209 苦悩、そして・・・
209 苦悩、そして・・・
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話はユリ―シャが病院で魔窟堂らと初めて遭遇した時より、二時間以上前に遡る
(二日目 AM11:53 東の森)
ランスがグレン・コリンズを殺害した後、ランスとユリ―シャは、
アリスメンディの仇である(とランスはそう考えている)陰陽師(朽木双葉の事)
の捜索を再開した。が、一向に見つけることができないでいた。
時折、悪態をつくランスを尻目に、ユリ―シャはグレン・コリンズの死を
知ってから物思いにふけっていた。
(ようやく…ランスさまと2人きりになれた……)
彼女がグレン・コリンズの死を知った時に心の中で呟いた言葉はこれであった。
ユリ―シャが生前のグレン・コリンズに対して抱いた感情は、
外見と言葉使いに多少の嫌悪感を感じた以外は、どちらかといえば
良い印象を持っていたといえる。
朝に首輪解除装置の使い方を教えてくれた時は何故、自分に?という
疑問はあったが感謝していた。
彼女の前で口にこそしてなかったが、死んでいった参加者の誰かの為に
動いていたと彼女は漠然とだが感づいていたし、自分の事を
気にかけてくれたのも嬉しかった。
だからこそ、ランスが彼を殺害したのは事実には少なからず衝撃を受けたが、
ランスに嫌われたくないという気持ちと、ランスと2人きりになれた
嬉しさが、それらに勝った。
(……なのに…なのに…私は、ランス様のお役に…)
ユリ―シャは表にこそその様子を出さなかったが、焦っていた。
ランスがかつての同行者(秋穂とアリス)殺害の犯人がユリ―シャと
気づいたわけでもなければ、ユリ―シャに対する態度が変わったわけでもない。
ただ、さっきまでと同じようにアリス殺害の犯人探しに躍起になっているだけだ。
(私は自分からランス様に……話し掛けることさえ、満足にできない……)
ランスが今の行動を止める気配はない。
(前はもう少し…楽に…話しかけることが…)
ユリ―シャは更に焦った。
(私達はずっとこのまま…ただ森の中を……)
本当の事を言えば森での捜索は止めるだろう。だが、それは決して
言えない事だった。言えば破局が待っているだろう。
しかし、そのまま森の中をさ迷い続ける事は、非常に危険だとユリーシャは
感づき始めていた。
今のユリ―シャには、ランスを独占したいという衝動とは別に、
直感的に未来を予測する部分があった。それは彼女にとって認めたくない
未来をふたつ予測していた。
一つ目は、そのまま陰陽師を探し続けると、ランスに破滅が
待っているという予感。
二つ目は、もうどうやっても自分がランスを独占する事も、
故郷のカルネアに帰る事もできないという予感だった。
「・・・・・・・・・・・・」
ユリ―シャは身震いした。邪魔者は全て排除したはず。
そうする事にためらいは無かったし、ほとんど罪悪感も無かったはずだ。
ランス1人がいれば、他の参加者…主に女性の力を借りずとも
この窮地から自分を救ってくれる。ユリ―シャには、ランスにそれができる
力強さを感じていたし、信じていた。だが、グレン・コリンズが…いや、
秋穂、アリスと始末していくにつれその力強さも完全ではないように思えてきた。
ユリーシャはこれまで、わずかな独占欲に浸りながらなるべくその事を
考えないようにしてきた。しかし自分の想いが、欲求が満たされないと
自覚し始めると同時に彼女にもしばらくマヒしていた感情も
蘇りつつあった。死への恐怖を…。そんな彼女の脳裏に突如、神の声が響いた。
(二日目 PM12:01 東の森)
「あいつの声は…ケイブリスだとぉ……」
神の声の後の定時放送。放送した声の主はランスが過去に倒した筈の強敵…
ケイブリスであった。
怒りに声を震わせ続けるランス。ユリ―シャはただ脅えていた。
ランスの怒りの咆哮に。神の声に。ケイブリスの声に。
(どうしよう……)
神の声の直前に、知らず知らずの内に抱えていた不安と自分の無力感を
ユリ―シャは自覚し始めていた。
ランスの方も、同行していたアリス達を含め、ゲーム開始に助けると
意気込んでいた女性の参加者が自分の預かり知らぬところで次々と
殺害されている現実と、自分が住んでいた世界の神にいいように
踊らされていた事実を嫌でも認識せざるを得なくなり、その事に憤りを覚えた。
2人ともしばし時間の感覚を忘れるくらいに動揺していた。
「フェリスを呼んじまったのは……まずかったか…」
明らかな焦りの色をにじませながらランスは昨日の昼に召喚した
女悪魔の事を思いだした。情報を収集したら帰って来いとランスは命じたが、
ランスの住む世界の悪魔と神は対立している。フェリスがランス達の前に
姿を現さないのは、既に始末されている可能性があった。そうでなくても、
再び呼び寄せた時、確実に始末されるのは目に見えている。
ランスにはフェリスの安否を確かめる事さえできなかった。
「くそくそくそくそくそくそーーーっ!!」
ランスは再び怒りの声ををあげた。
(二日目 AM0:38 東の森)
取り乱しているランスの様子を見て、ユリーシャの不安は強くなっていく。
その不安はユリーシャに神の声の意味を考えさせる事になっていた。
(あの声は…願いを一つかなえると言ってました…)(ランス様と一緒に主催者を
倒せば、願いが…) (でもわたしの願いは、私の故郷で…ランス様と一緒に
幸せに暮らすこと…)
ユリーシャは空を見上げる。視線の先にはカラスが一羽、
飛んでいる。 自由に空を飛んでいる鳥を見たユリーシャはランスの事を考える。
(ランス様は自由な人…私の住んでいるお城に住むのは似合わない気がします)
彼女は昨日に自分を洞窟にかくまった際、自分に言った言葉を思い出す。
『他のいい女を、助けにいく。俺様の愛は、世界中のいい女全てに平等に
注がれるのだ』 (それに、あの言葉に嘘は…ないかもしれません…
あの時のランス様の目は…)
昨日、自分を洞窟にかくまった時のランスの真っ直ぐな瞳を彼女は思い出す。
『…馬鹿なことを…したね…。あの男は…一人の女で満足する様な 男じゃ…
ないってのに…』そして、昨日、自分が殺害した秋穂の言葉をも。
(今の私じゃ…私だけをランス様に見てもらうことができない…。
だけど、私がランス様に見てもらうその時まで…ランス様に近づく女の人を
殺し続ければ……大丈夫です。参加者の中にまだ女の人が残ってます。女の人と
ランス様を会わせるわけにはいきません)
興奮で頭に血が上っていくのを 彼女は感じた。同時に死への恐怖を振り払い
ながら、彼女は結論を出そうとする。
(わたしは…わたしは、ランス様と一緒に……)
ユリーシャが口にした言葉、それは彼女にとって思ってもみない一言だった。
「…帰るために……1人で望みをかなえます……」
自分の口から出た言葉に、彼女は軽い戦慄を覚える。
(1人って…ランス様と一緒じゃ…ないの…?わたし…わたし、ランス様を、
ランス様を……そんな…そんなっ…)
彼女の顔から血の気が引く。心中で呟いた言葉の最後の 単語―― 『殺そうと
考えている』という考えを彼女は受け入れたくなかった。
彼女は自分の考えに恐怖した。
(二日目 PM1:13 東の森)
ユリーシャは恐怖に震える心を押さえ、デイバックにしまいこんだ、弩弓に
触れながらランスを見つめている。
「・・・・・」
アリスと秋穂を殺害した時は、対象は無抵抗だった。しかし、残った参加者は……
「・・・・・・・」
あの2人を殺害したように今度もうまくしとめる自信は、 今のユリーシャには
なかった。
無力感の中でユリーシャは思い出す。
ランスと始めて会話した時の事を。
「・・・・・・・っ」
彼女はそれを忘れるように、目を瞑って頭を振る。
(グレンさんは亡くなられた参加者の誰かの為に。ランス様はアリスさんの仇を
取られるために力を注いでます。勇気さえあれば、私の望みをかなえることが
できるはずです。これからすることに間違いはないはずです…)
彼女は再び弩弓に触れる。
(首輪解除装置を利用すれば、私でも……)
あの時、解除装置は起爆装置も兼ねていると、グレン・コリンズは言っていた。
もっとも、それは彼のブラフに過ぎなかったのだが。
自分がランスを殺すかもしれないという恐怖を振り払うかのように、
これからいかにして女性の参加者殺害を実行するかを考える。
(失敗はできません。もし失敗したら……)
彼女の心に死の恐怖が、自分がやったことがランスにばれて、拒絶されると
いう恐怖が覆い尽くす。ユリーシャの身体が小刻みに震え始める。
(私は間違っていない…これもみんな私の為、ランス様の為にやった事…)
(なのに胸が苦しい……怖い…寂しい…苦しい……)
(夢の中まで、苦しいのは嫌です……)
そして、ユリーシャは信じたくなかった事があった。
ランスが死んだアリスの為に動いている事実を。
自分1人だけを見てくれない事実を。
彼の住んでいる世界にも多くの女性と 関係を持っているであろうことを。
彼女がそれを認めることは2人を殺害したことには 何の意味もないどころか、
ランスの足を引っ張っているだけだったということを認めてしまうからだ。
(わたし……ランス様のお役に立てるどころか……ずっと…足手まとい…)
ランスの役に立とうとするより、同行者の排除に力を注いでいたの
ではないかという自分に対する疑念を抱き。 そして、秋穂の遺言を思い出す。
『…そんな…独りよがりな想いじゃ…いつか疎まれて…捨てられる…。
あんただっ て…気が付いて…ないわけじゃ…』
(足手まといどころか、わたしは……)
(…どうすれば…どうすれば…良いのですか…?)
ユリーシャは祈るように手を組み、しばし悩み続けた。
(二日目 PM1:22 東の森)
ユリーシャが悩み始めて9分後、彼女は何者かの気配を感じ、後ろを振り返った。
「誰…ですか…?」
そこにいたのは見覚えのない少女。亜麻色の長髪をした、どこか希薄な印象を
持つ少女だった。
(女のひとだ……) なりを潜めていた、女性参加者への殺意が
湧き上がっていくのを感じる。 彼女はその衝動に逆らわずに攻撃する事にした。
「ランスさまに…会わせない…!」
疲れ切った表情で、しかし瞳は狂気で彩られながら、ユリーシャは弓を
取り出し、何のためらいもなく少女に向けて矢を放った。
「・・・・・・・・」
矢は少女に命中し、胸から血を流して倒れる筈だった。
しかし、矢は少女の身体をすり抜けたように、後ろの木に刺さっていた。
「?……え…」 ユリーシャはほとんど無意識の行動でもう一発、矢を射る。
矢は飛ばず、地面に落ちた。少女はその事が分かっていたようにユリーシャの
正面へと歩み寄る。
「・・・・・・・・っ!」
恐怖で声にならない叫びをあげ、ユリーシャは矢を持ち、少女の喉に
突き立てようとする。が、少女と目が合う。虚無。それは少女の黒い瞳から
感じられる何か。それを感じ取ってしまいユリーシャは恐怖で凍りつく。
身動きが取れないユリーシャに近づくと、何もしないまま、彼女の身体を
ぬるい風のように通り抜け、何もなかったかのように歩き去っていく。
「うう…うううう……あああああぁぁぁぁ……」
殺意と独占欲で占められた心は、恐怖と無力感を含めた混沌とした
感情へと置き換えられていく。ユリーシャは両膝を落とし、両手を地面につき、
そして嘔吐した。
「ユリーシャ?」
ユリーシャの様子が気になったランスは、ユリーシャがいる方角へ顔を向ける。
そこには、ユリーシャと遭遇した少女―――主催側のメンバーの1人で、
監察官・御陵透子が立っていた。
「むっ?お前は誰だ?」
といかぶしげな目で彼女を見て、数瞬後には観察するような目で透子を見回す。
ランスの眼鏡にかなった様で、いつも通りの評論を言おうとする。
「よしっ……お前は…」
ランスの次のセリフを遮るように、透子が言葉を発した。
「私は御陵透子。No,2 ランス あなたに警告です」
(主催者…?)
少し落ち着いてきたユリーシャは透子とランスのやりとりを聞いて、
透子が主催者側であることに気づく。
「警告?がははははははは。心配などいらん!俺様の……」
「あなたの持っている解除装置をただちに破壊してください」
(え?それは……)
「……これの事か?」
ランスは自らが持つデイバックに目を向ける。
「…ランス…様」
ユリーシャはかすれた声で呼びかけるが、向こうに届く声量ではなかった。
(この人は…この人は…)
必死にランスの元に歩こうとするが、身体がうまく動かない。
ただ、2人の会話を聞くしかなかった。
「それはできん。いい女の頼みだからな」
(え?)
グレン・コリンズの遺言で、首輪解除装置で参加者を救おうとした
女性の存在を知るランスはそう言い、その事を知らなかったユリ―シャは戸惑う。
「残りの参加者全員の首輪を…気が進まんが野郎のも含めて外せって、グレンを
通じて頼まれたからな」
(グレンさんの?それを何故、ランス様が?)
「・・・・・・・・・・・」
透子はしばし黙ると、こう返事した。
「出会ったこともない…ましてや死んでいった人の…また人づての頼みをですか?」
「・・・・・・・・・・」
(何故だろう…わたしは何を期待しているの?)
ユリーシャは待っていた、自分でも何故知りたいかは分からないが、
ランスの返答を。
「当然だ。あの忌々しい野郎(ザドゥ)の首輪を外してくれたからな。
いい女に決まっている。死んでいったいい女も俺様の女だ」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
透子とユリーシャは何も喋らなかった。透子はいつもどおり、ただ無表情で。
それに対しユリーシャの右目から一筋の涙がこぼれた。
(やっぱり…ランス様は……)
秋穂が言っていた1人の女性で満足するような男ではないという指摘。
それが真実であることはユリーシャには分かっていた。ただ、ランスの虜に
なっている自分には認めたくなかった。事実から目をそむけるために
邪魔者を排除する。それは勇気と思っていた。しかし、ランスを独占したいが
ためにユリーシャのやったことは、死んだ女性も自分なりに愛するランス相手では
何の意味もなかった。結果的に自分が勇気と思っていたモノは勇気ではなく、
ただ逃げていたいだけの行動の口実だとユリーシャは自覚した。
(……私は…本当に…本当に…足手まといだった……)
もう涙は流れていない、代わりに乾いた笑いが漏れそうになる。
ユリーシャはそれをこらえると、再び2人の会話に耳を向けた。
透子は警告を続けた。
「解除装置を破壊しなければ…」
「お前はあの野郎の部下のようだが。あの野郎の所より、俺様のところに来い。
あの野郎をぶっ殺した後に幸せにするから、俺様の女になれ!」
「…間もなく、あなた達は死ぬことになります」
その言葉を最後に透子はゆらりと煙のように消え去った。
沈黙。そして、ランスが悔しそうに声を張り上げる。
「かーーーーーーーっ!なんで俺様の所に来ないのだー!名前は御陵透子か……
まあいい…まだチャンスはある!」とランスは声をあげると、
次はユリーシャのいるほうに目を向ける。
「ん?ユリーシャどうした?」突然、声をかけられて驚きの声をあげる。
「ランスさま…わ、私は……」
「脅えているのか?心配するな、俺様が必ず守ってやる。がはははははっ」
罪悪感と無力感に悩まされ始めたユリーシャにとってその声は、
もっとも聞きたかった声だった。
(ランス様の声……私はその声が一番好きなのに……。死んでしまったら、
その声が聞けなくなるのに私は……私は…)
ランスの手が自分の髪に触れる。その感触にかすかな幸福を感じながら
ユリーシャは自責した。それに耐えながらランスの事を考える。
(もう今更、私にできることはないのかも知れない……それでも私が
ランス様のお役に、今度こそ本当にお役に立たなければ……)
ランスはうつむいたままのユリーシャを見て何故か気まずそうに手帳をしまう。
そして頭をかき始めた。
今、ユリーシャは自分を犠牲にしてでもランスの手助けになろうと 考え始めていた。
今でも、ランスを独占したいという気持ちはなくなった
訳ではない、
もしかしたら殺意も残っているのかもしれない。 でも、今はその感情に決して
負けたくなかった。ランスに恩を返す為。
仲間を殺してしまった償いをする為に。
そんな彼等がケイブリスと遭遇したのは、その数分後のことであった
(二日目 PM2:47 病院内)
刺客として襲ってきたケイブリスと戦うランスを助けるために、ユリーシャは
解除装置を手に、1人で東の森をさ迷う。森で見つけた無数の足跡を頼りに、
病院に辿り着いたユリーシャは、他の参加者2人と遭遇。疲れ切った身体に
鞭打って、ランスの助命を頼み、二人の首輪を解除するとそのまま意識を失った。
その十数分後、彼女は病院に運ばれていた。
(ここ…は?)
わずかに意識を取り戻したユリーシャは、自分が誰かに運ばれている途中で
ある事に気づく。自分を運んでくれているのは赤毛の少女のように見えた。
(赤毛の…人……アリスさ…ん?)
視界がぼやけてよく分からないが、彼女にはそう見えた。
脅えと罪悪感と悲しみがユリーシャの心を締め付けはじめる。
(わ、たし…ごめんなさ……)
(・・・・・・・・)
(白いはね?アリス…さんじゃない)
自分を運んでいる人物は、背に一対の羽を生やしていることにユリーシャは
気づいた。
(髪が短い…男の子?それとも天使さん?私…死んでしまったの?)
困惑している彼女にまた睡魔が襲い始める。
(もし…わたしがそのまま命を落としてしまったら、天使さん、代わりに
ランス様を助けてください)
心中でそう嘆願したユリーシャの意識は再び眠りに落ちていったのだった。