249 いずれ迎える日の為に
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(二日目 PM5:45 西の小屋付近)
高町恭也が、構えている。
強い西日に目を細めること無く、前方の糸杉と向き合っている。
気配は絶っている。
周囲の警戒も怠らない。
哨戒任務の残余の意識のみを割り当て、高町恭也は構えている。
体は半身。腰は中腰。
前方に伸びたる左腕は正対する相手を制するかの如く広げられ、
後方に流れたる右腕は正対する相手に秘するかの如く握られる。
この構えこそ御神流・飛針投擲の基本形。
しかし、飛針暗器の類の術理を多少なりとも修めた者であれば、
彼の構えが基本から大きく逸脱していると看破できよう。
奇異なるは射角。
左掌の制する仰角は50度以上。目線は糸杉の頂点付近。
仮に恭也が流派の基本に従っているとするならば、
想定される身長は6mに迫ろうか。
地上最大の生物と考えられるアフリカ象ですら
肩高4mを超える個体は稀であるというのに。
有り得ない。
―――いや、有り得るのだ。
「魔人ケイブリス」
恭也が仮想敵として糸杉に重ね見ているのは異形の怪物故に。
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「俺はサポート役に徹したいと思います」
魔窟堂が単独行に飛び出して暫く後、
高町恭也は思案に耽る月夜御名紗霧にそう持ちかけた。
口調にも表情にも迷いは皆無。
それは相談ではなく、既に結論であった。
「何故そのような結論に至ったのですか?」
問う紗霧の声はひそやかにして冷静。
上目遣いの眼差しが恭也の真意を探りにかかっている。
否、恭也を測ろうとしている。
「理由はいくつかあります。
怪我の影響で近接・高速戦闘能力が落ちていること。
飛針や鋼糸による牽制・捕縛術を修めていること。
広場さんやランスさんの方が攻撃役として俺より相応しいこと。
でも、なにより大きな理由は―――
魔人ケイブリスの存在です。
明確な役割分担を持って力を合わせなければ奴には勝てない。
そう思ったからです」
身長は俺様の3倍以上。
腕と触手がいっぱい。
パワーも凄い。
ランス語るところのその種の規格を持つ生物は、
恭也の世界に於いては液晶の向こう側に虚構としてしか存在しない。
紗霧の世界に於いては体格の優る生物はあれども、知性も触手も複腕も持たぬ。
しかし、打倒主催者を目指すならば。
現実として立ちはだかるその未曾有との戦いは避けては通れぬ。
争ってなお勝たねばならぬ。
ならば、いかに戦うか。いかに勝つか。
恭也は剣士の視点で攻め手受け手を検討した。
紗霧は軍師の視点で作戦立案を繰り返した。
ともに結論は同じだった。
即ち、単独で事は成し得ぬ、と。
「私も思っていました。
かの魔人とやらに対抗するには連携と計画が必要だと」
にやり。我が意を得たりと紗霧が笑う。
この少女は笑んだ時ほど陰が濃い。
目的意識では一致を見た二人ではあったが、
紗霧の諮問はこれだけでは終わらなかった。
「で。それを何故、私に告げたのですか?」
紗霧は言外に匂わせる。
あなたは私に信を置いていないのではないか、と。
対する恭也は匂いを嗅ぎ取った上でなお、虚心坦懐。
「お見通しの通りです。俺は月夜御名さんを信用していない。
いや、ちょっと違うな。
あなたという人間が俺程度では把握できないから、
信じるか信じないかを決められないというのが本音です」
あけすけな不信宣言に紗霧の柳眉が神経質に震えたが、
かまわず恭也は言葉を続ける。
「でも、月夜御名さんという才能を信じることはできます。
広場さんの力を十分に引き出すことや
ランスさんを御することができるのはあなたしかいない。
そう信じています」
ランスを仲間として迎え入れると決意した事が契機であったか。
恭也は本来の持ち合わせていたはずの
老成した精神性と冷静な判断力を取り戻しつつある。
「だから俺は今後の戦い、月夜御名さんの指揮に従います。
あなたが主催者打倒の旗を振り続ける限り。
俺があなたに話を持ちかけたのは、そういう理由からです」
「いざという時あなたを盾に、あるいは囮にする戦術を
取るかもしれませんが、それでも?」
紗霧の質問は既に諮問を超えてただの意地悪と化していた。
悟りにも似た落ち着きを見せだした恭也を頼もしく感じる一方、
その余裕がなんとなしに許せない。
そんな落ち着かない気分を解消させる冗談のつもりだった。
少しでも恭也の表情が翳ったり焦ったりすればそれで満足だった。
「それが御神です」
しかし恭也は誇りを持ってそう答えた。
守るべきものを守る為、地下百尺の捨石たれ。
それは御神流の理念。
恭也の信念。
「え…… ええ。よくわかりました」
言い切られた紗霧は唖然とするしかなかった。
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高町恭也が、構えている。
月夜御名紗霧の言葉を胸に抱いて、構えている。
『貴方にとって未知のサイズに対するイメージを固めておいてください。
5m超の巨体の一歩はいかほどか。薙ぎ払う腕の範囲はどれほどか。
想像して想定して検討した上で、想像して想定して検討してください。
いざケイブリスと対面したときに淀みなく動けるように』
ふ、と一呼吸。膝が深く沈み、右腕が鞭の如く撓った。
放たれたるは二弾の飛礫。
瞬く間を置いて、引いた左腕の手首の返しにより疾るは第三のつぶて。
鋭く空気を引き裂く三弾は、いずれも高速度・高高度。
恭也は強くイメージする。
ケイブリス、その巨体。その息遣い。その重圧感。
礫の一、狙いは眉間――― 左腕の一に払われる。
礫の二、狙いは左目――― 左腕の二に払われる。
この防御二挙動によりケイブリスの姿勢はわずかに左傾。
ケイブリスの意識と視野の外から襲い掛かる本命の礫の三が、
無防備な右目を鋭く抉る。
創意を試行すること二十幾度。
初めて恭也はイメージ通りの挙動を得ることができた。
(―――成った!)
人を制する御神の術理を元にした、
人ならぬ巨凶を制する術理が、今、
高町恭也の手によって生まれようとしている。
【高町恭也(元08)】
【スタンス:知佳の捜索と説得】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残4)、鉄の杖、保存食】
【能力制限:神速使用不可】
【備考:失血で疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
痛み止めの薬品?を服用】