233 蠢く策謀 智機

233 蠢く策謀 智機


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(二日目 PM5:00 本拠地・管制室)

 辺り一面機械に包まれた部屋。
 そこに大きな影が一つ招かれるようにして入ってきた。
「ありがとう、良く来てくれた」
 そう言った彼女の前には巨大な影の主である魔獣が対峙していた。
 しかめっ面で辺りを見回し、「ケッ」と言うと彼は用件を切り出した。
「俺様をわざわざ引き戻したんだ。それ相応の理由がなくちゃ納得しないぜ?」
 魔獣ケイブリスの気がビリビリと場を振るわせる。
 なるほど、気の弱い者が奴の姿を見れば発狂して止まないだろう。
 機械である自分でさえ、場に漂う異質な気が体の表面から感じ取れて仕方がない。
 所詮、解析能力から来る危険信号が反応を出しているものだ。そう理解はしているが、この魔獣の凶悪さは異常だ。
 よくザドゥが易々と通したものだ。と思ったが、今ではその理由も良く解る。
 通さざるを得なかったのだ。
 戦えば自分とてタダではすまないと気づいたのだろう。
(これは予想以上に慎重に扱わねばいけないようだな……。特に機嫌に関しては……)
 こんな奴に礼も何もない。
 本来の智機の性格から考えれば、そう言いたい処だが、これから動いてもらいたい共謀者にもなるのだ。
 奴が納得して『私のために』動いてもらうよう働きかけねば。
 
「では、まず主題から始めよう」
 空中に高く持ち上げられた椅子の上から、見下すようにして智機はケイブリスへと語りかける。
「フン……」
 その様子が酷く気に入らないケイブリス。それも智機の計算の内だ。
 見た目とはいえ、このようにして奴との間に上下という差を作る。
 こうする事で『私の方が上』という印象を無意識の内に与えつけるのだ。
 頭の悪そうな魔獣だ。気にいらなさそうな顔はしているが、特に深くは考えていないのだろう。
 交渉を有利に進める上での彼女なりの演出と言えた。
 先のアズライトに対して持ちかけた時のように。


(その分、言葉の上では慎重に行かねばな……)
「単刀直入に言うぞ。“私と組まないか?”」
「ぁあ?」
 不満げに漏らされたケイブリスの返答が部屋に響いた。
 『何言ってるんだお前は?』とでもいいたげな声と顔をしている。
「組むも何も俺たちは……」
「まぁ、待て。今のはあくまでも主題だ。これからその訳を説明する」
 パチリ。椅子の横にあるスイッチを押すと部屋にモニターが現われ光が映る。
「これを見て欲しい」
 言われてモニターを見たケイブリスの目に映るのは五人の人物。
 それぞれ細かく何やらデータが書かれているようだが……。
「んん〜。こりゃザドゥの奴……それにお前やあいつもいるじゃねぇか」
「その通り。これは、我々運営者五人のデータだ。そして今ここにいる新たに呼ばれたお前を含めて計六人となっている」
「だけどよ? こいつがどうしたってんだ? 見ない顔の奴もいるみたいだがよ」
「話の続きだ。モニターを見ながら聴いて欲しい」
 モニターの方へとケイブリスが目を戻すのを確認すると智機は話を再開させる。
「我々運営者は、誰もが神と契約し、報奨の約束とともにこのゲームの運営に従事している」
 智機が一区切りした所で、モニターに変化が訪れる。
 具体的に言えば、人物の周りが色で分けられ、まるで勢力図かのように区分されたからだ。
「存じていると思うが、ザドゥをトップとし、我々はゲームを円滑に進めるための駒として配置されている。
 それが我々の運営形態だ。だが……」
「だが……なんだ?」
「各々の求める運営形態と言うのが極端に違うのだ。
 今、色で分けられた中、赤いのが消極派。青いのと緑が積極派と思ってもらえばいい」
 それを言われたケイブリスは、モニターを凝視する。
 確かにザドゥと透子は左側の赤く染められた中いた。
 それに対するように智機が青色、そして名前の上に素敵医師とふられた長谷川均とカモミール・芹沢は緑色だった。
「ザドゥと透子の奴はテコでも動かないだろう。それこそゲームの崩壊の危機になるような事態でなくては動かない。
 お前に首輪解除装置を奪取する命令を出した時点で、やっと動いたくらいだ」


「ほー……」
「だが、それもここまでだ。こうなった以上、今動いているのが収まれば、もうザドゥは動かないだろうな。
 それに透子も期待できん……」
「あの女か……」
 ここに来る途中、出会った少女の事をケイブリスは思い出す。
「あいつの能力は、運営に於いて必要と認められたもの以外、どうやら制限されているようだ。
 能力と存在が相まって生半可な事では倒すのは不可能かもしれないが、それに対するように誰かを攻撃するという能力も欠けている」
「ふぅん……なるほどな」
「まぁ、話を戻そうか。この二人は参加者達がここに直接乗り込んできても静観を保つだろう。
 おそらく、自分達に牙を向けられない限りはな」
 再び椅子にあるスイッチを智機は押した。
 すると画面が移り変わり、一つの動画が流れ始める。
「こいつはなんだ?」
 いるのは一人の男、そして今ここにいる彼女の姿。
 ケイブリスはそれを見入る。
「これは、以前校舎を襲ってきた参加者達とのやり取りを録画したものだ」
 画面の中の男が少女の映し出されたモニターを眺めている。
 その脇では同じくらいの年齢の幼い少女が大量の智機相手に奮戦している。
「おー、おー、あのちっこいの頑張るじゃねぇか」
『―――アズライトぉっ!!』
 男が叫ぶ、少女が泣く。
 そしてそれはアズライトと呼ばれた男の自爆で幕を閉じた。

「―――以上だ」
 映像が終わるとモニターは元の勢力図に戻る。
「で、一通り見終わったが、こいつを見せた理由は?」
 動画を見て抱いた疑問をケイブリスは、智機へと尋ねた。
「これだけの事があってもザドゥは動かなかった。
 そしてあろう事か、この件に関して映像の通り対処した私を快く思わず咎めたよ」
「あぁ? 何言ってるんだ、こんなヤツラはボコボコのギタギタにするのが当然だろうが。
 俺の眼から見てもお前が正しいぜ」
 まるでガイの野郎みてぇだな。とケイブリスは思う。


 鬱憤の溜まる千年を経験した自分にとって、手を出せないその気持ちは良くわかる。
「ありがとう。そう言って貰えると信じていた」
「で、青のヤツラが動かねぇのは解ったけどよ。
 わざわざ違う色にしたんだ。この緑はお前と同じってわけじゃぁねぇよな?」
「その通りだ。同じ参加者へ積極的に介入していくスタンスこそ一緒だが、そこにある目的が違う」
 モニターの一部分が光り焦点を浴びる男、長谷川均。
「私がやるのは、あくまでもゲームの運営を円滑にするための介入だ。“私の願いを叶えて貰うため”にな。
 だが、彼は違う。無論、彼も願いを叶えて貰うために運営をしているのには違いない。
 しかし、彼がゲームに介入する理由は異なる。」
「で?」
「介入したいから、面白そうだから。彼がゲームに手を出す理由はそれだけだ。
 おかげで此方が命令しても、言う通りに動かない事もあった。
 それどころか命令してない、余計な事までしだしたりもな……」
 ちらりと智機がモニターの方を見る。
「その女がどうした?」
 智機の見る先、同じく緑に囲まれた少女、カモミール・芹沢をケイブリスは指した。
「彼女もゲームを進めるべく、仕事を請け負って出動した。
 しかし、長谷川均の手によって薬を投与され、彼のいいなり同然の廃人にされたよ」
「おいおい、仲間割れか?」
「今の我々も、おいそれと言える立場ではないと思うがな……。
 まぁ、そうだ。奴は自分の好き勝手行動した挙句、同じ運営者にまで手をかけた。
 これには、あのザドゥも切れた。素敵医師と呼ばれる奴はザドゥの命で運営者から外されたよ。
 今、彼が席を外しているのも、長谷川均を処分するために動いているからだ」
「いないと思ったら、そう言うことか……」


「情勢は、極めてまずい事になっている。
 仮にザドゥが長谷川均を処分し、カモミール・芹沢を助けたとしても、彼女はこのゲーム中はもう使い物にはならないだろうな。
 そうなると残った運営者は、私を含めて四人しかいない。
 しかもザドゥと透子は、参加者が直接襲い掛かってくるまで手を出そうとはしない。
 例え拠点が襲撃されたとしても、ザドゥは私やお前に迎撃を命じ、参加者が彼の元に辿り着くまで椅子に座しているだけだろう。
 透子の方は、私でもどうなるかは不明だが……制限されたこの状況でもある。迎撃の数として考えるのは止めた方がいいな」
「無茶苦茶な状態だな」
 いくら俺でも解るぜ? とケイブリスは答えた。
 しかし、彼の予想はそこまで。更に智機は直面している問題を続ける。
「まだ早い。これはあくまでもマシな状況の方だ。
 もし出撃しているザドゥが、既に首輪を外している参加者に襲われでもして見ろ。
 また首輪をつけていたとしても、爆発させる暇もなく、不意を突かれるケースもある。
 奴が負傷、最悪死んだ場合、残った運営は、私と透子と貴様と言うことになる。
 最悪、素敵医師達を残した状態でな」
「するってぇと……」
「その場合は、実質、私が権限を握ることになるのは間違いない。
 だが透子が素直に言う事を聞くとは思えない。お前に好き勝手動いてもらわれても困る」
 ポリポリと頬をケイブリスがかいた。流石の彼も過去の思い当たる節に気づく。
 実際、何もなければ自分は好き勝手動くだろうなと安易に想像がついた。
「そこでだ。最悪のケースを想定した事も含め、私とお前で手を組みたいのだ。
 我々の願いを叶える為にな……」
「クック……」
 ケイブリスがニヤリと笑った。
「俺達の願いを叶える為な……気にいった。いいぜ組んでやろうじゃねえか、ただし条件がある」
「ランスの処遇か?」
「解ってるなら話は早い。奴の始末だけは俺がやる」
「ふむ、私も見返りなしとは言わない。それを呑もう。その状況に手を貸す事、折れた手の補強と鎧の修理、これでどうだ?」
「OK、俺はお前に力を貸す。それで手を打とうじゃねぇか」
「交渉は成立だな……」





「ところで具体的にこれからはどうするんだ?」
 破損したケイブリスの鎧を智機が受け取り、修繕と補強をしている。
 それと同時にケイブリスの身体データを収集し、彼の折れた腕を補佐するための機具の設計を創案していた。
「まずザドゥの方がどうなるかだな。
 明確に我々が手を組んだ以上は、もう恐れるものは数少ない。
 多少奴が文句を言おうとも、できる限り動いていくべきだろう」
 今までは、思うように動きたくてもザドゥがいたせいで、動けなかった。
 無視して動くと言う手もあったが、素敵医師とカモミール・芹沢という二つの駒が消えた以上、ザドゥとの衝突は避けたかった。
 それにヘタして動けば、次は自分が粛清される可能性がある。
 その結果、どちらかが勝ち、新たな覇権を握ったとしても、相応の被害がもたらされるだろう。
 それで運営がお粗末になり、ゲームが崩壊したら本末転倒である。
 だが、ケイブリスという協力者を得た今なら違う。
 自分と彼の強力な戦闘力を合わせれば、ザドゥと透子が組したとしても恐れる必要はない。
 今までは、衝突を避けるためお互いに譲歩しあっていた……いや、智機が不利であった状況が一変する。
 ザドゥが生きているのならば、彼に対する抑止力としてケイブリスの効果は大きい。
 最悪、ザドゥが形振り構わず我々に牙を向いたとしても、二人なら確実に勝てる算段を幾つか考案できる。
 ザドゥとてそれが解る人物だ。此方が動いたとしても、そうそうは形振り構わずなんて自体にはならないとふめる。
 ザドゥが負傷したり、死亡して身動きが取れなくなったのなら、二人が結束しているというのは大きい。
 透子も無下に反抗したりはしないだろう。もし素敵医師達が残っている場合も色々と工作しやすくなる。
 元々、今にいたるように素敵医師がやりすぎなければ、ザドゥが彼を明確に敵と定めなければ、彼と組むという選択肢も有り得た。
 その気概が彼との取引に応じたスタンスでもある。
 最も、今となっては彼に対する何とも言えない扱いづらさも解っている、それに何時後ろを取られるか解ったものではないので組む気にはなれないが。
 それでも、ただ殺すのではなく、色々と工作しやすくなる。
 もしもの時もケイブリスがいれば、始末する事は簡単だ。


対してケイブリスは非常に危険な存在だが、反応も予想しやすく、行動も率直で扱いやすい。
 素敵医師のように途端におかしな事をしだしたりするような存在ではない。
 扱いさえ間違わなければ、非常に強力な武器。それが奴に当てはまる。
 ならば、扱いきる自信のある智機にとって、ケイブリスと組んだという事は、それだけ大きな利益を生み出す。

「当面の目的は、組んだという事で達成された事ではあるが……。
 運営としては、反抗者をどうするか。それとゲームに乗る二人を残すという事だ」
「ああ、あいつもそんな事伝えてきたっけな……」
「望みとしては最適な人物がいたのだが……」
 その一人は、反主催のグループの中核として動いていた。着々と戦力を整え、抗う準備を整えつつある。
 願いを叶う事に拘っているはずの彼女が、今だそのように動いているのだ。
 恐らく、本心は『主催に参加者をぶつけ、勝てば良し。負けても自分が優勝すれば良し』と考えているのであろうが。
 問題は、撃退されたとはいえ、戦闘における警告効果はあったはずなのに。それでもまだスタンスを変えないという点だ。
 最低、確実に運営者と相打ちにもっていく自信はあるのだろう。
 とすると残っている参加者は、もう変心させでもしない限りは難しい。
 しおりと戦わせる存在がどうしても欲しいのだが……。
 候補のアインと双葉の方は、手を出す準備は万端だ。
 後は時間の問題。
 どちらかが生き残っているなら望みはある。その為にも手を出し、確保をするべく動いているが、あそこにはザドゥがいるのだ。
 万が一の可能性を考えると、時間と運という難しい勝負にもなる。
 もしかしたら、その間にしおりが変心してしまう可能性もある。
「どうにかして他も変心させる手段はないものか……」
「あー、そりゃ俺様の専門外だな。ワーグの野郎ならそう言うの得意なんだがよ」
「ワーグ? 少し話を聞かせてもらえないか?」
 何気ないケイブリスの言葉に何かの活路を見出した智機は尋ねる。
「俺様の陣営にいた魔人でな。夢を操れるんだ」
 ケイブリスは続ける。
 ワーグという魔人は、人を眠らせ、夢の中に入ることで意識を操作し、洗脳する事が可能なのだという。

「夢、洗脳……」
「おお、何かいい案が浮かんだのか?」
「ああ……」
 素敵医師との取引であった薬物を使う手も考えてあるが、それだと対象を確保、投与、洗脳と面倒だ。
 だが、そのワーグと呼ばれるものなら、何のリスクもなく、相手を変える事ができるという。
(直接、プランナーの奴に掛け合ってみるか? その効果を持つモノでも何とか用意できれば……)
 智機がケイブリスに言った台詞は、ハッタリだけではなかった。
 そう。ルドラサウムとは別にプランナーは彼女にひっそりと接触していたのだ。
 と言っても今まで何かして貰っていたわけでもない。
 そうそう呼ぶな。と釘も刺されている。
 だが、彼女は唯一プランナーと連絡できる手段を持つ者だった。
 今までは呼んだ時のリスクを考えて、または運営のできぬ無能者という烙印を押されたくがないために呼ばなかったが、こうなった情勢なら話は別だ。
 一度は話し掛けてみる価値はあるかもしれない。
(今回の件はルドラサウムの手によると見て間違いないな。プランナーの奴が単独で行なったなら、最初からワーグを我々に渡していたはずだ)
 ルドラサウムと違い、彼は運営に酷く拘るのを彼女も知っていた。
 だからこそ、自分と接触してきた事も。
「で、俺様はどうすればいい?」
 考え込み、黙ってしまった智機にケイブリスが声をかける。
(期を見て交渉してみるか……。と言っても今の情勢ではあまり時間はないが……。
 失敗したなら、此方で何とかその効果を出せる方法を試案してみよう)
「ん。あぁ、此方の作業が終わるまでは、じっとしていて欲しい。
 今の内に身体を癒しておけ。その後、かなり動いてもらう事になるだろうからな」
「ッケ。解ったよ」
 早く動きたい気持ちを抑え、ケイブリスは奥へと引き下がっていくとごろりと横になって寝た。
 
「さて。これから、やるべき事はいっぱいあるな」        



【主催者:椎名智機】
【所持武器:レプリカ智機(学校付近に10体待機、本拠地に40体待機
      6体は島中を徘徊)
       (本体と同じく内蔵型スタン・ナックルと軽・重火器多数所持)】
【スタンス:素敵医師の薬品の回収、アイン・双葉・しおりを利用・捕獲、ケイブリスと同盟・鎧修繕・腕の補強機具作成】
【能力:内蔵型スタンナックル、軽重火器装備、他】
【備考:楡の木広場付近にレプリカ一体と強化型一体を派遣】

【主催者:ケイブリス(刺客4)】
【スタンス:反逆者の始末・ランス優先、智機と同盟】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折】

【現在位置:本拠地・管制室】




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