267 そらをみあげて想うこと

267 そらをみあげて想うこと


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(二日目 PM6:21 D−6 西の森・小屋3付近)

高町恭也は小休止を取っていた。
慣れぬ角度への飛針投擲と視線移動を続けたことで肩と首筋に張りを感じたからだ。
常日頃よりマニアと揶揄されるほどの修行三昧の日々を送っていたこの少年は、
休むべき時に休むことの利を経験上熟知していた。

りん……
秋の虫の声が、恭也の耳朶をくすぐった。
彼はその澄んだ音色に、澄んだ瞳と澄んだ声の少女の面影を連想する。

「仁村さん―――」

かつて守ると誓ったどこか危うさのある少女。
思い出す恭也の胸に奔るは疼痛。

恭也個人の心情としては、今すぐここを飛び出して彼女を探したいと思っている。
しかし、滅私済民の精神を礎に数百年間磨き上げられてきた『御神』という歴史が、
師範代である彼の私心を押さえつける重石となっていた。
打倒主催者という大局観。
恭也は―――否、恭也に根付いている御神真刀流の精神は、それを至是とした。

要人を守ることで社会を守る。
御神真刀流の存在意義。
恭也は御神として己に問うた。

(悲願・主催者打倒を成す為に、守らねばならぬ要人とは誰か?)


解答は明らかだった。
月夜御名紗霧だ。
彼が紗霧に従うと宣言したことは、この判断に由来する。

解答は明らかだった。
仁村知佳ではない。
思慕を貫き大局を見失うことは子供の我侭だ。

結論は既に出している。宣言という形で己を規定した。
それでもなお―――
高町恭也の胸の奥で、仁村知佳は燃えていた。

(いかんな。また俺の心が揺れようとしている)

思考の渦に飲み込まれる寸前、恭也の理性が警告を発した。
意識を切り変えるために立ち上がり、空を見上げる。
深呼吸を何度か。
その振り仰いだ上空に赤い尾を引く星が流れた。
北の空から東の空へと。

「流れ星、か」

恭也は祈った。
御神の名に縛られぬ、裸の心で。


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(二日目 PM6:21 E−7 廃村・井戸付近の民家)

仁村知佳は潮風にさび付いた窓枠に背中を預け、一人震えていた。
陽の光が自分の能力と心の平衡を回復させる。
その時間が終ってしまったから。
彼女は次の朝を迎えるまで、2つの闇と戦わねばならない。
視界を塞ぐ夜の闇と、衝動的な破壊をもたらす心の闇。

慎ましやかな胸の奥に抱いているのは孤独感。
伏せられた長い睫毛が年齢にそぐわぬ憂愁を醸し出している。
仲間たちと袂を分かってから半日と経っていない。
それでも、淋しい。人恋しい。

「恭也さん―――」

自分の手を引いてくれた高町恭也の逞しい背を思い出し、
仁村知佳は可憐な頬を染める。

守ってもらえることが嬉しかった。守ってあげられることが嬉しかった。
依存でもなく利用でもなく、真心で相手を気遣い、支え合う。
短い付き合いではあるが、恭也との関係は知佳にとって理想的なものだった。

「―――会いたいよ……」

知佳は思わず呟いた言葉が震えているのを知った。
目頭に熱を感じた途端、堰を切ったように涙が溢れてくるのを感じた。
思い出もまた、涙と共に溢れてきた。
荒んでいた幼き日の思い出が。


念動力の暴走と人の心が読める故の不信感から周りを傷つけ、
座敷牢の如き離れに隔離されていた日々。
真実の心を姉・真雪に看破され、愛情を注がれるようになるまでの知佳は、
淋しさを破壊衝動に置き換えることで孤独感を耐えていた。

「あはは…… 弱くなっちゃったなぁ……」

その後、人と接する事と能力を制御することを覚え。
いつしか、さざなみ寮の仲間たちの暖かさと真心に触れ。
頑なだった心は日々癒され、柔くほぐされてしまっていた。
故に、幼き日には耐えられたはずの孤独感に耐え切れず、
ここに来て知佳は、遂に涙腺を崩壊させてしまったのだ。

彼女が決めた別れだった。
恭也に己の醜い心の在りようを知られるのを恐れる気持ちと、
制御を離れたXX障害の暴走で彼を傷つけてしまうことを恐れる思慮。
感情と理性が揃って距離を置くべきだと結論づけていた。
それでもなお―――
仁村知佳の孤独な心は、高町恭也を求めてしまう。
涙を拭かぬまま見上げる滲んだ夜空に、恭也の面影を映してしまう。
その滲んだ視界の先に、赤い尾を引く星が流れた。

「ながれぼし?」

知佳は祈った。
瞳を閉じ、心の全てを一つの想いで満たして。



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偶然の一致では片付けられない何かが、2人の間にはあるのかもしれない。
知佳は廃村の片隅で。
恭也は西の森の中で。
2人の立つ場所は距離を隔ててはいるけれども―――



「「あの人が、無事でいますように」」



同じ時間に同じ夜空を見上げ
同じ流れ星を見つけて
同じ祈りを捧げたのだから。

2人は名残惜しそうに、雲間に吸い込まれてゆく赤い星の尾を見つめる。
暫くのち、その雲だと思っていたものが煙で、発生源が東の森なのだと気づいたのも
また、同じだった。



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2人の見た『赤い流れ星』は東の森の上空、約15mの地点で静止していた。

「落下ポイントに到着した。これよりフェーズUに移行する」

『赤い流れ星』は立ち込める煙の中で咳き一つすることなく、
冷静な声で通信機の先にいる同胞に状況連絡を行った。

そう、この『赤い流れ星』はレプリカ智機。
カタパルト投擲からの飛翔にて救援物資と共にザドゥの直接援護に赴いた1機だ。
纏うのは宇宙服が如き銀色の防熱スーツ。
下げるのは救援物資のみっちり詰まったボストンバッグが2つ。
背負うのは個人用噴射型離着陸機。
恭也と知佳が捉えた赤色の光は、この離着陸機のバーナーだった。

『ザドゥ様の無線が不安定で、十分なナビゲーションが出来ないのだよ。
 大事を取って予定ポイントの10mほど北で降下準備を行ってもらえるかね?』
「Yes。了解したよ、リーダー」

レプリカは頷くと、懐からカードの束を取り出した。



【高町恭也(元08)】
【現在位置:D−6 西の森・小屋3付近】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め、包囲作戦】
【所持品:小太刀、鋼糸、アイスピック、銃(50口径・残弾×4)、保存食、
     釘セット】
【能力:小太刀二刀御神流(奥義神速は使用不可)】
【状態:失血(中)、疲労(中)、右わき腹から中央まで裂傷あり。
    痛み止めの薬品?を服用】

【仁村知佳(40)】
【現在位置:E−7 廃村・井戸付近の民家】
【スタンス:恭也達との再会、主催者達と場合によっては他の参加者達の
      心を読んでの情報収集。
      手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める。
      恭也が生きている間は上記の行動に務める】
【所持品:???、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、精神的疲労(小)】
【備考:定時放送のズレにはまだ気づいていません。
    手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】



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265 だって、あいつは王子様。 だから、あたしはお姫様。 そんなふたりのおはなしだから、最後はきっとハッピーエンド。 そうしていつまでも幸せに暮らしましたとさ。 めでたしめでたし。 ……なーんて夢、見てたんだ。あの時までは、ね。
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272 カモちゃん☆すらっしゅ!

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高町恭也
269 その先に見えるものは
259 選外・後編
仁村知佳
275 悪夢
261 絶望
レプリカ智機
269 その先に見えるものは