219 華麗なる医師は何がために
219 華麗なる医師は何がために
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じゅるじゅる……
双葉に素敵医師を呼んでくれるよう頼まれた星川は、彼の場で異様な光景を目にした。
「アア、見られてしもうたか、まぁ、そげに気にせんでええがね。
大丈夫、おまんさんの事は、把握してるぜよ。 で、何のようかよ?」
「双葉ちゃんが聞きたい事があるってさ……」
素敵医師の姿から目を逸らしながら、彼は、用件を伝えた。
「ふむふむ、そうやにゃぁ、飲みながらでええがね?」
「どうしてもかい?」
彼の、戸惑いから来るほんの小さな抵抗が声に出た。
「これからのためにも、どうしても必要なんぜよ」
「ねぇ、すっちゃん、どこ行くの〜?」
「双葉の嬢ちゃんが話とう事あるゆがに、ちぃといってくるぜよ」
「おるすばん〜?」
「すっと戻ってくるがや、ここでしっかり見張りするんぜよ。
いい子にしとったら、またおクスリいっぱいあげるがに」
「うん、わかったぁ〜。 帰ってきたらおちゅーしゃだよ♪」
「そいじゃ、行こうがや?」
カモミール・芹沢を、宥め、二人は、双葉の元へと戻った。
(第二日目 PM2:20)
「……来たわね」
洞の穴の中で、星川が素敵医師を連れて戻ってくるのを式神を通じて、確認する……
その彼女の瞳に映ったものは、真っ赤に染まった素敵医師の口元と
まるで、右手が掴んでいる輸血パック。
「なんなのよあれは…………」
彼女の考えていたイヤな予想は、直ぐに現実のものとなった。
ごくごくと音を立てて、中の血液を飲み干し始める彼の姿が映ったからだ。
「双葉ちゃん、連れてきたよ」
引き連れてきたものから顔をそむけ、彼は、主へ話し掛ける。
「到着したぜよ、それで、何のようがや?」
対して、へけへけと笑いながら、片手間に血を飲みながら、素敵医師は、再び洞穴の前へ到着した。
直ぐに双葉の第一声がかけられてくる。
『ありがとう、星川。 それにしても、あんた気色悪いわね…………』
「まま、そういわんで欲しいがね。 センセも好きでのんどるわけじゃないがよ」
『どう言うこと……? あんたなら、好んで飲んでもおかしくなさそうだけど?』
「きっついこというがね。 これは、代償っちゅーやつぜよ」
『正気を保つ代償かしら? まぁ、いいわ。
あたしが聞きたいのは、まずは、あなたの能力よ。 主催者なんだから何か凄い力でも持ってるんでしょう?
協力しあうんだし、その位はいいんじゃないの? どうせ、あんたは、私の能力を知っているんでしょ?』
「ギブアンドテイクって奴がね…… そうじゃね、その能力のためにこの血液が必要なんぜよ」
『……あんた、吸血鬼なの?』
「そうなのかもしれんね」
『真面目に答えてよ……』
「あー、何から話せばいいがね……」
うーんと頭を一ひねりさせた後、彼は、再び口をあけた。
「センセたち、運営者はね、この大会を成功させたら、願いを叶えて貰えるんよ。
この変の話は、おまんさんもあの声で理解しとるんじゃき?」
『ええ』
あの時、聞こえた人智を超えた存在の声。
神と思わせるに値する力の波動。
「んで、参加者と違うのは、賃金の前払いとして、何かを与えられているんぜよ」
『それで、吸血鬼にでもされたのかしら?』
「いやいやいや、そうじゃないちや。 センセの貰ったもんは、凄い治癒能力ってやつがよ」
『それと、吸血行為がどういう関係があるのかしら?』
「うーん…… まぁ、ちぃと見て欲しいぜよ」
そういうと彼は、持っていたメスで自らの左手首を切り裂いた。
『なっ!? あんた何してんのよ!?』
瞬く間に綺麗な噴水を描いて飛び出てくる真っ赤な液体。
が……
一瞬、ぴゅーと出たかと思うと、直ぐに止まってしまった。
『それが、あんたの能力ってわけね……』
「そそ、ちっとやそっとの怪我なら、直ぐに再生できるぜよ。
ただ、再生に使うエネルギーは、必要がや。
かといって、飯をいっぱい食うには、すっとお腹膨れて無理ぜよ。
だから、血液とかの高エネルギーなものが一番てっとりばやいんぜよ」
『……ねぇ、どのくらいまでなら、再生できるのかしら?』
「そうがね…… 腕や手や目、内蔵くらいなら、失っても再生できるぜよ
その分、多量のエネルギーを消費するがや」
『化け物ね…………』
「へけけ、このくらいの代償、願いが叶う事に比べたら軽いもんぜよ」
『願い………… ねぇ、あなたがそこまでして叶えたいものって何なのかしら?』
どうせろくなもんじゃないんでしょう?
そう思いながらも、彼女は、その好奇心を抑えきれなかった。
その言葉の後…… 途端に素敵医師から、今までのおちゃらけた感じが消え
急にきりっとした真面目な雰囲気が感じられるようになった。
「センセの国はね。 ずーっと戦争しとってね……
センセもこうなる前は、立派な医者だったんがよ?
敵国から、空襲されるたんびに、小さい診療所に怪我人がいっぱいになったがよ。
診ても看ても、数はへらんかったぜよ…… いや、減ったぜよ。
大人たちが…… 小さい子達が、何の罪もない人たちが、苦しみしんでいったがね……」
淡々と語り始められた彼の話に、彼女は、聞き入った。
なぜなら、彼女の国にもそういう時代があったからだ。
人事には思えないような気持ちが、そこにはあった。
「直撃受けて死んでった人の方が幸せなんかもね……
何の痛みもなく、何も思わず、ぱっと逝くがよ……
…………それに比べて医者は、つらいがね。
どんなに手を尽くしても、死が確定された人の苦しみを巣食ってやる事はできんぜよ。
けどね、そのうち、センセもとうとう爆撃を浴びる事になったがね。
命は、助かったものの、身体中、全身火傷だったぜよ。
痛みで気を失いそうになる中、痛み止めにモルヒネ打ったら、分量間違えてあたまくるくるぱーになったがね」
『………』
「それからのセンセは、色々やったぜよ、まぁ、おまんでも大体何したかは予想つくやか?」
『おクスリを、たくさんの人にチューシャしてあげたのかしら?』
「はっきり言うがね…… ま、そんな所ぜよ。
でも、段々と心にわだかまりが溜まってきとってね。
そこを神様にスカウトされたってわけぜよ……」
『そう…………』
「おまんさんだって、叶えたい願いがあるぜよ?
やり直したいことがあるがね?
センセもそうじゃき、この身を鬼としても叶えたいもの。
医者として無力だった償い、そう戦争で死んでいった人たちの蘇生。
そして…… これで、終わらせるためにね」
『…………ねぇ、彼女と戦ったら、私にもソレが見つかるのかな?』
今までの高圧的な態度と比べ、ほんの少しだが女の子らしさが感じられる言葉で……
「未来を掴むかどうかは、おまさん次第がね。
んで、他に聞きたい事があったんじゃないがね?」
『他の運営者達もそうなのかしら?』
「ぜよ、他の四人もみんなそれぞれの大切な想いを胸に抱えてるがね。
…………勿論、前払いと共ぜよ」
『そう…… ありがとう。 もういいわよ』
「へけけ、柄にもなく、真面目に語ったぜよ。
それじゃ、戻るとするがね。 また何かあったらよんでちょうだい」
そう言うと、彼は、へけへけと大声で笑いながら、待たしてあるカモミール・芹沢の所へと戻っていった。
「私のやりたい事か……」
そこには、ただ一人悩む少女と式神が残った。
「へけけ、へけけけけけけけけ」
素敵医師は、高揚としていた。
高まる気持ちが思わず、笑い声となって、飛び出る。
「へけけけけけけ……」
(甘い、甘いぜよ、お嬢ちゃん、このセンセがそんな事思ってると思うがに?
誰よりも先に爆撃を受けたのは、センセがや。
そんなセンセのおクスリでみんな気持ち死んでいったがね。
何も後悔しとらんぜよ。 センセは、正しい事をやった、それだけがね。
センセは、もう人っちゅー脆い生き物に飽き飽きなんぜよ。
その証拠に、この身体ももうボロボロじゃきん……
センセの本当に欲しいもの…… それは、どんなにオクスリ使っても平気な不老不死の肉体ぜよ。
それにしても、双葉のお嬢ちゃんもまだまだ歳が若い分、めとろやねぇ……)
双葉とて、鵜呑みにしているわけではない。
だが、少なくとも彼女を悩ませる事は、後々自分に有利に働くだろう。
「へけけ、さぁて、アインのお嬢ちゃんは、そろそろかに。
……此方もエネルギー補給完了ぜよ」
(ザドゥの大将もそろそろがね……)
へけへけと森に笑い声が響き渡っていった。