253 奈落は人形達の傍らに
253 奈落は人形達の傍らに
前の話へ<< 250話〜299話へ
>>次の話へ
下へ 第七回放送までへ
〜カオス〜
(二日目 PM5:58 東の森・楡の木広場付近)
切っ先を地面に突き立てられた一本の剣があった。
その剣――黒い魔剣カオスは現在の己の境遇を嘆いていた。
現所持者であるアインに置いていかれたのが原因ではない。
原因は自らに起こった変化によるものだった。
<ぐっ……心のちんちんが出んのう……>
彼は剣の形から別の形状へと変化する能力は持っていない。
その代わりに、彼曰く心のちんちん――オーラーの触手のようなものを発現させることが可能であった。
いつもならそれを駆使して、ある程度の自律行動を行えるはずだった。
だが、ここに来てからはまったく発現できそうになかった。
これだけ時間と集中を持ってしても出せる気配はない。
ここに来てようやく、一旦諦めた方が良いとカオスは苦渋の判断をし、意識をこの場の戦闘の分析に切り替えた。
背後から流れる黒煙をものともせず、茂みの向こうに聳え立つ巨木に目を向け考えた。
彼はとうにこの周囲の異変に気づいていた。
動じないのは彼が無機生命体たるインテリジェンスソードである為。
毒はもとより、鉄を溶かす高温を持ってしても彼に影響を及ばさない。
<…………!>
アインと離れる前と比べ、変化がある事をカオスは察知した。
巨木からは生命エネルギーによる威圧が、茂みの向こうからは強者達によって放たれる緊張が、背後からは熱が、
地面からはかすかな違和感がそれぞれ感じられる。
かすかな違和感。 それこそがこの戦場に加えられた新たな要素。
儂以外に気づいた奴はいるか?
アイン達はいつ動く?
カオスはそう思いつつも巨木に再度目を向けた。
(…………動かないのではなく、動けないのか?)
発火元はあの幼女だろうが、以前巨木から感じられる威圧感からしておそらく女術者は健在。
だが火と煙をこのまま放置すれば、半ば枯れた木々を中心に燃え広がり、
発火元の人外の幼女はともかく、強くても人であるアイン達は命の危険に曝される。
この威圧感がこれまで通り、何らかの術の発動によるものなら、用途は足止めか?
<しかし……>
確かに女術者の目的はアイン殺害であり、手段として火と煙を用いる戦法は悪くはない。
だが、それだと腑に落ちない。
さっきまでの戦い方を見る限り、あの術者は手段を選ばないタイプではなかった。
それに加え自身は隠れて戦っている。己の命も捨てる気もなかったようにも思えた。
下手すれば、自身と第三者も巻き添えにしてしまう戦法、さっきまでとはどこか様子が違う。
いくら術で己をガードしても、森林火災が広がりきれば、術の媒体元であろう巨木は燃え落ち、離脱は困難だ。
その上、力を振るい続けて1時間以上は経っている、エネルギーも著しく消費した筈だ。
(あれを懐柔できたとは思えん……殺った後か)
アインが言っていた、『相手は…素人だから…』発言をを考える。
戦闘の未経験者が殺した事にショックを受け精神に変調をきたすことはありえる事だ。
まあ、彼の知り合いにはそういった情緒の持ち主はむしろ少数派のような気がするが、理解できないこともない。
もしそれが原因で、巻き添えを食らわせる覚悟で行動すると決めたなら、カオスが出す結論は一つ。
<……壊れたか>
幼女と術者の共闘が崩壊した際のアインを含めた三者の様子をカオスは思い出す。
術者は泣いてるように叫んでいた、
幼女は狂気を更に色濃くして笑っていた。
アインは――あの時はらしくもないと思ったが、落ち込んでいるように見えた。
もしアインがあの時、自身の取った行動を後悔していたとしたら。
<……こりゃあ、まずいな>
長年、武器として惨劇を引き起こす道具として存在し続けていた彼に、アインの冷徹な行動を非難するつもりはない。
術者――双葉に同情・共感する部分は多少はあるが、使い手がアインで、その相手が双葉である以上、武器として扱われるのみだ。
それでもカオスはここまでアインと渡り合う双葉に興味が増していた。
助命は無理だとしても、一目本体と対面するくらいはしてみたかった。
だが、その双葉は目的達成の為なら、己の命や主義さえも厭わなくなった。
アインの方も自身のコントロールがますますできなくなり始めている。
互いの自暴自棄が無自覚ならともかく、自覚しつつやってるなら、尚更厄介だ。
そしてカオスがこれまで見てきたこの手の復讐劇の結末は大抵、双方破滅。
<勿体無いのう……>
カオスはため息をつくかのように目を閉じ、地面からの発せられる違和感を感じとりつつも、向こうを注視し続けた。
〜ルドラサウム〜
《キャハッ、キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……》
ここは無数の鈍く輝く『門』が散らばる異空間。
どこか歪な子供のような笑い声が木霊している。
球状のモニターの一つに写っているのは、先ほど透子によって爆破された真紅の機械人形の残骸。
白鯨の姿をした声の主、ルドラサウムは紅い双眸をソレに向けて笑い続けていた。
ひぃひぃ……と笑いを噛み殺しながら、ようやく言葉を発する。
《駄目じゃないかぁ、智機くん。ザドゥくんや双葉ちゃんのお邪魔をしちゃ。
途中までいい線突いてたけど、終わってからにしておくべきだったよねっ。 きゃはははははは!》
この創造神があの場の智機に対して期待してたのは、乱入した他の参加者との対応や、
ザドゥらの戦闘後における生存者への対処であり、それ以外はまったく期待していなかった。
現に乱入してきた時は、戦闘そのものを水入りにされる懸念を懐いたほどだ。
もし透子がフォロー?しなければ、戦闘後プランナーを呼んでたかも知れない。
彼はようやく笑いを止め、楡の木広場の方に更に注目した。
『門』を通して流れていく思念に更に充実感を覚える。
《凶のしおりちゃん除いて全滅って展開かな? それでもいいけど、ちょっともったいないかなあ?》
そんな彼の言葉とは裏腹に、その声色に不満はまったく含まれていない。
あくまで面白おかしく成り行きを見るまでだ。
向こうで苦しみあえぎ始めたザドゥとアインを見て口元を歪ませ、
彼はゲームのイレギュラーの一つであった式神星川の事を考えた。
《『彼』も死んだらここに来るのかな?》
双葉によって自我を喪失させられる少し前、苦しみながら身体の中から木の枝を数本出して、
何か呟きながらそれを地面に埋めていたのを彼は思い出す。
何がしたかったのか彼でさえ見当がつかなかったが、どちらにせよその内それも火に焼かれ消えるだろう。
とりあえず、今は気にしないことにし、視点を火災の中心部であるしおりに視点を移す。
《凶化はできたとしても、大した事はないと思ってたよ。がんばるねえー》
先程と違い、純粋な悲しみの感情しか流れて来ないがこれも悪くない。
それを味わいながら、彼はアズライトら既に死亡した参加者の事を思い、考える。
彼は『門』の視点を変更し、上空から見下げた延焼中の東の森が見えた。
それをしばし凝視し、そしてある事を再確認した。
彼の目線がやや上を向いた。
《……まだ、来てないね》
彼の白い巨体がわずかに身じろぎした。
これから先の未来の為に必要と感じ、次に舞台の生存者の大まかな動向と性格を分析する。
自らが長く楽しむ為に考える。
《やっぱり後でしちゃうと締まりがないかな?》
終了後におけるゲームの後始末は、何もプランナーだけが行うことではない。
創造神である彼も多かれ少なかれ、作業に携わらなければいけない。
彼の『世界』でもそう珍しくない現象が、この舞台にも発生した以上は。
その作業は仮に『終了後に参加者ごと島を破壊』しても、いずれやらなければならない作業だ。
このままだとゲームの結果次第で、願いを叶えさせてやる事ができない者が出てくる。
それはそれで楽しめそうではある。
だが、それ以上にゲームの黒幕相手に叶えさせて貰わざるを得ない願いを持ってしまった
参加者の運命を操る方が面白そうだと判断した。
《ゲームの勝者には、望み通りの褒美をやらなくちゃね》
愉しげな色を滲ませた彼の右目は、ある『門』の一つに向けられた。
そして、、また視線を楡の木広場に戻した。
すべては広場での戦闘が終わってからだ。
《恭也くんは残るかな♪ 案外、しおりちゃんが独り生き残るかな?》
歌うように楽しげに歪な考えを口に出す。
現在、広場での戦いは膠着している。またいつ動き出すか解らない状況だ。
その間に彼は方法を考える。時刻はまもなく午後六時。
六時になったのとほぼ同時に案が閃き、彼は言った。
《そうだ》