227 熾烈
227 熾烈
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(二日目 PM4:16 東の森・楡の木広場付近)
バスッ、バスッ!
アインが放った弾丸が『双葉』に命中したのと、刺し貫かんと伸びた枝をアインが前
進して避けたのは同時だった。
「………」
敵の奇妙な攻撃方法と、血を流さない『双葉』の姿にアインは眉をひそめる。
邪魔になるからだろうか、バズーカ砲は既に放っている。
『双葉』の姿が突然、煙の様に掻き消えた。
「………!」
(彼女は何処に?)
ひゅひゅひゅんっ、びゅんっ!
「!」
更に手近な樹から、数本の枝と蔦が、突く、凪ぐの動作で後方からアインを捕らえよ
うとする。
バスッ、バスッ、バスッ!
ショットガンの弾丸が凶器と化した枝と蔦をことごとく粉砕する。
尚も襲い掛かる枝と蔦を避けながらアインは駆け出した。
(この近辺に気配は感じられない。広場にいるのかしら?)
未知の力を持つ敵を相手に、いつものアインなら迷わず撤退しようとしただろう。
だが、素敵医師と手を組んでいる敵を相手に、何よりも憤怒と悔恨が入り混じった
『双葉』の叫びを聞いて、この程度の逆境で逃げ出す気にはなれなかった。
もし、彼女の言っている事が本当なら、『双葉』もまたアインが素敵医師を狙うのと
同じ理由で挑んできた事になる。
自分も玲二を殺されたなら、『双葉』と同じような事をその仇に対してするのは解っ
ている。
だからこそ、ここで全力で答えなければとアインは覚悟を決めていた。
《攻撃が少し止んでおらんか?》
(ええ……)
自分なりに周囲を観察していたカオスに、アインは小声で答える。
二分くらい激しい攻撃が続いていたが、その時間の間隔が長くなってきたのである。
(疲れてきた?もしくは……)
そう思ったアインの上空に突如、現れた白い鳥の様なものが飛来し通り過ぎようとす
る。
アインはそれを見逃さず、神経を集中させ攻撃に備える。
『鳥』がアインの頭上に近づこうと、下降を始める。
アインはナイフを抜き、軽く横に避けるつもりだった。
パンッ!
「!」
アインの前方約二メートル前で、突然『鳥』が弾けた。
ゆらり
「……?」
何かが揺れた感覚。
そして、再び周囲の植物の枝がざわめき、アインに襲い掛かった。
アインは軽くそれらを避け、再び駆け出す。
『鳥』がはじけた場所には破れた一枚の紙切れが落ちていたが、それには気づかな
かった。
目指すは楡の木広場。
アインは銃を構え、敵の出方を伺う。
樹の枝が再び、アインの方に槍のように向かって伸びる。
アインは軽くそれをかわす。
さらに『枝』がこちらに伸びて、またかわす。
三度、四度それが続いたが、軽く避ける。
(大したスピードでは無い。でも、このまま森にいるのは不利。突っ切って広場に出
た方が得策)
アインは攻撃を続ける『枝』を意に介し無い様に移動速度を上げる。
(……恐らく奴は広場で待ち構えている。罠を張っているのなら……)
アインはカオスをいつでも抜刀できるように意識する。
《お嬢ちゃん。大丈夫なんか?》
「………」
無言で頷くアイン。
(また、攻撃が止んできた)
警戒を全く緩めずにアインはスピードを少し落として観察する。
(草木を武器として操るのなら当然、あれを不意打ちとして使ってくる筈)
ひゅひゅっひゅひゅひゅん!
前方の蔦が数本、アインの顔を目掛けて飛んで来る。
アインはナイフで蔦を切り落とし、弾く。
何本かは切り落とせずに尚も襲い掛かったが、既に射程外に逃れていた。
《植物に気を纏わせるとはの……》
「気?」
《そうする事で植物の強度を上げておるんじゃ》
(つまり避けた方が良いという事ね)
攻撃は止んだ。
アインは一気に全速力で駆け抜けようと腰を落とすそぶりを見せた。
ゴバアッッ!!
地面を突き破り、杭のごとき気の根っこが、今までのよりも格段に速いスピードでア
インに向かった。
「ふ……」
それを予測していたアインは軽く根っこを横に避けようとする。
《跳ぶんじゃ!》
「え……?」
カオスの声に答え、ジャンプした。
根っこは完全に避けたはずだった。
ゆらり
「え?」
また揺れたような感覚と、何故か当たってしまった攻撃にアインは当惑した。
(一体何が?)
駆け出しながら、根っこの射程距離内を出たアインに対してカオスはこう答えた。
《どうしたんじゃ?ジャンプせんかったら、根っこが胸を貫いておったぞ》
(わたしには簡単に避けれたように見えたけど)
《見当違いの方向へ避けようとした風に見えたぞ》
(……わたしの感覚が狂っていた?)
《んー……多分、幻術の類なんじゃろうな》
(あなたには掛かってなかったようね)
アインはふくらはぎの傷は単なるかすり傷と確認すると、方向を転換し立ち止まっ
た。
《お嬢ちゃん?》
(後、もう少しすればこの森から出られるけれど)
攻撃態勢をとり始め、ざわめき始める木々。
(彼女の力、見極める必要がありそうね)
兵器と化した木々を前に、アインはナイフを構えて対峙する。
これまでの攻撃で、アインには双葉の能力の底が見え始めた様な気がした。
(二日目 PM4:13 本拠地・管制室)
「貴様が言うか……」
ザドゥとの二度目の通信が終えた直後、椎名智機はザドゥに対しての不満を口にした。
(我等の戦力を減少させ、勝手に出歩く男が良くそんな事を口に出来たものだ)
シュシューー……
ため息の代わりに智機の首から蒸気が排出された。
「あの男もそうだが、この状況、困ったな……」
智機にとって一番の悩みの種は逃がしてしまった魔窟堂達六人だが、それ以外にも
悩みがある。
ゲームに乗った参加者の減少と、プランナーが参加者に与えるという『何か』の
行方である。
逃がした六人+知佳はその手がかりを持っていなかったし、東の森にいる三人に
しても、ザドゥが近くにいる為、命令が来ない限り、行動を起こしにくい。
(あの男なら、アレを参加者が所持していても、大して気にはしないだろうしな)
「ん?なんだ」
回線からの呼び出し音に気づいた智機は出ようとして、突然怪訝そうな顔をした。
「カモミールの通信機からだと?」
管制室に小さく鳴り響く呼び出し音。
(奴め、捨ててなかったのか……)
智機は一旦出て直ぐに切ってやろうかとか、ザドゥにすぐに通報してやろうかと
考えていたが。その衝動を押さえながら応答した。
『素っちゃん〜〜お酒ぇ〜お酒ぇ〜』
『カモミール、黙るがよ。智機の嬢ちゃん、耳寄りな話……』
「やはりお前か。切るぞ」
『まままま待つがよ!センセは取り引きがしたいぜよ!!』
「取り引きだと?」
『今、運営に困っちゅう智機の嬢ちゃんに、びびビッグなプレゼントがあるき』
「ふん……」
『ななな何が可笑しいがかっ?』
『素っちゃん、アタシ勝手に探すね〜〜』
『カモミール!センセのカバンに勝手にいじったっら駄目がよ。
ととと智機の嬢ちゃん、切らんと待つちや!』
「今のオマエ等は主催者でもなければ、参加者でもない。そんなオマエが何を
用意できるんだ?」
『アイン嬢ちゃんの背景の事で、もうちょっと訊きたい事があるき。
教えてくれたら、センセのオクスリを分けてやるがよ』
「…………本気か?」
『ああああカモミール、そっちは双葉嬢ちゃんのところがよ。本気ぜよ。
おお置いてるとこは智機じょーちゃんの返事の後で教えるやき』
「………」
智機は顎をしゃくり、考えを巡らせ始めた。
危険人物で不真面目ではあるが、素敵医師が調合した薬の効果については智機も
一目置いている。
立場上、素敵医師と手を組む事は出来ないし、したくもないが、薬が手に入るのは
智機にとって好都合である。
参加者同士で争わせた上で、一人に絞り込めばゲーム運営は成功するのだから。
智機にとっては、生き残った参加者が中毒で廃人になろうと別に知ったこと
ではない。
すでに答えは決まっていた。
「いいだろう。知りたい情報と、私が要求する種類の薬の配置場所を言って
もらおうか」
『ひひひひけけ……流石、話が解るき、そんじゃあ…………』
「…………以上だ。本当にそんな情報で良いのか?」
『じゅーぶんがよ。オクスリは例の場所においとくき』
「言っておくが、私にごまかしは効かないからな」
『きへへへへ……その辺はぎっちり、守るがよ』
ふと、智機は思い出したように言った。
「ああ…そうだ……当のアインと朽木双葉だがな」
『へひ?』
「既に戦闘状態に入っている様だぞ」
『なっなななっ。双葉の嬢ちゃん、センセに黙って戦っちゅうなが!?』
「そのようだな。あ、首輪からは戦闘の状況は解りかねるからな。せいぜい
長生きするんだな」
『智機のじょ……』
「バッドラック」
ブツっ……
無常にも智機は通信を切り、同時にカモミールと素敵医師の通信回線も
切ったのだった。
(これで少しは運営が楽になるといいな)
智機はひとりごちた。
管制室のモニターに学校跡周辺の映像が映し出される。
(あの薬には色々と使い道がある。参加者に投与する以外にもな)
笑みを浮かべて智機はモニターを見る。
「……」
(異常は無しか)
智機は今から、レプリカに薬を取りに行かせるつもりだが、どこか物足りなさを
感じていた。
(長谷川が薬を分けるつもりが無く、更にあの男が薬を処分したという
ケースもありえる)
椅子にもたれながら、天井を見上げる智機。
(この状況で、音声と生死判定だけでしか向こうの戦闘状況が把握できないのも
心もとない)
手を顎に当てて、智機は更なる策を巡らせる。
「場所さえ把握できるなら……」
智機はモニターを見ながら、口元に笑みを浮かべて、
「……打つ手はいくらでもある。アレを働かせるか」
智機は学校周辺を警備している、レプリカに新しい命令を下した。
(二日目 PM4:30 ????)
誰かが歩いている。
その誰かは今日の午前に、我が身に起こったことを思い出していた。
その者はその現象に心あたりがあった。
かなり昔に遭遇した現象。
あの時と同じものだという推測は半ば、確信に変わりつつあった。
ふと立ち止まって空を見上げた。
「!」
空を飛ぶふたつの人影。
否、人影と呼べるのだろうか?
その人影には脚が無かった。
代わりに煙のようなものを噴出しながら、東へ飛んでいた。
はっきりと人影は見えなかった。
何か色々と荷物を積んでいたのは気のせいだったのだろうか?
その者はしばし呆然と空を見上げていた
(二日目 PM4:18 楡の木広場)
「智機の嬢ちゃん、応答するがよ!」
素敵医師の手に握られている、通信機からはもう応答はない。
「素っちゃん、酒飲みた〜い人斬りた〜い〜火つけた〜い」
人指し指を口にくわえてもの欲しそうな顔でカモミールは懇願する。
「もう少し、我慢しとーせ」
「アタシ、もう待つのやだやだ〜っ」
寝転がって手足をバタバタさせて、抗議の声をあげるカモミール。
(やばいがよ……もー限界が来た様やき)
そんな素敵医師とカモミール・芹沢のやりとりを、式神星川が遠くから
見つめている。
星川の右肩にはコウモリ型の式神が一羽止まっている。
「…………」
星川はアインに攻撃を仕掛ける直前の双葉の言葉を……そして、双葉と出会う前、
この島でゲームが行われてからの事を考えていた。
『アインを見つけたわ!あいつは絶対にあたしが倒す!』
『じゃあ双葉ちゃん……僕も……』
『・・・・・・・・・・。あなたはあの二人と周囲を見張ってて』
『大丈夫かい……』
『心配ないわよ。何のために準備したと思ってんの?あんたこそ気をつけてね』
『うん……わかったよ』
今、双葉ちゃんの命を受けて僕はここにいる。
「………………」
僕はこのままで良いのだろうか?
僕は主である双葉ちゃんの為に存在している。
僕の全てを賭けて、彼女を守らなければいけない。
でも……
本当の意味では未だ、彼女を守れていないのかも知れない。
双葉ちゃんの命令があれば僕はできうる限り何だってするだろう。
昨日の昼、巨木に寄生していた、高い霊力を持ったヤドリキを『核』にして創られた時からそうしてきた。
双葉ちゃんが望む『星川翼』になり、この森で彼女を守る王子様になれるようにしてきた。
夜、双葉ちゃんが今にも力尽きそうな時に出会った妙な女性から、優勝すれば願いが叶うことを聞いて、喜んで殺戮をしようとした時も僕は従っていた。
あの『神の声』を聞いた後、アインという少女と戦う事を双葉ちゃんが決意した現在も僕はただ従っている。
僕は今、双葉ちゃんの命を受け、あの二人を監視している。
「…………」
昨日の昼、一本の老木に宿った、高い霊力をもったヤドリキ。
それを見つけた双葉ちゃんが、そのヤドリキを『核』にして僕を創られた。
僕は双葉ちゃんが望む『星川翼』として、彼女を守らなければならない。
静かに過ごしたがっていた、双葉ちゃんを外敵から守るため。
双葉ちゃんが今にも力尽きそうになった時、奇妙な女の人から、優勝すれば願いが
叶うと言われ、それに希望を抱いて嬉々として殺戮をしようとした時も従っていた。
そして、『神の声』を聞いたことで、双葉ちゃんは今、アインという少女と戦い、生
き残り、願いを叶えさせる為に僕はここにいる。
「……」
僕と出会った時から、双葉ちゃんの双眸に宿っていた暗い光。
あれが何なのか、今ならそれがわかる。
憎しみ、恐怖、絶望、虚無。
それらの感情が彼女を苦しめ、暗い光を宿らせていたのだと。
僕は今、双葉ちゃんの命を受け、あの二人を監視している。
「…………」
昨日の昼、一本の老木に宿った、高い霊力をもったヤドリキ。
それを見つけた双葉ちゃんが、そのヤドリキを『核』にして僕を創られた。
僕は双葉ちゃんが望む『星川翼』として、彼女を守らなければならない。
静かに過ごしたがっていた、双葉ちゃんを外敵から守るため。
双葉ちゃんが今にも力尽きそうになった時、奇妙な女の人から、優勝すれば願いが叶
うと言われ、嬉々として殺戮をしようとした時も従っていた。
そして、『神の声』を聞いたことで、双葉ちゃんは今、アインという少女と戦い、生
き残り、願いを叶えさせる為に僕はここにいる。
「……」
僕と出会った時から、双葉ちゃんの双眸に宿っていた暗い光。
あれが何なのか、今ならそれがわかる。
憎しみ、恐怖、絶望、虚無。
それらの感情が彼女を苦しめ、暗い光を宿らせていたのだと。
「!」
何だろう?あの二人が口論している。
あっ!あの金髪の女の人が森の中に入った。
包帯男は何か呆れたような感じ空を見上げている。
僕が声を掛けるより先に彼も森の中に入っていった。
「早く伝えなきゃ」
僕は急いで肩に止まっている式神を通じて、その事を双葉ちゃんに伝えた。