260 考える魔獣
260 考える魔獣
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(二日目 PM6:10 本拠地・茶室)
主催者の基地はそれなりに広い。
地上にある病院や学校と比べてもかなり広い。
それぞれ、主催者達の個室、管制室、集会室、食糧庫、武器庫、参加者の所持品保管庫、
書斎、トレーニングルームなど、大小多くの部屋や通路があり未だ使われてない部屋も多い。
その部屋のひとつ――休憩室兼茶室は現在、ケイブリスの個室として使われている。
新規加入者である彼には個室は用意されてなかったからだった。
当の彼はそこでまだ食事を取っていた。
ズズズ……。
茶をすする。
ケイブリスは目を閉じ、香りを愉しみつつ、茶の味を存分に味わう。
――美味え。
茶飲み友達であった某執事には及ばないがなかなかだ。
丁寧な事に茶釜のそぐ側には入れ方まで張り紙で説明されている。
自分に合った座布団と湯飲みがない不満はあったが、そんな不満はすぐに吹き飛んだ。
次に巨大なスプーンを自分の脇に置いてあった、食糧庫から持ってきた冷えた鍋の中に入れる。
その中身を口に運ぶ。味わいながら、飲み込む。
……これも美味え……
デザート代わりのバニラアイスクリームも上出来。
誰が準備したか知らねぇが気が利くじゃねえかとケイブリスは感嘆した。
彼は満足そうに目を細め、もう一度茶をすすり中身を空にした。
彼は湯のみ代わりの壷を脇に置いて仰向けに寝転がった。
何枚もの畳が体重で揺れた。
何度か、げぷっ……とゲップをしている内に、心地よい睡魔が彼に訪れようとする。
「あ〜、あいつらぶち殺してーなー……」
欠伸を交えつつ、彼は身体を伸ばし眠りに付こうとする。
――動いてもらうことになるかも知れんから
次の連絡が来るまで寝ないでここで待機してほしい
「あん?」
が、食事中にスピーカーを通じて智機から一言、言われたのを思い出してむくっと身を起こした。
「……あいつ何してんだ?」
ケイブリスは怪訝に思った。もっとも何をしてるか確かめる気はない。
鎧の修繕も、ランスを探すのも、今は智機に頼る他ない。
何よりケイブリス自身、ゲームの成功条件や透子の存在がある以上
うかつに動かない方がいいと本能レベルで理解しているからだ。
「ち、しょうがねえな」
ケイブリスはそう呟くと、彼は部屋に備え付けられたスピーカーを見る。
部屋の外の音はほぼ聞こえない、防音仕様の個室。
あんな妙な所にいるよか、ここの方がずっとマシだよなと彼は思った。
□ ■ □ ■
ケイブリスがこの島に来る前、プランナーの誘いに乗ったその直後にそれは訪れた。
彼は気を失い、気が付けば彼はあたり一面黒い部屋にいた。
身体は動かせる。頭も腕も脚も触手も揃っている。
怪我も治っている。声も出せる。
身動きの取れない、赤い球体――魔血魂の状態から無事復活できたのを直ぐ理解した。
しかし喜びは一瞬。戸惑いが心の多くを占めた。
地面はあるが、どこが上か下かよく解らない、周囲は黒なのにどこか明るいという妙な空間だった。
質問するより前に、神はしばらくここで待てといってすぐに去っていった。
姿が見えなくなってから散々文句を言ったが、仕方なく身の回りを確認。
乏しいが足元に食料があった。とりあえず言われた通りに待つことにした。
彼の感覚で1時間は経ったが何の連絡もない。
プランナーを呼んでみたが、返事はなかった。
諦めずに何度も呼びかけた。 それはすぐに怒鳴り声に変わったが、それでも返事はなかった。
彼は怒鳴りちらしながら空間内を歩き、走り、そして暴れた。
時間感覚にして1時間暴れたが、それでも景色は変わらず、神は現れなかった。
彼は息を荒げながら、諦め、拗ねて、そしてふて寝した。
目が覚めた。
景色は変わらず、それに失望する。半分寝ながら飯を食い、また寝た。
それを2回繰り返した時、周りが光に包まれたのを感じ、目を大きく開けるとプランナーが目の前に現れていた。
そして、告げた。
<<仕事だ>>
□ ■ □ ■
「俺様はどれくらい待たされたんだ?」
3日は待たされたような気がする。
この島に来た直後は、むしろ安堵の方が勝ってたのでどちらかと言えば機嫌は良かった。
魔血魂の状態で待たされたならまだしも……あの空間の事を思い出してるとちょっと腹が立って来た。
暴れたいが、当り散らす相手はいないし怪我とお茶の葉のこともある。
なんとか自制しつつ、触手を伸ばして……ではなく、折れてない方の手を動かして茶を入れる作業を始める。
「あー腹立つぜ。でも、あいつも同じ目にあってんだろうな」
ケイブリスは口元に嘲りの笑みを浮かべて言った。
“レイ"
ケイブリスと同じ魔人で、かつては敵として戦った。
返り討ちにしてから数十年後、今度はある人間を人質に取り、奴を駒として使い、そして人間に敗れ、倒された。
まりなの手帳で大きく要注意人物と振られていた、情報提供者なる男と同じ名前の魔人。
ランスを逃がしてしまった後、ケイブリスは何気にその手帳を拾い読んだ。
手帳に書かれていた外見的特徴が知ってるのと一致してた為、ケイブリスはその男を同一人物とみなした。
文面からもこき使われてる(だろう)ことは容易に想像できただけに、それが愉快だった。
だからこそ復活してた(だろう)ことにそれほど腹は立たたなかったのだ。
(まあ、ここにはいねえだろうがな)
智機から運営陣の事について説明された時、その中にはレイは含まれてはいなかった。
それを受けてケイブリスは単純にいないと判断したのも大きかった。
共に仕事でもしない限りは大して思うこともない。
とりあえず頭の中から消すことにした。
ケイブリスはフンッと鼻息を立てると壷にお茶の葉を入れ、こぽこぽとお湯を注ぐ。
(どうせならもっと役に立つ奴を復活させろよな……)
魔獣は苛立ちに紛らわせるように歯を噛み締め、茶飲み友達や片思いの相手の姿を脳裏に浮かべていく。
ランスに対する憎悪をも募らせながら。
(……終わったら、言ってやるか)
この仕事を成功させ、魔王となったなら今度は知人の復活を神に依頼してみようかと考える。
魔王となった己を誇示した時の彼女らの反応が楽しみだ。
成功した先の未来を想像すればするほど心が躍り、やる気がみなぎる。
ケイブリスは壷を手で掴み、一度臭いを嗅ぎ、茶の湯を一気に飲み干した。
【主催者:ケイブリス(刺客4)】
【スタンス:智機からの連絡を待つ、反逆者の始末・ランス優先、
智機と同盟】
【所持品:なし】
【能力:魔法(威力弱)、触手など】
【備考:左右真中の腕骨折】
【現在位置:本拠地・ケイブリスの部屋(茶室)】