223 迎撃準備

223 迎撃準備


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(二日目 PM3:30 楡の木広場)

巨大な楡の木の洞の中。
その中にいる双葉は腕を組んでこの島に連れて来られる前のことを考えていた。
(何日か前から妙な視線を感じていた。でも、妙な奴らと顔を合わせたのは視線を感
じ始めてからだし、第一、気分転換に遠出した時の出来事だ)
双葉は嘆息して木の壁に後頭部をもたれさせる。
結局の所、この島に連れられる前の記憶で手がかりは見つからない気が双葉にはし
た。明らかに人外である参加者のことも何処から連れてこられたのか、更にこの島が
異世界である事も彼女には知りえないことであった。
双葉は木の壁に後頭部をもたれさせ嘆息する。
「……若葉……どうしてるんだろ……」
双葉は幼少の頃から付き添っていた、自分の妹(分)にして、世話役の少女(外見)
である。
この島に来るまで一緒に付き添っていた若葉が、この殺人ゲームに参加させられてな
かった事に気づいた時、双葉は安堵したと同時に、不安と心細さを(この島の学校の
近くに森林があると知っていたからそれほどでもなかったが)感じたのだった。
(……ううん……若葉のことはアイツとケリを着けてから考えよう……)
若葉が今、無事であるか双葉に確かめる術はない。それゆえに再び現状の事を考える
事にした。

「……にしても、遅いわねぇ……」
多少苛立った声を上げながら、双葉は周囲を見回した。
今、双葉がいる楡の木の近くにいるはずの素敵医師は、二時間ほど前に『早ければ一
時間位で来る』と言っていた。
既に一時間近くオーバーしている。

無論、『早ければ』と言っていたのだし、今もゲームが続いている以上、アインの方
にハプニングがあったとも考えられる。
だが、それでも待たされていい気分はしない。
「それともアイツガソリンでも使って森を焼き払う準備でもしてんのかな」
双葉は考えうる自分に対しての最悪の攻撃手段を口にしたが、大地から聞こえる
微かな音を聞きながら、どこか余裕を感じさせる口調だった。
(『領域』を発動させれば今よりもずっと広く見渡せるけど、やっぱ…もう少し様子
を見るべきなのかな)
双葉は少し歩いて、洞の外を見る。そこには周囲を見張るように命じた式神の星川が
こちらの方に近づいてきた。
「星川、どうだった?」
星川は困惑した様子で口を開いた。
「彼ら(素敵医師達)はまだ帰ってきてないよ。でも…実は」
30分くらい前に素敵医師とカモミール芹沢は『探し物』があると言って少し遠くに
離れていた。式神の監視付きで。
「何?」
「……前に双葉ちゃんが、貼った結界の効力が残っていたんだ」
「なんですって?」
前の結界とは、ランス達に対する攻撃が失敗に終わった後、発動させた忌避性結界で
ある。
双葉は平安時代から続く『植物を操る力』に長けた陰陽道の一家の長女である。
その『植物を操る力』は代々長女に引き継がれる上に一族でも稀に見る『植物の声』
を聞く事ができる。
それらの能力は生か死かの極限状態に置かれたためか、従来のものよりも研ぎ澄まさ
れている。
主に自分に敵意を持つ参加者の体力を消耗させるなど自ら有利な状況を作り出す為
に、森の植物に含まれる成分や特殊な磁場(半ば無意識であるが)を操作し、方向感
覚を狂わせたりできる結界をはったのである。
午前中のランス達が双葉の元に辿り着けなかったのはそのためであった。
だが、それは楡の木広場に着いた時点でアインとの決着を求めるために双葉が解除し
たはずだった。


「……………」
(……ホントだ、確かに解除されてるのに、効力がまだ残ってる……)
双葉は周囲の植物の気の流れを読んで、異常に気づく。
(あいつが来ないのも、無理ないわ)
ちなみに、同時に双葉はどうして素敵医師達が来れたのか、疑問に思ったが明らかに
薬物中毒であったからと結論つけていた。
(参ったわね……変に干渉すると『領域』が失敗してしまうし、どうしたら…)
「双葉ちゃん、次の定時放送まで様子を見るかい?」
(持久戦か……)
双葉は今の時間枠内で、アインと決着をつけたいと考えている。
時間が経てば、参加者が減る。
前のように優勝を狙うのなら、それでも良かったのだが、透子と『神の声』の件で、
ゲームで優勝しても無事に生きて星川本人を蘇生できる保障が無いと判断した今の双
葉には現時点ではその考えを持ってない。
もし、主催者と戦う他の参加者がいれば、彼らのサポートをする。
それが自分から攻撃してしまい、参加者の大半と顔を合わせられなくなったと考えて
いる双葉が取れる最善の方法だった。
蘇生した星川と胸をはって再会するために。
実は双葉は心の奥でアインを殺害する事によって、拒絶されるんじゃないかという不
安は抱えている。
それでも、アインに対して、落とし前をつけずにはいられなかった。
〔次の定時放送まで待ちましょ。その時の放送で考えるわ〕
双葉は棒で地面に字を書いて星川にそう伝える。
星川はOKのサインを出すと、何かに気づき双葉に言った。
「どうやら、彼らが戻ってきたみたいだよ」
楡の木と交信して、素敵医師達の帰還を知った星川は双葉にそう伝えた。  


「ああああ、あーちょーっと双葉の嬢ちゃんに渡したいものがあるやか」
大きなズタ袋を手に持った、全身包帯の痩身の男、素敵医師はしゃがみこんで、双葉
の式神である緑の小人に話し掛けた。

「えへ、えへへへへ………素っちゃん〜もう、これ斬っていいでしょ〜」
左腕に包帯を出鱈目に巻いた、金髪の女性が口から泡を吹きながら腕を振り回しなが
ら言った。
「駄目ぜよ」
「え〜〜まだ駄目なのぉ〜。それじゃあ…焚き火ならいいでしょ〜」
「兎に角、駄目がよ」
「寒いのに〜」

『その女にそんな真似させないでよね。で、私に渡したい物って何?』
突然、何処からともなく、双葉の不機嫌そうな声が響く。
「ひへへへへ……銃ぜよ。嬢ちゃん今、武器持ってなかったじゃか。センセからのプ
レゼントぜよ」
『……………』
しばしの沈黙。そして、十数秒後。
『解ったわ。星川に取りに行かせるから着いて来て』
式神が腕を上げて、着いてくるように合図した。

「確かに受け取ったよ」
「くへへへ……双葉の嬢ちゃんによろしくき」
星川に布で包んだ何かを手渡すと、そう言って素敵医師は洞から出て行こうとした。
『………待って』
「あー双葉の嬢ちゃん、なな何かよ?」
『元主催者である、あなたに聞きたいことがあるんだけど』
「?」
『あたし達、参加者が着けている首輪。どんな仕掛けしてるか教えて。ゲーム開始前
に説明した以外の仕掛けをね。知らないとは言わせないわよ』



―――沈黙

そして、素敵医師は相変わらず目をキョロキョロさせながらこう言った。
「へけけけけ……嬢ちゃん、な、中々の突っこみやか。センセ、しししし知っちゅう
こと教えるにぁ」
『そう……じゃあ死んだ星川の首輪に何を仕掛けていたの?』
「まま、ま、前もって言っとくがか、首輪作ったのはセンセじゃないきね。外し方と
かまでは解らんがよ」
『……………』
「多分、星川の兄ちゃんの首輪は特別製だったぜよ」
『!』
「嬢ちゃんの首輪のように、首輪を外されまくったら、ゲームにならんきね」
『・・・・・・・・・・・・・・・』
空気が変わった。
『…どんな仕掛けがしてあったのよ……』
「センセにも良く解らんがよ。ほ、ほほ星川の兄ちゃんが死んだ時の状況を知っちゅ
うわけじゃないき」
『・・・・・・・・・・・・。じゃあ、誰が…誰が…その首輪を作ったのよ……』
「そそ、そ、それもセンセにはよく知らないきね」

『……とぼけるんじゃないわよっ!』
双葉の怒声とともに、星川が素敵医師と間合いを取り、洞の中から振動音が聞こえ始
めた。
「ま、ままままま、待つがよっ!センセはホントの事、言っとるぜよ!」
『これ以上、とぼけたらあんたを他の参加者に突き出すわよ!』
洞の中に白い光の粒がちらほらと降り出す。
「じょ、嬢ちゃん。こ、こ、これは何がよ?」
『さあ?』
「さ、さあ、って?せっ、せっ、せっ、殺生やき!!嬢ちゃんっ、やめるがよ!!主
催者は、分校にいたのが全員じゃないがよ!」


『……………?』
「じじじ、実は運営者はこじゃんと……沢山いるぜよ。中にはセンセと顔を合わせと
らんのもいるき」
『兵隊とか、学者とかなの?』
「そ、そそ、そうがよ。何十人もいるその誰かが首輪を作ったがよ」
『・・・・・・・・・・・・・・』

―――再び沈黙。少しして

『……もう、行っていいわよ…』
「へひひひ…へけけ。そんじゃ、センセ、すぐに退散するぜよ。ほんなら」
双葉の言葉とともに腐臭交じりの安堵のため息を吐いて、素敵医師は足早に洞を出て
行った。
「・・・・・・・・・・・」
素敵医師が出て行ったのを確認した星川は洞の奥へと進み、布に包んでいたものを双
葉に手渡した。
「双葉ちゃん、これ」
「拳銃と刃物ね」
布を取ってみると出てきたのは、黒光りする拳銃とカートリッジが3つと手術用のメ
ス2本。
銃の口径は小さめだが、装弾数は15発と多めだった。説明書も付いていた。
「使う機会は無いかも知れないけど……」
銃に仕掛けをしてないかどうかを確かめながら、双葉はそう呟く。
「…………」
しげしげと銃を眺める双葉を星川は見つめた。


「どうしたの?星川」
〔彼らと手を組んで本当に良かったの?〕
文章で言葉を伝える星川。
〔解んない。でも、利用されるつもりはないわ〕
(沢山の運営者か……考えてみれば当然よね。あの小説もそうだったし)
さっきの素敵医師との会話を思い出し、訊き出した情報を双葉は考える。
(星川……)
素敵医師の言う事を鵜呑みにしているわけではないが、さっきの会話であの時、エー
リヒに対しての星川の目貫が失敗したのは首輪が原因と双葉は確信した。
(首輪の仕掛け……そうだよね。そんなに甘いわけが…無かったんだ…なのに……あ
たし……)
双葉は木の壁を力なく叩いた。




(二日目 PM3:40 楡の木広場)

「今、戻ったがよ」
「素っちゃん、おかえり〜」
地面に寝転がったまま自慰をしていたカモミールを見て、素敵医師は言う。
「カモミール、また我慢できずにやっとったがか?しょんない子やき」
「ぶ〜〜だってぇ〜」
「あーあーまた、下血しとるがか。今、オクスリやるき」
下半身から血と精液を垂れ流している、カモミールの右手首に注射を突き刺すと、中
の青白い液体がみるみる減っていく。
「素敵医師オリジナルブレンド万能薬【Ver3.5】ぜよ。いいいい、遺作に使ったオク
スリよりも更にバージョンアップやき。増血剤も兼ねちゅうから、便利がよ。センセ
には使えんちゅうのが欠点やが」
「ふぁぁ〜〜〜」
「それにしても双葉の嬢ちゃんも用心深くなったがか。センセ、思わずびびってし
まったがよ。けひけひひ、けんど、まだまだ甘く、青いやき」
素敵医師は双葉に対して嘘は言っていない。
ただ本当の事を伝えきっていないだけだ。
首輪を設計したのは主催者・椎名智機。
機械工学のみならず、医学にも秀でた彼女にとって、星川の視神経の一部分だけ切断
する機能を首輪につけることは造作も無い事だった  


当然その事は素敵医師も知っている。
素敵医師曰く、沢山いる運営者は智機のレプリカの事を指していた。
そして、200体以上のレプリカのどれが星川の首輪を作ったのかは知らない。
手に付いた精液と血を舐めながら、カモミールは素敵医師に問い掛けた。
「ね〜〜素っちゃん。この袋の中身なにー」
「この袋の中身がか?センセとカモミールの武器がよ」
「アタシの武器〜〜?」
「そ、そ、そうぜよ。切り札としてある場所に隠しておいたがよ。カモミール、おま
んが基地に置いてきた武器も隠しといたがよ」
「ん〜よくわかんないけど…ありがと〜素っちゃん」
「礼にはおよばんきね。無くした鉄扇も拾っといたがよ」
素敵医師がぱっと開いた鉄扇には元は『尽忠報国』と書かれていたが、ゲーム開始前
にカモミール自身が削り取っている。
「ザドゥの大将と、アインの嬢ちゃんが遅れてる分、こっちも色々できるきね♪」
素敵医師は武器の手入れを始める。
「あっこれ、ゆーこちゃんのだ〜」
カモミールは手入れしていた刀と袋に入っていた棒状のものを見て懐かしそうに呟
く。
「カモミールのしょしょ、所持品じゃなかったがか?」
「うー、うん。虎徹はゆーこちゃんのだよ〜」
「そ、そ、そ、それがカモミールの切り札だったがか?」
「あははーーよくわかんない〜〜。でも、大切に使うね〜〜」
カモミールは涎を垂らしながら、虎徹を鞘に収めた。




(二日目 PM3:44 楡の木広場)

(何なの……?これ……)
目を瞑り、精神を集中させ周囲の気の流れを読み始めた双葉は、異変を感じ取ってい
た。
―――妖気としか形容の仕様がないモノ
忌避性結界の触媒として使っていた『何か』が思ったよりも増大し広がっているの
だ。
(元々、この森にあったものだけど…何で?)
双葉の知りえないことだが、現に星川本人も森で迷っていた。
「……………」
〔仲間たちに訊いて見たけど、今日の昼頃からますます広がっているみたい〕
やや緊張した顔で星川は文章を書いて伝えた。
尚、仲間たちとは、周囲の植物である。
元来、この星川はここから少し離れた場所にある植物をベースに作り出された式神で
ある。
ゆえにそういうことができるのだった。
〔ますますって、昨日から広がってたの?〕
星川はそう頷く。
〔植物達からそんな様子は伝わってこないのに〕


―――そう思った時、森が揺れた。



「「!」」
揺れは一瞬だったような気がした。
二人は慌てて、周囲を見回すが別に変化は無い。
「双葉ちゃん……今の…」
「ええ……確かに揺れたわね」
双葉は自らの視覚を素敵医師たちの見張りの式神に移す。
「…………」
「双葉ちゃん、どう?」
「あいつらは気づいてないみたい」
「あっ…」
「星川?」
「よ、妖気が消えている」
「へ?」
双葉は顔を上げて、気の流れを読み取る。
「本当だ……」
森に充満していた妖気は消え…否、本来の気に戻っていた。
「……………」
「…………………」
「一体…何が…」
「わ、解らないわよ…あれだけの陰の気が一瞬で、陽の気に転じるなんて…」
二人は突然の出来事に言葉をなくしていた。



【朽木双葉(No16)】
【所持武器:呪符多数、薬草多数、自家製解毒剤1人分
       ベレッタM92F(装填数15+1×3)、メス1本】
【現在位置:楡の木広場】
【スタンス:アイン打倒、参加側・運営側にはなるべく干渉せず
      首輪の解除、素敵医師と共闘】
【能力:植物の交信と陰陽術と幻術】
【能力制限:術の乱用は肉体にダメージ】
【備考:双葉は能力制限の原因は首輪だと考えている
 朽木双葉、自家製解毒剤服用済み、首輪装着
 解毒剤の効力及び、効果時間は現時点では不明】

【式神星川(双葉の式神)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【所持武器:植物武器化用の呪符10枚】
【スタンス:双葉の護衛、周囲の見張り】
【能力:幻術と植物との交信】


【素敵医師】
【所持武器:メス2本・専用メス8本、注射器数十本・薬品多数
       小型自動小銃(弾数無数)、謎の黒い小型機械
       カード型爆弾二枚、閃光弾一つ、防弾チョッキ】
【能力:異常再生能力(限りあり)
    擬似死能力】【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:アインの鹵獲+???、朽木双葉と共闘】
【備考:主催者サイドから離脱、独立勢力化】

【カモミール・芹沢】
【所持武器:虎徹1セット、トカレフ、脇差、鉄扇、ヘルメット】
【現在位置:素敵医師に同じ】
【スタンス;素敵医師の指示次第】
【備考:薬物により身体能力上昇、重度の麻薬中毒により正常な判断力無し。
    薬物の影響により腹部損傷、左腕の状態不明】




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