259 選外・後編

259 選外・後編


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(二日目 PM4:40 学校へと続く道)

気分が悪い……。
今の気持ちを主張してるみたいに、わたしの内からいやな風が吹いている……。
暴走した力が電気のようにはじけ、地面を削る。

「どうして……」

つぶやいたのは、あの人の名前が載ってた戸惑いからなのか、わたしの異変に対する疑問からなのか……。
問いに誰も応えないまま、舞い上がった土砂は力に吹かれ、わたしが巻き起こす風に飲み込まれる。
暴走だ。
平静になり能力を制御しようとするけど、この時に限って殺し合いを強要された時、
恭也さんを傷つけた人を殺した時、透子さんに拒絶された時のようにいやな事ばかり思い出していってしまう。
突然、ばぢっ……って音がした。
制御できない力が手帳をはじいたからだ。

「! うう……ううっ」

それはだめ……!

わたしは意識を手放さないように、けんめいに歯を食いしばった。
その風はわたしの背中で展開された翼が起こしてる。
いつものような鳥の羽の形じゃなく、毒々しい黒ずんだ蜻蛉の翅のような翼が。
わたしは手帳やバッグが風に巻き込まれないように懸命に身をよじる。
焦りと疲れがわたしの意識を徐々に奪っていく……。

「まゆお姉ちゃん!」

わたしはお姉ちゃん名を呼んだ。
ひねくれていた頃からわたしを助けてくれたおねえちゃんの事を。
いやな考えが入り込まない余地を心につくらないためにも。
頭の中をいっぱいにお姉ちゃんの事で埋め尽くす。
かなり後ろめたいけど、今はいっしょうけんめいに……!。

「ん、んんん……うううううううううっ……」

目をつむり、両手をかたく握りながらわたしは力の制御に神経を集中させ続けた。





       □       ■       □        ■

(二日目 PM6:06 廃村・井戸付近の民家)

目を開けたら、そこには見慣れない天井があった。
全身に疲れを感じながら、わたしはただその天井を見つめ続けた。
程なくしてサイレンの音が聞こえた。
わたしはこの家まで来るまでのことを思い出してつぶやいた。

「わたし……いつの間にか寝ちゃったんだ」

あの音なんだろう?
わたしは目を瞬きさせながら、頭を振った。

「……!」

現状を理解したわたしの胸を不安と恐怖が覆いつくした。
恭也さんの顔が頭をよぎり、わたしはきゅっと眼をつぶり、放送を待った。

『これより、第七回放送を行う。死者は無い。以上』

内容は唐突で簡単だった。
その朗報に不安が消え、安堵がじわじわとわたしの心を満たしていく。
よかった……。
いまのわたしにはそう思うのがやっとだった。
閉じた目から涙がちょっとこぼれた。


       □       ■       □        ■

今、わたしがやらなきゃいけないことは……頭の中の整理だ。
……暴走しかける前、透子さんと別れたあとに、わたしは近くの『蓋』の先を確かめようと蓋を開けた。
開けた下には通路があって、おの先には扉があった。
鍵が掛かっていたので、上へ引き返し、それからあの手帳を読んだ。

それがわたしの力が暴走しかけたきっかけだった。
いくつか暴走の痕跡を残しながら、まゆお姉ちゃんやリスティのことを思い出しながら
わたし自身を落ち着かせて、かろうじておさえることができた。
ようやく荷物を持てる様になった時にはわたしはへとへとに疲れていた。
そして、気がついたらこの家の前にいた。

わたしは整理を一旦終えると、部屋を見渡した。
幸い、部屋は荒れていなかった。
疲れはまだ残ってるけど、たいしたことない。
次に窓のほうを見る、まだ日は暮れてない。
次に首を左の方へ向けると、そこには表紙が少し焦げてる一冊の手帳があった。

あの後何気に拾った、北条まりなって名前の人と思わしき手帳。
先日、放送で呼ばれてしまった名前……。
わたしは手帳を見つめつつ、手に取り開いた。
とくんとくんと、わたしの心の鼓動が早くなった。



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―――情報提供者による参加候補者達(今大会不参加)

神崎愁、鳴海孝之、天城小次郎、沢村司、遠場透、槙原耕介

加えて、高部絵里、フィアッセ=クリステラ、レティシア、八車文乃、綾小路 光、天上 照   
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わたしの目はひとつの名前にふたたび釘付けになった。

――槙原耕介

わたしたちの住むさざなみ荘の管理人であり、わたし達にとって大事な人。
殺し合いが始まったあの時、わたしがこの島から逃げ出そうとしたのは、
わたしの知ってる人が参加者にいなかったからだ。
恭也さん達がいたから、今は逃げきれなくてよかったとおもってる。

「……」

さっき確認したとき、女の人らしき参加者候補の情報は前のページにあった。
まりなさんが勤めていた組織の情報のと、情報提供者の“レイ”って
名乗った人のとで項目が分別されている。

まりなさん達が提供者の情報を確認した場合には、確認済とチェックが入れられてた。
例えば提供者から知らされたフィアッセさんて人の事は、まりなさんが直に確認をしているみたいだった。
恭也さんとも知り合いみたい。
それだけにちょっと興味でたけど、今は“槙原耕介”がわたしの知ってるおにーちゃんかどうか
確認するのが先とわたし自身に言い聞かせる。
力を暴走させないように意識しながら、わたしは覚悟を決めて手帳を読み続けた。


       □       ■       □        ■

わたしは手で目をこすりながら、手帳から目をはなす。
途中から小さな字でびっしり書かれているので読みにくくなっちゃってる。
わたしは深呼吸をしながら、ひとつの事に結論をつけた。
……少なくても、その手帳に書かれていた“槙原耕介”って人は、わたしの知ってるおにーちゃんとは違う。
年齢、背の高さ、などはわたしの知ってる限りのおにーちゃんと同じ。
データを取った時期もあの夏の日とほぼ同じらしい。
だけど、さざなみ荘の管理人じゃないし、性格もわたしの知ってるのとは違う。
愛お姉ちゃんの事も少し書かれてた。
けどその人もわたしの知ってる人とちょっと違っていた。
何より出身地や現住所の欄に、海鳴市の事がまったく書かれていなかったのがおかしかった。


「……………………」

すべてうそだと思えば簡単で楽そうだった。
けれど、この島で起こってることを考えれば全てがうそだと思えなかった。
わたしは混乱した頭を落ち着かせようと深呼吸をし、その直後にある単語が頭にうかんだ。

――平行世界

……たしかにこの島には色んな異世界にいたとしか思えない人が多くいる。
だけどもし、よく似た……よく確かめないとわからないくらいに似通った世界がどこかに存在するなら……。
まりなさんがいた世界に、また違うおにーちゃんやわたしがいてもおかしくない……と思う。
全参加候補者の名前欄の中には、この殺し合いの放送で告げられたのもいくつかあった。
もし……本来参加させられたのはわたしじゃなく、別の世界わたしたちだったなら……。
この殺し合いに勘違いで連れさられたなら……。

「!!」

もしかしたら恭也さんも……!
わたしは慌てて別のページをめくった。


そのページにはまりなさんの仲間の前に何度か現れ、レイって名乗った人の事が書かれていた。
彼自身の情報は乏しく、わたしと同じ超能力者らしいって事と、外見くらいしか書かれてなかった。
名前の上に赤く、要注意人物と書かれていたけど、これだけじゃ怪しいってくらいしか判断できない。
これだけじゃ何でわたしたちが選ばれたのか……恭也さん達がわたしのいた世界の人かどうか分からない。

「!」

わたしは心が乱れてるのを悟って、暴走の危険に気づいて思わず振り返った。

「はあ……はあ……」

暴走の兆候はない。
高まる動悸を意識しながら、今度は参加させられた人のページを探して別のページをめくった。

木ノ下泰男・日本・夏
法条まりな・日本・春
高橋美奈子・日本・夏
涼宮 遙・日本・夏
伊頭遺作・日本・夏―――


何人か放送で聞いた名が載ってる。でも先のページをめくる。
首輪を解除できるかも知れない人のリストも載ってたけど、後回し。

「!?」

――高町恭也

これは。
わたしは恭也さんの――別人かもしれないけど、彼の項目を読み始めた。


       □       ■       □        ■

「………………」

恭也さんも違ってた。
風芽丘に通ってなかったから。
手帳を閉じてわたしはベッドに寝転がる。
わたしの胸に不安とわずかな安堵が胸を満たした。
つかれた……。 全部読んだ上で、情報を整理するだけでも時間がかかりそう。
それがすんでも、まだわたしがほしい情報は少ない。


「うん……」

怖いけどやっぱり、恭也さん達と会わなきゃいけない。
それと、あまりやりたくないけど……主催者からも情報を集めなきゃいけない。
こんなことは、こことまりなさんの世界だけで行われてるかも知れないけど……。
手帳の内容が嘘かもしれないけど、まりなさんの世界での殺し合いが違うものかもしれないけど……。
ここで殺し合いが行われてるのは間違いない。
それに始めに主催の人が言ってた『私の部下にしてやろう』って言葉が今になって気に掛かる。
すでに何度も殺し合いの大会が開かれてるなら、これからも行われ続けるなら、ほうっておけない。
もしかしたらわたしのいた世界でも行われてるかもしれないから。
……いつ、さざなみ荘のみんながこんなことに巻き込まれるかわからないから。
何も、この殺し合いの元凶が別の殺し合いのと同じとは限らないから。

わたしは手帳をかたく握り締める。
もし紛失しちゃったらいけない、必要な分はメモしよう。
わたしは筆記具を探しに部屋の中を見渡し始めた。


       □       ■       □        ■

すぐにメモ用紙と鉛筆を見つけたわたしは、窓の方を見る。
もうすぐ日が沈そう。
疲れを取るために、光合成をしようとわたしは出入り口の前に立ち、ノブを握りしめる。

「……」

些細だけど、ちょっと気になることを思い出した。
まりなさんがいた世界の恭也さんってわたしよりも年下だったんだ。



【仁村知佳(40)】
【現在位置:廃村・井戸付近の民家】
【スタンス:恭也達との再会、主催者達と場合によっては他の参加者達の
      心を読んでの情報収集。
      手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める。
      恭也が生きている間は上記の行動に務める】
【所持品:???、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(小)、、精神的疲労(小)】
【備考:知佳は東の森火災や定時放送のズレにはまだ気づいていません。
     手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】




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