240 誘導

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(二日目 5:10 楡の木周辺)

 芹沢は脱臼した自らの左腕を掴み、強く引っ張った。
 バチンッ…
 脱臼した左腕はゴムのように伸び、間接が元通りになった。
 「(あいつ!?)」
 芹沢の異常な様子にザドゥの表情に軽い驚愕が浮かんだ。
 次にその元凶である素敵医師を睨み付ける。
 素敵医師は挑発交じりに顎をカクカクさせて、銃口を向ける。
 ザドゥはとっさに木の陰に隠れ、移動しながらも注意深く素敵医師が持つ鞄に目を向けた。
 素敵医師はすぐにそれに気づき、鞄を手で撫で付けながら明るい口調で言った。
「きひきひ、ふへへへ……大将…センセのオクスリが欲しいがか?」
「………」
「けんど、くれてやるわけにゃいかんが…よ!」
 そう言いつつ、彼は金属片を取り出し攻撃の機会をうかがう。
 ザドゥは銃以上にそれを警戒し、同時に芹沢を観察した。
 芹沢は鉄扇と銃を手に持ちながら、放置されている虎徹にを拾う機会を伺っている様にザドゥには見えた。
 双方攻撃しないまま一分の時が流れ、ザドゥが二人との距離を徐々に縮めていく。


「ならば…奪うまでだ」
 ザドゥはそう宣言し、攻撃の構えを取る。
「あははははは……アハハハはハハハははははは」
 それに対し、芹沢は左の手刀を構え、ザドゥの首に狙いをつけた。
 素敵医師は格闘戦を始めようとする二人を見て、無言で歯を剥き出しにして笑みを浮かべた。


             ●
 
ギィィィンッ……
十数度目の魔剣と刀の鍔迫り合い。
またもや力負けしたしおりは投げ出され、尻餅をついた。
「……」
「……!」
 しおりはすぐさま起き上がり、脇目も振らずに炎の壁の向こうに避難する。
「はあ……はあ……はぁ…はぁ…」
「…………」
 また追撃できなかった。
 炎の壁を越える自信がなかったからだ。。
 式神が一斉に左の方向へじりじりと移動を始めた。
 アインの死角、左側の方へと。
「(気づかれた……)」 
 アインはため息をつきながら、葉を踏み抜く微かな音を立てて、ためらいがちにゆっくり後退した。
 それは彼女が仕方なく取った持久戦の構えだった。


『………』 
 それは双葉も望んでいたようだった。
 式神はまた動きを止め、気の光を僅かずつ吸収し始めていく。
 
「(こんな事になるなんて…)」
 しおりが式神の動きを真似て左側に歩いていくのを確認しながらそう心で呟く。
 この戦闘を最後まで続ければ、主催者と戦うだけの力を残す事はできそうもない。
 アインはそう確信しつつあった。
「……っ」 
 撤退を呼びかける声無き命令は、ますます強くアインの心身を揺さぶる。
 撤退はできない。
 素敵医師の存在に加え、双葉としおりが組んでしまっているからだ。
 もし素敵医師・双葉・しおりの三人が組んでしまう事になれば、自分の力……もしかしたら魔窟堂の力を借りれたとしても手に負えなくなるかもしれない。
 ザドゥの方も目的が定かではない。
 アインは思った、彼がゲームに乗った参加者を支援する可能性もありえるのではないかと。
 最低でも素敵医師の死亡確認と、しおりか双葉の戦闘力をある程度殺ぐ必要があり。
 彼女はそう素早く判断した。
 暗殺者としての本能と、それとは別の情のせめぎ合いが続き、アインの心身に負担がかかり続ける。
 アインは焦燥に駆られながらも事態の打開に向け、色んな事を思い出して活用しようと考えた。
「(カオス?)」
 アインはさっきから沈黙を続けている、魔剣を意識し始める。
 そう言えば、黒い魔剣はしおりの事を何か知っているようだった。
 彼の知識に賭けてみる事にしよう。
 アインは防御の体勢を解かないまま、注意深く魔剣に問い掛け始めた。



             ●
 
 洞の中の空気が生暖かく感じる。
「はぁ……はぁ…はぁ…」
 双葉は息を整え、注意深く観察を続ける。
 既に身体中、汗でびっしょりだった。
「(アイツ……次は何を?)」
 双葉は注意深く式神をアインの近くに移動させようとする。
 次の瞬間、ばさっ……!と音がして、一本の樹の葉が一斉に地面に落ちた。
「…………!」
 しおりはびくっと身体を震わせたが、アインは身じろぎせず、顔をわずかに手に持った黒い剣の方に向けている。
 ばさっ…とまた樹から多くの枝葉が落ちる。
 一定の間隔を置きながら、次から次へと。
 双葉はその現状に静かに目を伏せた。

「(あたしの、所為なんだ………)」

 双葉は思った。 当然のことだと。
 本来激しい動きをしない植物に戦わせ、あまつさえその生命エネルギーをかき集め、更なる戦闘に使う。
 こんな事を繰り返せば、植物に大きな負担がかかるに決まっている。
 どうしてここに至るまで、気づけなかったのか?
「若葉……」
 彼女は自責の念に駆られ、思わず妹の名を呟いた。
「(会わせる顔ないかも…)」
 双葉は顔を上げ、再度式神に神経を集中させる。
 今、罪悪感に囚われてしまう訳にはいかない。
 ここで立ち止まれば、アインと戦うことさえできなくなるから。
 自らが悪いと思いながら、双葉は闘志を奮い立たせ、戦闘を続けた。 



             ●

 芹沢は大量の落ち葉を被りながら、虎徹を拾い上げる。
「く……!」
 ザドゥが悔しそうな声を上げて、左右に激しく動きながら、芹沢の方に駆け寄った。
「たまやー」
 芹沢は銃剣のトリガーを引こうとする。
「?」
 引けなかった。 ザドゥが事前にトリガー部分がひん曲げていたからだ。彼の演技だった。
「(かかったな!)」
 ザドゥは心中でほくそ笑みながら、身を沈ませ芹沢に体当たりをした。
「え…?」 芹沢は前方に転倒し、地に着いた瞬間、ザドゥは彼女の背後を取った。
 たたたた……と素敵医師の自動小銃が火を噴く。 ザドゥは芹沢を抱きかかえて、寝転がる。
 それから地面を転がりながら回避し、すぐさま落ち葉を巻き上げた。
「ぐっ……」
 それと同時に芹沢の肘鉄を受け、ザドゥは呻き声をあげる。
 彼はそれに構わず、気を全身に漲らせ、二歩下がって奥義を放った。
「死光掌!」
 二発目の死光掌は芹沢の背骨に命中し、彼女の背から毛糸のくずにも似た形の気が溢れた。
 バグっ…ドゴッ…
 反撃は即座に行われれた。
 芹沢の裏拳がザドゥの頬に命中し、続く芹沢の蹴りが倒れた彼を数センチ浮かばせる。
「アタシをナメてない?」
 うめくザドゥに対して言った、その言葉はわずかに怒気を孕んでいた。
 素敵医師はそれを聞き、曖昧な笑みを浮かべ。
 起き上がったザドゥは無言で不適な笑みを浮かべた。
 そんな彼の左手には虎徹が握られていた。
 

(二日目 5:15 楡の木周辺)

 幼い少女の足元に微風で散らされた落ち葉が近づき、一瞬で燃え落ちた。
 強風のごとき音をたてながら、薄いオレンジ色をした熱波は上へと立ち昇り続ける。
 戦いの当事者たちの怒りを具現するかのような熱波の壁は、互いの敵の姿を歪ませて見せた。
 幼い少女――しおりは肩で息をしながら前かがみの姿勢で、壁の向こうのアインを
睨み付ける。
 その闘志の源は凶としての使命感だけではなく、内なるさおりの声によって膨れ上がった
敵意によって培われていた。

「カオス」
《ん?》
「あなた、あの娘を知ってるの?」
 アインは小さな声で魔剣に問いかけた。
「素性は知らんな。じゃが、どういうタイプの……怪物かは心当たりがある」
「怪物?」 
「正確にはそれに変化した奴じゃがな…」
『……』
 飛空していた式神が、ゆっくりとアインの方に近寄って来た。
「…」アインはすぐにそれに気づき、無造作に剣を振り上げようとする。
「!」しおりはその動作を見、好機と見て突撃しようと刀を振り上げた。
「……」アインは攻撃を諦め、ゆっくり剣を下ろす。
 しおりもそれを見て、刀をゆっくりと下ろして隙を伺い続ける。
 式神は刃が届くか届かないかの位置で止まった。
 アインの敵が攻撃してくる様子は、今はない。
 それを認めたカオスの目が動いた。
《………。続けてええか?》
「……構わないわ」 アインはしばし迷ったものの、それに同意した。


《その前にだ、あの娘は参加者か?》
「間違いない筈よ。ゲーム開始時に見た時には、何かの力を持ってるようには見えなかったけれど」
《ゲームの途中からか……。…あいつはな…魔王が進化させる魔人、もしくは魔人が進化させる
使徒によう似とるんじゃ》
「魔人?使徒?」
《知らんのか?》
 アインは僅かに頷いた。カオスはその反応にある確信を持ちつつも、言葉を続ける。
《そうだな……嬢ちゃんがこの島で見かけた者の中に、ピンクの髪の…美樹って名前の小柄な
女の子はおらんかったか?》
「…いなかったわ」

 隙を見せない様、警戒しながらも両者は淡々と会話を続けていく。
 
『……』双葉は人型の式神を通じて、しおりの様子を見た。
「…………」 今のしおりには会話を盗み聞く余裕はなかった。
 少々休んだくらいでは、疲労は消えない。
 アインの強さに焦りつつ、ただ火の勢いを絶やさないよう、気をつけながらアインの動きを
見てるのがやっとの様子だった。
 次は飛行型の式神がアインの方をじっと見た。
 数秒後、式神の目が突然瞬きをした。それは双葉の心の動きと同調していた。

『(剣と会話をしてるの!?)』

                    ●
 
 かさり…と巨木の幹が又、剥がれ落ちた。
 式神の星川はさっきから目を瞑って、徐々に朽ち果てていくその巨木に手を当てていた。
 星川は顔を上げ、巨木に対して何かを呟く。
 ザァ…と巨木から涼風が吹き、僅かな光がこぼれた。
 星川は光を少しずつ吸収していく。


                    ● 

 ぎゅばっ!! どずっ!
 白銀色の気を纏った拳が芹沢の側頭部を掠めたのと、ブーツの踵がザドゥの腹に
食い込んだのは同時だった。
 攻撃を受けた両者は一瞬身をびくんと震わせたものの、すぐさま戦闘態勢を整える。
 ザドゥの額から汗が流れ落ち、髪を更に濡らす。芹沢は水を被ったかのように、汗を全身から飛び散らせた。
 そして両者は互いの得物を構えながら接近し、攻撃を繰り返す。
 がッ…がッ…がッ…ががんっ…… 。虎徹と鉄扇とが幾度もぶつかり合う音が続いた。
 素敵医師は慎重に間合いを計って、銃口をザドゥに向けて、トリガーを引く。
 カチッ…カチ…カチ…
「………」
 弾切れだった。
 素敵医師は弾丸を素早く充填し、少し考えてから、銃を鞄に仕舞った。
 弾数は残り少なかった。それ以上無駄に消費するわけにはいかない。
 それに加え、ザドゥのスピードが落ち、爆弾を当てて斃す事ができそうになって来たのも
そう判断した理由の一つだった。
 
 ガギィーーン!
「グ……」 ザドゥは衝撃に押され、地面を擦りながら後退する。
「…素手の…方が強いじゃん………」
 優位に立っているはずの芹沢は不満げに愚痴をこぼす。
 ザドゥはそれに応えるかのように、すぐさま身を沈め攻撃態勢を取った。
 その動きはさっきと比べて、明らかに遅かった。
 芹沢もそれに習うかのように、身をかがめる。 そのスピードはさっきと変わらなかった。
 ザドゥはローキックを、芹沢は飛び蹴りを同時に放った。
「遅いよ!」
 ゴッ……、芹沢の飛び蹴りがザドゥの顎に命中する。
 ザドゥは仰け反り、虎徹を手放してしまう。


「ウグッ…」
 ザドゥは何とか踏みとどまるが、芹沢の追撃はまだ続く。
 バっ……、と彼女は鉄扇を開いた。
 露になった刃は、明らかにザドゥの首を狙っている。

「…!」
 芹沢の右手が突如、ぶるぶると震え始めた。
「か、カモミール! ささ、下がるぜよ!」
 素敵医師からの警告だった。
 芹沢は口を尖らせつつも、それに従いザドゥから離れた。
 ザドゥは自ら動き、更に距離を置いた。
「ほひ…ほひひひ……」
 金属片を構えつつ、素敵医師は気の抜けたような笑い声をあげた。
「にゃははは……素っちゃん〜クスリきれはじめたみたい〜」  
 芹沢は少し困ったように苦笑しながら、震える片手をひらひらさせた。 
「(も、もう時間切れがかっ!?)」
 素敵医師にとっての状況は急激に悪化した。
 投薬しようにも、自分と芹沢との距離は大分離れているし、仮に接近できたとしても
ザドゥの間合いに入るのは確実だ。
 双葉に足止めを頼むもうにも、彼女はゲームに乗ったと智機から聞いていたのでザドゥ相手では
支援は期待できそうもない。
 ザドゥを芹沢もろとも爆死させる手も考えたが、仮に相打ちに持ち込めたとしても
今度はしおり等の手から彼の身を守れる者がいなくなる。
 仕方なく素敵医師は、少しでも状況を良くしようとザドゥに話を持ちかけた。


「大将……そろそろ、カモミールにおクスリやらんとまずいき……きへへ…」
「………」
 ザドゥは答えず虎徹を拾い上げる。
「で、ほれほれ……禁断症状…おこっちゅうたら、大将もつつ、都合が悪いと思うきね…」「何故だ…?」
「センセのおクスリはき、効き目もばつぐんやき、じゃじゃが副作用もちくときついがよ」
「……………」
「へへへ、下手したら、カモミールはショック死してしまうが…。
 ここ、ここは休戦して、カモミールをセンセのおクスリで……」
「………………」
「…………。けひゃひゃひゃ……もも、もしかして、た、大将はカモミールを
見捨てるっちゅうがか?」
 素敵医師はくしゃみを堪えるかのような声色で言った。
 ザドゥはその質問には答えなかった。
 そして虎徹を持ったまま構え、またも気を練り始めた。
「む、無駄がよ。いくらショック療法やかか、躰のツボついたとこで、こんてーどでは
元には戻らんが……へきゃきゃきゃ……」
 ザドゥは芹沢と素敵医師を交互に見る。
「それに…あん時のカモミールをざんじ助けるにぁ、これしか方法はなかったんじゃか」
 ザドゥはそれを聞き、目を細めた。
「死んだら、ねね願いをかなえるちゅう事はできんが……センセはいいことを…」
「今の状態で本来の願いを口に出せるとは思えんがな」
「…………。へへ、へへへうへうへうへ……。大将……せ先日の放送の前をつごーよく
忘れとらんがか?」
「……」
「カモミールは、せせセンセのおクスリを欲しがってたがよ。
 大将と違って、ここ心やさしいセンセは望みを叶えてあげたんやき。
 ひひひ……非難されるのは心外ぜよ」


「………。俺の部下に幽幻という、貴様と同じ薬剤師がいたが……」
「………?」
「上に伺いも無しに、勝手に味方に投薬するような下品な奴では無かったな」
「……失礼なが……それは…ま、まるでセンセに品がないよーな言い方がね」
 無数の糞尿垂れ流しのジャンキーを飼っていた男の言う台詞ではない。
「気付いてないのだな……。カモミールは半ば自暴自棄に陥っていたに過ぎん……
 貴様はそんなカモミールをわざとこうしたのだ。自らの手駒欲しさにな……」
 ザドゥの口元には嘲笑ともとれる笑みが浮ぶ。

「なな、何言ってるがっ!?せせ、センセの何処が下品がよっ」
 素敵医師は思惑を見破られた上、侮辱され腹を立てて怒鳴る。
「素っちゃん〜、おクスリまだ〜」
「………。ザドゥの大将が邪魔であげることはできんき……」
「ザっちゃん邪魔しないでよ〜」
 ザドゥはゆっくり歩きながら、素敵医師の鞄を見た。
 素敵医師はその様子に気付き、まだ勝機は自分にあると確信する。

「あーあー、大将の読みは大体、当たりぜよ……。じじ、実はオクスリの副作用をおさえる薬も
ちゃ、ちゃんと用意してあるきね」
 と、素敵医師は鞄から薬品の入った二本の注射器を取り出す。


「だだ、だがよ……センセがこれを捨てりゃあ…どう……」
 ザドゥは素敵医師の虚言に取り合わず、芹沢の方へと駆けた。
 立ちながら身体を痙攣させている芹沢を見つつ、先日のアインと遙の対決の報告を思い出す。
 それから、この島に来る前の出来事も思い出した。
「………………っ!」 
 ギリッ……と、芹沢は震える身体を歯を食いしばってなんとか抑えた。
 芹沢は凄絶とも言える笑みを浮かべ、ザドゥを迎え撃とうと地を蹴った。
 
 素敵医師と芹沢の二重攻撃を凌ぎつつ、ザドゥはチャンスが来るのを待った。

                   ●
 
 熱波が空気を震わせ、飛び散ったわずかな炭が散る。
 その中で魔剣は淡々と語り続けた。
《本来なら魔人は不死身でな。その上、自らの血を与える事で手下を増やす事ができるんじゃ》
「……そんな存在をゲームの参加者に加えるとは考え難いわ」
 カオスの話によれば人間にとって魔人とは、カオスともう一方の武器か、高度な特殊魔法を
もってしか倒すことができない、非常に高い戦闘力を持つ存在だという。
 無論、アインは魔法については何も知らないので、その辺は適当に相槌をうっていた。


『(吸血鬼……?まさか…ね)』
 双葉は両者の会話を盗聴していた。口を挟みたい衝動に駆られたが、黙って聞く事にする。
《だろうな……。じゃが、あいつは使徒にしては強すぎるんじゃ。
 元の素質が高かったようにも見えんし、武術や魔法の腕前も素人以下にしか感じんしな》
「………。似てるけど、別の存在ではないかしら?」
 そう返答したアインだったが、そうだとしても疑問は消えそうもなかった。
 力を与えるのが参加側にせよ、主催側にせよ、それができるのならゲームの進行を自らの
都合の良い様に進められるだろう。ゲーム企画者がそんな存在を許すのだろうか?
 たとえ、手下を増やすごとに主の力が減じるとしてもだ。

《かもな……。現にあいつは儂の力抜きでもダメージを受けとるようだ》
 しおりの能力に加点にならないだけマシだが、それでは攻略の糸口にはなり得ない。
 アインはしおりの精神面から弱点を探ろうとした。

「魔人や使徒に変わった場合、当人が受ける代償は何?」
《……………》
 カオスは返答に詰まる。
 自分の知る限り、魔人や使徒そのものには欠点らしい欠点は見あたらなかったからだ。
「………」 
 アインは無言で構える。
 向こうのしおりの呼吸が落ち着いてきて来たからだ。
《欠点と呼べるものかどうかは、解らんが…》
「早く言って…」
《奴等は主に対して、無条件で服従せねばならん》
「……他には?」
 アインの表情が一瞬曇った。
《使徒の場合、主が行動不能……例え、死んだとしてもそれは続く》


「!。それで……それから、どういう行動を取るの?」
《自らの主を復活させようとする》
「……!。あなたの世界では死者を蘇らせる事ができるの?」
 昂ぶった感情を必死に抑えながら、アインは言った。
《……ほとんど不可能だが、魔人だと多少、確率は上がるじゃろうな》
 アインは気持ちを静めながら、しおりを注視した。
 しおりはいつこちらに攻撃を仕掛けてきてもおかしくない様子だった。
 だがこちらの会話の内容には未だ気付いていないようだった。
《使徒は殺されるとそれまでじゃが、魔人は倒されると魔血玉というもんを残す。 
 これには元の魔人の意識が残っておってな、それを消し去らん限り本当の意味では死なん。
 もっとも身動きは取れんがな》

「…あなたがこの島にいた理由が解ったような気がする…」
 カオスがいつからこの島にいたのかアインには知らない。
 だがゲームの歯車に、魔人に類似する者が混ざっているのであれば、企画者が他の参加者に
何らかの救済措置を行うのはおかしくないとアインは思った。
 仮に彼等がカオスを入手することがあったとしても、扱うこと自体にリスクが生じれば
そこに付け込む隙が出てくる可能性だってあると考えた。
《言っておくが……魔人や使徒も儂を扱えるからな。気をつけろよ》
 それを聞いてアインは頷く。
《……。ところで、嬢ちゃんは儂とは別の世界に住んでるじゃろ?》
「……。その話は後にして」
 唐突なカオスの質問に少し詰まりながら、アインはにべもなく言葉を返した。
 カオスはやはりな、と思った。
 彼は以前から幾度か、別世界の人間を見てきていた。
 彼の住んでいた世界も、稀ではあるが別世界の生物が漂着して来る事があるのだ。
 そもそも現魔王も、先代魔王の手によって召喚されてきた異世界の人間だったと聞いている。
 だがカオスがその事実に気付いたのは、アインの自分への反応だけではない。


「!!」 

 しおりが刀を振りかぶり、熱波の壁を突っ切ってアインの方へ向かってくる。
 その呼吸は整っていた。今度こそはと、しおりはアインに挑む。
 アインも同時に気を解放していた。
《(日光も、あの違和感を感じてたんじゃろうか?)》
 しおりの全力の斬撃を、アインは難なく受け止める。
 火花が散って、地面に落ちる。
 地面に落ちた其れは鉄粉。
 また、刀の刃こぼれが増えた。
 それに対し、魔剣は無傷のままだ。
 数瞬、遅れて式神達もしおりに加勢しようと動く。
《(今、儂の体内を駆け巡っとる違和感……。今の使い手からも伝わってたんだろうか?)》
 自分と同じ運命を辿って来た同胞と、現魔王と同じように異界から漂流してきた、ある青年を
思い浮かべながら、カオスは心で呟いた。

                    ●

 数本の注射器がザドゥ目掛けて飛ぶ。
 ザドゥはマント翻らせ、何本かガードした。
「!」
 ガードを掻い潜った一本の注射器が左腕に突き刺さっていた。
 シリンダーが自動的に押し出され、薬物を体内に―――
「ふん」
 ―――注入される前にザドゥは気付き、注射器を手刀で破壊し事なきを得る。
「……」素敵医師はすぐさま、手に持った金属片をザドゥ目掛けて投げた!


 キュボっ!!
 
 金属片が破裂し、虚空に炎が発生する。
 ザドゥがいた場所を中心に数メートルを業火が覆った。
 閃光が辺りを包み、程なくして収まる。
「………」
 爆発から十数メートル離れた所にザドゥがいた。
「はー…はー…」
 呼吸こそ乱れているものの、彼は無傷だった。
「………!」素敵医師は思わず顔を引きつらせる。
「さっすが!こここここ…これでやられちゃ…つまんないよねねね」
 呂律が回らなくなってきた芹沢が喝采をあげる。

「(そろそろだな……)」
 呼吸を整えながら、ザドゥは構えた。
「!!」
 素敵医師はこれをチャンスと見た。さっきのでザドゥと芹沢との距離は離れているからだ。
 素敵医師は鞄から注射器数本と取り出した。
「カモミール!こっちに来るがよ!」
「!」
 ザドゥはそれを見て、弾かれた様に走った。


 ザドゥは虎徹を振りかぶった。
 それに構わず芹沢の方へ走る素敵医師。
 ザドゥは虎徹を投げた。
 びゅん!がっ…… 。虎徹は素敵医師に命中したが、ダメージは無い。
 その代わり体勢を崩し、動きは止まった。
 ザドゥは脚に力を入れ、芹沢に向けて頭から飛び掛る。
 
 注射器が芹沢に刺さる前に、押し倒す事に成功した。
 芹沢が抵抗し、両者は地面をごろごろと転がる。
 ザドゥは芹沢を立たせ、体当たりで距離を置き、気を練り始めた。
 芹沢はザドゥに近づき、素手で殴りつけて来る。
 ごっ…ごっ…がすっ…
 ザドゥは抵抗せず、黙って耐える。

「!?」 素敵医師は迷った。ザドゥを殺すか、芹沢に薬物を投与するのかを。
 ばがっ…! 
 芹沢のハイキックがザドゥの左側頭部を強打する。
「………っ」
 ぐらりと、ザドゥの身体が傾いた。
 素敵医師は自分の欲求に従い、芹沢に注射することに決めた。
「オクスリがよっ!」
 注射器をかざし近寄る素敵医師。
 禁断症状に耐えていた芹沢は攻撃を止め、彼の方を振り向く。
 ザドゥの手が大地を着いた。
 注射針と芹沢との距離が縮まっていく。
 ザドゥの拳はもう芹沢には直撃しそうにない。
 素敵医師はニタリと笑いながら言った。
『生き物っちゅうのは、化学反応で成り立ってるが。いいくら大将が小細工したがて、センセ相手じゃムダがよ」 

 
 素敵医師からの挑発に構わず、ザドゥは奥義を放つ。
 
「死光掌!!」

 注射針と芹沢の肌との距離数センチの所だった。
 ザドゥの掌は素敵医師と芹沢の腕に命中し、気の奔流は二人の間を通り過ぎた。
「ウグッ……」
 ザドゥから苦悶のうめきが漏れた。
 
「なな、何度やったちムダだとゆーのが……」
 勝ち誇ったかのように素敵医師は声をあげ、注射器を芹沢に投与しようとする。
「!?」 腕を動かせない。
「な、なななっ…なな…」
 それどころか彼は、身体さえ満足に動かせないでいた。 
「はーはー……貴様にも効いたようだな」
 
 ザドゥは自らの身体に鞭打ち、距離を置き、虎徹を拾う。それを地面に突き立てて、またも気を練り始めた。
「何したがっ!」
「……」
 ザドゥは答えなかった。そんな余裕は無かったからだ。
「かか、カモミールの命がおよけなくないがかっ」
 と言いつつ、素敵医師は目を動かし芹沢を見た。
「!?」
 芹沢は座り込んでいた。
 ところが素敵医師の予想とは逆に痙攣は少し治まっており、呼吸も弱くなってるような事はなかった。
 ザドゥはそれを見て、思わず安堵の息を漏らしそうになった。
「こここ……こ答えるがよっ!」
 自身が動けないのは、タイガージョーが食らった技を受けたからだというのは素敵医師にも理解できた。
 だが芹沢の禁断症状が沈静化してる現象は理解できないでいた。


「…………」
 
 死光掌を素敵医師に当ててから十数秒が経過した。
 
 びくっ…びくんっと芹沢の身体が痙攣し始めた。
 素敵医師の右腕も動き始めた。
 それを険しい表情で見つめ、ザドゥは言い放つ。
「来い!!」
 気はまだ練り切れていない。
 麻痺が収まった素敵医師は注射器を両手で構え、宣言した。
「こーなったら、大将をセンセのおクスリの虜にしちゃる……」
 飛び道具を使ったところで時間を与えるだけだ。
 ならば、自らの再生能力に賭けつつ、相手の目標が芹沢であることを逆手に取って
攻めるまでだ。

「け、け、け、けぇ、けひゃぁぁぁああああああああっっ!!」
 奇声を発しつつ、八本の注射器を武器に素敵医師は踊りかかった。
 マントで注射針を防ぎつつ、ザドゥは攻撃を回避し続ける。
 「………!」
 その攻撃はザドゥの予想よりも正確で早かった。
 奥義を放てるだけの気は防御しながらでも溜めることができる。
 だが、今のザドゥに素敵医師を掻い潜れるだけの隙を見つけることは困難だった。
「へけけけけけけけけけ……さっきのの威勢はどうしたがかッ!?」
「っ……!」
 いつまでも、防ぎきれるものではない。
 狂撃掌を撃てば、攻撃ごと簡単に素敵医師に大ダメージを与えることができるかも知れない。
 だが、今撃てば死光掌を使うのにまた気を溜める必要が出てくる。
 それに素敵医師の見た目から察するに、ホラー映画に出てくるような不死身の怪物が
持つ特殊能力を持っていてもおかしくないとザドゥは判断していた。

 
 ザドゥは素早く後方へ下がる。
 それに素敵医師が追従し、注射器を突き出す。
「っ…!」 ザドゥの右腕に針が刺さった。
 ザドゥは左手で虎徹の柄を強く握り締め、右腕を素早く振った。
 針は皮膚と肉を切り裂き、抜けた。
 ザドゥのミドルキックが飛び、素敵医師は後方に跳んで避けた。
 ザドゥは両手で虎徹を下段に構える。
 ダァンっ!と銃声が響いた。

「「!」」
 弾丸はザドゥにも素敵医師にも当たらなかった。
 芹沢がガクガク震えながら、闘志を漲らせながら銃をザドゥに向けて撃っていた。
「き、きへへへ、きひゃひゃひゃひゃっ……流石がよ!新撰組局長ォ!!」
 芹沢は焦点の合わない目で、ただし切羽詰った表情で尚も銃弾を放とうと構えていた。
「かはっ…かはっ……アタシがやややっらないと…」
 ザドゥはすぐさま下がりながら虎徹を地面に降ろした。
「そうがよっ。はは、はようしやせんとセンセと新撰組のみんなが死きしまうぜよ!」
 素敵医師は芝居がかった様子で芹沢を鼓舞した。
 ザドゥは一瞬の隙を突いて、素早く素敵医師の背後に回る。

「…!?」
 素敵医師の首が180度回転し、にやけた顔でザドゥを見た。
 ザドゥは死光掌の構えを取った。 
 もう銃弾を避ける自信はなかった。
 芹沢は銃を構え、狙いを付け、大声で叫ぶ。
「あああああああ、アタシがやややらなきゃきゃ、みんながーーー……!!」
「くっ……」

 
 ズゥンっ………

 
――――その時、大地が揺れた


                      ●

  アインはゆっくりとした足取りでしおりの方へ歩み寄る。
 ズ…ズ…ズ……。しおりは左足を引きずりながら、後退する。
「(い、いたいよぅ……)さおりちゃん…しっかり…」
 左アキレス腱を踏み砕かれた痛みに耐えながら、しおりはさおりを励ます。
 その光景に表情を変えないまま、アインは近づく。
 その身体は小刻みに震えていたが、カオス以外誰も気付かなかった。
 式神達は二人の周囲を囲んでいる。
 内一体は右肩から斜めへ亀裂が入っていた。
 ふっと一瞬、アインの視界が真っ暗になる。
 彼女は疲労を表に出さず、しおりに語りかけた。
「わたしは参加者じゃないわ…」
「?」いきなりなアインの発言にしおりは困惑した。
 飛空型式神が二人に近づこうとする。
「あなたの目的がどちらにしろ、これ以上、わたしと戦うべきではない」
『な、何寝ぼけた言ってんのよっ!』
 双葉の激昂した非難の声が飛ぶが、アインはそれを無視して言葉を続ける。
「…あなたは生きて、望みを適えたいのでしょう?」
『アンタ!あれだけの事をこの娘にしといて、よくも、ぬけぬけとっ!!』
「…………」しおりはアインを黙って見つめていた。


「…マスターに生き返ってもらうの……それで、さおりちゃんともいっしょに……いっしょに…」
「………………」
 しおりは上目遣いに、たどたどしく自らの希望を口にした。
 それを聞いたアインの目の光が一瞬、消えた。
「それで…それで…」
「………………。あなたは参加者を斃したいのね」
「! う、う……」
 即座に返答しまうところだった。
 だがその反応でアインには目的が解った。
『………!』 双葉もそれを察し、息を呑んだ。
「なら、わたしを殺せたとしても徒労に終わる。ゲームの外にいるから…」
『…!あんたも参加者でしょうが!あの娘を殺そうとしてたじゃない!!』「………」
 しおりは何か言いたそうにアインを見た。
「その証拠にわたしは首輪を着けてない。わたしはあなたが攻撃してきたから反撃したまで。
 …強いから手加減できなかった。ごめんなさい。」
 そう言いつつ、アインは表情も声色も変えないまま、式神達を一瞥する。
「けれど彼らが参加者だと解った以上、あなたと戦い続ける理由は無い」

「え?」しおりは式神達を見た。
『ぐ…』式神達がぎぎぎ…という音と共に動き出す。
 しおりはしばし迷い、言った。
「まって!……本当なの!?」
「本当よ…ただし彼らは本体じゃない。彼らを操っている首輪を着けた参加者が、ここの近くにいるはず」
『!』 式神が一斉に襲い掛かった。アインはそれらを避け続け、時折視線をしおりに向けた。
 式神達の動きはさっきと比べ乱雑で今のアインにも容易に躱せた。
 しおりが半ば呆然とそれを見守る。
 やがて式神達の攻撃が止むと、すぐさまアインの近くへ移動した。
「じゃ、じゃあ、この人たちは…?」
「ゲームに乗った参加者があなたを利用してるんでしょうね」
『!! ち…、あたしはっ……!」
「だったら何故、声色を変えて協力を申し込んだのかしら? どうして自ら姿を現さないのかしら?」


『…………………………………』 
 双葉にはその理由を口に出せなかった。
 ほぼ確実に殺されると予想できたから、姿を現せなかった。
 彼女の意地がそれを口に出す事を許さないでいた。
 この状況で運営者をも相手にする余裕がないから、真意を口に出せなかったのだ。
「……それにあなたの『マスター』は完全には死んでないかも知れない」
「え?」
「知らないようね。あなたのマスターは別の世界の住人でしょ?」
「ど、どうして知ってるの!?」
「わたしの目的の一つはゲームの調査。参加者は一部の例外を除いて、それぞれ別の世界を生きているわ。
 常識は必ずしも通用しない。もう一度、その人を調べれば見なければ生死は判断できないわ」
「…………」
 初めて病院で魔窟堂らと話した結果出た推測と、まりなの情報。
 アインはそれらを合わして交渉の材料として使ったのだ。
「で、でも放送で…」
「主催者が本当の事を言うとは限らないわ」
『……この、うそつき…』かすれた声で双葉は言った。
 アインは構える。
「!」しおりがはっと息をのんだ。
「この話を聞いても、まだわたしとの戦いを続けるのなら…」
 震える手でしおりは刀を構える。
「わたしは最期まで、全力であなた達姉妹に抵抗する」


「…………!」 
 アインの気迫に押され、しおりは思わず唾を飲み込む。
『上等…じゃない』
「仮にわたしを殺せたとしても、直後に彼らが裏切ったらあなた達はどうするつもりかしら?」
「!?」
『!。あ、あたしは…そんなこと…』
「彼らはいくら傷ついても、それを操っている参加者は無傷のままよ。
 あなたはそんな人を信用できるの?」
 双葉の言葉を遮り、アインは続ける。
「…………」
「…それにもし、あなたがマスターを本当に想うのなら、よく考えなければ駄目」
 アインは構えたまま、しおりの脇を見た。
「…………?」
「わたしはこの先に用があるの。おとなしく道を譲るなら、あなた達に危害を加えない。
 譲らないのなら、あなたの願いはもう適えられない」
「で、でも…」しおりは迷った。
『…………』 式神達が動き始める。
「あなた一人の問題ではない筈よ。生き残らなければならないのでしょう?
 それにわたしの方が上手く行けば、あなたの願いも早く適えられるかも知れないわ」
 アインの身体から闘気がうっすらと湧き出る。
「(…………)」しおりは首を下げた。


「これで、最後」
 その言葉と共に、アインは大地を蹴った。
 式神達が走り出す。
 しおりは顔を俯かせたまま動かない。
 式神達の動きは乱雑なままだ。
「…!」「………」 
 アインがしおりの横を通り並んだ。
『!』 こぅっ…と式神が発光し、追跡スピードが上がった。
 しおりの背後に控えてた式神二体が、アインへと向かう。
「!」『!』 しおりが動く。
「…」アインは気を完全には解放しなかった。

 ―――アインは式神の包囲網を抜けた

『…………え…?』
 一体の式神が炎上していた。
 しおりの目には惑いがあった。だが…
 ざんっざんっざんっざんっざんっざん…
 手に持った日本刀はもう一方の式神を無常に切り裂き続ける。
『…………!』バラバラにされた式神は白い炎をあげて消滅した。
 炎上を続けていた式神が強く発光した。
 包んでいた炎は掻き消え、式神が元の姿に戻る。
『はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…』
 しおりは深呼吸した。
「ね、言ったとおりでしょ、楽になるって」
 『さおり』はしおりに言った。
「さおりちゃん……。
 これはあいつほど強くないから、きりぬけられるよ。
 でも…でも……しょうがないよね…」

 
 しおりは式神達を見て、おずおずと攻撃態勢をとった。
「(このままじゃ…さおりちゃん、もたなかったもん)」
 互いに慎重に、対峙するしおりと四体の式神達。
 時間は刻々と流れる。双葉はしおりに言った。
『あんた……きっと後でアイツに……殺される…よ…』
 泣きそうな声だった。

「……………」
 しおりはそれに対し、何も言わなかった。


                     ●


「……」星川は自らの左手に持った棒状のものを見た。
 それから自分の手を視認する。
 安堵のため息をついた。
 彼の顔色はあまり良くない。
 彼は右手を自らの胸に突き立てた。
 姿が揺らぎ、顔が苦痛に歪む。
 右手は棒状の物体を掴んでいた。


                    ●


 ダァン!
 ザドゥの頭上を弾丸が通り過ぎた。
「「「………!」」」 
 突然、起こった地震に彼等の足元はすくわれていた。
 ザドゥを除いては。
 彼は素敵医師に飛び掛かり、マントを顔に巻き付けた。
「っ………」
 それから、マントの上から顔を掴み、横に回した。
 めきめきめき……と、素敵医師の頚椎と気管音が破壊される音がした。
「…」ザドゥは素敵医師の首を一周させても、なお回し続ける。
 時折肘鉄も入れた。音が少し小さくなっていく。 
 ごぽっ…とヘルメットの中で素敵医師は吐血した。
 ザドゥは油断なく身体にも蹴りを打ち込みながら芹沢の様子を確認する。
「ふん……」 
 手を離し、地面に崩れ落ちる前に、念の為に素敵医師の右足に渾身の蹴りを入れる。
 ばきッ…。骨が折れ、素敵医師は言葉もなく地面に倒れこんだ。
 ザドゥは芹沢の方へ走った。


 それから数十秒のち、意識を失った素敵医師の頭部から、赤い蒸気が立ち昇り始めた。

                    ●

 吐く息は荒い。だが走るスピードはまだ、落ちていない。
 これなら、まだ主催者と戦える。
 アインはそう実感しながら、楡の木に向かって走る。
《…………。気は生命力でもあるからな、使いすぎに気をつけろよ》
 カオスの忠告に、アインは頷く。
《どうした…?》
 アインは顔を青ざめさせていた。
 カオスの問いにも答えられなかった。
「(……こんな手に引っかかるなんて…)」
 どちらかといえば、切り抜けるわずかな隙を作るための方便で、
 同士討ちにまで持ち込めるとは思ってはなかった。
「……!」 ふとアインの脳裏に数年前の出来事が浮んだ。
 
 夜。
 そこには二人の男がいた。
 一人は自分を抱えながら嘲笑する、銃を持った銀髪の中年男だった。
 デザートイーグルを手に持ち、自分達に向かって叫ぶ少年だった。
 あの時、自分は玲二に仇をなすサイスを反射的に庇ってしまったのだ。

   
「っ……」アインは顔をしかめながら、頭からその光景を振り払おうとした。
「…………」何で、この状況で頭に浮かんだのか自分でも解らなかった。
《…油断するなよ》
 アインは記憶を取り戻した直後の玲二とのやり取りを思い出す。
「(彼も記憶を取り戻す前から、こんな気分を味わってきたの?)」
 身体の内部に冷たく重い何かが残留するような嫌な異物感。
 アインはそれを消し去るべく、素敵医師への憎悪を呼び起こす。
「……」芥が焼却されるかのように徐々にソレが消えていくのを感じた。
 アインは深いため息をついた。
 相手が単独ならカオスの力抜きでも充分対処できる。しおりでもだ。
《…………》
 アインは走った。

「………………」  

 苦肉の策だった。


                    ●

 真っ赤に染まった視界と朦朧とした意識。
 素敵医師は被ったヘルメットを取り、芹沢の姿を探した。
 がくんっ…ぶらぶら……
「……………」
 首が背中の方へ折れ曲がり、意識が飛んで、彼はまた仰向けに倒れた。
 一瞬だけだが、ザドゥが芹沢の背中に両手を当てている光景が見える。
 素敵医師の首の回りには、ぶくぶくと高熱の泡が吹き出し続けていた。


「………」意識がはっきりとしてきた。
 素敵医師は立ち上がった。折れた足も完全に治っていた。
 ザドゥはそれに気付き、息を切らしながらもこちらを見据えた。
 次に素敵医師は芹沢の姿を探した。
「………!?」
 芹沢の姿を発見した素敵医師は目を見張った。
 彼女は倒れていた。
 だが痙攣は治まり、呼吸も規則正しく動いている。
 有り得ない…と、素敵医師はもう一度、芹沢を見た。
「!?」なんと彼女の身体から、ザドゥのような気が湧き出ていた。


                      ●

 しおりの刀が式神を貫く。
 それに笑みを浮かべていたさおりの顔が驚愕に歪む。
 式神が発光し始めたのだ。
 とっさに突き刺さった刀を抜こうとするが、抜けない。
 式神は突如、駒のように回転し始める。
 さおりは刀を掴んだままふんばるが、木に二回激突し、離してしまう。
 刀を持った式神は動きを止め、ぶるぶると震えた。
 その現象はさおりが再び動くよりも早く起こった。
 ばきっ!と音がして刺さっていた日本刀が折れた。

 切っ先が地面に落ちたのを見て、さおりはあの時のザドゥの言葉を思い出す。


『……ならば参加者を殺せ。その方が遥かに容易い。貴様の能力ならば
 今残っている参加者の多くを屠る事ができる筈だ』


「うそつき……」さおりの拳に火が点る。
『ッ………』式神は動こうとするものの、急激に気を消費し動けない。
 さおりは高速度で式神の懐に潜り込み、火炎拳を連打した。
『…』 式神は一瞬で炎上し、崩れ落ちた。
「うそつき、うそつき…」さおりは残る三体の式神を睨み付けた。

                    ●

「……………」 
 地震が起こった直後、アインは急激な脱力感に襲われていた。
 やむなく、走るのを止め、ゆっくり歩きながら調子を取り戻そうとした。
「……」様子を見たが、周囲にはまだ誰もいないようだ。
 この地震は神が起したものなのだろうか?アインはそう疑問に思った。
《近いぞ》
 言われて、アインは気配を消し、足音を消しながら慎重に歩く。
「………」さっきまでの脱力感は、ほぼ消えつつあった。



【アイン(元23)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:素敵医師殺害】
【所持品:スパス12 、魔剣カオス、小型包丁4本、針数本
     鉛筆、マッチ、包帯、手袋、ピアノ線】
【能力:カオス抜刀時、身体能力上昇(振るうたびに精神に負担)】
【備考:左眼失明、首輪解除済み、軽い幻覚、肉体にダメージ(中)、肉体・精神疲労(中)】
     
【しおり(28)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:しおり人格・参加者殺害、さおり人格・隙あらば無差別に殺害、双方とも慎重に行動】
【所持品:なし】
【能力:凶化・身体能力大幅に上昇、発火能力使用 、回復能力あり】
【備考:首輪を装着中、多重人格=現在、さおり人格が主導
    全身打撲で能力低下、ダメージ(中)疲労(大)】

【朽木双葉(16)】
【現在位置:楡の木広場】
【スタンス:アイン打倒、首輪の解除、素敵医師と一応共闘】
【所持品:呪符10枚程度、薬草多数、自家製解毒剤1人分
      ベレッタM92F(装填数15+1×3)、メス1本】
【能力:植物の交信と陰陽術と幻術、植物の兵器化
     兵器化の乱用は肉体にダメージ、
     自家製解毒剤服用により一時的に毒物に耐性】
【備考:双葉は能力制限の原因は首輪だと考えている、首輪装着
    楡の木を中心に結界を発動、強化された式神三体を使役
    疲労(大)、ダメージ(小)、士気低下
     (内一体ダメージ(大)、内二体ダメージ(中))】


【式神星川(双葉の式神)】
【現在位置:楡の木付近→しおりのいる場所】
【スタンス:???】
【所持品:植物兵器化用の呪符10枚】
【能力制限:幻術と植物との交信】
【備考:幻術をメインに使う】


【主催者:ザドゥ】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:素敵医師への懲罰、参加者への不干渉、カモミール救出】
【所持品:ボロボロのマント、通信機】
【能力:我流の格闘術と気を操る、右手に中度の火傷あり、疲労(大)、ダメージ(小)】
【備考:疲労により身体能力低下】

【素敵医師(長谷川均)】
【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:アインの鹵獲+???、朽木双葉と一応共闘】
【所持品:メス2本・専用メス2本、注射器数十本・薬品多数
     小型自動小銃(予備弾丸なし)、謎の黒い小型機械
     カード型爆弾一枚、閃光弾一つ、防弾チョッキ】
【能力:異常再生(限度あり)、擬似死】
【備考:独立勢力、主催者サイドから離脱、疲労(小)
    肉体ダメージ(小)】


【カモミール・芹沢】
【現在位置:ザドゥの近く】
【スタンス;???】
【所持品:虎徹(魔力発動で威力増大、ただし発動中は重量増大、使用者の体力を大きく消耗させる)
     鉄扇、トカレフ】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)、死光掌4HIT】
【備考:気絶。禁断症状沈静化。中度の脱水症状だが、一応戦闘可能。疲労(大)、薬物の影響により腹部損傷】


【追記:しおりVS双葉。 離れたところでザドゥVS素敵医師。少し離れてカモミール芹沢が気絶。
    近くにアインが潜伏。式神星川移動中。更に離れた位置に智機待機 現在PM5:25頃】




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241 経路思索
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242 Management persons

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239 アインVSしおり&双葉
アイン
242 Management persons
朽木双葉
243 敗北
しおり
魔剣カオス
253 奈落は人形達の傍らに
238 降り積もり、残るモノ
ザドゥ
242 Management persons
素敵医師
カモミール・芹沢
228 戦鬼は集う
式神星川
243 敗北