220 遠い風
220 遠い風
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(二日目 PM12:42 東の森・西部)
神と名乗った『声』がわたしの頭に届いた数分前に、東の森の方から暴風が
吹き荒れた。
奇妙な7色の光とともに…
わたしは奴(素敵医師)の痕跡を辿って、東の森に入ったのだけれど、
その前にその奇妙な光の正体を確かめたかった。
今、その光の発生源と思しき場所にわたしはいる。
若芽を生やした数本の老木。
腐って沼のように変容した大地。
倒れた木と、空砲のバズーカ。離れた所に一発の弾丸。
そして、背後の岩ごと木の杭に貫かれた男の死体。
《こりゃ、シュールじゃのう…》
奇妙な光景に、わたしの腰に携帯してある黒い魔剣――カオスが物珍しいそうな声
(?)を上げる。
「死んでからそれほど時間は経っていないわね…」
男の死体を観察し続けていく内に、わたしは昨日の事を思い出した。
「昨日、わたし達を襲撃してきた男…」
《ほう、敵じゃったのか?》
「ええ……」
わたしは先ほどの放送と、参加者の情報を照らし合わせてある結論をだした。
恐らく名前は海原琢磨呂。あの時、わたしの顔を見てファントムと見抜き、わたし達
と魔窟堂達とを同士討ちにさせようとした敵。
彼の名前は聞いた…いや、読んだ訳ではないけれど…週刊誌の表紙で何度か見かけた
様な気がする。
ファントムの名を知っている事から、彼も裏社会と関わりはあったと考えたほうが
良さそうね。
わたしの顔が知られていたのには、驚いたけど。
わたしの顔を知っていたという事は、わたし達の足取りを掴んだいずれかの組織から
情報が流れたのかもしれない。
折角、あの人の――ツヴァイの故郷に来たのに…わずか4か月も経たない内にまた逃
亡しなきゃならないかも知れない。
それも、わたしがこの殺人ゲームから抜け出し、帰れたらの話。
感傷に浸っていたわたしはつい、ため息をついた。
《どうした、アイン嬢ちゃん?欲求不満なら……》
「そういうものではないわ…」
邪推を言葉に出したカオスに受け答えをしながら、わたしはツヴァイの事を考え続け
た。
――彼が、今のわたしと同じ状況に置かれたら、どう動くのだろうか…
彼ならゲームに乗ることはありえない。
ただ、その時…彼は本当の名を名乗るのだろうか…
それとも…今のわたし(アイン)と同じく数字(ツヴァイ)を名乗り…ファントムと
して動くのだろうか…
「・・・・・・・・・」
つい頭に浮かんでしまった考えに、わたしは自嘲の笑みを浮かべる。
これも、ありえない事だ。あの人はわたしとは違う。
いつかわたしも、そうなれたらと憧れ続ける強さを持った人だから。
ファントムとしては動かないだろう。
でも…今のわたしは…アインとして動くしかない…
彼にはまだまだ届かないから…
だから…今は、彼から貰った名前を名乗ることはしない。
ただ、ファントムとして戦う。
わたしがツヴァイ…いや、玲二と再会するまでは…
そう、心で反芻する私に対して、カオスは再び話しかけてきた。
《考え中すまんが…わしからも質問してもええか?》
「……後1つ、わたしの質問に答えてくれるなら…」
《なんじゃ?言ってみい》
「あなたは、ここに来る前、何処にいたの?」
《保管庫の中じゃ。突然、目の前が真っ暗になって、何か見えてきたと思ったら、
さっきの場所に突きささっておったんじゃ》
「………」
(保管庫…もしかしたら、主催側の本拠地から引き出された物なのかも…。
でも、確証はは無いわね)
《そんじゃ、わしからの質問行くぞ》
「ええ」
《ここは何処で、この場所で何が行われてるんじゃ?おぬしは、何をしようとしてる
んじゃ?》
「この島が何処かは解らないわ…」
何処かについてはわたしも知りたい。
「この島では昨日から、それぞれ別々の場所から拉致されてきた人達40名が殺し合
うゲームが行われてる。
わたしもそうだけど、参加者同士が互いに殺し合い、最後の1人になるまでそれを続
けさせられる」
《……………》
「わたしはゲームの主催者を倒そうとする人々と協力してる。でも今は主催者の1人
を追跡し始末するために、その人達とは別行動を取っているわ」
《最後に生き残った奴はどうなるんじゃ?》
「ゲーム開始前に、主催者は部下にするって言ってたわ。かといって生きて帰れる保
障はないでしょうけど」
《ふーむ…》
「もう質問はいい?」
《おぬしが今、追っている主催者とやらはどういう奴じゃ?》
「……全身包帯だらけで、身体中から腐臭を放っている、自分を『センセ』と呼ぶ狂
気に取り付かれた痩身の男よ………」
《そうか……》
そう、わたしはあの男…長谷川(素敵医師)を殺さなければならない……
誰かに言われたからするんじゃなく…
薬物で遥の心を弄んだ男を……
病院にいた人たちをバラバラにしていった奴を…
そして、かつてマスターと呼んでいたあの男に支配されたファントムとしてのわたし
と、決別する時の為にも…
こればかりは、自分の意思でやらなきゃいけない。
「………」
わたしはカオスの方を見た。
彼も何かを考えてるようで黙っていた。
わたしはふと、あの時持っていったバッグの中にスペツナズナイフとボディスーツが
入っていたのを思い出す。
ボディスーツはわたしが拉致される前に所持していたものだった。
この通り、学校の制服をきていても、中身はファントムのまま。
それに、インフェルノの追っ手から逃げてからも、決して、血と硝煙から無縁だった
わけじゃない。
暗殺者の本能のままに殺し、玲二を狙われ、憎しみで殺めた事もあった。
あの人と共に歩めるのならそれでも構わないと思った。
……だからこそ
わたしがこの島の学校の中で目覚め、殺人ゲームを強制され、主催者とタイガー
ジョーと呼ばれた覆面男の闘いを見た後、ゲームに乗ることにした。
わたしの暗殺者としての本能が、主催者と戦うよりもゲームで優勝した方が生き残る
可能性が高いと判断したから。
けど…あの時、隻腕の少女以外の後続の参加者全てを早期に仕留めるため学校に戻っ
た時、出会った女性…涼宮遥。
彼女を助けた事でわたしは主催者と戦う道を選んでしまった。
私自身の考えで選んだ道…その事に後悔は無い…
だけど……わたしは遥を………
わたしは頭を振った。
…今、ここで彼女の事を考えるのは止そう…
奴と合間見えるときに考えればいい。
あの時の悲しさと悔しさと憎しみ…そして、遥の悲しみを背負って…奴を抹殺すれば
いい。
わたしは改めてそう誓うと、周囲の調査を再開した。
(二日目 PM12:50)
死体の周囲には比較的新しい足跡が3つあった。
内一つは草履の足跡だった。
多分、魔窟堂の足跡だろう。
そういえば…死体の表情は苦痛に歪んでいなかった。
もしかして、誰かが死を悼んで、目を閉じてやったのだろうか。
でも、殺され方を見ると実行犯がそんな感傷を持つことは考えにくい。
やはり、魔窟堂達が目を閉じさせたのだろう。
木の杭で岩を貫くだけの力、地面に落ちたねじくれた弾丸とこの光景。
紛れも無く超常的な力が関わってる。
もし、実行犯がゲームに乗った者だったら、恐るべき脅威になるのかもしれない。
調査を終えようとしたわたしは何かの視線を感じて、そっちのほうに向いた。
《ん?もう気づいたのか…》
カオスは目をわたしの胸の方に向けて、残念そうに言った。
「あなたね…」
わたしは呆れたように呟いた。
《ちっ…気づかれないと思ったんじゃが…そんで、もういいのか?》
「ええ…もうここには用は無いわ…」
わたしは弾丸を装填したバズーカを持って、奴の痕跡を辿ろうとする。
そのわたしにカオスは呼び止めた。
《さっき気づいたんじゃが、おぬし…》
「何?」
《おぬし…あちこち怪我をしとるが…》
「………」
《右脇腹の傷…きちんと治療したほうが良いぞ》
「え?」
わたしは右脇腹に注意を移す。血が滲んでいる。
わたしが昨日負ったダメージは、失明した左目以外は奴によって治療されていた。
念入りに昨日、今日の深夜に自分の身体をある程度、調べてある。
「これくらいの傷なら支障は無いわ」
《…わしにはよく状況が解らんがの…それでも用心に越した事は無いと思うぞ》
「…………」
《おぬしは今、わしを除いて1人なんじゃからな》
わたしはそのまま森の奥に向かおうと思ったけど…彼の言う事はもっともだ。
放送で呼ばれていなかったけど、魔窟堂達が今、どうしてるかは解らない。
この場所の異常な光景。
神を名乗った声。
さっきの不気味な放送。
その時、読み上げられたグレン=コリンズの名前。
私の知らない所で事態は思わぬ方向へ向かっているのかもしれない。
わたしはこれまで、奴への雪辱に拘り過ぎたのかもしれない。
グレンは首輪解除装置を持っていた。
なのに、わたしはグレンの合流よりも、奴への追跡を最優先に行動してしまった。
何より彼の事を魔窟堂に話し忘れていた。
首輪を着けていない、わたしを見て質問しなかったから言わなかった。
それはインフェルノにいた頃には考えられない失策…
原因は判っている、わたしの奴に対する憎悪。
憎悪で奴を追跡し続けた結果…彼を死なせてしまっただけでなく、残りの参加者の救
助も困難になってしまった。
「……………そうね。あなたの言うとおり、十分準備をした方が得策ね」
わたしは来た道を戻りながら廃村へ向かいながら風の事を考えた。
さっきの7色の光と暴風。
わたしはそれに惹かれてあの場所に向かった。
わたしが時々見る……
色の夢…
それに少し似ていたからかも知れない…
あの場所で昔の事を思い出したのは
(二日目 PM1:44 廃村のある一軒屋)
《アイン嬢ちゃん…もうちょっとこっちに引き寄せてくれんか?》
「……」
《わしは何もせんて…》
「……」
《後生じゃから…》
わたしは今、上着を脱いで自らの身体の傷を調べている。
カオスは、わたしが柄を紐にくくりつけて部屋のドアのすぐ外に放置している。
何かあれば、すぐに引っ張り出せるようにしてある。
「前は気づかなかったけど…これを放置するのは危険ね…」
右脇腹の銃創。
奴の手によって傷は縫合されていたが、今では開きかけている。
「痛みを感じるはずなのに…どうして今まで…?」
わたしは上着を着ると、カオスを近くに引き寄せた。
《おおっ、嬢ちゃ…なんじゃもう終わった…訳ではないようじゃな》
わたしはこの家から回収したマッチ、油、包帯、裁縫セット、弾丸等をバッグから取
り出した。
バッグ(太った男の死体があった場所――衣装小屋で回収した物)のジッパーを閉じ
るとわたしは銃の火薬を取り出しながら、脇腹の傷を見る。
《この縫合…誰がやったんじゃ?》
「わたしが追跡している奴よ」
《こりゃ、わざと手を抜いたな…》
「………」
わたしは自分の不用意さに歯噛みしながら、脇腹の治療の準備を進める。
《傷を焼くのか…仲間の元へ戻って治療してもらったらどうじゃ?》
「その仲間はもういないわ…」
《そうか…舌を噛み切らんようにするんじゃぞ》
わたしはあいずちをうって、口に布を含むと傷口に火薬を撒き…
少しして、傷口にマッチの火を当てた。
「!!!!!!!」
――予想以上の痛みだった。
《さらに傷口に針を仕込んであったとはの…》
「……」
傷口には針の様なものが突き刺さっていた。痛みを感じなかったのは薬が投与されて
いたからだろうか?
いずれにせよ次、奴に出会った時に必ず始末しないといけない。
そして、激痛に朦朧としていた意識も戻り始め、わたしはこれまで廃村でえられた情
報を頭の中で整理し始めた。
さっきの放送で上がった名前。
伊頭遺作と伊頭鬼作。
今朝、出会った月夜御名紗霧と名乗った女の情報によれば、今日の朝にわたしを強襲
してきた男の名は遺作。
廃村を調べて2時間くらい後、わたしは遺作の血痕を発見し、それを辿った。
そこで見つけたのは遺作と思われる男の変死体。
頭部があった場所には銃弾が撃ちこまれ、両足はタンスに押し潰されていた。
本当に変だったのは死因ではなかった。
彼の身体は解け始めていたのだから。
奴は薬物を使用する。
それもわたしの予想も着かないような効果をもつ薬物を。
遺作以上の戦闘力の持ち主に奴の薬物が投与されると恐るべき身体能力を持つことに
なってしまう。相手によっては逃げる方が良いかもしれない。
外から風が吹く音が響き、小屋の窓がガタガタと揺れた。
わたしはその音を聞きながら紗霧の事を考える。
彼女がそうだという確証はないけど、この廃村には殺傷力の高いトラップが所々仕掛
けられていた。
それほど洗練されてなかったので、全部解除はできた。
けど、その罠で死者が出た可能性は否定できないし、現に衣装小屋には死体が1つ増
えていた(原因は毒殺。布団が被せてあったけど、誰か供養したのだろうか?)
あの時、紗霧からはあの男(かつてのマスター)に少し似た雰囲気を感じたような気
がする。
ゲームに乗ってるかどうかは解らなかったけれど、今度出会った時には用心深く監視
したほうがよさそうね。
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・眠くなってきた。
……このまま眠るのは駄目…。わたしはカオスを遠くに放り投げた。
《〜〜〜〜〜〜〜》
カオスの不満そうな声がわたしの頭に届くが、よく解らない。
この眠気に抵抗できそうに…ない…
わたしは敵…がこの近くに…通らない事を…祈りながら、早く起きれる事を願いなが
ら…眠りに落ちていった。
――ときどき、色の夢を見る。
この島に来てから…2回見ている。ゲームが始まる前。昨夜、病院で寝た時。と…
――強く冷たい風…
――青と白
――波打つ緑
――ただそれだけの夢…
けれど…とても…それが大事なような気がする。これで3度目。
その夢は少しずつだけど鮮明になってるような気がする。
未だ、ファントムとしてしか動けないわたしはこの先、其処に辿り着けるのだろうか
?
―――アインが目覚めたのは午後3時を少し過ぎた頃であった―――
【アイン】
【現在地:廃村→東の森】
【スタンス:素敵医師殺害】
【所持品:スパス12 魔剣カオス
バズーカ(残1)、マッチ、包帯】
【備考:左眼失明、首輪解除済み
抜刀時、身体能力上昇。
振るうたびに精神に負担】