214 孤島

214 孤島


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(二日目 PM1:40 東の森南東部)

森の中を1人の青年と、その背中から十数メートル離れて一人の幼い少女が
歩き続けている。
「…………………」
青年――殺人ゲームの主催者、ザドゥは目的地を目指しながら、周りの風景を
しげしげと観察していた。
「??」
その様子に気づいた少女――観月しおり(No28)は、不思議そうな顔をして、
ザドゥの背中を見ている。
「…どうしたの?ザドゥのおじさん?」
「・・・・・・・・・・・・」
「ねえ…。……!」呼びかけ続けるしおりが、あることを思い出して訂正する。
「ザドゥさん、どうしたの?」
「……やはり、どこかで見た風景だと思ってな…」
「え……?」
ザドゥが島中を歩くのは二度目である。一度目はゲーム開始前日に行った島の
視察であった。一度目の時にもどこか既視感の様なものを覚えていた。
今度の素敵医師への懲罰の為の移動中にザドゥの心の中でそれは確信となっていく。
(思い出した…。確かに俺は昔、この島に来ていた)





ザドゥはある格闘家の道場の跡取りとして生まれた。
彼の格闘家としての才は幼少の頃から他と比べて抜きんでいて、彼が成人する前
の時点で、既に道場主である父親の実力を超えていた
やがて彼は父を見限り、道場の継承権を放棄して出奔した。
それ以後の彼は名だたる格闘技術者の道場に入門しては腕を磨き、技を盗み、
そして、それらの道場主を打ち倒していった。
そんな負け知らずの彼にもやがて敗北の時が来る。
いつもと同じように道場に入門し、そこでの格闘術を学んでいたザドゥは道場内での
トーナメントの決勝で、同門の女拳士に敗れてしまう。
初めての敗北。その現実にザドゥは打ちのめされ、人知れずその道場から去った。
それからの彼は、二度と敗北の屈辱を味わいたくが無い為に、最強を目指す為に、
今まで以上に実戦を望む様になった。
格闘家だけではなく、あらゆる犯罪組織相手に好んで戦いを挑んだ。
その結果、ザドゥは裏社会屈指の格闘家として名が知れ渡るようになった。
その彼が自らの組織を立ち上げる一年前、中国のある暗黒街でマフィアとの戦いに
明け暮れていた頃、マフィアを通じて妙な噂話を知った。


――どこかの国か組織が定期的に行っている大掛かりな『ゲーム』を、今度は
この国のある島を買い取り、そこで始めるらしい。


『ゲーム』それはいつの頃からか、各地で語られるようになった伝説。
どのようなゲームかは、命のやりとりをするらしい以外ははっきりしない。
ただ、国と組織が関わり、広い舞台を必要とする。それが真っ当なゲームであろう
ハズは無く、実在したとして腐りきった金持ちや権力者の道楽に過ぎないと
いうのがザドゥの見方だった。
はっきり言って、伝説の真偽を確かめる気にもならなかったが、『ゲーム』開催地の
情報が手に入った事から、マフィアをつぶすついでに、『ゲーム』が何であるか確か
めようと思った。

『ゲーム』の舞台と思われたその場所は、寂れた村のある島だった。
一見、どこも不自然なところが無かったかのように見えたが、ザドゥの闘士としての
勘はその島の異変を感じ取っていた。
明らかに素人とは放つ空気が違う、人間が複数いる。
ザドゥは調査を開始した。正確には調査のフリをして、不審者からこちらに手を
出すように仕向けた。
数日後、ザドゥは島の南東の森で、複数の覆面男に囲まれていた。
彼らは殺意をみなぎらせて襲ってきた。 彼らは銃を持っている上に、
相当な手練だった。 ザドゥは手傷を負いながらも勝ったが、相手を全て殺害して
しまった。
襲撃以降、手がかりを見つけることもできないまま、彼は2日後に島を去った。
以後ザドゥに追っ手がかかることもなく、マフィアを壊滅させた。覆面連中は傭兵
だった。マフィアのボスがザドゥへの殺害命令を出していた。
その頃には『ゲーム』の噂はなりを潜めていたのだった。


ザドゥが組織を結成した頃、一時期、裏社会でこういう噂が流れていた。

――今回の『ゲーム』は場所を変えて行われたらしい、
――今回の『ゲーム』では大きな狂いが生じてしまって、当分行われなくなったか、
もう行う事ができなくなったらしい。

どんな『ゲーム』だったのか。誰が何の目的で行っていたのか。
どの場所で行われていたのか。『ゲーム』はどうなったのか。
今も行われているのか。そもそも本当に『ゲーム』は実在したのか。
それらの答えや噂の出所を知ることもなく、やがて、ザドゥは『ゲーム』に対しての
興味を無くしていったのだった。





(二日目 PM1:42 東の森・南東部)

(あの島にまた足を運ぶ事になるとはな)
ザドゥは歩き、周囲を見回しながらそう思った。
(もっとも本当にあの島かどうかは解らんがな)
彼の感覚が『あの島』と告げてはいるのだが、やはり釈然としない。
記憶が正しければ、まだあの島には住民が住んでいるはずだし、小さいとはいえ
人が住んでいる島ひとつが消滅したら騒ぎになるだろう。空を見上げる。
(『ゲーム』ってのはきっと『殺人ゲーム』の事だったんだろうな)
なんとなくだが、ザドゥはそう結論付けた。
彼は右手の拳を握り締める。本来なら今頃、元側近のシャドウに乗っ取られた組織が
開いた格闘トーナメントに出場し、自分から全てを奪ったシャドウとの決着がとうに
ついているハズであった。
しかし、彼は神と遭遇し、愛人であったチャームを蘇生させるという願いを
かなえる為に、それらを放棄 して、殺人ゲームの主催者となったのだ。
彼は握り締めてた拳を開いた。


(あいつには…悪い事をしたな…)
この島に来る前、シャドウとの雪辱を果たすための修業に付き合ってくれた女拳士の
事を彼は思い出した。かつてザドゥを倒したこともある女拳士と同一人物でも
ある彼女は一足先に修業場所である山を下山して、トーナメント会場に向かっていた。
(奴との決着をつける前に、あいつに謝らないとな…ん?)
そう考えているザドゥの顔をいつのまにかしおりが先回りして覗いていた。
「どうした?」
「…え、何を考えてるのかなと思って…」
慌てたようにしおりが答える。
「お前には関係のないことだ…」
そうぶっきらぼうに、だが口元にやや自嘲めいていたが、わずかな笑みを浮かべて
言った。
「そう…」
返事とは異なり、しおりは少し安心した様子で、再びザドゥの背後に下がった。
素敵医師とカモミールがいるであろう楡の木広場まではまだ距離がある。
ほぼ間違いなく闘わざるを得なくなるであろう、カモミールへの対応を考えながら。
ザドゥは後ろからついてきているしおりと共に楡の木広場を目指して
歩き続けたのだった。



【主催者:ザドゥ】
→【現在位置:東の森南東部】

【しおり】
【現在位置:校舎外】→【現在位置:東の森南東部】




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