245 智機の目に映るもの/透子の目に見えるもの

245 智機の目に映るもの/透子の目に見えるもの


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御陵透子には潜在的な自滅願望がある。
無為な時間を長時間過ごすと、自同律を失い消えてしまう。
尤も、消えてしまうのは人間という肉の器のみであり、
思惟生命体としての彼女の思惟/情報は失われることはない。
あるとき、ふと、新たな肉の器を纏った彼女がこの世に現れる。
神の如き能力『世界の読み替え』を行使する彼女もまた、
大局的な観点に於いては輪廻の内に身を置く存在故。

何かに興味を持つこと。
それが無為な時間を無くすコツなのだと
かつての透子の保護者・青砥は彼女に繰り返し繰り返し教示した。
そういうものだと言われたので、
そういうものかと受け入れて、
そういう生活を反復してきたこの『透子』の肉の器は、
なるほど、確かに今までの転生体より格段に長持ちしているようだ。

それをプランナーたちは十分承知していた。
透子が自同律を失わぬよう、ある仕掛けを施していた。
思惟生命体だった時分の最愛のパートナーの記憶/記録の断片を、
この作られた島にばら撒いたのだ。
透子がそれを検索している間は、彼女は自同律を失なわない。

彼女はその意図に見事に嵌っている。
嵌められていることに気づいてはいる。
それでもなお乗っている。
過剰なほどに。
今現在においても。

双葉vsしおりの壮絶な最終局面に立ち会っているにも関わらず、
彼女はそれに目もくれず、記憶/記録の検索を行っているのだから。





(二日目 PM5:50 東の森・楡の木広場)

『おち○ちんがすごかったから』『エネミー・ゼロだ!!』

(アリスメンディはここでランスと出会い、
 猪乃健はここで高町恭也と攻防を繰り広げた。
 どちらも面白味のある記憶。……でも、今は邪魔なだけ。
 捜し求めているものじゃない)

透子の思いに砂粒の如くまぶされた焦りと苛立ちは、
思念の検索範囲が狭くなっていることに起因する。
おかげで透子は自ら動き回らなくてはならなくなった。
それに伴い、参加者との接触も主催者との会話も増加した。
ゆえに、いやがおうにも検索時間が削られる。
あるいはこの状況に透子を追い込むことこそが、
検索範囲制限の理由なのかもしれない。

「一息に決めればもう終わっていたものを……
 なぜトドメを刺さずに姿を現したのでしょうかね、朽木双葉は。
 全く、人間というのは不合理です」

レプリカ智機の無駄口が透子の検索の邪魔をする。

「そう」

透子はそっけなく答え、目も合わせない。
ゲームに乗った2人がゲームに添って戦っている。それだけの事。
感動も無い。感傷も無い。興味も無い。

透子は焦点の合わぬ双眸をさらに現実からシフトさせ、
夕闇に染まりつつある空の検索を再開した。


また、2つの思念が透子の網にかかった。

『はんっ! そんなもん、餞別代りにくれてやるよ!』
『素晴らしい。この少女もまた―――処女のようだ』

(篠原秋穂はここで落ち込む高町恭也と決別し、
 勝沼紳一はここで眠る朽木双葉に劣情を抱いた。
 ふぅ。ここに来てから外ればかり引く)

透子はしばし瞑目し、疲労感の溜まった両の瞼を揉む。
揉みながら意識した。違和感。
今の記録はどこかおかしい。
透子は通信機の向こうの智機本体に向けて情報の提供を要請。
レスポンスは即座だった。

「椎名智機。勝沼紳一の移動経路を教えて。スタート地点から」
『学校から南下、南の海岸線伝いに漁具倉庫へ。
 同地点で神条真人と合流してのち、同地点と漁港を往復。
 最後は南の磯にて月夜御名紗霧に敗北死』
「勝沼紳一の次のセリフを全文検索して。
 『この少女もまた―――処女のようだ』」
『ヒット数ゼロ。あいまい検索もゼロ。
 しかし参加者に興味を持つとは、透子、貴方にしては珍しい』

珍しく透子から話題を振られて嬉しかったのか、智機が話題を振り返す。
透子は無視。聞くべき事は聞き終えた故。
透子に興味を抱かれていない智機では、キャッチボールは成り立たたぬ。

(やっぱりそう。私の記憶は正しかった。
 彼は朽木双葉と出会っていない。東の森に立ち入ったことも。
 この記憶は―――)

「―――存在自体がありえない」


紳一は最後まで首輪を解除しなかった。
ゆえに、智機が彼の行動を拾い漏らすはずがない。
その完璧なはずの記録の、この遺漏情報は一体なんなのか。

御陵透子の胸に異物感が宿り、彼女はそれを幻視する。
目の前に上手く隠蔽された陥穽。
透子の存在を、参加理由を、
ことによっては、それら全ての根源を揺るがすような、
重く、暗い、不吉な陥穽を。

透子は息を呑む。

両の指の数に満たぬ歩みで忽ち暗い顎に飲み込まれる。
決して落ちてはならない。
しかしまた、覗かなくてはならない。
底にある物を見極めずただ避けてしまえば、
いずれ先に訪れる決定的な何かの存在を見落としてしまう。

それは、監察官としての義務感によるものか、
透子個人としての直観によるものか、
あるいはその両方が渾然一体となったものが、
彼女に警告を発していた。

ここがターニング・ポイント。


透子が向きを変えた。
途端、それが合図になったかのように……

背後からしおりの泣き声が聞こえてきた。
双葉の動揺が感じられた。
式神星川が走る気配がした。
レプリカ智機の警戒レベルが上昇した。

だが透子は気にしない。気にならない。
既に目的を持ったが故に。
夢遊病者の如き安定感を欠く足取りで、戦場に背を向ける。
勝沼紳一の足取りを洗いなおすために。
智機の機械の耳目ではこの陥穽は捉えられない。

(わたしがやるしかない)

レプリカ智機が透子に向けて何か喚いていた。
職務を放棄するなという内容を、小難しく、皮肉を込めて。
透子は無視。
なぜならこれは職務放棄ではないから。
それが証拠に、契約のロケットは沈黙を保っている。
彼女の行為は監察官としての役目を逸脱していない。

―――今のところは、だが。
 

【監察官:御陵透子】
【現在位置:楡の木広場 → 村落西部・衣装小屋(紳一の死体)】
【スタンス:@ 紳一の記憶検索
      A ルール違反者に対する警告・束縛、偵察】
【所持品:契約のロケット、通信機】
【能力:中距離での意志感知と読心
    瞬間移動、幽体化(連続使用は不可、ロケットの効果)
    原因は不明だが能力制限あり、
    瞬間移動はある程度の連続使用が可能。他にも特殊能力あり】
【備考:疲労(小)、必要が生じれば自動的に監察業務へ戻る】



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