200 呼ばれたその名は・・・
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(二日目 AM11:47 東の森・西部)
はぐれちゃった恭也さんと知佳ちゃんを探し続けるあたし達。
予定だと北の山に行く事になってたので、
そのままあたし達は北の山で2人を探す。
でも、見つかんなくて再び東の森に戻ってきた。
「おーい!恭也さーん、知佳ちゃーん…」
そよ風が吹く森の中、あたしの声が響く。
「・・・・・・」
むう返事がない。何十回叫んだんだろ。
陽があまり届かない濃い緑に囲まれた森の中。
見つけるのは難しいかも。でも、見つけなきゃ…
恭也さんと知佳ちゃん。アインさん。
見つけなきゃ……薫ちゃんやオタカさんみたいになってほしくない……
「うく、うぅ…」
悲しくなって涙が出そうになるのをこらえながら、
あたしは右肩の翼を音を立てないように動かしてみる。
ひくひくと震えるように動く。んー少し気が休まった。
「…………ふうぅー」
ちょっと息苦しい。さっきから、どこか嫌な空気が流れてる気がする。
翼が生えてからのあたしは、なんか感覚が研ぎ澄まされてる。
島に来た時から、なんとなく感じていた圧迫感もはっきりと
感じる。魔窟堂さん達も感じてるのかな?その魔窟堂さんが口を開いた。
「無事に見つかると良いが……む、気弱な事を言ってすまん。時に紗霧殿」
「何でしょう?」
少し疲れた感じの魔窟堂さんと、それに答える紗霧さん。
「さっきから妙な気配を感じんか?」
「お。あたしもそれ感じてます!」
「まひる殿もか」
紗霧さんは何かを考え始める。この人、結構考え事をする。
「・・・・・・・」
ハッ!もしかしてよからぬ事を考えてたりしてー
……んなわきゃあないか。少しして紗霧さんは口を開く。
「気配は感じません。ですが…少し嫌な予感はします」
「そうか…」
「それ、どんな感じ?」とあたしは2人に声をかける。
「そうですね。予測できない事が起きるって予感ですね」
「いい事なの?悪い事なのか?」と聞き返すあたし。
「この島にいたっては良い事はないと思います」
真顔で答える、紗霧さん。
「うわ…そんな身もフタもないことを」
「そういうものです」
断言されちゃったよ。そんな時、魔窟堂さんは驚きの声をあげる。
「むむっ……あれは!」
魔窟堂さんは上を見上げて、それを指差す。
好奇心に駆られたあたしは顔を上げて、指差した方を見る。
「虹!?」
向こうには森の緑からこぼれるように虹色の光が輝いていた。
その光景にあたしは驚きの声を上げる。
雨の後に見れるあの虹じゃあない。オーロラ。いや違う。
綺麗だけど、どこか凶々しげな虹色の光。こんな光景見たこと無い。
あたしの側に来ていた紗霧さんも驚いている。
「何が起こってるんじゃ?」
「魔窟堂さん!」とあたしは彼に声をかける。
「う、うむ行ってみるか」
「気をつけて進みましょう」
うなずく魔窟堂さんと同意する紗霧さん。
虹色の輝きに向かって走るあたし達。
1分経ったかな?と考えながら、何故か風が吹き荒れるような
予感を感じて。脚を止める。
「どうしたんじゃまひる殿?」
「風が……」
「え…?」
怪訝そうに声を上げる紗霧さん。吹いている風はそよ風。
さっきと変わらない。でも・・・
「この風がどうかしたんですか?」
「妙な臭いでも運んできたのかな?」
2人があたしに問い掛けてくる。
「そんなんじゃなくて…こう…」
次の言葉を発しようとしたその時。
突如、突風が吹き荒れて、「わっわ…」あたしは転倒した。
「うおっ……」
「きゃあ…」
2人は倒れないように踏ん張っている。
木の葉、枝、幹、草。それらを震わせ砂嵐にも似た音を響かせながら
突風はなおも続く。あたしは立ち上がることはやめて、
転がってしまわないように身体を丸めた。
突風は1分も経たない内に止んで、再びそよ風が吹き始める。
虹色の輝きも消えていた。
「何が起こったんじゃ?」
「分かりませんね。行ってみない事には」
「何があるんだろ?」
あたし達3人は口々にそう呟くと虹色の輝きがあった方角へと急いだ。
虹色の輝きがあった場所に辿り着いたあたし達は、
またも不思議な光景を目にし、言葉を失った。
異臭を放つ沼のような地面。渦巻いている地面。
枯れ木に咲く花、芽生えてる若葉。上半分がみずみずしく、
下半分は枯れた大樹。
そんな奇妙な風景の中、あたしはお腹に血を流して倒れている
恭也さんを発見した。知佳ちゃんは…いなかった……
魔窟堂さんが怪我した恭也さんをおんぶだっこして、
この近くにあるという小屋を目指して歩こうとしたその時、
あたしは覚えのある『におい』を察知した。血のにおい…。
恭也さんのにおいじゃない。
あのにおいは・・・・あたしは思わず声を上げた。
「魔窟堂さん。向こうに誰かいます!」
「なんじゃと!」
「……本当ですか、まひるさん」
即座に反応した魔窟堂さんと、何故か少しリアクションが遅れて
反応した紗霧さん。あたしは2人が動く前に『におい』のする方へ
走った。
そこに着いたあたしが見たのは…また無残な男の死体。
背を岩に、お腹を木の杭の様な物で貫かれている。
どうやってこんな事を?
眩暈とショックにふらつくも、あたしは観察を続けた。
髪型はオールバックで、やや細身の体格を黒い服で包んでいて…
カッと目を見開いたままの苦悶の表情で、
口とお腹から大量の血が流れている。
あたしはこの人をにおいで知っている。オタカさんを…撃った人だ…
「………」
昨日、耳の大きなおじさんの死体を見つけた。
今、目の前にオタカさんとあたしを殺そうとした人の死体がある。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
複雑な感情。それがあたしを支配してる。
それでも・・それでも一番強い感情は……
あの時のおじさんを見つけた時と同じで、多分…
少し荒い息を吐きながら、迷いながら、あたしは死体に近づいて…
見開いた…両眼を……そっと閉じさせた。
2人が追いついて数十秒くらい後。
紗霧さんがなんか拾ってる。銃だ。あたしの持ってた銃…グ……
……覚えてないや。
形は良く覚えてるのに…どうも名前を覚えるのは苦手だ。
お、紗霧さんが銃と背負わされている恭也さんを方を交互に怪訝な顔で見つめている。
何考えてるんだろ?
「おーいさぎ…」
声を掛けようとしたその時、あたしは気づいてしまった。
あたしの翼が震えてる。動かしてないのに、なにゆえ?
「………」翼がさっきより大きくなっている。な、何でだろう?
それにさっきあたし、においで区別できると言ってた。
こういうことが、いつのまにできるようになったんだ?
「・・・・・・・・・・・・・」
あたしは……一体、何者なんだ?
「さて急がねばなるまいぞ」魔窟堂さんがそう言った時だった。
圧倒的なプレッシャーと共に『声』が頭と翼に響いた。
頭に語りかける『声』。翼に響く『音』
・・・・・・冷汗が出始める。心臓の鼓動が早まっていく。
突然、湧いてくる疑問。そして、あの時の感覚。
あたしは周囲が静かになったような錯覚を覚える。
あたしの心と身体に蘇っていくモノ。なんで急に?何で翼まで?
――――忘れる事ができるはずがない。
生き物全てが持つ、無意識での防衛本能。
強大な存在を感じ取れるのは我等の本能ゆえに―――
「な、なに・・・・」
あたしの頭に響く声?あたしのこえ?
あたしの翼がかすかな音を立てて震えている。
あたしは両手で肩を掴み、身体を震わせながら、頭を垂れる。
翼の震えと共に頭の中に映像が次々と閃く。
―――翼から流れ込んでくる記憶――
何故、今頃……そう考えた瞬間、答えは出た。
そして…そして…あたしは、全てを思い出した。
声が聞こえる………
語り終えるまでほんのわずかな時間。
あたしはそのことばをすべて聞いて覚えた。
強大な力。蘇った記憶。叶う願い。
語り終わっても、しばらくあたしは身体を震わせていた。
次にあたしが言葉を紡ぐその時まで、
あたしは過去の記憶に浸る……
薄い霧に囲まれた。古木と苔に囲まれてる。
立ち入るものがほとんどいない。刻が止まったように変化のない。
ただそこに在り続ける、静寂が支配する聖域。
妖精の森。そこであたしは生まれた。
物心ついたある幼き日の事、妖精の森の中に1人で立ってた。
自分の手足を見つめる。不自然に大きくなった手首と足首。
そして長い鋼のような爪。それに加え背中には1対の大きな翼。
何も身につけていない。当然だ、あたしはケモノなんだから。
東の方角に『同族』の気配を感じる。
そっちの方へ行ってみる。走っても足音は立たなかった。
そこには同族と人間の女性がいて、交わって…いた。
驚きの感情。それ以外の感情はあたしにはわかなかった。
鰐にそっくりな外見の同族。あたしにちっとも似てない。
でも、共通点はあった。長い鋼のような爪と鋭い牙。
紋様がはりついた瞳。1対の翼……片方だけ?あたしは女のヒトの方を見る。
女のヒトには首がなく、代わりに翼が付いてた。
『同族』はあたしに気づいたものの、敵意がないと判断したようで
うるさげな視線を向けた後、生殖行為を続ける。
その場を立ち去りながら、あたし達はこうして子孫を残すんだという事がわかった。
月日が流れて、あたしは妖精の森から遠く離れた所に行こうと決意した。
あたしは大きくなった翼を広げ、どんよりと曇った空へと向かった。
身体の隅々まで広がっていく高揚感。冷たい風が心地よく
あたしは雲の中に入るくらいの高さまで飛んだ。
蒼い空、冷たく澄んだ空気。高みから見下ろす風景。とても綺麗だった。
そしてあたしは本能のままに地上に降り立った。
でもそこは空と違い、どす黒いイメージに満ちていた。
妖精の森の周辺にいた頃よりも、多くの命と喧騒があった。
青いもや。あたし達には生きる者すべてがそれに覆われて
いるように見える。吐く息も青いもや。
それはあたし達が生まれながらに持っているモノ。
物陰に隠れた獲物を逃がさないために備わったモノ。
それだけじゃない。一度においを嗅げば覚えている限り
獲物を追いかける事ができるし、翼の羽毛はわずかな
空気の流れも感知する。崖から落ちても死なない。
あたし達はそういう生き物だ。あたしは、地上で旅をした。
人の群れにはいつでも叫びと血と鉄が目に付いた。
全身を鉄で貫かれた人。
鉄の刃でお腹を裂き、後ろにいる人に首を落とされる人。
自分達と違い、あっけなく終ってしまう脆弱な生命。
あたしが刈り取った命よりも、ずっと多くの命を意味もなく
刈り取っていく鉄を纏った人々。
彼らは感情を撒き散らしていく。
――黒い感情を。怨嗟、後悔、恐怖、絶望。そして悲しみ。
それは永遠に続く。やがて、あたしは理解する。
そこからあたし達は生まれたのだと。
ある日、熊に襲われそうになってる人の子供を見つけた。
なんとなくあたしは興味をもって、小さな命を助けた。
怖がられた。寂しかったけど何かが変わったような気がした。
それからのあたしは敵意のない人と接触していった。
でも、あたしの姿を見ては逃げ出していくので、仕方なく人の姿をとった。
皆じゃないけど、あたしに興味を持って、親切にしてくれた人もいた。
偽りの姿でもあたしに構ってくれる人がいて嬉しかった。
知り合いでしかない関係。それでも、それはあたしにとっては大切な事だった。
でも、長くは続かなかった。最初に知り合った人は病気で命を落とした。
あたしは亡骸を抱えながらもその事実を否定した。
否定しても、何度否定しても、事実は変わらなかった。
あたしは身寄りのいないその人の亡骸を妖精の森で埋葬した。
出会いと別れ、それは繰り返す。あたしの知らないところで散っていく命。
目の前で倒れていく人。寿命で倒れる人。守りたくても守れなかった。
力では自分しか守れない。別れと共に妖精の森の墓標は増えていく。
人と関わるのを諦めようとした時、あたしは出会った。
あたし達は妖精の森を駆け抜ける。
あたしの両腕には先ほどこの森に迷い込んだ少女がいる。
あたしの同族に見つからない内にこの森から出さなきゃいけない。
なんとか森を抜け出すあたし達。なんとなく助けてしまった人。
黒髪の小柄な人の少女。この子は、この子はあたしの姿を見ても
怖がらなかった。脱出した直後。
少女は…あの子はにっこりと微笑んでこう言った。
『よく分からないけど、ありがとう天狗さん』
もやに隠れて見えないはずなのに、笑っているのが分かる。
あたしはわずかに覚えている人の言葉を使い
あの子と話し始めた。天狗が何なのか、何よりあの子の事が知りたかった。
天狗の事を知ったあたしは何故か複雑な気分だった。
あたしは不満の声をちょっと出してしまった。あの子は少し考えた後こう言った。
『じゃあ、あなたは何て呼ばれたい?』
あたしは戸惑う、あたし達には名前なんてない。元々、必要でさえない。
でも、あの子には呼ばれてほしいと思った。だから。
だから、あの子にあたしが一番好きな言葉を名前としてつけて貰った。
『いい名前だね』
最初はそのまま分かれようと思った。何度も悲しい思いを味わう事が嫌だった。
それでもできうる限り、あの子の為に歩みたかった。
あの子は強い人だった。小さな身体でもたくましく生き、
あたしには持っていなかった明るさと心の強さを持ってた。
『あなたも笑えるよ』
そういった彼女の笑顔を見るのが好きだった。
だからあたしも心から笑う事ができた。
『髪結んであげるね』『そっちの姿もいいなあ』
『大丈夫だよ』『歌うまいよ』
月日が流れ、あの子も大きくなる。あたしもあの子のおかげで変わっていく。
でも、あの子は出会った頃のあの子のままの笑顔であたしを受け入れ続けてくれた。
獲物を狩るためだけにある爪、牙、翼。人よりも遥かな時を生きる命。
片方の翼を移植し、不死の苗床にしてしまう力。何者よりも強靭な肉体。
己と生き物の心を支配する力。それと共に作用する擬態の力。
風を操る力。空高く飛ぶ力。
あの子が綺麗といってくれた瞳さえ、獲物を追い詰めるためのモノ。
でも、あの子の為ならそれら全てを捨てる事ができる。
そうあたしは決意した。多くを気遣うゆえに危なっかしいあの子を守るため
あの子が望む限り共に生きる事を。
わずかな間でも、あの子の為に共に在り続ける事を……
ある日、あの子と約束を誓った。
ふたりだけの約束。
その数日後、あの子はあたしの居場所に現れなかった。
あたしは向かった、あの子がよくいる場所に。
あの場所は崖崩れで押し潰されてしまっていた。
あたしは見つけた、息絶えようとしているあの子を…
あたしは泣いて責めた。あの子を、何よりあたし自身を。
あの子は血と涙を流しながら・・・
かすれた声で何かを呟いて・・・・
最後は笑顔を見せて・・・・・
眠るように逝った・・・・・・
結局、約束は果たせなかった。
あたしの力は何の為にあったのだろう?
あたしの名前は何の意味があったのだろう。
あの子の亡骸を妖精の森へと運び。埋葬する。
―――もう嫌だよ
翼を閉じ、爪を下ろし。瞳を閉じて。
あたしはあの子の墓標と共に朽ち果てる事を選んだ。
年月は過ぎて行く。あたしは墓標と共に思い出に浸りながら
そこで過ごした。時間の流れは昔の事を忘れさせてしまう。
あの子と出会う前に出会った人達の事を。
忘れたくなかったあの子の名前。顔。出会った時の事。
あの時交わした約束さえも忘れてしまった・・・・・
幾つもの時が流れたのだろうか。
何かが聞こえた気がして、あたしは久しぶりに目を開けた。
そこには蛇のような顔をした『同族』に追われる
小さな命。人の女の子だ。こんな光景、昔にも…
追いつかれ、『同族』の爪で斬りつけられた女の子。
その体液があたしにかかる。あたしの姿を認める『同族』
でも彼は人の子を一瞥した後、興味を無くしたように去っていった。
あたしの前には命の炎を弱くしてゆく女の子が残された。
必死に動こうとし、言葉を紡ぎだそうとしている。
……あたしは今、何を考えてるのだろう?
何故かは分からなかった。
何かを求める気持ちが湧き上がってくる。
あたしは、あたしは翼を広げ、立ち上がった。
あたしは自分の左の翼を引き剥がすべく掴む。
激痛。引きちぎられた翼は震え始める。
そして……それからしばらくして
あたしは女の子に再びその名を呼ばれた『まひる』と・・・・
それからのあたしは昔の事を全て忘れ、
助けた女の子『ひなた』の姉、広場まひるという人間として
過ごした。それからのことは良く覚えている。
出会った人、見かけた人、町並みなど多くの事を覚えている。
名前を覚えたり、勉強したりするのは苦手だけれど、
ケモノとして過ごしたあの時よりもずっと楽しかった。
ひょんなことから女じゃない事が分かってしまって。
しばらく学校に来れなくなった。なんとか復学した2日目の朝に
学校に向かう途中であたしは意識を失って、いつのまにか『島』にいたんだ。
「・・・・・・・・・・・?」
あたしはいつのまにか真っ白い、変な場所にいる。
「……」
あの『声』の元である強大な存在。
それを感じてあたしの記憶が戻ったんだ。
多分、防衛本能から、もう一つの頭脳といえる翼を介して
無意識に記憶を戻してしまったんだ。力を使いこなして生き残るために。
何故か忘れていたハズの記憶も戻ってる。
自分の手を見る。変わってない。翼生えてるけど…
ここどこだろう?紗霧さんと魔窟堂さんはどこに?
「………」あたしは再び広場まひるに戻れるんだろうか?
もう一つの翼はひなたにあげちゃったから、
多分もう引っ込める事はできない。どうしよう。
「…………!」先に誰かいる!あたしは人影に向かって走った。
すぐに追いつき、出会ったその人は。
「!!!!!!!!!!!!」
―――――あの子だった。
黒い髪、約束した時と変わらない姿。でも無表情。
あたしはあの子に掛ける言葉を何故か言い出せなかった。
風も風景も音もない不思議な世界で対峙するあたし達ふたり。
あたしは忘れていたはずの約束を思いだす。
『ずっと一緒にいようね』
「!」分かった。どうしてあの子が現れたのかを。
『願いを一つかなえよう』
あの『声』。絶対的な力を持った神のような存在が言ってた約束。
あの約束を果たすという願いが今あたしの心にある。
あの子の顔を見つめる。相変わらずの無表情。
早く、あの子の笑顔を見たい。それにはケモノに戻り
全て倒さないと…倒さないと…倒さないと…たおさな、い、と
「…………………………………………………」
オタカさん・・・・薫ちゃん・・・・・あたしは、あたしは。
「・・・・・・・」あたしはあの子に近づいて抱きしめる。
ぬくもりは感じ取れない。でも、あたしは言った。
「忘れてしまって、約束・・・守れなくてゴメン」
わずかに微笑みながら涙をぽろぽろ流すあたし。
「――――と過ごした時が一番楽しかった」
「でも、でもね。あたしはまひるなんだよ」
「願いを叶えるためにケモノに戻ったら、大切なモノが壊れてしまうんだよ……」
涙がとまらない、鼻水も出続けてる。それでもあたしは続ける。
「だから、だから許してもらえなくてもいいよ……ゴメンね」
あたしはあの子を抱きしめながら、ただ泣き続けた。
「?」泣きじゃくるあたしは突然あの子に抱きしめられた。
「え?」真っ白い世界は音を立てて崩れてゆく。
あたしの身体に『声』を聞いた時に感じたプレッシャーが蘇る。
同時に『島』の空気も感じ始める。
あの子が顔を近づけてくる。
あの子は笑顔で……
あたしは下を向いて震えている。強大な力に脅えて。
そんなあたしを引き戻したのは魔窟堂さんの一言だった。
あたしはあの『声』の主を絶対的な力を持つ神だと返答した。
「………」
あたしはこれからどうすればいいんだろ?
記憶が戻っても、肉体は完全に戻ってないし。
できればこのままでいたいなと考えてるあたし。
戻ってしまったらケモノとして戦ってしまう。手加減抜きで。
多分、ずっとケモノのままの姿になってしまうし
戻ったって勝ち目は薄いだろうし。
だからといってゲームには絶対に乗りたくないし。
沈んだ気持ちで思わず呟いてしまう。
「本当にどうしよう……ってえええええ!」
そこにはあたしの顔を覗き込む紗霧さんと魔窟堂さんの顔があった。
「不安に思っとるようじゃが、心配いらん…」
「私がついてます。大丈夫ですよ」
魔窟堂さんのセリフの後を引き継ぐように紗霧さんが
いたずらっぽい笑みを浮かべて言う。
あ、魔窟堂さんが寂しそうにしてる。
「あなた1人じゃないんですよ、私も1人じゃありません。
私はあなたを頼りにしていますよ」微笑む紗霧さん。
「えーえと、だ、大丈夫だからさ、ね」と笑うあたし。
お、紗霧さんが一瞬、顔を赤らめたような。
「む、小屋が見えてきたようじゃ」
魔窟堂さんの言うとおり、目の前に小屋が見えてる。
あたしは恭也さんを見る。たえず、血が流れている。
オタカさんのと比べて血の流れる量は少ない。
大丈夫。そうあたしは信じて小屋に入る。
あたしはふと思い出す。多分、あたしの心の中で
あの子が最後に言った言葉。
それは――
『ずっと、一緒だよ』
あたしはもう忘れないよ。―――のこと。
【広場まひる】
【所持武器:怪力、超嗅覚、鋭敏感覚、片翼】
【現在地:西の森の小屋】
【スタンス:争いを避ける】
【備考:天使化一時抑制、自分の意思によるもの】