247 我も彼も

247 我も彼も


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(二日目 PM5:58 本拠地・管制室)

しおりを中心として発生した炎は、
いまやその周囲に燃え広がり、
すでに森林火災と呼んでもよい広がりを見せている。
生木を燃やす煙はもうもうと立ち込め、
しおりからやや距離をおいて対峙/潜伏しているもう一組にも
その長い腕をのばしつつある。

しかし―――ザドゥも、アインも、素敵医師も。
視線、聴覚、嗅覚、その他全ての感覚を研ぎ澄まし、
互いの挙動にのみその全てを注いでいる。
まもなく我が身を炎が飲み込んでしまうというのにも関わらず。

なんという集中力。
なんという胆力。
死をも恐れぬ、これが達人同士の凌ぎ合いか。
余人の目にはそうも映ろう。

だが機械の無機質な眼差しだけは、真っ直ぐに朽木双葉を捉えていた。

本拠地、管制室。
椎名智機は、同期中のN−13(レプリカ汎用機体13号)を通じて、
状況を分析していた。
今、室内には彼女一人。
同僚にして同盟者ケイブリスは別室にて食事中。


「Yes! Yes! Yes!
 朽木双葉、ピンチをチャンスに変えるその創意と機転、
 実に見事です。天晴れです」

智機の喝采は状況を正しく見極めた故。
幻術は機械の眼までは欺けぬ。

ザドゥたちは火災を認識の外に追いやっているのでは無い。
火災を認識できないだけだ。
認識されぬまま広場にいる全員を焼き殺す。
双葉渾身の一策。

「だが、いつまでここに留まる気なのだ、朽木双葉。
 憎きアインの死に目を見たいと思う気持ちは理解するが、
 そろそろ撤退されては如何かな」

そう、智機は分かっていない。
肝心なことが分かっていない。
双葉のこの策が単にアインを仕留める策などではなく、
周り全てを巻き込んだ無理心中なのだということが。
人間になることを切望し、その為の観察と研究に余念の無い智機だが、
自らを放棄する「やけくそ」な状況は想像できない。

なぜなら智機は―――
このオリジナル智機は、【自己保存】を最優先事項として
プログラムされた機体故に。


「しかし――― ふむん。 これは少々やりすぎか。
 対象がアインだけなら問題ないが、
 主催者たちすら焼死してしまう危険性がある。
 おお、なんというアンビバレンツ!
 ゲームに乗りつつ主催者に反抗しているなどとは」

今後起こりうる問題に対処すべく、
智機は火災と幻術に連なる大小三千を超える状況をシミュレート。
論理演算機構が判断基準関数に各種条件群を放り込む。
結論は即座にD−01(白兵戦仕様レプリカ)に無線で伝えられた。

「智機、ザドゥと芹沢の身柄の確保/保護を。
 火災に関する情報は全て【気づかないことにされる】ようだから、
 説得は困難。実力行使にて遂行されたし。
 なお、あなたの自己保存は慮外におきなさい」

レプリカ達の最優先事項は【ゲーム進行の円滑化】。
故に智機のこの命令は破綻していない。
機械には機械のルールがある。
これは決して残酷な話ではない。

『Yes、了解した、智機。しかし任務達成は困難を極める。
 なぜならザドゥが本気で抵抗した場合、わたしが破壊されるからだ。
 だから提案しよう。N−13の持つ筋弛緩剤を譲渡するという提案を』
「Yes、了解した、智機。いまそちらに向かおう」

通信終了。智機が同期するN−13がD−01の位置情報を検索。
補足する前に視界がブラックアウトした。
同期エラー。リンク強制解除。


智機の意識はオリジナル智機に強制送還。
回復した視野に管制室の見慣れたモニタ群が飛び込んだ。

火災の余波でN−13のカメラがやられた。
最初に智機が思ったのがそれだった。
しかし、直ぐに気付いた。
視野だけの問題なら同期エラーは起こりえない。
まさかという思いを乗せ、智機はN−13へ回線確認信号を飛ばす。
   > ping 212.182.2x.125
直ぐに初回試行の結果が返る。
   > Request timed out.
メッセージは相手との連絡が規定時間内に行なえなかったと告げている。
   > Request timed out.
回線や処理速度の関係で1度や2度、タイムアウトになることはある。
   > Request timed out.
しかし、4度全てがそうだとすると、真っ先に疑うべきは―――
   > Request timed out.
送信先が破壊された、という事だ。
   > Packets: Sent = 4, Received = 0, Lost = 4 (100% loss)
 
智機は混乱した。

「Why!? Why!? Why!?
 このありえない破壊はいったい何故起こった?」

智機の情動発生器が激しく振幅。
基準値を大きく上回り、冷却要請イベントが発生。
即座にトランキライズ処理が実行され、
情動波形が正常値に戻る。


混乱から回復した智機は、D−01に無線を飛ばす。
―――返答なし。
まさか、という思いでD−01にPingを飛ばす。
―――応答なし。

押し寄せる不安をトランキライズ処理で緩和。
言い知れぬ恐怖もトランキライズ処理で緩和。
熱暴走を防ぐべく、水冷ユニットを起動。
後頭部に開いた2本の排気口より蒸気が排出された。

「……2機ロストの原因はあとで探ろう。
 今、最も問題にすべきは楡の木広場周辺の様子が
 全く把握できないこと。
 この件から処理してゆこうか」

智機は学校に待機しているNシリーズのうち4機を起動。
自動行動にて楡の木広場へ派遣しようと、
コンソールに手をかけ――― 手を止めた。
侵入者の存在に気づいたから。

未起動のモニタに映る座した智機。
その後ろに陽炎の如くゆらりと立ち昇るは幽玄の美。
御陵透子。

「警告対象:管理者03、椎名智機」
「警告事由:ゲーム管理の阻害」
「朽木双葉の策略に手を出してはならない」
「でないと」
「……死ぬことになる」


沈黙、いくばくか。
透子に気づかれぬようこっそりと排気/吸気を整えた智機が、
皮肉を以ってこう応えた。
冴えたやり方のつもりだった。

「Yes、Yes、御陵透子。
 君がそんなジョークを言うなんて驚きだ。
 しかし些かブラックに過ぎる。
 さらに些かタイミングが悪い。
 今のわたしは現状の把握だけで手一杯なのだから」

しかし、智機は気づいていない。
モニタに映る己の頬が醜く引きつっていることを。
モニタに映る己の足が小刻みに震えていることを。
つまり、智機は気づいていた。
この警告は本物だ。

「わたしは冗談は言わない」

透子の口調には篭る僅かな不機嫌の響きは、
この島にきて初めて自主的に動き出した矢先に、
警告に駆り出されたが為。


智機は言葉を紡ぐ。
結論は分かっている。恐ろしい結論は。足場を崩す結論は。
だが、それを受け入れるための時間が欲しい。
トランキライザでは癒せぬ混乱を鎮める為の時間が。
みっともなくあがく為の時間が。

「Wait、Wait、Wait。 待ってくれ御陵透子。
 君の言いたいことはきっとこうだ。
 警告の理由は以下の通りだ。
 朽木双葉の策略を妨げようとしたから――― 正解かな?」
「正解」
「さらに質問しよう。 そして自ら答えよう。
 わたしの分身たるかわいいN−13とD−01。
 いたいけな彼女たちをどうにかしたのは誰だ?
 君だね?」
「ぴんぽん」

ただし、透子自体にもN−13とD−01が
どうなったのかはわからない。
透子の『世界の読み替え』は彼女の思いに自動的に反応し、
どう読み替わるかは彼女にも予測不可能だから。
いずれ、項を割いて語られることもあるだろうが、
現状は以下の説明に留めておく。

―――――――――――――――――――――――――――――――
  * 透子の「双葉の邪魔を許さない」という思いが、
  * 契約のロケットを通じてプランナーに許可され、
  * 結果、許されない存在であるところの2機が爆散した。
―――――――――――――――――――――――――――――――


透子の瞳は動かない。透子の瞳は瞬かない。
ただまっすぐ智機の瞳を見ている。
より正確には、智機を目で縛り付けている。

「ならばその行為は性急に過ぎた。
 あるいは独断が過ぎると言うべきか」
「それで?」

智機は今置かれている状況・心境を辞書検索。
検索結果は古いことわざ。
蛇に睨まれた蛙。
即座に検索を後悔。メモリから削除。

「わたしの行為はね、御陵透子。
 確かに副次的にアインに影響を与えるかもしれないが
 わたしの演算回路が算出した最適解なのですよ」
「だから?」

健気にも言葉を返す智機。
一言発するたびにトランキライズを複数回使用。

「同胞たるザドゥと芹沢を助けることこそ、
 今後のゲームの進行に必要……
 なのでは…… ないのか。
 ないのですね?」
「そう」


智機はあがき終えた。
直感ではとうの昔に出し終えていた結論をようやく飲み込んだ。

「主催者の命は、ゲームの進行を妨げてまでして
 守るものではないのですね?
 『上』は、そう考えているのですね?」

透子の返答は無情だった。

「最初からそういってる」
「あなたは理解が遅い」

(結論としては…… つまり、そう。
 わたしの認識している立場は誤りだった。
 主催者が参加者の上に君臨しているという、誤り。
 ひとつ上の立場から盤面を俯瞰してみれば―――
 主催者は主催者という名の駒。
 参加者は参加者という名の駒。
 我も彼も。全てが。
 ゲームの駒に過ぎない)

警戒レベルを3段階上げた智機の自己保存欲求が、
関係各プログラムに生存戦略の練り直しを要求する。

時刻はPM6:00を回っていた。



【主催者:椎名智機】
【現在位置:本拠地・管制室】
【所持品:レプリカ智機(学校付近に10体待機、本拠地に40体待機 、6体は島中を徘徊)
(本体と同じく内蔵型スタン・ナックルと軽・重火器多数所持)】
【スタンス:ゲームに関わる認識の再構築】
【能力:内蔵型スタンナックル、軽重火器装備、他】

【監察官:御陵透子】
【現在位置:本拠地・管制室】
【スタンス:@ ルール違反者に対する警告・束縛、偵察
      A 紳一の記憶検索】
【所持品:契約のロケット、通信機】
【能力:中距離での意志感知と読心
    瞬間移動、幽体化(連続使用は不可、ロケットの効果)
    原因は不明だが能力制限あり、
    瞬間移動はある程度の連続使用が可能。他にも特殊能力あり】
【備考:疲労(小)、必要が無くなれば自主的に紳一の記憶検索を再開】

                 ―――レプリカ智機N−13 爆散
                 ―――レプリカ智機白兵タイプD−01 爆散



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