254 第七回放送 PM6:07

254  第七回放送 PM6:07


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(二日目 PM6:06 東の森・楡の木広場西部外れ)

枯死しつつあった森に、火の手は早い。
朽木双葉が人を捨て修羅へと堕ちたその場所―――
広場西部付近のごく浅い場所は、既に炎の禍が過ぎ去った後であった。

炭の黒と灰の白しか存在せぬモノトーンの世界。
草木の全てが崩れ落ち、均されているそこにただ一つ、
力強く屹立する姿があった。

煙を燻らせるその影は、朽木双葉が身勝手に使い捨てた仮初の命。
かつて星川と呼ばれた式神の残骸。
あるいは成れの果て。

芯の芯まで燃やし尽くされた彼が崩れることなく形を残すのは
地を確かに踏みしめる両の足で、埋めた何かを守る為か。
胸の前で固く組まれた両の手で、遠くの何かへ祈る為か。
それとも燃え尽きた今もなお、
星川としての双葉への想いをそこに留めている為か。

隅々まで炭化し、細かいひび割れを無数に走らせる彼の顔からは
もうその理由を読み取ることはできない。


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(PM6:07 本拠地・管制室)

コールが乱れ飛んでいる。

哨戒機Pシリーズのうち東の森近辺にいた2機からは
火災状況の報告とその対応の相談が、
残りのPシリーズ4機からは放送の遅れへの問い合わせが、
オリジナルが目覚めさせたものの命令を与えぬまま放置している
学校待機のNシリーズ4機からは行動指示の請求が、
間断なく管制室の通信制御端末に電波を浴びせかけている。

しかし、それら全てに回線を繋ぐことなく、椎名智機は
情報管理端末から第7ピリオドの概略情報を吸い上げていた。

(よくもまぁ、これほどの問題を残したまま謁見などに行けたものだ。
 しかも状況情報の一切を持たない私を代行者とするなど……
 自己保存欲求とはかくも非論理的な思考ルーチンを生んでしまうものなのか、
 それとも情動発生器の制御装置に変調をきたしているのか……)

なぜなら、この智機は目覚めたばかりの機体ゆえ。
どのコールに対応するにも、状況の把握が必須ゆえ。
彼女はスリープモードにあった40機のNシリーズの1機、N−22。
プランナーへの謁見を決意したオリジナル智機が、
その間の管制管理の代行を任せる為に急遽起動させた機体。

(Yes。とりあえず今ピリオドの死者情報は把握できた。
 タスクは山積しているがまずは放送だ。7分も遅れているのだから……)

N−22が全島放送用のマイクミキサーを上げた。







「これより、第七回放送を行う。死者は無い。以上」







(この放送の遅れは主催側にアクシデントが発生したのだと、
 参加者どもに宣言してやったに等しいと思っていたが……
 そうか、御陵透子に放送が定時に流れたのだと読み替えさせればいいだけか)

バックグラウンドでの情報吸い上げを終えたN−22は、
人物ファイルから引き出した未だ見ぬ同僚の特異能力を利用する方針を決定。
彼女がすんなりとこちらの要求を呑むのかはわからないが、
この件に関しては他に手の打ちようがないのもまた事実。
よってN−22のタスクスケジューラから放送に関する対応が削除され、
次なる優先課題であるデータの解析にプロセスが移行した。
精査すべきは東の森での戦闘及び火災の状況。

しおりの紅涙。双葉の幻術。智機の判断。レプリカの爆散。透子の警告。
重要度の高い情報を抽出し、それらをキーに再走査。
―――N−22の情動波形が大いに乱れる。
目覚めて3分、放送して1分。
N−22は楡の木広場を中心とした事態の深刻さをようやく認識した。

(ザドゥらの安否も気遣わしいところだが、
 火災の進行具合によっては全島焼失の危惧すら視野に入る。
 これではゲームの進行どころではない)

そして、N−22のこの危惧は高い現実性を帯びていた。
朽木双葉の強引かつ大量の能力行使による東の森の木々の枯死が、
結果として延焼速度を大きく早めてしまっているが為に。

(火災への最も効率的な対処方法も、やはり透子の『読み替え』だな。
 それ自体はわざわざわたしが指示しなくても透子が勝手にやるだろうが……
 問題は読み替えるタイミングだ。
 事後のフォローに走ることになるのは私たちNシリーズだろうからな。
 今のうちに彼女と計画のすり合わせを行っておくべきだろう)

N−22が透子にコールをかけるべく通信端末コンソールに手を伸ばす。
その手が打鍵する前に、ザドゥからのコールが飛び込んだ。

『椎名! 何が起きた!? 辺り一面が火の海だ。
 状況の報告……ではない! 救助だ! 至急救助を寄越せ!』

彼らしくない切羽詰った声が、幻術から醒めたことを伝えていた。


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(PM6:08 東の森・楡の木広場西部外れ)

広場の草地を舐めるように這いずる炎は
すでに東の森の主、楡の巨木を蹂躙していた。
双葉のゆりかごだったその巨木は既に殆どの水分を失っていた。
故に瞬く間に炎を纏い、
故に瞬く間に倒壊した。

その振動で、式神は散った。
散って、舞った。
一瞬で全てが解けて風に溶けた。
儚くも美しい漆黒の花火が如く。



―――第7ピリオドに死者は無い。



【備考:火災に気づかない幻覚解除】

【レプリカ智機・N−22】
【現在位置:本拠地・管制室】
【スタンス:管制管理の代行】
【所持品:内蔵型スタン・ナックル】

※式神星川が埋めた「何か」は燃えずに済んだようです。
※楡の木広場西部付近の「足跡」の場所に埋まっています。



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