210 残酷なルール

210 残酷なルール


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(二日目 PM1:45 本拠地・管制室)

ザドゥとの通信を終えて数分後。椎名智機は本拠地のマザーコンピュータと接続し、
フル稼働させていた。
ゲーム開始前の参加者及び主催者のデーター。ゲーム開始以後の島での
戦闘データーなどを再チェックするためである。もっともそれだけが
理由ではないのだが。智機はロボットである。
大規模なコンピューターと接続している今の彼女の思考は並みの生物の
範疇を超えている。が、心を持っている。彼女は大会の障害となるものの
対応を思索する。
(当然、解除装置だな。解除装置はランス(No,2)とユリーシャ(No,1)が
所持している。あの怪物(ケイブリス)がしくじなければ、他の参加者どもの
首輪をすぐに解除される事は無い。しくじって無ければな…)
解除装置を回収できなかった同じ運営者であるカモミールと素敵医師の事を
思い出 し、智機の瞳にわずかに怒りの色が浮かぶ。
(これ以上の首輪の解除は断固阻止と言いたい所だが、解除装置に関しては少し
様子を見よう)
智機の首筋から蒸気が吹き出す。そして、管制室のモニターに高町恭也(No,8)と、
魔窟堂野武彦(No,12)と、月夜御名紗霧(No,36)と、広場まひる(No,38)ら
4人の男女の顔が映し出される。
(今、病院にいる連中は見過ごせないな。紗霧は対人レーダーの所持を魔窟堂ら
に明かした。明らかに我々への反抗も選択肢に入れての行動だ)
現に魔窟堂らが恭也達とはぐれた際、紗霧は対人レーダーを使って2人を
探そうとはしなかった。アイン(No,23)と遭遇した事も話してない所を見て、
紗霧は優勝を狙っていたと智機は判断していた。
(レーダーと盗聴器、あの2人が所持していた事は、我々にとって幸運だったがな)
紗霧への配布品、対人レーダー。今は亡き海原琢磨呂(No,13)が
貴神雷蔵(No,10)から殺して奪い取った首輪盗聴器。
この2つは配布品の中で大当たりといえるアイテムだった。



ただし、便利すぎるアイテムだけに欠点をあえて用意した。二つともある一定の
使用回数以上使い続けると、バッテリー切れを起こして使えないようにしている。
それは主催者への反抗者の増加、所持者の1人勝ちを容易にさせない為の
措置であった。
紗霧と琢磨呂は最初からゲームに乗り気であった為、これまであまり注意を
向けていなかった。
(魔窟堂野武彦と広場まひる。奴らのいるグループがレーダーを使用する。
我々にとって非常に危険なことだ)
智機は忌々しげに唇を歪める、その隙間から歯が見えた。
(奴らは確実に加速装置とレーダーを駆使し、残りの参加者を仲間にするよう
行動を起こす)智機はまひるのデーターを検索する。
(広場まひる。盗聴記録から察するに、神の声以後の奴には変化がある。
今、彼等のグループには2人以上の超常能力者がいると考えて間違いは
ないだろうな。他の参加者が単独で今の彼等と交戦すれば駆逐される可能性がある)
智機は眼鏡を押し上げた。



(交戦するならまだ良い。決してあってはならないことは現在、東の森にいる
朽木双葉(No,16)と、観月しおり(No,28)が彼等と手を組む展開だ)
(そうなった場合、ゲームそのものが崩壊する)
「それだけは…あってはならないことだ」
(彼等を朽木双葉のいる位置に向かわせる訳にはいかない)
管制室に機械の無機質な処理音が響き続ける。
(ゲームを無事終了させるには、私が動くしかあるまい)
ゲームの舞台であるこの島には、智機のレプリカ体が各地に配置されている。
主に参加者の動向の監視が目的であるが、反抗者の対処も兼ねている。
現に2日目にアズライト(No,14)がしおりを凶に変化させ、同行者の伊頭鬼作
(No,5)の思惑通り、主催者打倒にスタンスを変更する兆しが見え始めてから、
レプリカ体のほとんどを本拠地に移し、校舎で迎え撃つ準備をしていたのだ。
(病院には6体のスペアボディを待機させてある。後はどのタイミングで
起動させるかだ)
ゲーム開始前から、反抗者が病院を拠点にするであろうことは、
既に予測してある。こういう事態を見越して、早い段階で病院にレプリカを
ずっと潜伏させてあった。
智機は嘆息したようにうつむくとこのゲームの運営について考える。
(このゲームの運営。最初から私だけに任せておけばこんな面倒な事態に
ならなかったものを)
(我々の目的は無事ゲームを終了させた上で、願いをかなえること。
その上でスポンサーを楽しませる事も重要だ。フン…だからこそ他の運営者を
招いたのだろうがな)



椎名智機は最初にゲームの運営者としてスカウトされたスタッフである。
一ヶ月位前に、彼女が決してかなわぬ望みに思いを馳せている時、神と出会った。
その神は絶対的な力を見せ付けた上で、願いを成就させるのを報酬に
殺人ゲームの下準備とその運営を智機に依頼した。
智機は殺人ゲームに対して、ザドゥやカモミールのような憤りを感じてはいない。
遥か昔から今にいたるまで、命のやりとりを娯楽とする事や、不条理な
出来事に巻き込まれる弱者が犠牲になるのは当然の出来事と認識している。
ゲーム運営に疑問があるとすれば何故、絶対的な存在が自分を必要と
しているかくらいだった。その疑問は外部の者だけでの運営を楽しみたいと
いう返答で解けた。智機としても絶好の機会だったし、断って自分に害が
及んではたまったものではない。二つ返事で依頼を受け、この島に召喚された。
神は下準備が終了次第、主催者となる人材と、その部下を呼び寄せると
告げて去っていった。それ以後、智機は様々な制約つきではあるが、
秘密基地の建造、レプリカ体の量産、支給アイテムの選別、一部の参加予定者の
調査などの労働に従事した。



秘密基地の建造が終了するや、御陵透子という存在がこの島に現れ、
その2日後にはザドゥ・カモミール・素敵医師とスタッフが集まってきたのだった。それは、今から
数日前の出来事である。
(要はスポンサーを楽しませた上で、ゲームを続行できれば良い。
反乱分子の要、魔窟堂さえ始末すれば、残りの参加者をまとめられるような
人材はもういない)
「・・・・・・・・・・・・・・・」
智機は一瞬、思考を止める。そして、振り向かずに言った。
「また心を読んでいるのか。相変わらず趣味が悪いな御陵透子」
智機の背後には、いつのまにか御陵透子が立っていた。
智機は更に文句を言おうとしたが、どうしても聞きたい事があるのを思い出し、
声には出さず心中で透子に語りかける。
(御陵……私はゲームの管理者の一員として、監察官である貴方に聞きたい事が
ある)
「……」
(肯定と受け取ろう。このゲームについて貴方だけが知っている事を
必要なだけ、全て教えていただきたい)
「…何故ですか……?」
(スポンサーが新たな管理者を投入し、残りの参加者に対しても我々の殲滅を
果たせれば生き残れるという選択肢を明示した。参加者に与えるという
『何か』も問題だ)
「………」
(これ以上、何かが起こらないとも限らない。質問に答えてもらうぞ)
しばしの沈黙。透子はただ無表情に立っている。智機は透子に背を向けてままだ。
だが、智機は透子から得体の知れないプレッシャーを感じていた。
殺気を放ってる訳でも、不快な気持ちを現しているわけでもない。
ただ突っ立っているだけ。なのに、智機は少なからず息苦しさを感じていた。
「…解りました……その代わり、後で私の質問に答えてくれますか?」



智機は首についたコネクタを抜くと、透子の方へと向いた。
「質問か……まあいいだろう…」
その質問は自分の願いに関する事だろうと智機は見当をつけていた。
答えたくない質問だが、願いをかなえる為だやむを得まいと智機は自分に
言い聞かせた。
「まずは昨日の午後2時40分頃に、ランスが召喚したフェリスという女悪魔。
紫堂神楽(No,22)を依り代としていた「天津神」族の「大宮能売神」。
松倉藍(No,19)と同化していた「イズ=ホゥトリャ」。
この3名の行方と生死について教えていただきたい」
この質問をしたのは当然ながら理由がある。参加者が外部の者を召喚できるとは
予想外だったし、依り代を失った天津神がどうなるかも予測できなかった。
特に「イズ=ホゥトリャ」に関しては、盗聴記録から自力でこの島から脱出した
節がある。3名のうち誰かがこの島に残っているのなら、対策を講じなければ
ならないし、外界へ脱出をしたのなら、脱出者を通じて、外部の者からの
妨害が来るのが予想される。運営者の知らない脱出方法があるのなら尚更のこと。
神の声を聞くまではさほど重要な事とは考えなかったが、状況が状況だけに
無視はできなくなっていた。この質問に対して、透子は即答した。
「フェリスはこの世界から脱出した後、現在に至るまで出現してません。
他の2名はこの世界からの脱出を試みましたが、断末魔と共に消滅しました」
「消滅?……フン、なるほどな…。外部の者にゲームの邪魔をされたくはないと
いう訳か」
智機は下準備をしていた頃に、神楽を含めた神人数人分の資料を
渡されていたのを思い出す。その頃からスポンサーは対策を練っていたのだろう。
フェリスの生死が不明なのが少し気になるが、他の二名の対応を考えると、
邪魔はさせないだろうと智機はそう判断した。



「次は同じく昨日の午後1時から2時10分の間。病院に素敵医師が潜伏した際、
参加者に対する干渉以外で何か動きはなかったか?」
「・・・・・・・・。彼があの時間帯に輸血パックと増血剤を持ち去ったことは
あなたもご存知でしょう?私が当時の彼の行動で知っているのはここまでです」
「そうか……」
病院内での盗聴記録から、それらが紛失していたのは智機も知っていた。
人間だけではなく、デーモンや宇宙人用の輸血パック(に当たるもの)も、
ある場所に行けばある。当然、人間用の輸血パックなどには、それぞれの
血液型のが用意されていた。決して多くの量が用意されているわけではなかったが。
「少し気になってな…」
「…………」
「奴が、輸血パックを持ち去っただけなら、問題は無いのだがな…」
「・・・・・・」
「奴が…面倒な事をしていなければ良いがな…」
智機の眼鏡が光った。




(二日目 PM1:51 本拠地・管制室)

「仁村知佳(No,40)の現在位置は把握できるか」
「できません…ランスとユリーシャに関しても同様です」
智機はその返答に違和感を感じた。
「どういうことだ…貴方の能力は…」
「ここから先は私の質問になります。あなたの質問はもういいですか?」
「・・・・・・・・・・」
他にする質問といえば、昨夜の朽木双葉くらいのものだったが、必要な情報とは
言えない。ならば、次は自分が答える番だろう。
「ああ…。貴方の質問とは何だ?」
「昨日の夜9時からでしょうか…見えなくなってきたんですよ…記憶、気持ち、
感情、思考が……」
「何を言っている?」
「ほんの少し遠くにいけば、その遠くにある記憶の形がもう見えないんですよ…」
「み、御陵…」
「もう、あのひとの形を見る事はできないんですよ……」
「……つまり、能力が衰え始めているというのか…」
「どうしてなんでしょう…智機さん…」
透子は相変わらず無表情だが、どこか悲しげな空気を漂わせている。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
智機は考え始める。透子の異変と、現在の状況、神の性格を。
少し経ってから智機は答えた。



「これは私の推測にすぎんがな。御陵、貴方はスポンサーからクギを押されている」
「クギですか…」
「我々の目的は、スポンサーを楽しませた上でゲームの運営を成功させること」
「・・・・・・・・・・・」
「スポンサーはゲーム観戦を楽しめればそれでいい。今、我々の中で戦闘を
行おうとしないのは御陵、貴方1人だけだ」
「・・・・・・・・」
「我々はこのゲームを甘く見ていたのだろうな。ただ運営を成功させるなら、
もっと多くの人材を使えばいい。いるのに使わないのは、ゲームの運営
そのものはスポサーにとって余り重要ではないという事だ。スポンサーは
明らかに我々と参加者の戦いをも楽しんでいる」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「私はこれから病院を襲撃する。ケイブリスが解除装置の破壊に失敗すれば、
私が見つけて破壊する。首輪を解除された参加者には再装着を強要する。
私の願いを叶える為にな」
「・・・・・・・・・」
「少なくとも病院にいるグループの首輪が全て解除された場合でも、貴方の
監察官としての仕事は事実上無くなる。我々はもう引き返せない。
御陵、貴方も同じ事だ」
「……私にも…戦えと…」
「そういうことだろう。このまま行けば、参加者に殺害されるか、
スポンサーに消されるかのどちらかにしか道はないだろう」
「・・・・・・・・」
そして、2人は押し黙る。
智機は再び首にコネクタを接続し、処理を続ける。
その3分後、透子は口を開く。
「私は当面、監察官としての仕事を続けます」と、呟くと姿を消した。
(スポンサーの機嫌を損ねれば、我々の想像もつかない苦しみを
味わせられかねんぞ御陵……)智機は心中でこう呟いた



(二日目 PM2:37 本拠地・管制室)

島全体が写しだされているモニター。病院がある位置に集まっている4つの
光点の内、2つが消滅した。
「・・・・・・・・・!」目を見開く智機。
「ケイブリスめ、しくじったか!」
盗聴記録から、解除装置を持っているのはユリーシャだと分かる。
智機はすぐさま、マザーコンピューターにアクセスし、病院に配置してある
レプリカ達と本拠地から少し離れた場所に配置してあったレプリカ達の起動を
開始する。それぞれの場所で、レプリカ達が動き始める。本拠地付近に
配置されているレプリカ達には、それぞれマシンガンやバズーカを持っている。
「今が使い時だな……」
そう呟いた智機の背後には、紅いコートを着た智機が3体いた。
他のレプリカと異なるのは、紅いコートと、その下に鎧のようなものを
纏っているところだ。3体の紅い智機は管制室を出て行った。
―――ゲームの運営を任された彼等には、それぞれ報酬の前払いがされている。
リーダーである、ザドゥには奥義・死光掌を。
カモミールには、銘刀・虎徹を。
ケイブリスには、自らの蘇生を。
透子は拒否したが、半ば強引に何かを与えられたようだ。
素敵医師は、自らの能力を活かすモノを貰っているが、現時点では
何かはわかっていない。
そして、智機に与えられた物は、強化パーツ。
最大5体分までの使用が可能で、集めたデーターを活かす事により、
カタマイズが可能なシロモノだった。
「本当は4体向かわせたかったが、何が起こるか解らないからな…」
そう言った智機の側には黒いコートを着た智機が立っている。
「さあ始めるぞ……」
智機は病院内にいるレプリカに攻撃命令を出した。



   【主催者:椎名智機】
   【所持武器:レプリカ智機×数十体
    (内、6体は病院内に潜伏)
    (本拠地近くにレプリカ智機38体と、
    強化型レプリカ智機3体が校舎に移動開始)
    内蔵型スタン・ナックル
    軽・重火器多数倉庫内に所持】
   【現在位置:本拠地・管制室】
   【スタンス:解除装置の破壊
         参加者に対する首輪の再装着
         一部の参加者の抹殺】
   【備考:それぞれのスペアボディは特異能力者抹殺
       に動く】


   【主催者・監察官:御陵透子】
   【現在位置:病院付近】
   【スタンス:ルール違反者に対する警告
         偵察。戦闘には参加しない】
   【能力制限:遠距離での意志感知が困難に
          遠距離で読心、使用不可能




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