするだろう。
「……東の森だ!」
「感謝する。細部のナビゲートは現地で頼むぞ、智機よ」
そう言い残し、ザドゥは智機に背を向け歩き出した。
「馬鹿が!」
搾り出すような罵倒をその背後に投げかけ、智機は力尽きたように椅子に座り込んだ。
「―――という事だ、素敵医師。逃げるならさっさと……切れたか」
既にスピーカーからはノイズ音しか聞こえていなかった。おそらく今の一連の会話を
聞いて、早速逃げ出したのであろう。
「全く、どいつもこいつも……」
正直な所、このまま智機も運営を投げ出したい気分だった。
だが―――それは絶対にできない事でもあった。
「失敗させてなるか、何があろうともな……」
「血の通った肉を持つ人間になる事」
「それが」
「貴方の願い」
「なのですね」
「ッ!?」
突然の横からの声。
「心の盗み聞きとは悪趣味が過ぎるぞ!」
「……………」
その横に立つ無表情な女性、御陵透子はじっと智機を見つめ、そして消えた。
「……クソッ!」
智機は肘掛に拳を叩き付け、歯を食い縛った。
「……失敗させて、なるものか……!」
【同時刻・東の森西端】
「……さ〜て、面白くなってきたがねぇ♪」
通信機の向こう側、先程まで慌てふためいていた筈の素敵医師は楽しそうに笑っていた。
「ま、ザドゥの大将のやり口はぬるぬるでいー加減飽きてきたトコやき、
ここらでセンセが大将殺してセンセが主催者になるってーのもいい話がね。
そんでアインの嬢ちゃんにオクスリをあげて……」
「ねぇ、ねぇ、素っちゃん〜(くいくい)」
「あ?何ががカモミール?センセ今考え中が」
「ぶ〜。ねぇ〜、しよ〜よぉ。アタシぃ、さっきからグチュグチュだからぁぁ♥」
蕩けきった顔の芹沢が素敵医師を見上げる。
そう言いながらもその右手は下着の中で激しく動いていた。
紅潮した頬と潤んだ瞳は、それだけで並の男なら篭絡できるだろう。
だが、素敵医師はまるで興味が無いように芹沢を振り払った。
「あん♪」
それさえも感じるのか、艶めいた声で芹沢は地面に寝転ぶ。
「もーちっと我慢がよ、カモミール。もーちっとでお前の好きな事いーっぱい
させちゃるき。アレも、人斬りも……」
「ふあぁ……楽しみィ〜!」
言いながら絶頂に達したのだろう。右手の動きが止まり、一瞬体が大きく跳ねる。
「けへっ、そうがねえ……あの知佳って子の前で、お前と恭也って兄ちゃんとを
させるのも面白そうじゃき、どんな顔で兄ちゃんがイク時の顔を見るのか楽しみがね。
けひゃははは!夢は無限に広がるがよ!……ま、まず行くべきはアソコがね」
一頻り哄笑すると、素敵医師はふらふらと歩き出した。
「アン、素っちゃん待ってよぉ……」
気だるそうに起きあがり、芹沢もその後を追う。
その足は、森のある一点を目指していた。
【ザドゥ】
【所持武器:己の拳】
【現在位置:本拠地】
【スタンス:素敵医師への懲罰。
参加者へは極力干渉せず】
【素敵医師】
【所持武器:メス数本・注射器数十本・薬品多数】
【現在位置:東の森西端・山の麓辺り】
【スタンス:アインの鹵獲+???】
【備考:主催者サイドから離脱、独立勢力化】
【カモミール・芹沢】
【所持武器:虎鉄】
【現在位置:素敵医師に同じ】
【スタンス;素敵医師の指示次第】
【備考:重度の麻薬中毒により正常な判断力無し。
処置されているものの、腹部に裂傷あり】