201 素敵な医師は虚実と踊る

201 素敵な医師は虚実と踊る


前の話へ<< 200話〜249話へ >>次の話へ 下へ 第七回放送までへ




(二日目 PM13:35 東の森・中央広場付近)

てくてくてく……
てくてくてくてく……
てくてくてくてくてく……
「ねーねー素っちゃん〜」
「あー?何がよ、カモミール?」
「何だか、体のあちこちから変な虫さんが出てきたんだけど?」
「あーあー、そりゃセンセのおクスリの効果でカモミールの体から悪い虫が
 出てきとるだけじゃき、ちーと痒いけど我慢しとーせ」
「うん、頑張るね〜」
一組の男女が、奇妙な会話を繰り広げながら森を進んでいた。
つい1時間前まで主催者側であったがその行動がザドゥの逆鱗に触れ、
今や自身が逃亡者になってしまった素敵医師と、彼によって一命は取り留めたものの
代償として重度のジャンキーとなってしまった女剣士、カモミール=芹沢である。
「ねー素っちゃん?」
「今度は何が?」
「どこに向かってるの?私達?」
「この先に広場があるはずがね、そこに用があるが」
実際の所、素敵医師はアインの動きだけを観察していた訳ではない。
何か参加者に大きな動き、戦闘があったか逐一智機に聞いていたのである。
そして、その情報が正確ならばこの先に素敵医師にとって重要な意味を持つ人物が
いるはずであった。
「んー?」
小さな影が二人の前をよぎった。
緑色の、小さな人形がひょこひょこと動いている。
どうやらこちらの様子を伺っているようだ。
「なーるほど、これが式神っつー奴がか……あーあー、センセ達は怪しいモンじゃ
 ないがよ!大事な話があって来ただけやき!」
自分の外見にどれほどの説得力があるのかを気にせず、素敵医師は言った。

案の定、式神は警戒しているようだ。
「……ねえ、斬っていい?」
「あ?」
素敵医師が振り返ると、芹沢が腰を落とし、刀に手をやっていた。
血走ったその目には理性の欠片も無く、口からは涎がこぼれている。
「あれ斬ったら痒さが収まりそうなの……ねえ、斬っていい?斬っていい?」
「駄目がよ」
「ぶ〜〜〜」
あっさりと却下する素敵医師、対して芹沢は不服に感じながらも体勢を解く。
(や〜れやれ、ちーとおクスリの量が多かったかもしれんがね……)
内心でそうぼやきつつ、更に先へ進もうとする。
が、その時、

 誰 、 ア ン タ 達 ? 

―――声が聞こえた。
否、『聞こえた』という表現は適切ではなかった。
まるで森そのものが口を開いているかのように、周囲全体から響いてくるのだ。
「ッ!?」
「おーおーおー……こーれもアンタの術の力がか、双葉の嬢ちゃん?」
驚き、再び戦闘態勢を取る芹沢。
しかし、素敵医師は何事も無いかのように返事を返す。

 参 加 者 じ ゃ な い み た い ね 。 主 催 者 ?

「……ちーと違うんやが……双葉の嬢ちゃん?センセ達、大事なお話があってきたがよ」

 ………………。

しばしの沈黙、と、目の前にいた緑の小人が腕を上げてこちらにむけて振った。
どうやら『こっちに来い』と言いたいらしい。
そのままトコトコと森の奥へ向かう小人を追う。
すると、程無くして森の開けた場所に二人は出ていた。
正面に巨大な楡の木がそびえている。
『―――そこを動かないで、そしたら話を聞いてあげるわ』
木の下の大きな洞の中から声が聞こえる。どうやらそこに双葉はいるらしく、
先ほどのように声の出所が分からないという事は無い。
「けひっ、けひひひ……そんでは自己紹介させてもらうがよ。センセの名前は素敵医師
 言うがね。そんでこっちが……」
「えへっ、カモミールだよ〜」
『―――言っておくけど、芥子も阿片もここには無いわよ』
明らかに平常ではない二人に対し、双葉は冷めた声で答える。
「ごごご誤解せんでいいき、そのくらい自給自足で何とかできるがよ。……センセが
 お話したいのは、アインの嬢ちゃんの件についてがね」
『―――アイン?』
「嬢ちゃんがよ〜〜〜く知ってる相手がね。髪が黒くて短い、やったら強くて容赦無い
 小柄な嬢ちゃんがよ」
『……………ッ!?』
明らかに洞の向こうの空気が変わった。
徐々に自分のペースで話が進んでいる事を感じつつ、素敵医師はそこで口を閉じた。
じっくりと待ち、相手の反応を伺う。
『……話を続けて』
双葉の促す声。
素敵医師は口元ににへらと笑いを浮かべると言葉を続けた。

「じじ実はセンセ達、アインの嬢ちゃんに追われてるがね。最初は主催者への反抗を
 企てとったアインの嬢ちゃんをこっちが追う側やったが、アインの嬢ちゃんやたら
 強くって、センセ達返り討ちにあってしまったがよ。そんで、センセ達主催者のボス
 からクビにされてしまったが」
『情け無い話だね……』
「いやいや、まっことその通りがよ!」
双葉の皮肉に、素敵医師は調子良く答えた。
「で、ここからが大事な話じゃき」
せわしなく動いていた目が一瞬止まり、双葉の方を見据える。
「……センセ達を、双葉の嬢ちゃんの部下にして欲しいが」
『……で、アタシにアインを殺せって言うの?』
「けひっ、けひひっ、話の早い人はセンセ大好きがよ♪」
『虫のいい話だね』
へらへらと笑う素敵医師に対し、双葉の声はあくまで冷たい。
『要するに自分達の手に負えないからって、私に戦わせようってんでしょ?』
「その通りじゃき」
否定するかと思いきや、素敵医師はあっさりとそれを肯定した。
「―――で〜も、それは双葉嬢ちゃんにとっても損では無いはずやき」
『……何が言いたいのさ?』
「嬢ちゃんにとって、アインの嬢ちゃんは確かに憎い仇だろうがよ。でも……
 アインの嬢ちゃんの眼中に、双葉嬢ちゃんは全く入って無いがね」
『………』
無音、しかし激昂する気配が洞から伝わってくる。
「ま、入っとったとしてもせーぜー『どこで死んでるか分からない一参加者』程度の
 認識がよ。仮にここにアインの嬢ちゃんがひょっこり来たとしても、アインの嬢ちゃん
 にとって戦う理由が無い以上、あっさり逃げられるのがオチがね♪」

『……言ってくれるじゃないの』
「事実やき」
慇懃無礼な一礼をすると、素敵医師は更に言葉を続ける。
「で!センセの方はその逆じゃき。センセ達が戦いたくなくても、アインの嬢ちゃんは
 センセ達をずっと追いかけて来るがよ」
『利害は一致してる、そう言いたいワケね?』
「けひゃ、けひゃひゃひゃひゃ……さっすが嬢ちゃんは頭がいいが!」
「……いいわ、話に乗ってあげる。でも『部下』である以上は私の指示に従う事、いい?」
しばし考えた後、声は承諾した。
「もちろんがよ。嬢ちゃんにアインの嬢ちゃん以外の敵が迫ってきたらセンセ達がきっちり
迎撃しちゃるき」
調子良く答える素敵医師。
『で、あいつを呼ぶ手立ては考えてるの?』
「あーあー、それならもうやってるがよ。ここへ来るまで所々にわざと痕跡残しとい
 たき、早ければ一時間位で来るんじゃないがかねえ?」
『始めからそのつもりだったのね……ま、いいわ。準備はできてるから』
「ささ流石双葉の嬢ちゃん!用意周到がねぇ……」
『白々しい……アンタ達も迎撃準備しておいたら?言っとくけど、私に押し付けて
 逃げようとかは思わない方がいいわよ』
「けひっ、とと、当然がね……」
少し慌てたようなそぶりを見せつつ、素敵医師は踵を返した。

「それじゃ、嬢ちゃんのご好意に応えてセンセも準備しとくがよ。何か指示があったら
 いつでも呼んでくれるがいいがね」
『そうさせてもらうわ』
そして、傍で草いじりをしていた芹沢を立たせると森の中へ向かってゆく。
再び、後には大樹と双葉、そして式神の星川だけが残る。
「双葉ちゃん……やるんだね」
洞の中、問い掛ける星川に双葉は噛み締めるように答えた。
「ええ……ケリをつけるわ、ここで」
あの包帯男が何を企んでいるかは知らないが、少なくともアインについての事に嘘は無い。
双葉は直感的に感じていた。
ならば、自分のやるべき事は一つだ。
ここ一帯はは既に双葉の『領域』なのだから。
「これで……終わらせる……!」
その眼には、明らかな殺意が宿っていた。


「ね〜素っちゃん?」
「何がね、カモミール」
広場から少し離れた、小さな空き地に素敵医師達は来ていた。
何やら手持ちの薬を調合している素敵医師に芹沢が尋ねる。
「良かったの?アレで」
「……何の話がか?」
「えーっと、ほら、ザっちゃんの話とか全然してなかったじゃない。それで良かったのかなって」

「(ザドゥの大将の事となると、ちっとは頭が動くようがねぇ)……い〜んがよ、カモミール」
一見、何も考えていないように見える素敵医師にも心算があった。
もしあそこでザドゥの事も話していたら双葉は『そっちの事はそっちでやって。面倒は
御免だから』とあっさり申し出を断っていただろう。
カモミールを捨て駒として使えば、ザドゥ、アインのどちらかを仕留める自信はあった。
だが、両方がこちらを狙っている現状でそれを仕掛けても残り一人に殺されるのは明白。
だからこそ、部下と言う形を取ってまで素敵医師は自分寄りのファクターを増やす必要があったのだ。
「けひっ、けひっ、けひひひひひ……!」
思わず、口元から腐臭混じりの笑いが漏れる。
今や、素敵医師にとっての絶好の展開が完成しつつあった。
ザドゥがアインや双葉と遭遇して闘い、いずれかが死ねば良し。
アインがこちらの誘いに乗らなければ、ザドゥが来た際に双葉を盾にして逃げれば良し。
ザドゥが来る前にアインが来れば、双葉と合同で攻撃を仕掛け、隙を見てアインを麻薬で
自分の手下にすれば良し。
万一二人が同時に来たとしても、アインは双葉に任せて自分はザドゥ一人に専念していればいい。
カモミールが相手となれば、ザドゥの拳は鈍ると素敵医師は踏んでいた。
「けひゃひゃひゃひゃ!さ〜て、いよいよ最終幕がよ。アインの嬢ちゃん……」
異常に上方についている右目が、ぎょろりと動いた。        



【朽木双葉と式神星川】
【所持武器:呪符多数、薬草多数、自家製解毒剤1人分】
【現在位置:楡の木広場】
【スタンス:アインの捜索と決着
      参加側・運営側にはなるべく干渉せず
      首輪の解明
      素敵医師と共闘】
【能力制限:術の連続使用は肉体にダメージ】
【備考:双葉は能力制限の原因は首輪だと考えている
 朽木双葉、自家製解毒剤服用済み
 解毒剤の効力及び、効果時間は現時点では不明】

【素敵医師】
【所持武器:メス数本・注射器数十本・薬品多数】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:アインの鹵獲+???
      朽木双葉と共闘】
【備考:主催者サイドから離脱、独立勢力化】

【カモミール・芹沢】
【所持武器:虎鉄】
【現在位置:素敵医師に同じ】
【スタンス;素敵医師の指示次第】
【備考:重度の麻薬中毒により正常な判断力無し。
    処置されているものの、腹部に裂傷あり】




前の話へ 投下順で読む:上へ 次の話へ
198 備えあれば・・・
時系列順で読む
205 寸劇・ある通信内容

前の登場話へ
登場キャラ
次の登場話へ
193 亀裂
素敵医師
219 華麗なる医師は何がために
カモミール・芹沢
198 備えあれば・・・
朽木双葉
式神星川