228 戦鬼は集う
228 戦鬼は集う
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(二日目 PM4:23 楡の木広場)
巨大な楡の木の洞の中。
式神の星川は、命令があるまで周辺を見張れという言葉を無視し、素敵医師達が
広場の外へと向かった事を主である双葉に伝えていた。
「……あいつら命令を無視してどういうつもり……?」
「ゴメン……やっぱり引き止めれば良かったかな?」
苛立ちのこもった双葉の悪態に公開の言葉を吐く星川。
「……まあいいわ、星川は引き続き周囲を見張ってて。包帯男がアインを見つける
前にケリつける」
その言葉に星川は頷き洞の外に出ていった。
それを確認すると双葉は再び、自らの感覚をアインの上空を飛んでいる式神に写す。
木の葉と枝の切れ目から覗くアインの姿。
彼女の服は所々切り裂かれ、傷口が覗いている。
ダメージを受けている様に見えるその姿を見ても双葉の苛立ちは消えない。
既に攻撃開始から五分以上経つ。
なのにアインは疲労している様子も無く、機敏な動きで双葉の植物による攻撃を
かわし続けている。
これまで双葉が襲撃してきた参加者はランス以外はすぐに逃げだそうとしたし。
当のランスも(同行者を気遣った事もあり)突破口を開けないと悟って、撤退して
いた。
アインは彼らとは違い、その場から大きく動こうとせずただ攻撃を避け続けている
だけであった。
反面、双葉の方は汗をかき呼吸も乱れつつある。
(一体何考えてんのよ……)
額の汗を拭う。
「!?」
アインが一瞬、式神の方を向いた。
双葉の背筋に一瞬、寒気が走る。
だが、アインは何事も無かったかのように攻撃をしのぎ続けていく。
「はあ……はあ…」
(何なのよ、アイツは……)
心の鼓動をやや早めながら双葉は背筋に寒気が走っている事に気づく。
(……あいつが……恐い?)
昨日、アインに襲われた時の事を思い出す。
いきなり窓から奇襲し、躊躇も無く星川を殺害し、自分を殺そうとした恐ろしく強い
同年代の少女。
尚、双葉はアインという通り名は知っていても、彼女の素性は全く知らない。
素敵医師から素性を訊こうともしなかった。
それをしなかったのは自らの能力への自身か。アインへの恐れなのか。
それらを振り払うように双葉は頭を振り、戦意を保とうとする。
(……あたしが…あたしがあんな奴に負けるはずないじゃない!)
双葉は呪符を左右の手に握り、詠唱を始める。
絶望。悔恨。恐怖。悲哀。
それらの感情をアインへの憎悪と殺意に変えて、攻撃を更に強めた。
―――アインがこの島に召喚される前
彼女の住んでいた世界にはインフェルノのファントムは九人いた。
その中で最強と呼べるのはアイン・ツヴァイを含めた三人の内誰かだろう。
だが、その中で一番強いとなると容易に答えは出ない。
状況によって異なるからだ。
ただ技術ではアインが最強なのは間違いは無い―――
(攻撃が止んだ?)
アインは森の植物による猛攻が突然途絶えたのに反応する。
《多分、違うと思うぞ》
カオスの声を聞きながら、アインは一旦立ち止まり、周りを見回しながらタンブリン
グを始める。
(次は何処から?)
ズズ……ズ…
微かだが大地が揺れる音が聞こえた。
(地面から!?)
アインは魔剣の柄に手をかける。
次は地面に生えている無数の草花から白い燐光が少しずつ立ち昇り始めた。
(な、何?)
《こりゃあ……》
未知の現象に困惑しながらアインは周囲を警戒する。
白い燐光は周囲の木やそれらに巻きつく蔦や茨からも発生してゆく。
《こりゃあ……》
(心当たりがあるの?)
突如、燐光が止んだ。
「?」
《……!来るぞっお嬢ちゃん!》
ばごぉぉぉぉん!!どががががががががっ!!ごごごごごっごおおおん!!
アインの視界内に見える無数の木の根っこが地面を突き破り、蛸が動くかのごとく十
数本の木が、人が歩くのよりも速いスピードで一斉にアインに向かってきた。
「くっ……」
アインは間近に迫ってきた木二本の脇を見て、立ち止まりショットガンを構え、発射
した。
ぎぎぎぃぃんっ!
金属同士を変にこすり合わせたような音を立てて、弾丸は枝と葉に阻まれた。
(強度が更に上がっている?このまま行ってたら…)
葉と枝に切り刻まれていただろう。
地面を抉りながらアインに迫る木々。
アインはふとカオスの柄を見て、次に目の前に迫る木を観察する。
十数本の木は通り抜ける隙を与えないかの如く、手を繋ぐかのように互いの脇の枝と
枝が交差しあい。円状にアインを包囲しつつあった。
《囲まれたぞっ》
アインは脚を止め、精神を集中する。
(…わたしの予側が正しかったら……)
アインは前方を観察し、包囲網を突破しようと動こうとしたが――
「!?」
――動きが止まった。
アインの両足首にはいつの間にか雑草が絡みついていた。
(植物を操る……迂闊だったわ…)
《じゅ…術者は一人ではないんかっ》
珍しく慌ててるカオスを他所に轟音を立ててかなりのスピードで迫る木々。
アインはカオスの柄に手をかけた。
《力まかせではどうにもならんぞっ!》
「………」
アインは息を呑んで再び神経を集中させ、意を決したようにカオスを抜刀した。
タッタタ…タッタッタッタッ……トットット…トン
それは10秒にも満たない出来事だった。
カオスの刀身で足元の地面を抉って、雑草による拘束を抜け。
刺し貫かんとする突き出してきた根っこをジャンプで跳び乗り、根から根へと二度跳
び移りながら、一旦停止。
木の脇に飛び降りようとするそぶりを数瞬見せつつ、根から枝へと飛び移り。
枝へと枝へ、木へと木へと次々と飛び移りながら、包囲網を素早く突破した。
そんな結果に呆然としたかのように木々の動きが一斉に止まった。
アインはそれらを感じ取ると、上空のある一点に向けて発射した。そして――
ばひゅっ……
――双葉の眼となっていた式神は撃ち落とされた。
アインはカオスの柄を強く握り締める。
アインの体から白いオーラのようなものが浮かび始める。
バスッ……
振り向きざまにもう一発銃を撃ち、双葉の『眼』を粉砕する。
そして、アインの走行速度が急激に上がりその場から遠く離れていった。
《お嬢ちゃん凄いの……》
(相手は…素人だから…)
《?……つまり…あの…娘には実戦経験が無いのか》
アインは黙って頷いた。
昨日の魔窟堂との遭遇やグレン・コリンズとの小競り合い。
それらを通じて異能力の事を知ったアインは敵としての異能者と遭遇した場合の対処
法を見つけるために確かめたかった事があった。
―――異能力の法則性と、能力を使う上でのリスクの有無。
それらの相手がアインの様に身体能力が高く、実戦経験が豊富なら、法則性を見つけ
る事が最優先となるし。そうでない場合なら見つける事で比較的簡単に対処できるか
らだ。
フェイントが通じた事などから案の定、監視役い
た事。
トリッキーな攻撃だが、スピードや精密さはさほどではなかったこと。
昨日、戦った時に素人にしか見えなかった事。
それらの結論から、双葉の異能力は彼女の運動能力に比例する事が解ったのである。
双葉自身、合気道を学んでいるものの戦闘力は常人の域を出ない。
まだ戦闘専門では無かったとはいえ、まりなやグレン様の方が明らかに上だった。
まあ敏腕かつベテランの捜査官と軍人なのだから当然といえば当然なのだが。
だからこそ双葉でも気づきようの無い僅かな隙を見つけくぐり抜ける事ができたのだ。
(奴の姿が見当たらないわね)
アインは素敵医師を探し出し、すぐさま始末しようとあたりを観察する。
左手は魔剣の柄を握っている。
単独で攻めてくるか、共同で攻めてくるか。
そのどちらでも対処できるように感覚を研ぎ澄ませる。
《む!またじゃぞ》
草木から再び白い燐光が発生し始める。
その量はさっきの比ではなく、森そのものが輝いているように見える。
(あなた、この光は何?)
《気じゃ》
(気?)
《植物の生命力や精神を具現化させとるんじゃ》
「…………それをコントロールできるから操れるのね」
正直アインには気功や陰陽道の事は全く知らなかったが、そういうものなんだろうと
結論つけ返事をした。
(今度は何を…?)
そう思いながらアインは再び走り、素敵医師及び双葉の捜索を再開した。
―――不老不死
それが彼の願い
そして昔の彼も心の奥底で追い求めていた
その願いと同じく、遠い昔から今でも探求し続けているものがある
ようやく見つけたその手がかりは今でもこの島に生き続けている―――
焦点の合わない眼でふらふらと壊れた笑みを浮かべながら走っていたカモミール芹沢
は立ち止まった。
「や、やややっと止まったぜよ……カモミール……どうしたがよ」
彼女を追いかけていた素敵医師が彼女に問い掛ける。
「えへへへへ〜〜楽しいこと…やっと見つけたよ〜〜」
自分の懐をごそごそと探りながら彼女は嬉しそうに鉄扇を取り出す。
「カモミ〜ル、なな何を見つけたなが?」
「アタシと遊んでくれそーな、つよそーなの」
「!?」
(つつつついに、き来たがか!?)
それを聞き素敵医師は彼女の背後へと移動する。
「そこにいる人〜〜アタシが遊んだげるから出ておいで〜〜」
彼女の眼前にある茂みに向けてパタパタと鉄扇をあおりながら、涎をこぼしながら誘
う。
(双葉の嬢ちゃんのれれ連絡が無いき……ザドゥの大将のこ公算が高いぜよ)
そう思いながらバッグの中の武器を掴み、耳障りな笑い声をあげながら茂みの方に問
い掛けた。
「きへへへへへへ………そそそ其処におるは、あああアイン嬢ちゃん?けへへへへ
へ………そそそそそそれとも……」
「…………!」
茂みの向こうにいる誰かが、それに反応する気配がした。
「隠れてもムダだよ〜〜アタシが……」
「黙るがよカモミール」
そう言ってもう一方の手を自らの背に回そうする彼女を、素敵医師が制止する。
(べべべ別の参加者の可能性があるき……)
自ら攻撃して予想外の被害が及ぶ事を懸念する素敵医師。
仮にそうだったとしても相手によっては戦闘回避、及び懐柔する事に彼は自信があっ
た。
相手にもよるが。
「……………」
茂みの方に潜み、様子を伺っていた人影は少し……否、大分戸惑いながらも、しぶし
ぶ姿を現し始める。
「なっ!!ななななななななななっ……」
「??」
多少なりとも殺気を放っている人物は彼が予想していた通り他の参加者で、遭遇した
くない部類に入る参加者であった。
「じっじじじっ!!な、なんっ、なんっなんっ何でここここ、此処にいるがよっ!
!」
「……あれ〜〜?素っちゃん、何でそんなに慌ててるのかな〜〜…」
「……………」
茂みから現れた参加者は、これから二人をどうしてやろうかと考えている。
その参加者はしおりだった。
素敵医師とカモミール。
横並びに共に焦点の合わない目でしおりを見つめている。
しおり。
怪訝な顔で二人を凝視している。
こうして数十メートル離れて二人と一人は対峙している。
(ま、まままままま………不味いがよっ!やばいきにっ!!)
素敵医師はしおりと遭遇して内心動揺していた。
無垢かつ残忍な、上位デアボリカの使い魔的存在『凶』。
智機からの情報によれば、凶と化したしおりは、放たれた無数の弾丸を切り落とす事
が可能な程のスピードを誇り、尚且つ鉄をも溶かす発火能力まで有しているという。
彼自身が戦えば細切れか、消し炭になる公算が高い。
そうなってしまえば、素敵医師の能力を持ってしても滅びは免れない。
素敵医師としては何としてでも彼女との戦闘を回避したかったのである。
(ととと智機のじょーちゃん……ほんっとーに性格悪いき)
素敵医師は先程の智機との通信の際、しおりの存在を教えなかった事を愚痴た。
(こ、ここは出方を伺うしかないぜよ)
アズライトがいなくなった今、説得して戦闘を回避するにはしおりがどういう理由で
此処に来たかを探る必要があると彼は判断した。
主催者打倒なら参加者。
参加者打倒なら主催者。
といった具合に。
「……………素っちゃん?」
不満げなカモミールを右手で制止しながら素敵医師はしおりの出方を待つ。
一方、しおりの方も
「………………」
(この人たち、しゅさいしゃ?)
二人の出方を伺っていた。
(……このふたり…)
(………うん)
しおりは心の中のさおりの声に返事をする。
しおりには目の前の二人が『しゅさいしゃ』か『さんかしゃ』なのか解らない。
しおりは攻撃するか否か迷っていた。
標的は参加者と決めているため、主催者を攻撃するのは無益としおりは考えている
からだ。主催者への恐怖もあるのだが……
(せせせせ、説得はちくと難しいがね。こここはアイン嬢ちゃんか、ザドゥの大将に
ぶつけるのが……)
「素っちゃん〜〜……」
「おとなしくし……」
「もうこのコ、斬っちゃうよ」
「「!」」
突如、しおりの戦闘本能が警鐘を鳴らし始める。
しおりから約5メートル。
制止を振り切ったカモミールは、いつの間にかここまでしおりに近づいていた。
ザワッ……
それを確認した瞬間、しおりからも殺気が膨れ上がる。
「よ、よよよよよすぜよっカモミール!!ああ相手は……」
「アタシもう痒いの我慢できなーい!誰が相手でもスパーっと斬っちゃうもーん♪」
「……おねえちゃん…」
「なーーに、お嬢ちゃん?」
「しゅさいしゃなの?」
「主催者だよ〜〜。でも、もうどうでもいい。全部、斬っちゃえばアタシは幸せ〜〜」
「カモミール!センセのゆーことを……」
「素っちゃんだいじょーぶだって。まとめてアタシが片付けたげるから♪」
「・・・・・・・・・・・・・」
素敵医師は空を見上げた。そして後ろに下がり、いつも以上に気の抜けた声色でこう
言ったのだった。
「もう…ええわ…」
焦点が合わない眼差し。 口からぼたぼたと流れる涎。
泥酔したかのような浮ついた声色。
なのに…昨日しおりが戦ったなみ以上の威圧感を目の前の女性は放っていた。
(しおりちゃん……)
「………うん」
殺気を感じて、さおりの意思を受けて、しおりは刀を構え攻撃準備をする。
カモミールはそれを見て鉄扇を広げ、構える。
「それじゃあ…行っく……」
ザッ…ヒュッ…
言い終るより早く、地を蹴った問答無用のしおりの高速突きがカモミールに迫る!
きぃぃぃーーんっ
鉄扇がしおりの突きを横へ受け流し、二人は交差する。
ドンっ……
カモミールの蹴りがしおりを突き飛ばし……
ひゅっ…
すぐさま抜き放った脇差の切っ先がしおりに迫る。
ガヅッ!
それを紙一重でしおりはかわし、脇差が向こうの木に突き刺さった。
一瞬の攻防の後
二人の立ち位置は入れ替わっていた。
カモミールの鉄扇の扇部分には横一文字の切り傷が。
しおりの左頬には一筋の傷がついていた。
(な、なな何が起こったがか?)
素敵医師には二人の攻防が見えていなかった。
「…………」
カモミールは傷ついた鉄扇を見ながら、血走った眼差しでしおりを見る。
「……え?」
しおりはやや呆然としながら左頬に手を沿えた。
「あれ?仕留めたと思ったのに〜」
ザザッ……
しおりがステップで数歩下がる。
「………まっいいか…」
と、右手で鉄扇を構えるカモミール。
しおりはじりじりと近づいている。
警戒しながら。
カモミールは左手をぶらぶらさせながら、間合いを調整している。
(も、もももももしかして……これは嬉しい誤算という奴がよ)
状況からして、カモミールがしおりの攻撃をしのいだ事を理解した素敵医師は思わず
喜びの声をもらす。
カモミールの実力をはっきりとは知らなかった事があるとはいえ、スピードではアイ
ンをも大きく超えるしおりと戦えていたからである。
木の物陰に隠れながら、素敵医師はカバンの中に手を伸ばす。
(凶にはセンセのオクスリは効かんかも知れんき……ここはこれで……)
カチリッ…と音がした。
「今度はこっちから仕掛けよっか?ね、しおりちゃん?」
「…………」
背中にぶら下げていた銃剣――虎徹を構えながら、カモミールは歩く。
それに合わせるかのように後ろに下がり続けるしおり。
(どうしたの、しおりちゃん?さっさと殺っちゃおうよ!)
「………」
さおりの声にしおりは答えない。否、答えられない。
青白い顔色。各部に浮き出た血管。血走った眼。下半身からの流血。
そして、底冷えするような闘気を放つ彼女。青白く輝く銃剣。
しおりから見て、カモミールの様子はさっきまでとは明らかに異なっていた。
カモミールの口には涎と、浮ついた声色は既に消えていた。
ざ…ざ……。しおりは二歩下がる。
カモミールからはザドゥほどの威圧感は感じない。
だが、このまま突っこむのは明らかに危険としおりには判断できた。
どっ…
「・・・・・・・」
退路を木に阻まれる。
すぅ……
しおりは深呼吸をすると右手をかざした。
「あっ!?アタシを燃やしちゃうんだ〜」
言って、虎徹の銃口をしおりに向ける。
「………」
「できないけどね」
素敵医師の右手には薬品の入った瓶。左手には突撃銃が握られていた。
(ほほほ本当はザドゥの大将用のオクスリ、凶の嬢ちゃんにプレゼントがか)
瓶をしおり達の方へ放り投げようとしたそのとき
ぽんっ……
「!」
しおりの横から現れた男がしおりの右肩が軽く叩いた。
そして、当たり前のようにしおりの横を通り過ぎる。
「!?」
素敵医師は慌てて木の茂みに身を隠した。
「あ……それは…その…」
気配を全く感じさせなかったその男に怯えながら震える声色でしおりは答える。
「…………」
返事をせず、気にした様子も無く、男はカモミールに近づいてゆく。
近づく者の姿を見、カモミールは銃剣を少し下げた。
そして、カモミールは親しげな声で彼の名を呼んだ。
―――少女は式を作る
少年の事は録に知らなかったけれど、数時間かけて少女がそうであって欲しい理想の
彼を作った。
少女はある時、ふと昔の事を思い出す。
幼少の頃、最初に式を作った時は苦労しなかったなと。
ただ願ったら作れたのだから。
最初の式も彼も少女が寂しかったから作った。
彼は支えにはなってはいたが、最初の式や少年本人ほど支えになれなかった
少女の名は双葉。少年の名は星川翼といった―――
ぱたっ…ぱたたたっ……
「はあ……はあ……はあ…」
額から零れ落ちた汗が次々と足元に落ちる。
双葉は両手を膝に当て、荒い息を吐いていた。
呪符で木を操り、自分は草を操り足止めする。術の複数発動。
成功こそしたが、急激に負担が掛かった上に、それさえもアインに通用しなかった。
「…何って…動きすんのよ……あいつ!」
双葉は苛立ちと困惑の混ざった声色で呟く。
(ナメてんじゃ……ないわよ!)
ギリッ……、と歯軋りしながら4枚の呪符を掲げ、詠唱を始める。
音も無く呪符は宙を舞い、平安の貴族風の小人に変化し地に降り立つ。
四人の小人はそれぞれ戦場へ向けて走り出した。
そして、双葉は洞の中をざっと見回す。
(こうなったら……こうなったら……)
数時間かけて準備を整えた秘術。
それを使用する事でまた身体に激痛が走るのではないかという不安を持ちつつも、彼
女は使用しようとしていた。
楡の木を中心に白光を放ち始める森。
楡の木から数十メートル離れた所に星川はいた。
彼は双葉の術によって命の光を放つ木々と会話していた。
《……………》
「そんな……じゃあ……」
顔色を蒼白に、声を震わせる星川。
情報収集の為にと仲間との会話を試みた彼が知ったのは……
《………………》
星川の言葉を肯定するように木々は枝葉をたなびかせる。
「……このままだと…仲間達も…双葉ちゃ…んも……」
星川は身体を震わせながら呟き続ける。
《……君は…どうする…?》
木の一本が葉をざわつかせながら星川に問いた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
星川は自然の気を放出している仲間達を見ながら黙りこくる。
考える事ができる時間はわずか。
《僕は……双葉ちゃんの…為に…》
まとまらない考えをそのまま心中で彼は呟く。
双葉が昨夜語っていた星川本人の事を……双葉の境遇を思い浮かべながら。
《……ここに来る敵は…私達の手に…余ります…》
「・・・・・・・・・・・」
それはまた別の木からの…確信に満ちた返答。
《……僕は…双葉さまの……!》
答えを出せないまま…事実を受け入れられないまま…彼の苦悩は続いた。
輝く森の中、魔剣は既に鞘に収めアインは標的を探す。
(……待ち伏せ?)
攻撃を仕掛けてこなくなった事を訝しげに思いながらも、用心深く進むアインへ突如
カオスが話し掛けてきた。
《のう……お嬢ちゃんはさっきの紫髪の女を……》
「………?」
《どうするつもりなんじゃ?)
「……何故、訊くの?」
《…おぬしが言った『ゲーム』が気になってな……わしはこの通り動けんが、おぬし
のやり方によっては武器以外の用途で手助けできると思うぞ》
「……さっき言った通りあの少女は始末するわ」
《……そうか》
アインは走る。
(わたしの因縁を…魔窟堂達に押し付けるわけには行かない)
そう心で呟きながら。
「!!」《!》
その時突然、アインとカオスに圧倒的なプレッシャーが襲った。
《!?》
(この気配は……!)
アインは立ち止まり、前方を見る。
輝く森林の先、数十メートル向こう。
その先には――アインの勘に間違いなければ……
(まさか…そんな筈は…でも……)
アインが当初、ゲームに乗ろうとした最大の要因。
アインが闘っても勝てないと結論つけさせる実力を持った主催者ザドゥの存在。
だがいくら強いとはいえ、主催者のリーダー格である金髪の男がこの先にいるにはア
インには全く予想できなかった。
それでもアインの本能が紛れも無くこの先にいるのがあの男だと告げている。
《…気配は人間じゃが……》
アインは真剣な顔で前方を凝視し続ける。
「・・・・・・・・・・・」
(何故……あの男が?)
アインは気配を消し…カオスの柄を握り締め、攻撃に備える。
(………向こうから仕掛けてくる気配は…ない?)
けど決して油断できないと己に言い聞かせながら、別の気配を探る。
「!」
アインの耳にかすかな話し声が聞こえた。
(…奴もこの先に…いるの?)
「・・・・・・・・・・・・・」
アインは躊躇したが、意を決して慎重に…そして大胆に気配に向けて歩を進めた。
―――彼女が居た新撰組の事は彼も知っていた。
学問からではなく、武と技を探求する際に知った。
彼女と出会ったのは、ほんの数日前。
彼が知る彼女とは少し印象が違っていたが、彼女もまた彼が大切と思えるモノを心の
奥に持っていた。
一緒に寝た時、彼女は胸の内を彼に少しだけ話した。
彼は知った。彼女は帰るつもりが無かったということに―――
「あっ♪ザっちゃん、待ってたよ〜〜」
「……カモミール」
ザドゥは眉間に皺を寄せながらただ彼女を見る。
「ザっちゃん〜〜何して遊ぶ?アタシはねぇ〜…………」
銃剣をぶらぶらと構えながら陽気に彼女は喋る。
だが、浮ついた口調と態度とは異なり彼女には隙が見当たらない。
「・・・・・・・・・」
(身体が覚えている、か。流石は神道無念流免許皆伝は伊達では無いか…)
幕末の日本に存在した剣術の一派を思い出し、口元に苦々しい笑みをザドゥは浮かべ
る。
ザッ……と、陽炎のような闘気は出しながらザドゥは一歩踏み出す。
ザザザザザザザーーッ………と森の葉が強風にあおられた様にざわめく。
そして、それを合図に双葉の術を受けた森から白い燐光が立ち上り始めた。
「!」
「あれ〜〜?」
「え?」
(こ、こここれは双葉嬢ちゃんの…)
「・・・・・・」
ザドゥは一瞬立ち止まり、周囲を一瞥し、僅かに口を開く。
「これは気か……」
ザドゥは一目で燐光の正体を見破った。
燐光は双葉が植物の心を具現化し浮かび上がらせたもの。
ザドゥやケイブリスが操る『気』とは大体一緒だ。
ザドゥは通信機を手に取りスイッチを押して智機に言う。
「椎名聞こえるか?私の前には素敵医師とカモミールがいる。参加者の方はどうなっ
ている?」
(なっ!?センセの居場所バレてるがよ?)
木に隠れて、隙をうかがっていた素敵医師の目が驚きで見開かれる。
「ザっちゃん〜」と、カモミールも一歩踏み出し……
「智機ちゃんとなに話してるの〜〜アタシにもおせ〜て〜」
……不服げに、再び涎を垂らしながら言う。
智機の返事を待たずに、二人と視線を合わせないままでザドゥは口を開いた。
「……カモミール…」
「な〜に?」
「・・・・・・・・?」
「…お前は俺が覚ませてやる…そして…」
「??」
言葉の意味が分からず首をかしげるカモミール。
ザドゥは素敵医師が潜む茂みへ視線を移すと…
「素敵医師よ…貴様のその思い上がりは…俺が砕く」
ザドゥの闘気が白い炎の様に変化し、そのまま素敵医師の方へ向かう。
ビーッ!
通信機が鳴った。
『椎名だ。仁村知佳の方に変化があった』
「ほう」
『仁村知佳、シークレットポイント2地点で所在を確認。朽木双葉と式神は巨大
楡の木に、しおりは貴方の背後に、他の参加者は依然不明のままだ』
「そうか」
『もし貴方が敗れるような事があれば、我々の望みも叶わなくなる恐れがある。油断
して敗れたりしないようにして頂きたい!以上だ』
通信は切れる。
「フン……」
「か、カモミール!ザドゥの大将をぶっ飛ばして、遊んでやるがよっ!」
通信が切れる瞬間を見計らって、右手に注射器を持ちつつ逃走を計ろうとしている素
敵医師が命令を下す。
「んーーーーぶっとばす〜?」
首をかしげて一瞬考え込むカモミール。
「あっ、でも遊びだから、いっか♪」
そう言ってカモミールは銃剣を縦に構え、ザドゥに向かってダッシュする。
「……」
一瞬で虎徹の攻撃範囲にまで接近するほどの俊足を発揮する。
ザドゥの左肩に目掛けて振り下ろされる虎徹!
それに怯むことなくザドゥはそれよりも数瞬早く、後ろに退き、自分のマントを掴
む。
バサアァァっ!
カモミールが二撃をを放つべく剣を返したのと同時にそれは起こった。
マントが銃剣を受け止め、彼の闘気がゆらぎ――虎徹を包んだマントが一瞬、白く光
りからめ取った。
ぎゅむっ!
「!?」
ザドゥはそのまま、腕を横に振る。
刃はすっぽ抜け、使い手もろとも振った方へ投げ飛ばされる。
カモミールは銃剣を握ったまま地に足から受身をとる。
対峙する両者。カモミールは楽しげな声で言う。
「あはっ♪あははははっ…ザッちゃんやっぱりつよ〜い」
「・・・・・・・・」
ザドゥはそれには答えずマントを見た。
普通の銃剣をからめ取ったのでは、ありえない現象。
気によって一瞬強化されたはずのマントは、いつの間にかズタズタ切り裂かれてい
た。
(ただの銃剣ではないな……)
ザドゥは心中でそう呟くと、警戒を解かないまま素敵医師が逃げていった先を見る。
(奴の事だ……このまま逃げた訳ではなかろう)
視線をカモミールの方へ移したまま、地面の石ころを拾う。
「次はザッちゃんの番〜。かかってきて〜アタシが存分に遊んだげるから」
彼女は虎徹を背に仕舞い、鉄扇を構えてザドゥを挑発する。
ヒュッとザドゥは素敵医師のいる方へ投石した。
「あきゃ!?」
石は木陰から手を伸ばしていた素敵医師の手の甲ヌイに命中。
慌ててもう一方の手で突撃銃を拾い上げ、身を隠した。
対峙するザドゥとカモミール。
手の出せない素敵医師としおり。
森は既に白い光に包まれている。ザドゥは更に別の方向へ石を投げた。
……………
石と葉がこすれる音の他は何の物音もしなかったかの様な沈黙。
だが、無反応に動じずザドゥは投げた方角へ話し掛けた。
「貴様も…奴が狙いだろう?」
「「!」」 反応するしおりと素敵医師。
その声に二投目の石を投げた森の茂み、音も無く、何かが蠢く気配がした。
「…信じられないわ……」
静かで澄んだ声だった。
「不意でも討つ積もりだったのか?」
抑揚の無い声でザドゥは言う。
「まさか……あなたがここにいるなんて……」
輝く木々から出てきたのは黒い魔剣を携えたアイン。
《お嬢ちゃん……!》
「・・・・・・・・・」
カオスの声を受け、アインはいつに無く緊張した面持ちで周囲を一瞥する。
その視線の先にはしおりとカモミール。
(あの子……)
ゲーム開始時に見かけた、双子の幼い少女の姉の方しおり。
アインが見た時は紛れも無く最弱の部類に入る人間の参加者。
しおりは汚れた服を別にすれば、獣を思わせる両耳以には外見上変化は見当たらな
い。
だが、放つ威圧感はプロの暗殺者であるアインも怖いと感じさせるほどのもの。
昨日、灯台で戦い、まりなを殺害した主催者の一人カモミール芹沢。
直に接近戦を行ったわけではないので、正確な実力はアインには判断できなかった
が、遺作あたりよりは強いだろうというのは解る。
今の彼女はあの時と様子が全く違っていた。
それはアインに忌まわしいあの時の記憶を、薬物で操られる遙を嫌でも思い出させる。
そんなカモミールから感じられる威圧感はしおりと同核。
「・・・・・・・」
アインの右頬に冷汗が落ちる。
アインの本能はすで逃走を呼びかけている。
が、それに抗いザドゥに問い掛けた。
「あなた……『貴様も』と言ったわね…。どういう意味なの…?」
「…………」
ザドゥはしばし考えたが、やがてゆっくりと口を開いた。
その頃、楡の木の洞の中では呪符を両手にかざし、双葉が乱れた呼吸を整えてた。
彼女の肌にはうっすらとミミズ腫れの様な赤い大きな文字のようなものが浮き上がっ
ている。
(どうやら…効いてきたようね)
実家の古文書に書いてあった解毒薬の効力が現れ始めたのだった。
「!」
地上に放った式神がアインを見つけたのに双葉は気づいた。
(これではっきりする……!主催者があたし達に何したのか。そして……)
双葉は式神に視覚を移す。
アインの後姿が見える。誰かと話しているようだが、近づきすぎると気づかれる恐れ
があるので離れている。
(しっかし…何なのよ?あの黒い剣は)
カオスを不思議に思う双葉。
今の彼女にはカオスが『例の武器』であることや、近くにザドゥとしおりがいること
には気づいていない。
むしろ、それを探る事さえ今の彼女にとっては重要な事ではなかった。
(今度こそ……今度こそ!)
双葉は気合を込めて術の詠唱を始めた。
(二日目 PM4:35 東の森・西部)
両手両足のない二体のレプリカが煙を吐きながら、木の枝に引っかかっている。
「……計算が違ったというのか?思ったよりエネルギーが尽きるのが早かったな」
重火器を装備した一体のレプリカ智機が戸惑いを含んだ声色で呟く。
レプリカの智機の中にはオリジナルの智機にも備わっていた飛空機能が搭載されてい
るのがいる。
それらは両手両足に飛空用のパーツをつけることにより、短時間のジェット飛行を可
能にする。
校舎跡からレプリカを二体、楡の木広場近くに空輸する予定だったのである。
結果は智機も予想できなかったエネルギー切れでやや目的地から離れての木の上での
不時着で終わったが。
(此処からだと現場に辿り着くのに、十分以上かかるな…間に合えばいいが)
散った木の葉を払いのけながら本体の智機とシンクロして作戦を考える。
レプリカ二体を消費してまで、智機が東の森に拘った理由は現地点で二つ。
素敵医師の薬品の回収と、参加者の身柄の確保。
弱った参加者を二人以上捕獲できれば、心置きなく他の参加者を始末できるとそう考
えたからである。
彼女は全滅させた後に、捕獲した参加者同士を戦わせるつもりだ。
「いささかオーバーだろうが…オマエにはまだ働いてもらうぞ」
「・・・・・・・」
智機がそう話し掛けた相手は―――
木の葉まみれになっている、両腕に刃を生やしている強化体だった。
【アイン(No23)】
【現在地:楡の木広場付近】【スタンス:素敵医師殺害】
【所持品:スパス12 、魔剣カオス、小型包丁4本、針数本
鉛筆、マッチ、包帯、手袋、ピアノ線】
【備考:左眼失明、首輪解除済み
抜刀時、身体能力上昇(振るうたびに精神に負担)】
【朽木双葉(No16)】
【現在位置:楡の木広場】
【所持品:呪符多数、薬草多数、自家製解毒剤1人分
ベレッタM92F(装填数15+1×3)、メス1本】
【スタンス:アイン打倒、首輪の解除、素敵医師と共闘】
【能力:植物の交信と陰陽術と幻術、植物の兵器化】
【能力制限:兵器化の乱用は肉体にダメージ】
【備考:双葉は能力制限の原因は首輪だと考えている
朽木双葉、自家製解毒剤服用済みで効果発揮、首輪装着
解毒剤の効力:毒物排出・浄化、身体中に呪紋が浮き出る、数時間持続】
【式神星川(双葉の式神)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【所持品:植物兵器化用の呪符10枚】
【スタンス:???】
【能力:幻術と植物との交信】
【素敵医師】
【現在位置:楡の木広場付近】
【所持品:メス2本・専用メス8本、注射器数十本・薬品多数
小型自動小銃(弾数無数)、謎の黒い小型機械
カード型爆弾二枚、閃光弾一つ、防弾チョッキ、ヘルメット】
【スタンス:アインの鹵獲+???、朽木双葉と共闘】
【備考:主催者サイドから離脱、独立勢力化
再生能力(限りあり)、擬似死能力】
【カモミール・芹沢】
【現在位置:素敵医師に同じ】
【所持品:虎徹刀身・銃身(弾数無数、魔力付加で威力増大)
鉄扇、トカレフ】
【スタンス;素敵医師の指示次第。ただし、やや暴走気味】
【備考:薬物により身体能力上昇
重度の麻薬中毒により正常な判断力無し。
薬物の影響により腹部損傷、左腕硬質化(武器にもなる)】
【主催者:ザドゥ】【現在位置:楡の木広場付近】 【所持品:マント、通信機】
【スタンス:素敵医師への懲罰、参加者への不干渉】
【備考:我流の格闘術と気を操る、右手に中度の火傷あり】
【しおり(No28)】【現在位置:楡の木広場付近】 【所持品:日本刀】
【スタンス:しおり人格・参加者殺害、さおり人格・隙あらば無差別に殺害】
【備考:凶化・身体能力上昇。発火能力使用
弱いながら回復能力あり、首輪を装着中
多重人格=現在はしおり人格が主導】
【主催者:椎名智機】 【現在位置:本拠地・管制室】
【所持武器:レプリカ智機(学校付近に10体待機、本拠地に40体待機
6体は島中を徘徊)
(本体と同じく内蔵型スタン・ナックルと軽・重火器多数所持)】
【スタンス:素敵医師の薬品の回収、アイン・双葉・しおりを利用・捕獲】
【能力:内蔵型スタンナックル、軽重火器装備、他】
【備考:楡の木広場付近にレプリカ一体と強化型一体を派遣】
【レプリカ智機】
【所持品:突撃銃二丁、ガス弾一個、ヒートブレイド、アタッシュケース
筋弛緩剤などの毒薬、注射3本】
【レプリカ智機強化型(白兵タイプ)】
【武装:高周波ブレード二刀、車輪付、特殊装甲(冷火耐性、高防御)
内臓型ビーム砲】
【備考:レプリカは智機本体と同調、強化型は自動操縦 強化型は本拠地に後3体いる】