243 敗北

243 敗北


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(一日目 PM5:30 東の森) 

『さおり』は式神に跳ね飛ばされた。
そして背中を木に打ちつける。
まただ……
『さおり』は身体中に走る鈍い痛みの中、ぼんやりとそう思っていた。
三体の式神と、その上空を舞う十体もの白い蝙蝠のような式神が彼女の包囲を継続する。
『さおり』はすぐに人型式神を見据え、左手を上げようとした。
それを受けて一体の式神が猛スピードで突進する。
『さおり』気だるそうに息を吐き、避けるか迎撃するか迷う。
そして左手周辺の空気が微かに揺らぐ。
拳が空を切ったのと、人型式神の足元から飛び出した飛行型式神に腹部を殴打されたのは同時。
彼女は苦痛に腹を押さえ、数歩後ずさった。
空を舞っているのは偵察に使っていた式神だ。
巨漢型の式神と同じように、生命エネルギーを注ぎ強化したのだ。


これが夢だったら……いいのに…
憔悴しきった『さおり』の様子を見てしおりはそう思った。

私たち……地震がおこる前までは勝ってたはず
さおりちゃんがころんで、それからあの白いやつらがにげだして
やつらをおいかけて……それから……それから


息を整える間もなく、『さおり』は後方に吹っ飛ばされる。
肉体の痛みを感じていないしおりは、どうにか考え続けた。

じゃまな枯れ葉にまぎれて、白いなにかがぶつかってきた
私たち……いっしゅん、気を失いそうになったけど…がんばって……たえて
そうしたら……やつらがいなくなって……
にげた先ににザドゥさんがいるかもしれないから、私たちは立ちどまったんだ
1分くらいやつらがこなかったから、もう……休みながらマスターのところに行こ、と言ったら
さおりちゃんがはっきりと私に言ったんだ
『そのまえに、この森……焼いちゃわない』って……
私はザドゥさんやあの女の人がいるからダメだよって言った
それからさおりちゃんは……

『さおり』は低い唸り声を上げた。
それから絶叫にも似た雄叫びをあげ、両腕に火をおこし、式神達に闇雲に攻撃しようとした。
彼女は気付けなかった。
腕に炎が発生していなかったことに。
自らの両腕を見て愕然とした直後だった。
拳が式神に当たったのと、小型の式神が彼女の顔面にめり込んだのは。
『さおり』はもんどりうって倒れ、式神達は距離を取る。
式神は全くダメージを受けていない。
炎を纏っていない攻撃は高速であるにも関わらず、とても弱かった。
糸が切れたかのように、少女の身体に疲労が圧し掛かった。
『さおり』はすぐには立ち上がれそうになかった。
それでも式神達は立ち上がるまで攻撃しなかった。


……そんなんじゃダメってさおりちゃんは言った
それ言うとおもってた……
私はじさつこういだよって言った
そうしたら、さおりちゃんはあのふたりは強いから死ぬことはないってかえした
うそでしょ……ころすつもりでしょって私は言った……
そんなつもりはないって言った
うそ
でもさおりちゃんをかなしませたくないから、だまった
じゃあ、ころすのはあいつらだけにしようといった
さおりちゃんは少し考えて、あいつらのおやだまを殺してから、あそこにいこうと言った
私はそれでがまんしようとした、だってけんかしたくないもん
さおりちゃんは、こっそりかれた木に次々と火をつけ始めた
いっしょにわらってたら、あいつらがでてきて
白いこうもりが出てきて、それをころせなくて、また白い何かにぶつかって、ねむたくなって……
いつのまにかさおりちゃんがピンチになったんだ
あ……また、なぐられた…
ああ……どんどんザドゥさんからはなれていっちゃう……な
私たちつよくなれたのに、また弱くなっちゃったかな
…………私、これからどうすればいいのかなあ……


                            ●

もうすぐ範囲外か……

双葉の式神は確実に『さおり』を双葉本体から遠ざけていた。
『さおり』が気力を振り絞って立ち上がり、疾走する。
それは彼女が出せる最高の速さだ。
双葉は全く動揺しなかった。
『さおり』は瞬時に式神達の背後に回り込む。
式神を破壊しようと拳を振り上げた瞬間、何体かの式神が地面に落下。
『さおり』はそれに気を取られたものの、攻撃を続行しようとする。
落下してない式神が彼女の死角から現れ、左肩に突き刺さった。
少女は悲鳴をあげ、炎はかき消えた。

もし双葉の視点が人型の式神からなら、動きについて来れなかっただろう。
視点は敵の攻撃が届かない上空に飛んでいる式神からだ。
背後に回り込もうが関係ない。
それに敵の姿をはっきり見ないですむので、いろんな意味で攻撃しやすいのだ。



この子供がアイツだったら良かったのに

双葉は痛めつけている少女を見て心底そう思った。
共闘していた時点でさえ、技量そのものはアインと比べるまでもなく低かった。
双葉と比べてもかなりの開きがあった。
その証拠にちょっとしたフェイントにも何度も引っかかるし、手数も極端に少ない。
その上、アイン離脱後の時点でかなり疲弊していたのに加え、火力以外の能力が大分低下した。
今のしおりは双葉にして見れば、アインよりはるかに弱く感じる。
もっとも直に対面すれば、こちらの方が殺される可能性は高いだろうが、この条件下なら話は別だった。


                              ●

無理しすぎた所為か星川は意識を失っていた。
星川は覚醒するや否や、慌てて起き上がり音もなく駆けた。
『仲間』達の屍を乗り越えながら。
あの少女を探すために。
彼が今取っている行動は本来、与えられた役目を放棄しただけでなく
彼らの主を更なる危険に曝すという愚行と言える。
彼はその事にまだ気付いていなかった。


                            ●



つう……と双葉の肩の傷から血が流れる。
木の壁にもたれ、あぐらをかいている双葉はそれを感じた。

あの子に幻術を掛けたときからだ…
またあの痛みだ
……原因は薬なんかじゃなかった……

双葉は少し焦ったが、今の戦闘に影響を及ぼすほど慌てていない。
しおりに裏切られたショックからの虚脱感もほぼ消えていた。
『さおり』が引きつった顔でよろよろと後退して行くのが双葉には見えた。
双葉は式神達を動かし、容易く敵を包囲する。


このまま総攻撃を仕掛ければ、しおりをミンチ状にまで破壊して敵を葬ることができるだろう。
もしくはこのまま彼女を十数メートル後退させれば、結界の範囲外。
双葉が降伏を勧告し、少女がそれに従うなら簡単に校舎跡まで逃がせるだろう。

双葉はどちらを選択しようかと迷っていた。
同時に迷ってる時間もないと自覚している。
ここまで敵を追い詰めることができたのは
幻術で動きを止めた所を回復させる間も与えず、攻撃を続けたからだ。
回復させてしまえば、形勢を逆転されかねないのは既に解っている。
彼女はあくまで冷静だった。
双葉は森を焼き払おうとした時の『さおり』の形相を思い出してこう判断した。


野放しなんかできない

飛行型の式神が『さおり』の横面を張り倒す。
よろついたところを今度は数体の式神が何度もつつく。
それを実行している術者の額から苦悩からくる汗が滴り落ちた。
標的は双葉自らが護ろうとし、共に助け合おうと情を注ごうとした相手だった。
頭を抱え、大きく息を吐こうとした標的の背中を式神が殴打した。
苦悶する少女の様子を双葉は目を逸らさずに見続けていた。

もう、どうでもいい……
あたしも、あの子も……

双葉はため息をつく。
最初は『さおり』を幻術で足止めして、その隙にアインと決着つけようと思った。
単独では勝ち目がないのを承知の上で、だ。
その前に星川の所在を確かめたかった。
そうしたら楡の木の近くにはいなかった。
その事に彼女は慌てた、次にアインや素敵医師の所在を確かめようとした。
その時、偶然にも見つけたのだ透子と智機を。
双葉は主催者が包囲していると判断し、そのことに恐怖した。
やけくそになった彼女は、二人に攻撃しようかと思った。
だが星川の所在確認が先だと自分に言い聞かせ、行動を控えた。
首輪を爆破されるかも、という恐怖心があったのもその要因だ。
透子が別の位置に転移したのを確認し、すぐに透子の周囲を確かめた。


その近くにアイン達はいた。
ザドゥと明らかに疲弊し、芹沢が気絶している中、アインと素敵医師はまだ大丈夫そうに見えた。
素敵医師が生きていることに希望を見出し、すぐさま式神の集合地帯に意識を移した。
そして、その時見てしまったのだ。
歪んだ笑みで嬉しそうに森を燃やそうとするしおりの姿を。
彼女は自分の中で何かが切れたのを感じ、しおりに対してこう思った。

あの子は…………もう駄目だ……

むさい男相手だったら、こんな思いはしなかったな

双葉はそう自嘲し、『さおり』を痛め続ける。

まともな奴から見れば、あたしは悪人以外の何者でもないんだろうな
もっとも自分が善人だとは思ったことなんかないけど
むしろ、今ではロクデナシ以外の何者でもないけどね

それはそうだ……
恩人を……
好きな相手を……いや、好きだと思っていた相手を二度も裏切ったんだから

双葉はしおりと共闘する前のことを思いだす。

あの時、あいつはここから逃げようって言ってた
あたしはそれを聞くつもりははなからなかった
逃げ場所なんかないし、アイツに負けたくないからという理由で、あっさりあたしはあいつを拒絶した
……だから、傍にいなくなったのかな

……もう少し言葉を選べばよかった


人型の式神がゆっくりと『さおり』を轢いていく。
骨が肉が次々と砕ける音が聞こえた気がした。

あの包帯男、やられたのかな……

轢いても尚、淡々と攻撃を続ける。

高い声が双葉の耳に入ったのは間もなくだった。
声の主は血まみれで所々に骨を露出させた、もはや原型を止めていない少女だった。
何を言ってるのか、双葉は聞き取ることができなかった。
気管が潰れてるいるのだろう。
ただ、何を伝えようとしてるのかは何となくわかった。

――――タスケテ

命乞いしているのは明らかだ。
懸命に同じ発音を少女は繰り返した。
常人なら下手すれば卒倒しかねない、その光景を前にしても、双葉は目を背けなかった。
自分が陰鬱になっていくのを感じながらも、どっちの人格と心でぼやく。
これまでどおり構えは解かず、用心深く準備する。
目の前の少女を観察する。


時間が経つにつれ、少女は言葉を話せるくらいに回復していく。
少女にとってそれまでの時間は長く感じただろう。
一体の式神がそっと近づいてきた。
少女から見たその式神は敵意はなく、自分へ手を差し伸べたように見えた。
耳に風のような音が木霊する中、其れにまぎれ初めて式神が柔かい声をだしたような気がした。
少女はおずおずと式神に抱きついた。
式神はそれを拒絶しなかった
身体中は痛かったが、少女は命拾いできたと安堵した。
身体全体が徐々に回復していく。
部位の中で回復が特に早かったのは左手だった。
その治癒スピードはこれまでで一番速かった。
少女は突如痙攣にも似た身震いをした。
何かを押さえ込むように、歯を食いしばる。
抱きつかれた式神はそれには無反応だった。
震えと苦悶が消え、少女は口元を歪める。
『さおり』になった。


こいつがほんたいだ
ね、しおりちゃん
これまでとおり、こうすればかんたんにころせるんだよ

今なら鉄をも溶かす業火を再び生み出せる。
少女は左手を動かし、抱きついてた式神を狩らんとする。
少女に攻撃を忘れさせるほどの激痛が背中に走ったのは、その時だった。
『さおり』の背には、いつのまにか三体の小型の式神が張り付いていた。

また幻術を掛けられていたのだ。
少女が言葉を紡ぐ前に、双葉は告げた。

『本当に残念よ』

無感情だが、それはさおりの心にも染み渡る声だった。
式神達はそのまま躊躇いもなく、『さおり』の背骨を噛み砕いた。
想像を絶する苦痛の中、恐怖を感じる間もなく自らが急速に消滅していくのを感じながら、
『さおり』は自分達の敗北を悟った。


                          ●

そろそろ放送かな……

双葉はぼんやりとそう考えながら、耳を済ませた。
二人以上の人間が近づいてくるのが解った。
素敵医師の甲高い声と、何やら叫んでいるアインの声だ。
もうすぐか……と双葉は思った。
双葉はそれぞれの手を首輪と肩の傷に当てた。
じんわりと後悔と未練が彼女の心を満たした。
心の中でさえ、その全てを単語で表し切れそうもない。
彼女は厳めしい顔をした男の姿をあえてを思い出した。
それは以前から反発していた彼女の父親だ。

「こんな人間のまま終わるんだったら、もう少し言う事、訊けばよかったかな……」

そう自嘲し、式神の方に意識を移す。
背骨を砕かれたしおりが見えた。
血を流し、瞳孔を開き、弱弱しく痙攣しながらも、まだ生きている。
だが、もう傷が急速に回復していく様子はなかった。


双葉はこれからのことを考えた。

間もなくあたしはあの包帯男と組んでアイツと戦うことになる
だけど……

それを自覚したのはしおりに裏切られた時か、本物の星川が殺された時だったのか。
その時期は今となってはどうでもいいと考えたかった。
再びアインと戦い、しおりに勝った今、はっきりとその事を認める決心がついた。

あたしが望む形であいつに勝つ事はできない

別にランスほどの修羅場を潜っていた訳でもなく、魔窟堂ほど長生きしてるわけでもない。
未来をはっきり予知できる異能力者でもない。
ただ……理屈抜きで双葉の心がそれを告げていたのだ。
彼女は今ここで泣き喚きたかった。
だが、それを我慢し勤めて平静を装っていた。
双葉はしおりを見て、二人の人間を思い出しつつ、自問した。


アイツほど憎いわけじゃないのに……
なんであたしはこの子を一思いに殺さなかったんだろう


双子を守ろうとしているように見えた、既に死んだ名も知らない少女のためか。
本物の星川の志を継ぎたかったからか。
ギリギリまでしおりの人間性に期待してたのか。
双葉にはもう解らなかった。

なら何でこの子を守ろうとしたんだろ

それに続く言葉はすんなりと浮かんだ。

そうだ、あたしは命を賭けてでも誰かを守りたかったんだ
その上でアインを思い切り後悔させたかったんだ

双葉は深いため息とともにゆっくりと立ち上がった。
彼女の眼はまだしおりを見据えている。

火をつけようとしたとき、あたしはあの子にやめてと言った
ちょっとだけ黙ってたけど、嘲るような嫌な笑い顔を見せて
そして、こっちに向かって……
手遅れだとは思っても見なかった
手を組めるなら一人でも生き残らせてやりたかった
あれじゃ、自滅するのが落ちだ
あんな状態でも時間が経てば動き出すかもしれない
あたしにはどうする事も出来ない

そうして双葉に沸き起こるのは更なる自己嫌悪だった。


言い訳よね……
反主催の今後のために殺すなんて動機は要らない
……手を掛ける理由なんて、こんなのでいい

『アンタはあたしの復讐の邪魔になるのよ』

式神を通じて、しおりに言い放った。
しおりからは何の反応もなかったし、意識があっても喋る力もなかっただろう。
双葉はうなだれ、自らの言葉を心に刻む。

……アイツ等と戦って、死のう

もう、この戦いに生き残った後の事など考えたくはなかった。
本物の星川を生き返らせたかったが、あんな神が相手では望み薄だと言い聞かせた。
反主催に助けて貰うというムシのいい未来を思い浮かべたくなかった。
勝利によって自信を持ち、またゲームに乗るのはもっと嫌だった。
それは心の片隅で今も願っている願望だと思うから、なお更だ。
自らの命と憎しみをもって、アインに復讐するのみだ。


人型式神の一体が徐々に後ろ倒しに前方を浮かし、
ゆっくりしおりに近づいてくる。
空いてる空間はスイカ一個分以上。
式神は車で言うウイリーにも似た態勢まま、しおりの頭を踏み砕かんとしていた。
頭を砕き、その中身を地面に擦りこませるために。
そして、双葉は告げた。

『だから死んで』

誰かが叫んだ。
枯死しつつある森がざわめいたように感じた。
双葉はハッとし、思わず声の主を探した。

『星川』

執行者のすぐそばには式神の星川が居た。
そして、瀕死のしおりを、血のついた式神達を悲しげに見つめていた。


それは定時放送まであと10分の出来事。
                           


【朽木双葉(16)】 【現在位置:楡の木の洞】
【スタンス:素敵医師と一応共闘、アイン打倒、可能なら主催者に特攻
       自己嫌悪、星川と会話してからしおりに止めを刺すつもり】
【所持品:呪符7枚程度、薬草多数、自家製解毒剤1人分
      ベレッタM92F(装填数15+1×3)、メス1本】
【能力:植物の交信と陰陽術と幻術、植物の兵器化
     兵器化の乱用は肉体にダメージ、
     自家製解毒剤服用により一時的に毒物に耐性】
【備考:双葉は能力制限の原因は首輪だと考えている、首輪装着
    楡の木を中心に結界を発動、強化された式神三体に加え、
    偵察型の式神10体も攻撃可能
    疲労(中)、ダメージ(小)、(内一体ダメージ(大)、内二体ダメージ(中))】

【式神星川(双葉の式神)】 【現在位置:楡の木付近、しおりが倒れている場所】
【スタンス:???、双葉と会話】 【所持品:植物兵器化用の呪符10枚】
【能力制限:幻術と植物との交信】 【備考:疲労(小)、幻術をメインに使う】


【しおり(28)】 【現在位置:楡の木広場付近】
【スタンス:????、さおりちゃんやマスターに会いたい】
【所持品:なし】
【能力:凶化、発火能力使用 、
    大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:首輪を装着中、全身に多大なダメージを受け瀕死の重傷
    気絶、歩行可能になるには最低三時間の安静が必要
    戦闘可能までには同じくらいの時間が必要、多重人格消失】

【現在、PM5:50】



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式神星川