234 心の天秤
234 心の天秤
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(二日目 PM4:25 西の森)
「そうだ紗霧ちゃん、長い紫髪をしたナイチチ娘と会わなかったか?」
(なぬっ……ナイチチ!?)
双葉の所在を知りたがっていたランスの質問に対し、少年まひるは“ナイチチ”という単語にびくっと身体を震わせ反応した。
ランスはそれに気づき、まひるを見る。
「…………」
「………?」
「お前じゃないから、お前じゃないから」
と呆れ顔で手をひらひらさせて否定する。
「なんだよー」とまひるは非難の声を上げてるが、当然無視を決め込む。
紗霧はランス以上の呆れ顔でまひるを見てたが、それ以上取り合わずにランスに言った。
「ランスさんは双葉さんと私を間違えられましたが、彼女について他にも情報を?」
「手帳に載ってたんだ。 あいつの名前と外見の特徴欄に“長い紫髪の少女”ってな」
(言われてみれば……)
ユリーシャは反射的に紗霧の髪を見て納得した。
紗霧の黒髪は確かに紫がかっており、見方によってはそう見えないこともない。
「それと……バットって書かれていたなあ」
と、ランスは怪訝な顔で思い出しながら言った。
「「バット?」」
その単語に反応したのは本日、その『バット』に関わったまひるとユリーシャ。
「どうした」
ランスの問いに対して、まひるは智機との戦闘を思い出したが、ちょっと怖くなったので「話を進めて」と促した。
紗霧はその単語にもまったく動じていなかった。
尚、現在、魔窟堂は確かめたいことがあると言って、少し離れた所に移動している。
「………。 その手帳には私達、参加者の情報も書かれていたと言う訳ですか」
「まあな。 俺様が確認したのはそいつだけだが」
紗霧は腕組してをしながら息をついて、話を続けた。
「私は会った事はありませんが、魔窟堂さんなら」
「俺も会ったんだ」
恭也は真剣な顔で口を挟む。
その様子にランスは何かを察しながら彼に言った。
「…お前もあいつに襲われたのか?」
「!!」
その問いに恭也は一瞬ショックで凍りつく。
だが、ある意味暴言とも取れるランスの発言に異を唱えることもなく返事を返す。
「……襲われたかどうかまでは、解らない……
でも、俺と仁村さんは……昨晩、星川翼と名乗る少年と出会ったんだ」
「!?」 「?」 「「!!?」」
* * *
恭也の双葉に関する情報提供開始から、五分以上の時が流れた。
その間に東の森を目指して飛行していた智機を発見した魔窟堂も一同に会していた。
「………」
「・・・・・・」
自分が知る双葉に関する情報を伝え終わった恭也と魔窟堂は苦渋の表情で立ち尽くしている。
それとは別に他の4人は無言で何かを考えていた。
「まさか…まさか…このような事に……」
異変を伝えるつもりで、ここに戻ってきた魔窟堂の眉間には苦悩からくる皺が刻まれていく。
「………………」
まひるはいつになく真剣な表情で、誰もいない前方を見つめていた。
魔窟堂は飛行智機の情報を伝えた直後、恭也らから双葉とアインの事について尋ねられた。
魔窟堂はそれを渋ったが、紗霧に促された四人に問いつめられ、かなり深いところまで話さざるをえなくなった。
アインが星川翼を殺害した件を。
「早朝、私達を襲撃してきたのは双葉さんでしたか」
「……どうして…どうしてなんだ」
平然としてる紗霧に対して、恭也はうわごとのように呟き、頭を押さえている。
そう言う恭也も双葉がゲームに乗った理由については大体の見当はついている。それを考えたくないがために疑問を口に出しているに過ぎない。
「今の星川ってのは当然、あいつの作った偽者だろうな」
一応、昨日の昼の放送で星川の名を知っていたランスは納得したように呟く。
「……恐らくは…双葉の式神じゃろう…」
先ほど、陰陽師の式神の事を思い出していた、魔窟堂はしぼり出すようにそう言った。
「し、式神ですか……」
ユリーシャは安堵と落胆が少し入り混じった表情で言う。
式神が何なのかは彼女にはさっぱりだったが。
―――星川翼
ゲーム開始前、ユリーシャに話し掛けてきた少年。
緊張感漂う教室内で、王子様と自称しつつ、気さくに話し掛けてきた彼の事をユリーシャは覚えていた。
既に死んでいたとかは、ここに来るまで考えもしなかったが。
星川は自己紹介をしながら、ユリーシャを元気付けようとしていたが、精神的に余裕がなかったユリーシャはまともに取り合わずにさっさと教室を出て、それっきりだったのだ。
「きっと…心細かったんだな…」
双葉を想い、そう呟く恭也を尻目に魔窟堂はまひるの方に視線を向けた。
「…………………」
星川殺害の件を知ったまひるはただ、ただ、無言でうつむいていた。
(やはり避けては通れぬ問題じゃったか…。 遙殿……タカ殿……)
死んでいった者を思い出しつつ、焦る魔窟堂。
何故なら、アインに関することで皆に伝えきって事件がまだあるからだ。
―――アインによるタカさん殺害の件と、遙殺害の件
素敵医師が絡んだ遙の件はともかく、自らの意思で殺害したタカさんの件を伝えれば、グループのアインに対する心象は更に悪くなる。
特に魔窟堂にとってまひるの心が心配だった。
これまで魔窟堂としては、アインを仲間として迎えたかったのだが。
(お主とて悔しかった筈じゃろう……。 それでも…まだ『ファントム』としてのやり方を続けるのか……?)
魔窟堂はここにはいないアインに対して、心の中で叱責した。
魔窟堂の心の中には、いつしかアインに対して、“また同じような間違いを犯してしまうんじゃないか”という懸念と恐れが根付いていた。
それは、本人にとって自覚したくはなかったが、事実だった。
「・・・・・・・っ!」
魔窟堂は自分のそんな考えを慌てて頭から消して、タカさんの死の真相を話すにはまひるがそれに触れてからだと考え、沈黙を守っていた。
「それで、俺達はこれからナイチ…、双葉とアインに対してどうすればいいんだ?」
ランスは自らの考えを決めた上で紗霧に意見を求めた。
紗霧はそれを見透かしたように、彼等に対して言った。
「皆さんは朽木双葉さんとアインさんを我々の同士として加えたいですか?」
紗霧はランスの方を向き、彼もそれに答えた。
「双葉を加えるのは反対だ。いうか、ああいう奴は俺様のハイパー兵器で何とかしてやらんと、仲間に加えてなんて多分、言わないだろーな」
「ひねくれてますね」と、割とひねくれている紗霧が返す。
紗霧は“ハイパー兵器”が何なのかも疑問に思ったが、嫌な予感がしたのでそれは口にしなかった。
「それにあいつがアリスを殺したかも知れんのだ、それで俺の気が収まるか」
「…………」
ランスの発現にわずかに表情を曇らせたユリーシャと、半ば吐き捨てるように言ったランスを見て、紗霧は少し考えてから言った。
「参加者の中には首輪の盗聴器と発信機の両方を所持していた者がいたのをご存知ですか?」
「なんだと?」
海原琢麿呂の事である。
もっとも、彼が所持していたのは盗聴器だけであり、発信機は紗霧がずっと所持しているのだが。
「その人はもう亡くなってますが、どうやらそれらを行使して次々と参加者に手をかけて行ったみたいなんです」
「……首輪にそんな仕掛けがあったのか?」
「ええ」
紗霧は貴方も気づいてなかったんですかと、言いたい気持ちをこらえて返事した。
「・・・・・・・」
ランスは思い出した。
今日の昼頃になるまで、自分の首輪が解除されてなかったことを。
それに気づく事で、あの時は大して気にも留めてなかったが、運営者が簡単に自分らを見つけられた理由が彼にも解ったのだった。
(グレンの奴……)
とランスは半ば呆れながら、今はなきグレン様に毒づいた。
「…アインさんは?」
ランスはすぐに答えた。
「俺様一人なら加えてやるところだが……無理に加えるのはやめた方がいいんじゃないか?」
ランスは仮にも一国の王である。
美人の武将なら多少性格に難があっても、配下に加えていったが、他の女の部下を殺害していくなら話は別である。
今回の場合は、アインによって他の女の子に危害を加えられるんじゃないかという危険を明確に提示されたが故の回答だった。
紗霧がアインと遭遇していた事を話していれば、別の回答が返ってきただろうが。
(話聞く限り、俺様のハイパー兵器をぶちこむ前に殺りかねないからなぁ…)
と思いながらランスは自分の結論を言った。
「敵として現われたら、捕獲できるなら戦う、できないなら逃げるでどうだ?」
「そうですか…。 そのどちらも適わなかった場合は、彼女らが戦闘不能になるまで戦闘を継続するってことで宜しいですね?」
紗霧のその問いにランスはうなづいたのだった。
紗霧は次は恭也の方を向いた。
「俺は朽木さんとアインさん。 出来るなら両方とも迎えてやりたいと思う」
「…………」
「でも、説得してもだめだったら…」
と恭也はランスの方を見た。
「お前も俺の意見に賛成か?」
「敵として現われてからのくだりからな」
と恭也は言った。
「次は…」
紗霧は次にユリーシャの方を向いた。
「………」
ユリーシャは星川と自分が会った時の事を話そうと思ったが、それは紗霧が求める答えとは関係がなかったので、自分の率直な気持ちのみを口にした。
「私は双葉さんも……アインさんも怖い方だと思います…」
アインは言うまでもなく、双葉はランスを殺しかねない強敵と一時はそう感じていたがゆえのユリーシャの意見。
「……」
「ですが……皆さまがどうしてもとおっしゃるなら……」
と、そうユリーシャは言い、ランスと魔窟堂とまひるを見つめる。
「…」
紗霧は今度は魔窟堂の方を向いた。
「魔窟堂さんも両者説得、敵であればランスさんと同じ考えで宜しいですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
魔窟堂は悩んでいた、自分は結局、アインと双葉が最悪に近い状況に追い込まれるのをただ手をこまねいて見ていただけなのかと。
最悪、自分は絶望のあまり、現実逃避で不幸な自分に陶酔して、努力を無意識に怠っていたのではないかと。
「………」
だが、それでも自分に出来ることを最大限努力してするしかないと言い聞かせて、紗霧に答えを返した。
「ああ……構わんよ…」
(もし、再び遭えたなら己の全てをぶつけて諭すのみ!!)
と、魔窟堂は胸の内でそう叫んだ。
「まひるさんは……」
「あたし……アインさんが星川君と双葉さんにやったことに対して、すごく腹が立ってる」
「!! ま、まひる殿」
覚悟していたとはいえ、その言葉に魔窟堂は少なからずショックを受けた。
紗霧を除く、他の三人は何事かと顔を見合わせた。
「…アインさんは加えない方針ですか?」
「あたしはランス意見には賛成だよ。 あたしはアインさんも双葉さんも受け入れたほうがいいと思ってるよ」
「……?」
「でもさ、それはものすごく難しいことじゃない?」
「……当然ですね」
まひるは手を自分の髪の結び目にやってから、言葉を続けた。
「あたしはアインさんに対して言いたいことがたくさんあるから、今すぐにでも…」
と、言いつつまひるは空を見上げた。
それに対して紗霧は胸の内を表に出さないように心がけながら言った。
「まさか……今すぐ、貴女はあの三白眼ロボを追って東の森に行くおつもりですか?」
東の森の中央部を目指して飛んだ飛行型智機。
それを見つけたからといって紗霧の当面の計画に変更などない。
魔窟堂対策を講じてる可能性があるし、透子とケイブリスがそこいる可能性が高いので、送り込みたくないのだ。
それに運営側が準備を整えていると思われる今だからこそ、ここにいる全員で休憩を取りたかった。
「…あたし一人ならそうしてると思う。 でも、みんながいるから…」
まひるは靴で土をいじりながら、大昔に知り合った友人達を思い出しながら言った。
「結局、貴女は何がやりたいんですか?」
苛々した様子で紗霧は言った。
「あたしがみんなに迷惑かけないで、アインさんと双葉さんを止めるってのは駄目」
と、申し訳無さそうに笑いながら言うまひる。
「不可能ですね」
と、きっぱり紗霧は言った。
それに魔窟堂らは反応するが、追求はしなかった。
正直言って魔窟堂とまひる以外の者にはそんな余裕は無いのがわかっていたからだ。
最速でも、午後六時の放送が終わってからでないと動けそうにない。
「そっか…悔しいな……」
まひるは落胆した表情を見せず、笑顔で紗霧に言葉を返した。
「悔しいって何がですか……? アインさんのことですか?」
「紗霧さんは…ランスの意見に賛成でしょ?」
「……」
思わぬまひるの問いに紗霧は黙ってうなずく。
「このまま……言いたい事を言えずに会えなくなるなんて嫌だなって思っただけ」
「・・・・・・・・・。 私に何をしてほしいんです」
怒りも喜びも無い、淡々とした紗霧の問いにまひるはこう返した。
「紗霧さんがいなかったら、あたしはきっとあのメガネロボ軍団にやられてたと思う」
「………」
「あたし、そんなに強くないし、頭良くないけど、両方ともがんばるから…」
「・・・・・・・・・・・」
「…何か、あの二人を止めるのに、あたしがしてやれることって本当にないかな?」
「………………………………」
紗霧は考えた。そして…
「申し訳ありませんが、まひるさんには出来ることはありません。 ですが…」
と、紗霧は早口で言いつつ魔窟堂の方へ顔を向ける。
「むっ…わしか!!」
と、嬉々して魔窟堂は声を上げた。
「勘違いしないでください。 魔窟堂さんには………」
(二日目 PM4:45 西の森)
「気をつけてね…じっちゃん…」
と言って、しまったという感じでまひるは手に口を当てた。
つい、昔の知人のことを思い出して口に出してしまったからだ。
魔窟堂はそれに軽い違和感を覚えたものの、目を細めてやさしくまひるに語りかけた。
「そう、呼ばれるのも遠い昔の出来事のような気がするの…」
と、まひるの頭に手を置いた。
「くれぐれも東の森の深部に行かないで下さいね」
と、紗霧は釘を刺すのを忘れない。
「真のオタクを嘗めるでない」
と、魔窟堂は手に持った鍵束を懐にしまいこんで言った。
(充分嘗められそうな対象なんですが…)と、隠れオタクの紗霧が心中で毒づいた。
「さっさと行け、じじい」
と横柄に空気に蹴りを入れながらランスは魔窟堂に催促する。
「では行ってくるぞ!!」
と魔窟堂は自分に気合を入れて、加速装置を発動させて、東の森・西部方面を目指して走り去ったのだった。
* * *
「まひるさん、これから嫌というほど働いて頂きますからね」
「やさしくしてよ〜」
「・・・・・・」
紗霧は金属バットを取り出し、そんなまひるの頭を小突いた。
「……」
恭也はそんな二人を暖かく見守っている。
それとは対照的にランスとユリーシャはやや暗い雰囲気で思索していた。
(運営者の連中なら、秋穂やアリスを殺した奴が誰か知ってるよな)
(双葉さんと……アインさん……)
ランスは怒りに血をたぎらせ、ユリーシャは漠然とした不安を抱えて歩く。
紗霧は痛さに頭を抱えたまひるを余所に、チラっとユリーシャの方を見たのだった。
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・】
【現在位置:西の森】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、西の小屋へ向かう】
【備考:全員、首輪解除済み】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランスを中心にグループに協力】
【所持品:ボウガン、スコップ(小)、メス1本、指輪型爆弾×2、小麦粉、
解除装置、白チョーク1箱…は紗霧に隠されてます】
【能力:勘が鋭い】
【備考:疲労(中)、紗霧に対して苦手意識】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:なし 】
【能力:武器がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨2〜3本にヒビ(処置済み)・鎧破損・疲労(小)】
【高町恭也(元08)】
【スタンス:知佳の捜索と説得】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、鉄の杖、保存食】
【能力制限:神速使用不可】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
痛み止めの薬品?を服用】
【月夜御名紗霧(元36)】
【スタンス:反抗者を増やし主催者へぶつける、計画の完遂、モノの確保】
【所持品:対人レーダー、レーザーガン、薬品数種類、謎のペン8本
スペツナズナイフ、金属バット、文房具とノート(雑貨屋で入手)、智機の残骸
の一部、 医療器具(メス・ピンセット)】
【能力:毒舌・隠匿】
【備考:隠しているけど疲労(中)、下腹部に多少の傷有】
【広場まひる(元38)】
【スタンス:智機以外の相手との戦闘はなるべく避ける。
グループが危険に晒されるなら、応戦する
島からの脱出方法を探る】
【所持品:せんべい袋、服3着、干し肉、斧、救急セット、竹篭、スコップ(大)
携帯用バズーカ(残1)、タイガージョーの支給バッグ(中身は不明)】
【能力:身体能力↑、????、怪力、爪、超嗅覚・感覚、片翼、衝撃波(練習中)使用】
【備考:疲労(小)】
【グループ:魔窟堂野武彦(元12)】
【現在位置:西の森→東の森:西部】
【スタンス:運営者殲滅、ある施設の調査・その周囲に目印をつける
午後六時の放送前までに西の森に戻る】
【所持品:軍用オイルライター、銃(45口径・残7×2+2)、
白チョーク数本、スコップ(小)
ヘッドフォンステレオ、マジカルピュアソング、謎のペン8本】
【能力:気合で背景を変えれる、????、???】
【備考:首輪解除済み】