226 敵愾心
226 敵愾心
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やや赤みがかり始めた夕空。
巨大な楡の木を中心にコウモリのような物体が12羽。
緑の小人6人。のっぺらぼうの平安の貴族風の小人6人。
それらが楡の木広場周辺にある緑深き森の中を、音を立てずに素早く動き回ってい
る。
彼ら――双葉の新しい式神が放たれたのは、彼女曰く『巨大な陰の気』が鎮まってか
ら、わずか3分後の出来事であった。
―――『領域』は既に発動している
先程の現象に強い警戒心を抱いた双葉が『領域』を発動させて23分後。
彼女は式神を通じて、ついにアインを見つけた。
(二日目 PM4:13 東の森・楡の木広場付近)
楡の木広場まで、約二百メートル先の森の中。
少年と少女が身動き1つしないまま、離れて対峙する。
「……」
「…………………」
(あり得ない…あの時、確かに仕留めた筈……死者が生き返るはずがない。
じゃあ、目の前の少年は一体?)
少女――アインは目の前の少年――星川翼の姿をした少年を睨みつける様に凝視す
る。
「……」
尚も少年は微動だにせず、無表情にアインを見つめ続ける。
(この少年からは…殺気は感じない……。いえ……殺気は比較的近くから感じるわ)
この状況から、アインは目の前の少年は、異能者による一種のフェイクと考えてい
た。
殺気が何処からか自分に向けられている以上、暗殺者としての彼女の本能はこの場か
らの撤退という判断を告げる筈だった。
だが通常と異なり、彼女の本能は、撤退や少年に対しての攻撃を選択するよりも、様
子を見るのが最善と告げていた。
(長谷川(素敵医師)の罠?それともゲームに乗った参加者の能力?)
アインは警戒を解かないまま……森の周囲を軽く見回す。
微妙な緊張を嗅ぎ取ったのだろう、魔剣カオスもアインに語りかけることなく沈黙を
守っている。
冷たく澄んだ森の空気が漂う森を一瞥した後、アインは少年の微妙な変化を認める。
少年はアインをある一点を凝視していた。
アインの首の位置を。
アインはその様子を訝しげに見ながら少年と対峙する。
「……」
「……………」
時間にして二分程度。変化が訪れた。
「?」
アインを見つめる少年の瞳の色が青色から、赤色に変わった。
そして、何処からともなく『声』が聞こえた。
『ふうん…あの時みたいに…いきなり殺さないのね』
「!?」
アインの残った右目が軽い驚きで揺れる。
その声は森そのものが鳴り響くような声で、本来、同じ容姿をした少年のものとは異
なる――女性の声だった。
そして、少年の姿が陽炎の様にゆらめき始める。
アインは軽く息を吐いて、身構える。
少年の姿は一瞬で、首輪を付けた紫色の長髪の赤目の少女――朽木双葉の姿に変わっ
た。
(この少女は……)
『ねえ…あたしと星川の事、覚えてる?』
双眸から憎しみからの暗い光を宿しながら、口元に笑みを浮かべておどけたような口
調で『双葉』はアインに言った。
「………」
(あの時、仕留めそこなった標的。双葉)
アインは神楽の叫びから聞いて知った少女の名を心の中で呟いた。
現在のアインの目的は素敵医師抹殺。
だからといって、アインは双葉の事を忘れているわけではない。
アインにしてみれば、星川本人と双葉はゲームに乗って、エーリヒを騙し、彼を殺害
した『敵』であると結論付けている。
素敵医師より優先順位が低いだけで、遭遇次第、抹殺という対象である事は間違いは
無い。
(近くに奴の包帯……そして……)
状況を分析するアインに対し、『双葉』は更に問い掛ける。
『……どうして、星川を殺したのよ?』
「…………?」
いきなりな質問にその意味が良く理解できなかった、アインは少し当惑する。
(何を言っているの?まさか…心理作戦の積もりなの?)
『何、黙ってんのよ……』
(だとしたら…奴らしい手段ね)
「…………」
『何で、なんで殺したか……訊いてんのよっ!!!』
森の木々が震えたような、彼女の怒声でアインはようやく言葉を返す。
「あなたと同じくゲームに乗ったからよ」
『…………』
「あなたと手を組んだあの少年が殺害したエーリヒは、ゲームを覆す為に共に行動し
ていた仲間だった。
彼らを騙したあなたなら知っていることでしょう?」
『…………』
『双葉』は無言でアインを睨みつける。
「わたし達が島からの脱出、及び主催者の打倒を成功させるには、ゲームに乗った人
間を野放しにするのは危険なの。だから、殺したわ」
双葉はアインが、主催者打倒に動いているのは素敵医師の発言からして知っている。
『双葉』は双眸に憎しみと哀しみの色を含めながら言った。
『……星川は…こんなゲームになんか乗ってなかった…私の首輪だって外してくれた
!なのに…なのに!!何で、あんたは首輪を着けてないのよ!』
(首輪?)
叫ぶ『双葉』を訝しげにアインは見る。
現在の彼女は首輪をしている。
アインには『双葉』の言葉の意味がわからない。
そして、先程からくすぶっていた疑問と共にアインは問い掛けた。
「なら…何故、あなたは首輪をしているのかしら?それに…わたしが追跡している主
催者の包帯が近くにあったわ」
『………』
「あなた…奴と手を組んだのね?」
初めてアインの表情から怒りの色がわずかに浮かぶ。
『……誰の所為で…こうなったと思ってんのよ!!あの時…あたしは首輪なんか…し
てなかった……』
「…エーリヒは首輪を破壊されて死んでいたわ。あなたの言っている事は……」
『星川の首輪に仕掛けがしてあったのよ!これ以上、首輪を外されないように!』
「!」
(首輪に仕掛け?)
アインは昨日まで自分も装着していた首輪の事を考える。
絶対的なまでの強制力が働くゲームである以上、参加者に内緒で首輪にどのような仕
掛けがされていてもおかしくない。
なら、双葉の言っている事にも信憑性がある。
アインは星川本人と双葉を襲撃したあの時の事を思い出す。が、双葉が首輪をしてい
たかどうかまでは確認しなかった為、判断の仕様が無かった。
それに魔窟堂からもその事は聞いて無かった。
(…そんな証拠は…無い…筈。やはり奴の策略…なの)
魔窟堂に訊けばわかる事だが、今は確かめようが無い。
仮にそうだったとしても、目の前の少女とは和解できないだろうし、それ以上に素敵
医師と手を組んだ者を見逃すことはできない。そう、アインは判断した。
「……あなたが今、手を組んでいる人間がどういう人物かわかっているの?」
『………』
「あの男と手を組んだ時点で、あなたはゲームに乗っているも同じ。…始末させても
らうわ」
『ハッ!』
『双葉』の声と共に、森を包み込むような殺気が増す。
「……それに、仮にあなたのいう事が本当だとしても、首輪を装着し、奴と手を組ん
だのはあなた自身の考えでやった事、言い訳にはならないわ」
『・・・・・・・・・・・・ッ!!』
アインは手元のショットガンを『双葉』に向けて構える。
『双葉』は悔しそうな表情のまま、アインに問い掛けた。
『…ねえ……星川を殺した後、あの包帯男をずっと追い続けてるの?』
「……」
思わず、無言で頷いてしまうアイン。
『あんた、自分の仲間がどうなろうと知ったことじゃないのね』
「!」
『参加者や主催者の連中は何人もいるのよ……なのに一緒に行動しないのっておかし
いよ。それにあの時、病院にいた人達がほとんど死んでしまっているのはどういうこ
と?』
「…………っ」
アインの心に遙達の姿が去来する。そして、
『まさか、またアンタが殺したの?』
バスッ
―――銃弾が放たれた
「……知った…風なこと…言わないで…」
少し荒い息を吐くアイン。
銃弾は外れていた。尚も『双葉』は冷然とアインを見続けている。
『………』
それに戸惑うことなくアインは問う。
「あなたこそ…今まで何をしていたの?ここに来て、何故今頃、私の前に姿を現した
の?」
『あんたをぶっ殺せば、生き残れるとようやくわかったからよ。逃がさないわよ』
その声に答えるが如く、木々の葉っぱがゆらめき始める。
「……やはりあなたは…ゲームに乗ってしまっている。乗っていないのなら、彼の厚
意を無駄にする筈がないもの」
どこか遠くを見るような表情でアインは言う。
『・・・・・・・ッ!』
「そうではないって…証明し続ければ…あなたは……」
『あんたが言える台詞じゃないわよ!!』
アインの周囲にある木々がザワザワと動き始める。
「・・・・・・・・・・・・・。そうね……」
アインは再度、銃を構え直した。
『言っとくけど…あたしはあんたを説得するつもりも無ければ、あの包帯男の力を借
りる気も無いわ』
「…………」
『引きこもってないで、初めからこうすれば良かった。
あんたは…あたしが全力で叩き潰す!!』
「……なら…わたしは……」
自ら殺めてしまった遙。愉快そうに彼女を見ていた素敵医師。
かつてアインを支配していたサイス。
彼女のパートナー、ツヴァイこと玲二。
殺してしまったタカさん。その同行者だったまひる。
彼らの姿を思い浮かべながら―――
(わたしにもまだやらなきゃいけないことがある。だから……)
「あなたを全力で始末する!」
素敵医師を始めとする主催者への怒りと新たな決意を秘めてアインは言い放った。
そして
アインの近くにある樹の枝が槍のようにアインに向かい。
アインのスパスの弾丸が再び『双葉』に向けて放たれ。
二人の少女の戦いが始まった。