252 歪な盤上の歪な駒

252 歪な盤上の歪な駒


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『頭が痛い』

 もし生身の肉体を持つものならば発せられたであろう言葉の示すものに智機は襲われていた。
(違う。所詮、これは行き場のない答えの出ない複雑な演算処理によるもの!!)
 椅子を掴む手に力が込められ、ギリギリと機械が軋むような音が聞こえる。
(No.16朽木双葉、No27しおりの確保はこれで不可能!! ザドゥに至ってももはや今からでは此方からは間に合わん!!
 素敵医師もカモミール芹沢もどうすればいいというのだ!!)
 己の目論見が完全に潰され、智機はやり場のない怒りに襲われていた。
(おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、おのれ!!)
 口惜しい。
 今、彼女を支配している『感情』は紛れもなく『怒り』であった。
(透子のやつめ!!)
 忌々しく、思考の中で智機は先の会話をリピートした。

『主催者の命は、ゲームの進行を妨げてまでして
 守るものではないのですね?』
『最初からそういってる』

―――ゲームの進行を妨げてまでして主催者の命を助ける理由がない。

 確かに、彼女の言わんとする理は適っていた。
 ゲームの進行とは別のところで運営陣同士の派閥争いが起きようが、
その結果殺害が起きようが、ゲームの進行さえ遂行されれば良いというのだ。
 ザドゥが素敵医師を制裁しようとしても透子が止めようとしないのはそういうことだ。
 参加者が参加者を殺すために広範囲にわたる攻撃を行なった際、近くにいた運営者が死ぬことになっても助けてはいけない。
 それは近寄った運営者が悪いのであり、運営者を助けようとし、そのためにゲームの妨害をしてはならない。
 つまり、その場にいる運営者の自業自得なのである。


(そんなことは解りきってる!! だが!)

 尤も、それは先刻までの話だ。
 既に運営者も舞台に引き上げられてる以上、降りかかる火の粉を払わねばどうすると言うのだ。
 この後に及んで、素敵意思、ザドゥ、カモミール芹沢ら運営陣の巻き込みも狙いに含まれていたとしても。
双葉がアインを殺そうとしている意思がある以上、そちらが優先されるべき。
 と言うのである。
 双葉の行為は、確実に巻き込みを狙っている。
 森の中にいる彼女が彼ら運営陣を気づかぬはずはないのだ。
 しかし、その意図が明らかに見えていたとしても、それは智機のサイドからすれば確定の弁が取れているわけではないのだ。
 即ち、透子はそれをもってして過剰な介入と警告を発した。
 あくまで彼女は、
「仲たがいを起こし、このような結末を引き起こした運営が無能であったのであり、それは『上』の命令規定から外れたものではない。
 よって、『上』の意思の元である」
 と宣言しているのだ。
 チェスの駒は決まった動きしかしてはいけないというのである。
 それ以外が許されるはずがない。
 しかし、智機はプランナーへの連絡権を与えられている。
 プランナーとしても出来る限りゲームは成功させたいという意思があると彼女は思っている。


では、

―――主催者がゲームの進行を手助けするのは是非か。

 先の智機の真の意図は此方だ。
 素敵医師の介入が実力行使で止められなかったのは『ゲーム内を引っ掻き回すこと』ではあっても『ゲームの進行を妨げる』に抵触しなかったからだろう。
 彼は、徹底的に参加者同士が争う為の混沌とした場を提供する道化師を演じつづけた。
 参加者同士の殺し合いを煽るという結果の方が副産物と言えど、素敵医師の行動はその結果を生み出している。
 つまり、ゲームの遂行を妨害しない行為は、先の運営陣同士の仲違いも、進行を加速させる行為も、許されるのだ。
 度重なる警告に従わない首輪を外した反乱者を殺すのも、参加者の確保も、許されるのである。

―――はずなのである。

 透子が智機の真の意図に気づいていないとは考えにくい。
 仮に気づいてないのだとしても、それは言葉の警告で事足りた筈だ。
 分機の破壊まで行なうのは、過剰な行為ではないだろうか。
 つまり、気づいてないのだとしたら、運営者同士の仲違いだ。
 己の力を誇示し、智機の力を削ごうとしているのであり、お互いに牽制しあっていた状態を崩すと明言しているに他ならない。
 ならば、智機サイドによるルールに乗っ取っての透子への攻撃も許すと彼女は誘っているのかもしれない。
 気づいているのだとしたら……。
 反乱者への処遇を行なう間、参加者達を保護するのは一時的とはいえ、参加者同士のゲーム進行を妨げることであり、妨害に抵触するというのか。
 だが、それが阻害になるのなら、かつて素敵医師も散々似たようなことをしている。
 しかし、今は違う。
 反乱者達が運営者を倒してしまい、反乱者達と参加者達が残りどちらが勝とうと『上』が新たに提示した達成条件はクリアされる。
 参加者が自滅し、反乱者が残り運営者達と戦おうとも許可されるのだ。


つまりそれは……

―――ゲームの終了が運営者による反乱者の始末の場合は、運営陣に課せられた条約は達成されない。
 
 ギリッ!!
 智機の椅子を掴む力が一段と強くなった。
 例えば、今は怪しいが狭霧や、かつて存在していた鬼作のような、主催者にぶつけて自分は生き延びるというスタンスの人間の起こした結果なら問題はない。
 しかし、純粋に反乱者達が残り、仮に運営側が始末に成功したら、それは契約の条件であったゲームの成功ではない=願いは叶えられない。

これでは、ザドゥが何と言おうと最初から素敵医師のように積極的に介入すれば良かったのだろうか。
 いや、過ぎたことを思考しても仕方がなかった。
 では、もはや運営者達は運に身を任せるしかないということを透子は言っているのか。
 だとしたら、これでは何のための契約だったか解らない。
 透子の願いとは運次第で「適えばいいや」という気軽なものなのか。
 彼女は諦めた気持ちでいるというのか。
 
(もはや猶予はない……)

 透子の意図は測れない。
 彼女に問い掛けたとしても返ってくることはないだろう。

(やるしかないか……)

 ケイブリスとの会話で浮かんだ案、それがあってもギリギリまで粘ってきた。
 無能者という烙印を押されたくないが故に。
 しかし、問い掛けることが無謀だとしても己の願いに関わる譲れない一線である。
 答えが解っていようとも賭けるしかない。
 『上』が契約をどう捉えているのかを確かめるためにも。
 『上』のゲームを成功させたいという意思は何であるのかを。
 このゲームの真の形を確信させるためにも。
 
―――プランナーへの接見を。



【主催者:椎名智機】
【現在位置:本拠地・管制室】
【所持品:レプリカ智機(学校付近に10体待機、本拠地に40体待機 、6体は島中を徘徊)
(本体と同じく内蔵型スタン・ナックルと軽・重火器多数所持)】
【スタンス:ゲームに関わる認識の再構築】
【能力:内蔵型スタンナックル、軽重火器装備、他】



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