211 臨戦

211 臨戦


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(二日目 PM2:40 病院)

「おっ?紗霧さん、この子は?」
ランス救援の為に病院の玄関に駆けつけ、その為に疲労で倒れたユリーシャを、
病室に運ばせる為に月夜御名紗霧が広場まひるを探そうと考えた矢先、
当のまひるが既に玄関に駆けつけていた。
「まひるさん、丁度良い所に来てくれました。この子は、主催者とは
敵対する側の人です。ここに来るまでの疲労で気を失ってます。
病室に運んでくれますね?」
「もちろん!」
笑顔でまひるは答えると、ユリーシャを持ち上げて、軽い足取りで歩きはじめる。
「・・・・・・・・」
そんな彼の姿を見て、紗霧は腑に落ちない顔で思索した。
(まひるさんの怪力と、あの落ち着きよう。初めて出会った頃と比べて
随分様子が違いますね)
竜神社探索の時は、背中に一枚の羽根を生やしている以外は多少勘が良い位で、
取り立てて高い能力を持っている様には紗霧には見えなかった。
(あの…神の声の影響でしょうか?それだと彼女の様子が変わり始めたのと
時間が一致しますしね)
「紗霧さーん、病室どこにするー?」
「何処にするかを決めずに、歩き出したのですか貴女は。私が先に病室に
入りますから、其処に運んでください」
「うん、わかった」
(やはり、私の気のせいでしょうか?しかし良いタイミングでここに
来ましたしね、一度まひるさんの能力について、聞いた方が良いですね)
ちなみに紗霧はまひるが(どちらかといえば)男性である事を知らない。
今、この島でその事を知っているのは主催者側の連中くらいである。
そして、3人は恭也のいる病室から大分離れた部屋に入ったのだった。



(二日目 PM2:44 病院)

まひるはユリーシャをベッドに寝かせて、シーツを掛けてやった。
「やっぱ、水を汲んできたほうがいいかな?」
「そうですね、バスルームに洗面器が何個かありましたからそれを」
「そうする。っとその前に」
まひるは肩に掛けてあったデイバックを開けると、衣服を取り出し始めた。
「?」
怪訝な顔をした紗霧を見て、まひるは上着を脱ぎながらこう言った。
「いやー、あたしの上着汚れちゃったから、着替えようと思ってさ。
それにこの子にも新しい服着せたほうがいいと思うんだけど?」
「そうですね。この子のドレスも泥だらけですし。ところでまひるさん、
これらの衣服何処で見つけたんですか?」
「病院のベッドの下に置いてあったよ」
(どれも、新品のようですね。この子には少し大きいでしょうが、
我慢してもらいましょう)
「まひるさん。洗面器で水を汲んできてここに持ってきてください」
「うん、いいけど。紗霧さんは着替えないの?」
「え……私は別に…いいです」
「そっか。ねーできれば、この子の服脱がすの紗霧さんがやってくれないかな?
あたし脱がし方、わからないし」
「別に構いませんよ」
「さんきゅ。じゃあ、行って来る」
実際のところ、まひるは彼女の服を脱がすのには抵抗があったし、ドレスの
着付けができないのも事実である。安心したように彼は部屋を出て行った。
「他人のドレスの着付けは初めてですけどね」
結構な金持ちの彼女は自分の着付けならやったことはあった。


「それよりも……」
紗霧はそう呟くと、ユリーシャのデイバックの中身を物色し始めた。
中には少しばかりの食料と水、そしてボウガンが入っていた。
(油断は禁物ですからね)
紗霧はボウガンをデイバックから取り出すと、別の布袋にしまいこんだ。
「・・・・・・・・・・・・」
紗霧はユリーシャの寝顔をしばし見つめて思索し始める。
(更に念の為に、両手足を縛り付けたい所ですが)
身体のあちこちに擦り傷や、アザ。汚れた衣服を見て、対象が同姓であることも
あって、さすがの彼女もそれ以上の手出しはしなかった。




(二日目 PM2:47 病院)

まひるは水とタオルの入った洗面器を持って、紗霧らがいる病室に戻った。
「ただいま、もどりましたー」
まひるが、病室のドアを開けたその時突如、女性の声が聞こえた。
「私の名は御陵透子…警告対象は…以下4名……」
「「え…?」」
声を聞き取り、まひるは足を止め、紗霧は戸惑う。
「No,2 ユリーシャ」
(ユリーシャって、あのお姫さんのコト?)
「No,8 高町恭也」
恭也の名を聞いたまひるは、洗面器を空いているベッドに置き、そして身構えた。
ドアは開けたままだ。
(空気は乱れてない…匂いは…)
まひるは周りをキョロキョロ見ると、声の主の匂いを察知する。

(部屋の外、東に6メートルくらいの所か)
臨戦態勢をとりつつある身体とは裏腹に、彼は葛藤していた。
殺せる、殺せない。生きる、死ぬ。
昨日、タカさんに出会う前のまひるの思考はそれで占められていた。
他人を殺す事はしたくない。そして、傷つける事もしたくない。
それは、天使と呼ばれる獣の記憶が戻った今でも、変わらない気持ちだった。
だが、一方で戦う事、傷つける事、殺す事。それらの行為も、獣としての
記憶が戻った今、実行する事ができるかもしれないのも事実だった。
(傷つけるためだけの力、助ける力にはなりえないかもしれないのに……)
まひるは心中でそう嘆いた。
「あ……?」
声の主がいたはずの位置から、匂いが消えたことにまひるは声をもらす。
その匂いは紗霧がいるすぐ側に現れた。
「No,36 月夜御名紗霧」
「ひあっ……」
自分のすぐ側に亜麻色の長髪長身の少女がいきなり現れ、紗霧は驚きの叫びをあげ
た。
(匂いが一瞬で、移動した?)
まひるは身構えたまま、透子の方を見る。
慌てて紗霧はまひるの方へと移動する。
(人…?でも、何かが…違う…)
目の前に現れた少女は更に言葉を続けた。


「No38 広場まひる」
「主催者側の方…みたいですね…」
やや顔を青ざめさせて、紗霧が呟く。
一方のまひるは、透子を観察していた。
(何だろう?この威圧感。殺気は全くないのにどうして?)
「以上の四名は、ただちに協力態勢を解消し……」
「「・・・・・・・・・」」
2人は黙ったまま、言葉を聞く。
「解除装置を破壊しなさい…」
「解除装置?」
まひるは紗霧の方を向いた。紗霧はデイバックにから瓶を取り出していた。
「破壊しなければ、あなたたちは死ぬことになる」
その言葉を言い終わった直後、紗霧は持っていた瓶を透子に投げつけた。
瓶は透子の身体をすり抜けたように貫通すると、壁に当たって割れた。
そこからは煙が発生したが、透子は何の変化もないまま、
ただそこに立っている。紗霧は呆気に取られる。
透子はしばし天井を見上げると、まひるの方へ視線を移す。
「・・・・・・?」
「あなたは……そのままで………良いのですか…?」
と、まひるに問い掛けると、煙のように姿を消した。
「そのままって…?」
まひるは首をかしげる。紗霧は先ほどよりも顔を青ざめさせる。
その直後、まひるは強烈な殺気を感じた。
まひるは無意識に身体を壁際へと移動させる。
一瞬のち、病室に数発の銃声が響いた。




(二日目 PM2:51 病院・二階)

病院の二階にある一室で、眠りについていた高町恭也は、下の階から 聞こえてきた爆発音を聞いて目を覚ました。
「魔窟堂さん!広場さん!」
立ち上がろうとするが、うまく身体が動かない。
(くっ…こんな時に敵襲か…)
彼は焦りを顔ににじませながら、自分のすぐ側に置いてあった、デイバッグを から小太刀を取り出して、身体を動かそうとする。
そんな時、病室に1人の女性が部屋に入って来た。
病室に入ってきたのは、眼鏡をかけた銀髪の女性。
冷ややかな視線を恭也に向けて、歩み寄ってくる。
「参加者では…ない様だな…」
恭也は半身を起こし、右手に小太刀を持って相手をけん制する。
「フム……虚勢というものはいつ見ても滑稽なものだ…」
女性――椎名智機のレプリカは歩みを止めずに、右手をかざす。
「ぐっ、はあああああっ」
恭也は気合を入れ、ベッドの上に立ち上がった。
「ほう…」と、無表情のままだが、智機は感嘆の声を上げる。
「だが、やはり無意味だな…」
その言葉と同時に、智機の右手が放電した。恭也の身体が「ビクンッ」と 震える。 恭也の身体は倒れベッドの下に落ちた。
「・・・・・・・・・っ」
内臓スタンガンによって、感電した恭也は意識は残っていたが、身体を 動かす事ができない。智機は恭也がさっきまで寝ていたベッドに腰掛けて、 恭也の右腕を掴み上げる。
「安心しろ。多分、君はここで死にはしない」
「どういうことだ…?お前は……」と、怪訝な顔で智機を睨みつける。
智機は口元を歪めて言った。
「君にはゲームを続けてもらわねばな。処刑されるのは――下にいる3人だ」


病室の壁に数発の銃弾が撃ち込まれる。
さっきまで自分が立っていた場所に、弾丸が通り過ぎたのを知ったまひるは冷や汗を
流していた。
「いっいっ、い、いきなり撃ってきやがった!!」
声を裏返させて、まひるは紗霧の方を向く。
「・・・・・・・・」
紗霧は口を開けて呆然としていた。
(やばい、攻撃をしのがないと!)
依然、強烈な殺気が部屋に立ち込めている。わずかに開けられていた、病室の窓の一
つが完全に開けられた。
まひるは何かを投げつけようと、目の前の手近な物体を持ち上げ、開けられた窓の方
へ投げつけた。ベッドを。
銃弾数発が、投げられたベッドに命中したが、まひるの怪力で投げられたベッドの勢
いを完全に殺す事は出来ずに、開けられた窓の方に命中する。窓の向こうにいた人影
は転倒した。
「紗霧さん!早く!」
まひるは紗霧の右手を掴んで、部屋から出ようとするが、ユリーシャの事を思い出し
困惑する。
「お、お、お姫さんはー」
ユリーシャが寝かされているベッドを探そうとするが、慌てているために見つけるこ
とが出来ない。人影は別の窓を開け、銃を構える。
そして再び、部屋に銃声が響いた。


いつのまにか我に返っていた紗霧は背を壁につけて銃を発砲していた。――空砲を。
窓の向こうの人影も動きを止めた。
まひるはその隙を逃さず、手近にあった椅子を人影に投げつけた。人影は転倒した。
そして、まひるの片羽が蜂の羽ばたきのように振動し始める。
「まひるさん…?」
「紗霧さん、お姫さんを…」
まひるの言葉に反応して、紗霧はベッドに寝かされていたユリ―シャを降ろすと、
引きずるように部屋の外に移動する。
「・・・・・・・・」
まひるは前方を見つめた。それと共に羽ばたきの振動音も高くなる。
病室の中、1人翼を震わせ続けているまひるに対し、窓の向こうの人影はしばし沈黙
したかに見えたが、人影は壊れた窓から病室に入って来てその姿を現した。
「思ったより野蛮だな…」
現れたのは銀髪で白衣を着た、口元に皮肉そうな笑みを浮かべた智機だった。だが右
目にあたる部分は潰れている。
(どうして右目が?それに血が…出ていない?)
「ああ…これか?君がさっき投げたベッドに銃弾を弾かれてな、眼が潰れてしまった
のだよ」と、怪訝そうに見つめるまひるに対して、智機はそう答えて、自らの右の眼
窩に指を入れ、右目だった部品を取り出して見せた。
「えっ?」
まひるは、取り出した部分――どう見ても生物の眼球だったものに見えない、金属の
糸の様な物を見て驚きの声を上げた。
「ん?どうした?」
智機は手に持った金属片を捨てると、不思議そうに首から蒸気を吹き出しながら言っ
た。
「首からゆ、湯気が出てる…あ、あ、あんたいったいなにもの?」
「…ロボットを見るのは初めてかな?私は椎名智機、このゲームの主催者の1人とし
て君達を処刑しにきた」


(ろ、ろぼっと?が、合体するのか?変形するのか?)
「まずは広場まひる、不確定要素が多すぎる君からだ」
その言葉と同時に、窓の向こうに4人の女性が現れ、それぞれが窓ガラスを割った。
4人の女性は皆、椎名智機でそれぞれマシンガン、バズーカ、散弾銃、ショットガン
を携えていた。
「・・・・・・・・!」
まひるは更に緊張した面持ちで、「コキュ」と唾を飲み込み翼の振動数を上げた。
「抵抗しない方が苦痛は少なく済む。それとも、ゲームに参加するかな?」
「・・・・・」
「今の君なら病院にいる3人を屠り、状況次第で優勝することも可能だろう」
「……ようよ…」
「何を言っている…?」
嘲るような笑みを浮かべ、まひるに問い掛け続ける智機。彼女に対してまひるははっ
きりとした声で答えた。
「もう、こんなコトやめようよ」
「こんな事だと?ゲームを降りたければここで死ぬか、優勝する以外に道は無い。
ゲーム開始前に説明したはずだが?」と、次は別の智機が口を開く。
「我々の仲間になることで」と、順次それぞれの智機が口を開いていく。
「我々と同じように願いを一つかなえるという権利を手に入れることができる」


「・・・・・・・」
「我々を全滅させる事など不可能だ」
「よって、君にはその二択しか残されていない」
「あんたは…自分や友達、その友達の友達が、こんなコトに巻き込まれても平気なの
!」
「……私は管理者だ」
「従ってその質問は余り意味を成さんな」
「・・・・っ」
「あえて答えるなら、私は既にこの問題をクリアしている」
「さあ、お別れだ…」
「片羽の天使」
窓の外にいる4体の智機がそれぞれの銃をまひるに向ける。同時にまひるの片羽の振
動音はさっきとは比べ物にならないほどの高音となった。窓ガラスは耳障りで細やか
な破裂音と共に砕け、粉へと変わり始める。ベッドは小刻みに震え、「パキッ」とい
う音と共にペンキが剥れ、露出した金属面もわずかではあるが、削れて行く。
「これが…さっき盗聴した時に聞こえた怪音波の正体か…」
「この音波はここまで届いている。このまま、銃を使うのは危険かな?」
「いつでも続けられる訳ではあるまい」
病室にいる片目の智機は口を開くと、懐に手をやった。
「本当に…やめてくれないの…?」
少し疲れた顔でまひるは智機に対して言った。
「君のその無駄口を止めてほしいものだ。もう、終わりだがな」
「・・・・・・・・」まひるは下唇を噛んでうつむく。
「私が持っている武器が一つとでも思ったかな?」
「カチリ」という音がした一瞬後、片目の智機は金属の板のような物を投げようとし
た。
――カード型爆弾
それは智機の手から離れる前に爆発した。




病室は爆発によって崩壊していた。まひるが立っていた場所に、既に彼の姿は無い。
窓際だった場所には上半身を失った智機が一体立っていた。
窓の外にいた4体の智機も、あちこちすすけている。
「今のは衝撃波…か?」
カード型爆弾が手から離れる瞬間、周囲の怪音波、いや空気の波紋は一点に収束し、
空気の弾丸となって爆弾を破壊したのだ。
(奴はまだ首輪を付けている。追うなら今だ)
うち二体は病院の外へ、うち二体は病院内に入り、追撃を開始した。




病院の廊下を1人まひるが走っている。紗霧とユリ―シャの新しい匂いを辿って。
(あたしは…出来ることなら…)
共に行動している魔窟堂、恭也と知佳らの姿を思い浮かべ
(戦うことなく…生き残っている人達といっしょに)
わずかな時間、夢を見させてくれたタカさんと堂島の姿も思い出しながら
(ここから…脱出したかった…)
まひるは病院にいる3人を全力で守ろうと決意していた。



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