222 さおりふたたび

222 さおりふたたび


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(二日目 PM2:48 洞窟付近)

 東の森の楡の木広場の北東にある洞窟。
 その入り口に二人は佇んでいた。
 一人は金髪長髪の逞しい青年。
 もう一人は亜麻色の長髪をした赤黒い血で染まったワンピースを着た幼い少女。
 男――ザドゥは腕を組んだまま近くの木にもたれかけて、目を瞑ったまま微動だ
にしなかった。
 少女――しおりは木の根っこに座りかけたまま、ただぼんやりと空を見上げて
いた。
 二人は十数分前からこうしている。
「眠ちゃったわけじゃないよね…?」
 しおりは視線をザドゥの方に向けて呟いた。
 今のしおりの目的は参加者殺害。
 彼女の主であったアズライトを、生き返らせるという願いをかなえるために、
ザドゥとの戦闘後に選んだ選択がそれであった。
(つかれてるのかな?でも、そんな風には見えない…)
 ザドゥを見てそう思ったしおりであったが、すぐにその考えを否定した。
 学校内で遭遇した時に感じた威圧感はそのままだったし、第一自分との闘いで負った
 ダメージらしいダメージは、右手の火傷ぐらいだ。
 むしろダメージが残っているのはしおり自身である。
(まだ痛いよ…)
 しおりは身体中に感じる打撲による痛みに顔をしかめる。
 凶と化した彼女の微弱ながらも備わっている回復能力をもってしてもダメージが
まだ残っていた。
(寝ちゃおうかな…)
 早く、参加者達を皆殺しにし、願いを叶えたい気持ちは強かったが、疲れが残ってい
る事もあり、本当にそうしようかと考えた。
 しおりはザドゥを見た。


「……………?」
 先ほどの戦闘で散々、主催者の強さを嫌と言うほど味わってきたしおりにザドゥを
攻 撃する気はもう無い。
 ただ、自分が寝ている間にどこかへ行ってしまうのではないかと言う懸念があった。
 どうしても、ここでザドゥが立ち止まる理由がしおりには見当たらなかった。
――その時、しおりの耳に誰かの声が聞こえた気がした。
「……?」
(誰の声…なの…)
 何かを命じる女の子の声。
しおりには懐かしく思えたが、その声にはどこか違和感を感じた。
「!」
 しおりは気づいた、彼女の右手に握られた日本刀。
その切っ先はいつのまにかザドゥの方に向けられていた。
(え、え?私、あれ?どうして…)
慌てて刀を引っ込めようとしたが、わずかな抵抗があって、ふるふると右腕を震わ
せながらゆっくりと刀を下げていく。
「…………」
「!!」
ザドゥの目はしおりのその様子をじっと見ていた。
しおりは顔を青ざめさせ、大きく息をのんだ。

「ざ、ざ……ザドゥさん…あのその……」
「フン…別に構わんぞ」
「そ、そんなつもりじゃ…」
「いつでも好きな時に私に挑めばいい」
「…なかったんです…でも…」
「この状態が嫌なら、私から離れるのも良かろう」
「でも…」
しおりとしてはザドゥを餌に彼を狙ってくる参加者を仕留めたかったし、何となくで
はあるが彼についていくと願いとは別の何かを得られるような気がしたので離れた
くなかった。
もっともザドゥとしても、今は参加者と事を構えたくなかったので、どちらかと
いえば利用したいのだが。
「どうして、探すの…やめたんですか…?」
「止めた訳では無い。貴様は感じていないのか…大地の鼓動を、森全体に漂う
何かを?」
「何かですか…?」
その違和感はしおりにも漠然と感じていたことだった。
(地面から何かながれてる音が聞こえる。それに…)
「たしかにヘンな感じが…」
言われてみて、そう納得するしおり。
「それの原因を突き止め……砕く」
「原因って……」
「さあな………」
ザドゥはそう答えると、また目を瞑ったまま黙り込んだ。


(邪魔しちゃ悪いのかな…)
しおりはそう判断し空を見上げた。
雲がゆっくりと流れている。空全体には青い空と白い雲が、しおりの視界の中ではほ
ぼ同じ割合で覆い尽くしている。
ザドゥがしおりの知らない間に何処かに行ってしまわない様に、眠気に抵抗しながら
ただぼんやりと空を見続ける。
――また声が聞こえたような気がした
今度はそれに反応することなく、ぼんやりとし続ける。
その声の主は誰なのか?何処から聞こえてくるのかは今の彼女にとって、驚くほどの
事ではなかった。再び、知らないうちにいなくなっていた『彼女』が戻ってきただけ
の事だったのだから。





―――それは過去に呟いた『彼女の心の声』
1日目 PM6:30 南の山道で

(おにーちゃんに髪を洗えてもらえてとても嬉しかった!)
(…でも、どこかいつもと違うような気がする……)
(ううん…おにーちゃんはあたし達を、助けにこの島に来てくれたんだから、こんな
コト考えちゃダメかな?)
(あと、シャロンおねえちゃんを、殺したことだまっておこう…)
(いっしょに元気で家に帰らなきゃいけないしね!)




―――1日目 PM9:59 西の森外周で

(・・・・・・・・・・)
(やっぱり……おにーちゃんじゃない…)
(あたし達だけをみていない……レティシアという人の事が好きなんだ…)
(はやく家に帰りたい…でも、それでも、どうしてか、あの人といっしょにいた
い…)
(ね、しおりちゃん…聞こえてる……?)
(あたし…これ以上あの人とお話するのつらいから…身体かえすね…)
(あたしがあの人と会ってからの記憶あげるから…がんばってね…)
(あたしより強い力つかえると思うから…)
(マスターのこと…おにーちゃんと呼んでね……)
(・・・・・・・・・・・・)




―――1日目 PM10:55 西の森外周で

「ん…?おにーちゃん…」
わずかな月光が差す森の中、ぱちぱちと焚き火が立てる音を聞きながら、しおりは
寝 転がったままアズライトの顔を覗き見た。
「さおり、もう休まなくてもいいのかい?」
アズライトに呼びかけられたしおりは寝ぼけまなこで、きょとんとした顔で彼を見つ
めると、苦笑いしながら答えた。
「違います、マスター……わわっ、おにーちゃん。私はしおりです。さおりちゃんは
双子の妹です」
「え………!?」
その言葉に虚を突かれたアズライトは、しおりの顔を見つめ、思わず視線を寝転がっ
ている鬼作へと移した。
「………」
鬼作は寝ていた。
「どうしたんです、おにーちゃん?」
「あ…いや、君は……」
「……あ!さおりちゃんの事ですか。だいじょーぶ、近くで寝ちゃってます」
笑顔でこう答えたしおりだったが、アズライトからは困惑の表情は消えなかった。
何故ならこの近くには三人以外、誰かがいる気配はまるでない。
なのに、しおりはそこにいるのが当然のように振舞っている。
(この子の…名はさおりじゃないのか…)
凶は主に無条件で服従する本能を持っている。
主にたいして嘘をつく事はまずありえないはずだ。
なのに現状と違う事を口にしている。
だが、アズライトが疑問に思った事はそれではなく、いるはずの無い彼女の『妹』の
事だった。
(まさか…この子の妹は既に……)
「どうしたの?」
しおりは不安を覚え、主に問い掛けた。

「君は……」
アズライトはしおりに対してどう言えばいいのか解らなかった。
しおりは主を元気付けようと話題を変えた。
「おにーちゃん…いっしょに寝ていい?」
「う、あ…いいよ」
しおりは嬉しそうにアズライトに抱きつき、彼の側で寝転がると数分も経たない内に
寝息を立て始めた。
「……アズライトさん、どうなされたんで?」
しおりと入れ替わりに目覚めた鬼作は姿勢はそのままにアズライトに話し掛けた。
「あ…鬼作さん…しおりの事でちょっと…」
「しおりさんが何か?」
「僕は…彼女に何をしてやれる…のかと…」
「はあ…わたくしから見てアズライトさんは、充分にしてやっていると思いますが」
「そう…でしょうか?」
「まあ、あまり根つめて考えてもなんですし、別の事を考えられてはいかがですか
?」
「はい……」
アズライトの返事を機に二人は黙り込む。
(僕はどうすれば…鬼作さんやしおりの期待に答える事が出来るんだろう…?僕は自
分の救済のみを求めそうな男なのに…)
(参ったぜ…あのじょーちゃん、ちいっとばかり壊れてたかも知れねえなあ。確か、
昼の放 送で聞いた名前を名乗ってやがったからな。じょーちゃんはアズライトに
任せるしか ねえようだし、俺もそれに合わせとくか)
責任感と罪悪感に押され、逃げだしたい心境のアズライトと、今後のしおりへの対応を
考える鬼作は沈黙したまま次の定時放送を待ったのだった。




―――二日目 AM3:50 西の森にて

渦巻く炎と燃え盛る木。
そんな風景の中、しおりは走る。アズライトと再会するために。

(しおりちゃん…もう…あたしがいなくても大丈夫みたい…)
(それだけの力があればおうちに帰れるよね)
(でも、本当のおにーちゃんのこと…思い出してね…)
(あたしたちはおにーちゃんの物なんだから)
(あたしのこと忘れても…いつか、おにーちゃんのことだけでも思い出してね…)


―――二日目 AM11:44 学校付近で

しおりは新たに建てられた校舎に戸惑いながらも、一生懸命探し続けている。
主催者・椎名智機に殺された……
主であるアズライトと、命の恩人である鬼作の死体を。
やがて校庭の端に無造作に放置されていた二人の死体を見つけると、嗚咽をこらえな
がら遺体を運び出し、埋葬を始めた。

「マスター……」

(しおりちゃん…おにーちゃんのこと…もう思い出せないのね…)
(マスターのこと……おにーちゃんとよびつづけてほしかった…)
(もう、しおりちゃんには誰もいない…)
(だから…だから…時間がたてばまた、あたしが助けてあげるね…)
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)  





(二日目 PM3:45 洞窟付近)

(しおりちゃん、しおりちゃん…)
「え?さ、さおりちゃん!?」
 ほとんど寝てしまっていたしおりは、いつも一緒にいる『さおり』の声で我に帰っ
た。
 前方には背を預けていた木から離れたザドゥが、彼周辺の空気を歪ませる闘気を
漂わせながら悠然と立っていた。
「ザドゥさん、何してるの?」
(わかんない…でも、じっと見ておいたほうがいいよ)
「・・・・・・・。さおりちゃん……」
(なーに?)
「どうしてさっき、ザドゥさんに刀向けたの」
(…………)
「たしかに怖い人だけど…マスターや私達と同じモノもってるから、卑怯な事ダメだ
よ」
(…………)
「どうして黙っているの…さおりちゃん…」
(・・・・・・・・・・・)
「ねえ……」
右目では哀しみを含めた非難の色を、左目では不満と少しの苛立ちの色を宿してい
る。そんなしおりと『さおり』のやりとりを、背を向けていながらもザドゥは聞いていた。




(智機の報告通りだな…)
 しおり達、ゲームの参加者には爆弾入りの首輪が装着させられている。
 その首輪は盗聴器も仕掛けられており。
 その盗聴記録は全て智機の知る所となっている。
 ザドゥ達、主催者はしおりが精神分裂を起こし、なみに殺害された妹、さおりに
扮した凶暴な人格が、本人の知らない内に生まれた事を知っているのである。
(双子か……)
 ザドゥにも双子の弟がいるが、その弟は最近まで存在を知らなかったどころか、
不倶戴天の敵である。しおりの妹に対する気持ちは理解できないが、それでも
現実逃避してしまうほど大切な存在だったのは大体解っている。
それとザドゥは先日、智機に何故、双子がフルネームで登録されていないかを
不思議に思い問いた事がある。
その返答は、開始直前にランダムで選ばれたために、データーがなかったという事実
だった。
(死んだ参加者にも言えることだが……特に哀れだな)
その要因は自分達主催者にもある事を充分に自覚した上でザドゥは自嘲の笑みを
浮かべた。



(フン…今更、参加者にかけられる情など…)
 ザドゥはじぶんを奮い立たせると、右掌を見つめた。
 火傷は大分治っていた。次にその掌を先日からうずく腹部に当てる。
 そのうずきはスッと消えた。
(素敵医師の所在、カモミールの状態、そして、他の参加者。これは時間をチップに
した『賭け』だな)
 現在、この森には人の感覚を狂わせる力場が働いている。
 参加者の行動記録を見る限り、長時間東の森を迷っているのがいたのと、ザドゥ自身
目的地に辿り着けなかったのを考えて、ある方法を用いる事にしたのである。

―――死光掌
万物に宿る気を自在に操る奥義。
ザドゥはゲーム開始直前のタイガージョーとの闘いでそれを使用し、勝利を収めた。
その技は皮肉にも自分を絶望のふちに叩き落した、双子の弟シャドウの死光掌と同じ
ものだった。
だが、本来の死光掌は様々な応用が効く。
ザドゥは実戦で一度用いただけで、それを感覚で理解していた。
この1,2時間ザドゥはただ考えていただけではない。
ついでにいえばゲームが始まってからずっと、智機や素敵医師では気づかないような
鍛錬を積み重ねていた。
即ち、己の死光掌をより高めるために気を練り続けていたのである。
ザドゥはいつ参加者が本拠地に乗り込んできても一向に構わなかった。
自らの手で返り討ちにすればいいだけのことだから。
だが、目的はあくまで自らが運営している殺人ゲームの成功。
これまで他の運営者に仕事を任せてきたのはその為だった。


ザドゥは右掌を地面につけ、己の闘気を解放した。
彼を中心に小規模な竜巻が発生し、砂ぼこりを巻き上げる。
彼の左の拳に青白い輝きが宿る!
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
彼の雄叫びと共に青い炎を宿した拳が地面に振り落とされた。

―――その瞬間、ザドゥを中心に東の森全体に波紋が走った



【主催者:ザドゥ】
【現在位置;東の森・洞窟前】
【所持武器:己の拳】
【スタンス:素敵医師への懲罰
      参加者への不干渉】
【備考:右手に中度の火傷あり】


【しおり】
【現在位置:東の森・洞窟前】
【所持武器:日本刀】
【スタンス:しおり人格・参加者殺害
      さおり人格・隙あらば無差別に殺害】
【備考:凶化・身体能力上昇。発火能力使用
    弱いながら回復能力あり
    多重人格=現在はしおり人格が主導】




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ザドゥ
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アズライト
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