206 高町恭也

206 高町恭也


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(二日目 PM1:57 病院)

病院の一階にある、カーテンに遮られた寝室。
ベッドの一つに寝かされていた、高町恭也はやや苦しそうな声を上げて
目を覚ました。
「……………」
(……無事に病院に着いたんだな……)
そう結論を出して、身を起こして周りを見回す。
カーテンの向こうには人の気配を感じる。
「…………」
カーテンの向こうの気配が、こちらにやってくる。
「恭也殿、入るぞ?」
その声は魔窟堂のものだった。
「あ、魔窟堂さん…」
「おお、恭也殿」
恭也は魔窟堂を見ると、手に持っている瓶に気づく。
「……例の…薬ですね?」
「……そうじゃ…」
恭也は魔窟堂から瓶を受け取って、考え始める。
瓶の中に入っている薬。主な効用は鎮痛だが、
一方で身体能力を一時的に高める効果もある。
いわばドーピングの意味合いもある。
薬品自体は紗霧に頼まれて、魔窟堂がラベルと匂いを確認して持ってきたものだ。
それを経口投与するわけである。

「魔窟堂さん、少しだけ1人で考えさせてください」
「ふむ、そのほうが良さそうじゃな。恭也殿、気をしっかりと持つのじゃぞ」
「はい…」
魔窟堂は励ましの言葉を残して、カーテンの向こうへ去っていく。
恭也は瓶に張られている紙に書かれてある文章を見る。
入っている薬の成分が、紗霧の字で小さいながらも丁寧に書かれてある。
「………」
高町恭也は小太刀二刀・御神流と呼ばれる武術の使い手である。
彼は殺人ゲームに参加させられた時、まずは力なき人々を守るスタンスを
取った。装備面で万全で無かったにせよ、参加者の中では強い部類に入るだろう。
しかし、彼が直接救えた人はほとんどいない。
最初に行動を共にした篠原秋穂は、奥義を破られて長時間に渡って
意気消沈していた恭也に愛想をつかして去っていった。
後に、昨日の定時放送によって秋穂の死を知ることとなった。
2日目の午後、既に30人もの参加者が命を落としている。
ただ1人守る事ができた知佳も現在、行方不明である。
「…………」
己の無力さを心中で嘆く恭也も現在、腹部に大きな傷を負っている。
このまま安静にすれば、命を落とす事は無いだろう。
だが、彼を始めとする参加者に、残された時間は少ない。
今の彼はまともに戦う事さえできそうにないのだ。
「・・・・・・・・・・・・・」
薬物で能力を高めたくないという気持ちは少なからずある。
それ以上に、薬物に頼らなくてもまだ動けるという意地もあった。
しかし、もしそれで自分が何もできないまま……それどころか
仲間に迷惑をかけたまま、死亡する事となったら……
(それこそ最悪…だよな…)
時間はない。早く服用するか、否かを決めなければならない。
恭也は1時間以上前の会話を思い出しながら、葛藤した。

 

(二日目 PM12:37 東の森の小屋)

「手短にすみます。まず病院で薬品を調達して、それを高町さんに投与します」
と、紗霧が言った。
「治療の為だけと言う訳ではなさそうじゃの」と、魔窟堂。
「ええ、ぶっちゃけた話、ドーピングです」
「ドーピング……だと…」かすれた声で恭也が問う。
「その通りです。高町さんには早く動けるようになってもらわないと」
「心配ない…俺はまだ…」
「奇跡的に急所に被弾しなかったからって、銃弾を受けて
まともに動けるわけが無いじゃないですか」
と、紗霧は胸にしまいこんでいる、45口径の銃の感触を意識しながら言った。
「…………………」黙り込む恭也。
「少なくとも歩けるようになってもらわないと困ります」
「くっ………」
「ああああああああああ、恭也さん!また意地になってどうすんのさ!」
何か力を入れようとする恭也に、まひるが慌てて声を掛ける。
「…………」再び恭也は黙り込む。
「…………」そして、魔窟堂も黙っている。
紗霧と魔窟堂は摘出された弾丸から、恭也のダメージの深刻さを知っていた。
――――45口径の銃弾。
常人ならば、胴体に被弾すると急所云々以前に、ほぼ即死する。
相当鍛え抜かれた生き物も一発でも喰らうと危ない。
ましてや2,3発喰らおうものなら、胴体が千切れそうになるくらいである。
恭也は相当鍛え抜かれているが、命に関わるダメージを
受けているのには変わりない。
「治療が完了しても、歩く事さえできなさそうですし。ドーピングしてでも
仲間が増えるまでのつなぎになってもらいませんと」
「さ、紗霧さん。つなぎって…?」と、まひるが問いかけるが返事は
返ってこなかった。





(二日目 PM2:02 病院)

「俺は飲むべきなんだろうか?」
誰に問うことなく恭也は呟いた。
―――月夜御名紗霧。
彼には昨日の朝に協力を申し込んできて、彼に薬を投与する事を
提案してきた彼女は、どこか信用ができなかった。
主催者に戦いを共に挑む仲間を求めていた彼は『人は見掛けにはよらない』と、
できる限り先入観を捨てて、他の参加者と接触を試みた。
だが、彼が遭遇した参加者達は、見かけ通りの性格の者ばかりであった。
紗霧。彼から見ても、魅力的な少女とは思う。
しかし彼にとって、彼女から感じた第一印象は「危険」だった。
それこそ疑いすぎという気がしたが、どうしても疑いを拭う事ができない。
「魔窟堂さんが用意してきた薬品だ。飲んでも大丈夫だとは思うが…しかし…」
(月夜御名について、魔窟堂さん達に注意を呼びかけるべきなんだろうか?)
我ながら疑い深くなって、嫌だなと自嘲しながら恭也は考えた。
数分後、カーテンの向こうから声が聞こえた。



(二日目 PM2:06 病院)

「恭也さーん、ちょっといいかな?」声の主はまひるだった。
「広場さんか、どうぞ」
「それじゃ、失礼します」と、入ってきた彼は、上は白のTシャツで下はだぶだぶの
ズボンな格好だった。所々に泥がついている。右肩の翼はシャツの切れ目から
のぞいている。
「広場さん、着替えたのか」
「うん。ちょっと穴を掘ってたんだ」
「穴?」
「魔窟堂さんの友達の神楽さんを弔わなきゃいけないからね」
「そうか、それでその格好か。よく代えの服があったな」
「かごの中にあったよ」
「かごの中?」
「ベッドの下のかごの中に入ってた」
なんでそういう所にあったんだ?という疑問が恭也の頭に浮かんだが、
じっくりと周りを調べる余裕が無かったからなと納得した。
「それで広場さん、俺に何か用か?」
「そうだよ。紗霧さんから言づてをもらってさ」
「月夜御名から?」
「………?あっ…紗霧さんのことだよね」と、一瞬名字だとわからなかった
まひるが答えた。
「恭也さんに言い忘れたことがあるから伝えてって」
「言い忘れたこと?」
まひるはうなずくとこう言った。
「高町さんには知佳さんを説得してもらわないと困ります。知佳さんを
呼び戻せるのは高町さんだけです。
それにはまず歩けるようになってもらわないと…、だって」


「………!」驚いたように恭也は目を見開く。
「恭也さん?」
「・・・・・・・・・・」
まひるは突然黙ってしまった恭也の右手に瓶が握られているのを見つける。
(薬だ…。紗霧さんは意識が混濁する量じゃないと言ってたから、飲んでも
大丈夫だよね?)と、言い聞かせるように心中で呟くと、
手に持ってたデイバックを他のベッドの上に置く。
「じゃあ、あたし行ってくる」
「待ってくれ!広場さん」
と去ろうとするまひるを恭也の声が押しとどめる。
「?」
「こんな俺にも、仁村さんを、皆を守れるのか」
「えっ……」
「命を捨てなくても、神速を使えなくなっても、俺はまだ何かをなせるのか?」
真剣な顔でまひるを見つめて恭也は問う。
「・・・・・・・・。大丈夫だよ。何かを傷つける力と…何かを守れる力は
きっと…違うよ。恭也さん、その力持ってるはずだからきっとできるよ」
そして、真剣な顔でまひるは答える。彼は神速の事は知らない。
傷つける力と守れる力の違いも言ってない。根拠のない返答。
だが、その言葉に迷いは無かった。
「そうか…」恭也は眼を瞑り、口元に笑みを浮かべた。
「月夜御名……紗霧には悪いが、この薬を服用するのは止めておく」
「そうか…飲まないのか」
「不器用で悪い。その代わり、痛み止めを頼む」
「……うん!わかりました!紗霧さん、疲れて寝てるから魔窟堂さんに言っとく」
「ああ」
カーテンの向こうから出ようとするまひるだったが、何かを思い出して
再び顔を向ける。


「忘れるトコだった。紗霧さんから恭也さんに渡したい物があるんだって」
「渡したい物?」
まひるはベッドの上に置いたデイバック(琢磨呂が持ってたのを紗霧が回収し、
まひるに渡した)の中から布で包まれた物体を恭也に渡した。
「これは…包丁と…銃か?」と、布を取って出てきた銃を見て、恭也は言った。
「護身用かな?」
恭也は包丁を布で包み、銃を見つめ、指で玩ぶ。その度に何故か恭也の表情が
引きつったものに変わっていく。
「恭也さん?」
「広場さん。月夜御名紗霧には…気を許さない方が良い」と真顔で言った。
「へ………?。恭也さん、何言ってんの?」
恭也は黙って、銃口を自分のこめかみに向ける。
「きょ、恭也さん、な、な、何を!」
黙ったまま恭也は引き金を引く。出てきたのは弾丸では無く、
色とりどりの旗とひも。パーティーガバメントだった。
「・・・・・・・・。お茶目なジョーク?」
「俺は…違うと思うけどな…」
疲れたような、呆れたような微妙な表情で恭也は毒つく。
「えーー、あまり時間が経つとアレなんで、あたし行って来ます」
と、外に出ようとする。
「借りはきっと返す」
「え?あたし何もしてないよ?」
「いや、こっちの独り言だ、気にしないでほしい」
「そっか。じゃ」と、会釈するとまひるは出て行った。


「………………」
恭也はパーティーガバメントを手に考える。
己が気絶していた時に聞こえた神の声のことを。
(多分、魔窟堂さん達にも聞こえていただろう……)
天井を見上げる。
(俺はみんなと脱出できればそれでいいと思ってた…なのに)
おもちゃの銃を握り締める。
(今の俺には、この島で死んでいった、秋穂さんを生き返らせたいという
いがある)
おもちゃの銃を再び握り締める。
(間違ってるよな…あの神は倒すべき敵なのに…欲望の為に俺は主催者と
戦おうとしている…)
(俺の失敗は決して帳消しにはならない。それでも、卑下されようとも、
俺は皆を、秋穂さんを助けたいんだ)
秋穂に対して、恋愛感情や特別な親近感を持っていたわけではない。
だが、奥義を破られ、意気消沈した事が原因で秋穂と別れ、結果的に助けられずに
死なせてしまったという、罪悪感が彼を苛やむ。
(本当に敗れたのは、秋穂さんを見殺しにしてしまった時だったんだな…)
「……むっ?」
銃に違和感があることに気づく。少し重い。おもちゃの銃にしては重いのだ。
既に出ている紐を触れる。違和感。
彼は銃身から更に紐を引っ張り出そうとする。抵抗が少しあった後、
紐の代わりに出てきたのは糸だった。
「これは…!」
数分後、彼の元に魔窟堂が痛み止めの薬を持って現れた時、
恭也はなじみのあるアイテムを手に入れていたのだった。



【高町恭也】
【所持品:小太刀、鞘付き包丁、救急セット、
 鋼糸(パーティーガバメントをばらして入手)】
【現在地:病院】
【スタンス:主催者打倒、知佳の捜索と説得】
【備考:失血で疲労:中、右わき腹から中央まで裂傷あり
 痛み止めの薬品?を服用】

【広場まひる】
【所持品:せんべいがたくさん入った袋、代えの服数着(入手)】
【現在地:病院の庭】
【スタンス:争いを避ける、アインを探す】
【備考:怪力、超嗅覚、鋭敏感覚、片翼、衝撃波(練習中)使用
 天使化抑制・自分の意思によるもの】




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