248 おっはよー♪

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〜アイン〜

(二日目 PM5:52 東の森・楡の木広場)

あえて極論するならば―――
狙撃も襲撃も、決め手になるのは事前の位置取り。

だから、この位置は成功ね。
これ以上距離を詰めるとザドゥに察知されるから。
けれど、この位置は失敗ね。
長谷川に逃亡の可能性を残す距離が開いているから。


ザドゥはわたしにゲームを続けさせたい。
だから無茶な攻撃はしてこない。
結論。 ザドゥに手は出さない。
狙うは長谷川ただ一人。

わたしと長谷川の距離は25m。
わたしとザドゥの距離は35m。
ザドゥと長谷川の距離は20m。
わたしとザドゥの長谷川への距離差、5m。

その5mの距離を詰める何か―――
それは、第三者の介入かもしれない。
無線からのコールかもしれない。
ザドゥの集中力が寸断される何か。
その何がが起きる瞬間を、ただ待つだけ。
起きた瞬間、ただ走るだけ。
一直線に、長谷川に向けて。

カオスは置いてゆく。
スパス12も。包丁2本も。その他雑用品も。
体は軽ければ軽いほどいい。武器は包丁があればいい。
5mの壁を1mmでも縮めれば、
わたしの方がザドゥより先に素敵医師に到達する可能性が
1mm分高くなる。

飛び出したら一直線。
ただ一撃。
狙い済まして―――
この包丁で喉首を切り裂く。




〜ザドゥ〜

異能の参加者は幾らでもいる。強者も然り。
だが―――
この長時間の膠着状態にひとかけらの隙も見せず、
潜伏位置すら特定させぬ技術を持つものなど、
あの女以外にいるものか。

アイン。 ファントム・オブ・インフェルノ。


ファントムの接近を告げる警告音が鳴ってから
どれほどの刻が経ったのか?
確かめたい気持ちはある。
しかし、悠長に時計を見ている余裕などない。
腕を上げる。目線を切る。
ファントムがアクションを起こすには、
それだけの隙で十分だ。
疾風の如き動きで稲妻の如き速攻を見せるだろう。

ファントムの狙いは長谷川。
俺の狙いも長谷川。
長谷川の狙いはよくわからない部分もあるが、
広く捉えて「生存」だろう。

故に、最もしてはならぬこと。
俺とファントムが衝突すること。
その間に長谷川は逃げることになる。
あるいは漁夫の利を狙われる。

ファントムよ。
お前の戦歴、分析力なら、
同じ結論に達すると信じるぞ。

さて―――あとは号砲だ。
このいやがおうにも高められた緊張感を
鋭く打ち砕く何かを待つだけだ。




PM5:58。
三つ巴の膠着戦に陥っているアイン、ザドゥ、素敵医師。
彼らを頂点とする三角領域に無遠慮に進入するものがいた。
キュラキュラ。
軽快な車輪音を響かせているのはレプリカ智機D−01。

彼女はオリジナル智機の指令により、新たなタスクを
実行せんと、僚機N−13に接触を求め――

PM5:59。
御陵透子の『読み替え』により爆散した。
大音響を響かせて。



   ド ゥ オ ォ ォ ォ ン !!



D−01に最も近かったのはザドゥだった。

「ちっ!」

彼は忌々しげに舌打ちし、飛来するD−01の破片を回避。
すぐさま周囲の確認。
広場の東外れの茂みから飛び出した軽やかな影を補足した。アイン。

彼女は一直線に素敵医師めがけて疾走していた。
無駄の無い走り、無駄のないフォルムは、喩えるなら豹。
その彼女が、常に視界に捕らえていた素敵医師から
僅かに目線を切り、ザドゥを見やった。

ザドゥもまた素敵医師めがけての爆走を開始していた。
大地を蹴りつけ、反発力で以って前進するその突進性、喩えるなら黒犀。
ふたりの目線が重なる。
言葉よりも雄弁に伝わるものがあった。

(信じていたぞ、ファントム。 おまえであればその結論に達すると)
(信じていたわ、ザドゥ。 あなたはわたしに手を出さないと)

ともに素敵医師に執着し、ともに素敵医師の手を知る者として、
まず、なにより先んじて彼の動きを封じることは必然だった。

(だが――― 奴を粛清するのは俺の役目!)
(でも――― あいつの命はわたしの物よ!)

この勝負は素敵医師を旗に見立てたビーチフラッグ。
先に彼の下にたどり着いた者が、
彼に先制攻撃する機会を得ることが出来る。


先制の気力破壊を片方にぶつけリタイヤさせ、
残るもう一方と1vs1の構図を作ったうえで、
対決と逃走、より生存確率の高いほうを選択する。
それが素敵医師の青写真。

しかし、現実はどうか。

(ふたり同時やかっ!?)

右前方の草地からザドゥが。左前方の茂みからアインが。
それぞれ同時に駆け出して来たではないか。
素敵医師をめがけて。

(ど、どど、どっちにすればええが!?)

2人の発する気配はどちらも兇悪。
ともに競争相手に先んじての一撃必殺を狙っている。

右のザドゥの気力を破壊すれば、次の瞬間、
アインの包丁が素敵医師の喉首を掻っ切るだろう。
左のアインの気力を破壊すれば、次の瞬間、
ザドゥの拳が素敵医師の顔面を破壊するだろう。
逃げ出せばより最悪だ。
集中を欠いた気力破壊は素敵医師の中で暴発し、
彼を身動き取れぬほどの虚脱へと誘うだろう。
その後に彼を待つ運命は語るまでも無い。

つまり―――袋小路。デッドエンド。
素敵医師の立てた戦略は、対象2人の分析の時点で誤りだった。
彼に対する執着を甘く見ていた。


(2…… いや、3mの遅れか……
 智機爆散の折、破片を回避した結果がこの距離か)

ザドゥの額を流れ落ちる汗、一滴、二滴。 それは敗北の予感。
たかが3m。 されど3m。
3mとは、ザドゥが素敵医師の下にたどり着く前に、
アインが彼に致命的な一撃を与えるに十分な時間を与える距離。

しかしザドゥは諦めぬ。 誇り高き故、諦めぬ。

「ごおおおおおお!!!」

唸りよ、エネルギーとなれ。 細胞よ、奮い立て。
ザドゥは叫び声とともにそう念じた。体温が上昇したのが感じられた。
だが、それだけだ。
空しくも距離はさらに開いている。
すでに4mにもなろうか。

ゴールまであと10mを切った。
ハプニングでも起きなければ、この距離は絶望的な距離差。

(長谷川、いまこそ……!!)

vsザドゥの勝ちがほぼ確定したアインが包丁を逆手に構えた。
その動きになんらかの無理があったのか―――

「あ……」

彼女は呟きを残し転倒した。


転倒したアインはすぐさま立ち上がり、
まるで立ちくらみでも起こしたように再び崩れた。
うう、と嗚咽を漏らしながら。
なぜか顔色をバラのように赤くして。

「かーっはっはっ、けひゃひゃひゃひゃ!!」

素敵医師は狂喜した。哄笑した。
倒れ方を見ても顔色を見ても、アインの体調は崩れている。

いかような神の悪戯か。
めぐりめぐって結果としては、素敵医師の計画にどおりに
軌道が修正されていた。

「ごおおおおお!!」

腕に腕に気を込めながら駆け寄るザドゥが、
伏したアインの位置を、遂に越えた。
その顔が瞳が真っ赤に染まっているのは怒りゆえか。

迎え撃つは冷静さを取り戻した素敵医師。
まっすぐにザドゥを見つめ、迎撃の準備を完了。

(気力破壊の射程2mまで、あと……
 100cm…… 50cm…… 0cm!!)

素敵医師は勝利の雄たけびの如く、技の名を叫んだ。

「気… 力… 破… 」「おっはよー♪」「壊っっっ!?」




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D−01の号砲で動いたのは3人ではなかった。
4人目がいた。
素敵医師の眼前に突如現れた金髪碧眼の女。
カモミール・芹沢。
30分という時間は気絶からの目覚めには十分だった。

芹沢の腹部には鈍痛。喉には乾き。
肉体的にはかなり弱っているにもかかわらず、
しかし、目覚めはさわやかだった。
なぜだか楽しいから。
なぜだか気持ちいいから。

ザドゥが体を張って治療に当たったものの、
残念ながらまだ、薬の影響が抜けきってはいない。
自由意志で思考はできる。
自由意志で行動もできる。
しかし、過剰な多幸感とまばゆい色彩感覚だけは、
未だ深く彼女を蝕んでいた。
アッパー系と呼ばれるクスリの効果に類似する。

もともとハイテンションな女にそれがキマる。
じっとしていられるはずがない。

だから、彼女は元気に目覚めの挨拶をした。
一番初めに目に入った、お薬をくれたいい人に。

「おっはよー♪」




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にぱっとひまわりのような笑みが突如現れ、
気力破壊の射出に失敗した素敵医師は……

「なんちゃー!? ……ひべっ!!」

当然の如く暴発した。
渦に飲み込まれるかの如く消失する素敵医師の気力。
素敵医師はへにゃりと座り込む。

「せんせ、元気ないなぁ? あははははー。
 もっかいいくよー? おっはよー♪」

芹沢が素敵医師を覗き込んでにぱにぱ笑う。
肩をつかんでがくがく揺する。
素敵医師は無抵抗で無反応。
これが気力破壊の効果。
彼は暫くの間、立つことも物を持つこともできないだろう。

しかし、拳に気を込めたはずのザドゥは、
素敵医師のもとに現れなかった。
今が憎き素敵医師を屠る絶好の機であるにも関わらず。

「あれー? ザッちゃんだー。 あははははー。
 おっはよー♪
 ……どーしたのかなー? 元気ないぞー?」

ザドゥは素敵医師の2m手前で膝をついていた。
激しいめまいと頭痛に襲われ、動けないでいた。
それはアインと同じ症状に見えた。




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現場よりやや南に離れた木陰。

式神たちが身を寄せるシェルターの奥で、
一部始終を観察していた朽木双葉が、
歌うような口ぶりでひとりごちた。

「アイン、苦しい? 気持ち悪い?
 あんたらは気づいていないけどね、
 それ、一酸化炭素中毒ね」

中毒にかかっているのはアインとザドゥだけではない。
素敵医師も、芹沢も。それと気づかず等しく煙を吸っている。
アインとザドゥの症状が重いのは、全力疾走したが故。

「このままでも確実にみんな死ぬ。
 ……でも、アイン。あんただけは。
 そんなに簡単な死は与えない」

暗い笑みを浮かべる双葉のその貌、鬼女か、悪魔か。



【現在位置:東の森・楡の木広場東部】
【備考:火災に気づかない幻覚作用中】

【主催者:ザドゥ】
【スタンス:素敵医師への懲罰、参加者への不干渉、カモミール救出】
【所持品:ボロボロのマント、通信機】
【能力:我流の格闘術と気を操る、右手に中度の火傷あり、疲労(大)、ダメージ(小)】
【備考:軽度の一酸化炭素中毒】

【素敵医師(長谷川均)】
【スタンス:アイン・ザドゥ・仁村知佳への薬物投与、朽木双葉と一応共闘】
【所持品:メス2本・専用メス2本、注射器数十本・薬品多数、小型自動小銃(予備弾丸なし)、
     謎の黒い小型機械、カード型爆弾一枚、閃光弾一つ、防弾チョッキ】
【能力:異常再生(限度あり)、擬似死】
【備考:独立勢力、主催者サイドから離脱、疲労(小)、肉体ダメージ(小)
    行動不能(気力ゼロ)】

【カモミール・芹沢】
【スタンス;???】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力増大、ただし発動中は重量増大、使用者の体力を大きく消耗させる)
     鉄扇、トカレフ】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)、徐々に異形化進行中(能力上昇はない)、死光掌4HIT】
【備考:アッパートリップ。禁断症状沈静化。中度の脱水症状だが、一応戦闘可能。
    疲労(大)、薬物の影響により腹部損傷】

【アイン(元23)】
【スタンス:素敵医師殺害】
【所持品:スパス12 、魔剣カオス、小型包丁4本、針数本
     鉛筆、マッチ、包帯、手袋、ピアノ線】
【能力:カオス抜刀時、身体能力上昇(振るうたびに精神に負担)】
【備考:軽度の一酸化炭素中毒、左眼失明、首輪解除済み、軽い幻覚、
    肉体にダメージ(中)、肉体・精神疲労(中)】

【朽木双葉(16)】
【現在位置:東の森・楡の木広場東部】
【スタンス:火災による無理心中遂行】
【所持品:呪符7枚程度、薬草多数、自家製解毒剤1人分
     ベレッタM92F(装填数15+1×3)、メス1本】
【能力:植物の交信と陰陽術と幻術、植物の兵器化
    兵器化の乱用は肉体にダメージ、
    自家製解毒剤服用により一時的に毒物に耐性】
【備考:元・星川 幻術に集中。持続時間(耐火)=01分程度
    式神たち 双葉を保護。持続時間(耐火)=45分程度】



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254 第七回放送 PM6:07